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2014年5月

つれづれなるままに~北海道へ行ってきました!~

  ●27日、北海道の北広島市の大曲小へ行く。
 研究部の先生方との打ち合わせ。
 

  ついでに5時間目に授業をする。
 漢字の授業。
 

  そのあと、ワークショップ形式で私の授業の検討をされる。
 ストップモーションでの授業検討も付け加えられる。
 

  こんな授業を私はしたのだと、改めて見ることになる。
 

  大曲小で進められているワークショップ形式の話し合いは、とても効果的である。
 先生たち一人一人が自分の意見を述べることができる。
 

  よくしゃべる先生たちだけが意見を述べていく従来の話し合い形式よりもずっと進んでいる。
 研究会の形式を、もうこんな形に変更していく必要があるとつくづく思う。

●28日は、千歳市の桜木小学校へ行く。
 これは、学校力向上のアドバイザーとしての正式訪問である。
 

  4時間目に、初任の先生の算数授業(5年生)を見せてもらう。
 

  5時間目が、その初任の先生のクラスで私の授業。国語の詩の授業。
 音楽室での授業。
 

  70名ばかりの先生たちが参観されている。
 反応がいい子供たちで、わくわくしながら授業を進める。
 

  不登校気味の子供がたまたま授業に参加していて、その子だけがばっちり正解を言い当てるということが起こる。
 その子は、「たまたまそう思っただけなんだけど…」と言いながら顔はとても満足していたと教頭先生にあとで聞く。
 

  そういう子供だと分かっていれば、もっとフォローを入れれば良かったなあと思う。
 

  そのあと、90分「1年間をがんばりぬく学級づくり、授業づくり」というテーマで講演。
 

  5時間目に実際に授業をしているから、「味噌汁・ご飯」授業としての提案が生きてくる。
 決して理屈だけ、理論だけの提案ではない。
 

●29日は、新千歳から女満別空港へ飛行機で飛ぶ。
 プロペラ機。45分ほどの飛行。
 

  空港には、網走小の校長先生に迎えに来てもらう。
 研究会の先生方との特別の打ち合わせがメインの仕事である。
 

  ここでも4,5時間目全部の先生たちの授業を見せてもらう。
 5分ほど次々に見て回るが、各先生方の授業のレベルは格段に高い。
 

  子供たちのレベルも格段に高い。(子供たちが家庭的に恵まれているということではない)
 全国学力テストの成績も、全国平均よりもずっと高いと聞く。
 

  長く研究校として過ごして来た学校である。
 だが、普通の研究校とはまったく違う雰囲気がある。
  これは何だろう。
 

  素晴らしく整えられた環境、校舎、教室。
 あっと驚くような図書室。私はこんな図書室を初めて見る。とにかく素晴らしい。
 

  先生たちや職員の方が、自分の学校に対する誇りがなければこんな学校は生まれないのだと感じる。
 

  12月の公開の研究会にも、講演で呼ばれている。楽しみである。
 ★
 翌日、「ひがしもこと芝桜公園」に連れて行ってもらう。
 予想しているよりもスケールが大きくてびっくりする。
 

  とにかくすごい!
 芝桜が咲き誇っている。
 

  冥土のみやげに写真を撮る。(笑)
 ★
 頻繁に北海道へ来るようになって3年目。
 北海道にはまってしまっている自分がいる。
 

  それほど素晴らしいところである。
 28日に偶然炉端焼きで知り合った人は、神戸の人。
 

  月に一度、仕事の息抜きのために北海道へ出掛けてくるという。
  そんな人もいる。
 

  私もまた6月6日に北海道へ出掛ける。

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教師の仕事は、子供たち一人一人と「物語」を作ること

  静岡の西地区と東地区と2回に分けて、初任者研修会を行った。
 静岡の掛川へ行き、また函南町へも行くというスケジュール。
 

  西地区の初任者は160名ぐらい。東地区は200名ぐらい。
 この初任者の先生たちへの90分の講座である。
 ★
 今年は、これで初任者研修会に7回訪れたことになる。
 教師のスタートでの講座。
 
緊張する時間である。
 

  5月の半ば。
 初任者も疲れがどっと出ている期間になる。 
 

  めまぐるしく動いていく分刻みの生活に慣れるまでは大変である。
 風をひいていたり、声が出なくなっていたり、……。
 

  クラス担任だったら、人生で初めての忙しさに見舞われているのであろう。
 ★
 講座の最後に、教師の仕事とは…という話をする。

 〇教師の仕事は、子供たち一人一人と「物語」を作ること。
    どんな小さな「物語」でもかまわない。

 〇その「物語」が、あるとき子供たちの未来を支えていくことがある。

 〇私たち教師の仕事は、子供たちの未来に賭ける仕事である。

 〇一人一人との「物語」を作るためには、しっかりと教師としての力量をつける
  必要がある。

 疲れ切っている初任者の心に届いただろうか。

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既成の授業概念を疑ってみよう!

   健一先生からブログにコメントがついた。
 次のようなコメント。
 
  ★ ★ ★
野中さん、こんにちは。
 山口県の中村健一です。

 今年は私も久々に初任者の授業を見ることが多くあります。
 で、驚くのが褒め言葉の少なさです。

 というか、初任者の授業を見て、初めて客観視できますね。
 私は常に子どもを褒めているみたいです。

 褒められると、子どもたちは喜んで動いてくれますからね。
 初任者がなぜ褒めないのか不思議です。
 初任者は、子どもを動かすのが苦手なのに・・・というか、褒めないから、動かせないのでしょうね。

 とにかく子どもを動かすには、褒めることです。
 私の言葉で言えば、「フォロー」ですね。

 野中さんが書いてくださっている通り、フォローはもっと研究されていいと思います。

                             中村 ケニチ
 ★ ★ ★

 確かに、健一先生が言われるように初任者の授業は、フォローが少ない。
 私は、初任者の授業を見る機会が多いが、ほとんどフォローを入れることはない。

 いかに教えていくかで精一杯。
 子供たちを見ていない。
 子供たちへ目を向けているが、ただ目を漂わせているだけで、視線として定まっていない。

 だから、フォローを入れられない。

 これは初任者だけの問題ではなくて、多くの教師たちの問題でもある。

  ★
 ただ、このフォローを入れることには異論も出てくる恐れがある。
 
 授業中は、教師の言葉をできるだけ排除することが必要。
 子供たちに数多く発言させなくてはならない。

 だから、フォローも差し控える。
 そんなことだったのではないか。

 「味噌汁・ご飯」授業では、「授業づくり3原則」(指導言ー活動ーフォロー)として必ず意識的にフォローを多用しようと提起している。

 このフォローが、子供たちを動かしていくのは間違いないからである。

 教師の言葉の排除は、無駄な説明になる。
 くだくだと続く説明(私達は「おしゃべり授業」と言っている)に、子供たちはもう飽き飽きしている。
 というより聞いていない。これこそ止めなくてはならない。
 ★
 私達は、今まで身につけてきた既成の授業概念を今一度ふるいにかけてみなければいけない。

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自分の授業技量を向上させる機会を持っていない!

   「味噌汁・ご飯」授業研究会の同志である秦安彦先生から再びブログに次のような記事が出された。
 とても大切なことが書かれているので再録する。

 http://dousureba2.blog.so-net.ne.jp/

 ★ ★ ★
SOS話法から学ぶこと 2

野中先生のブログで前記事を紹介していただいた。
野中先生、ありがとうございます。

野中先生の記事で私が気になったのは次の1行であった。
僭越ながら敢えて書かせていただく。
 

「それでも、私が行う授業は現役の頃よりうまくなっている気がする。(笑)」
ここに日常授業の課題が潜んでいるのだと、私は思う。
ご存じのように、野中先生は初任者指導のスペシャリストとして
活躍されている。
ブログの中で、何度も書かれていたことの一つが、
初任者指導で教室の後ろから授業をみるようになって、みえるものが変わったと
いうことだ。
私も微力ながら初任者指導を経験して同様のことを感じた。
私などは初任者指導をしながら、自分の過去の授業と比較し、
初任者の授業を参観しつつ、自分の授業を客観視していたのだと思う。

先日、初任者のクラスで漢字指導をした。
練習や覚え方の指導を含めた指導だったので、
教師のしゃべりも割と多くならざるを得なかった。
それでも、初任者から得た感想は、
「私、普段の授業ではあんなに子どもたちをほめていません」
というものだった。
私が子どもたちにかけた言葉は、極めて単純なものばかりだ。
「素晴らしい」
「ここ、いいね」
「へえ、そんなふうに考えたの」
「なるほど」
この程度だ。
但し、投げかける回数は意識した。
机間巡視をしながら、次々に声をかけるよう努力した。

「味噌汁・ご飯」授業研究会が提起する授業を客観視するための
システムは実にシンプルだ。
「一人研究授業」である。
授業を録音し、最後まで我慢して聴く。
これをした多くの初任者が同様のことを私に話してくれる。
「自分が思っていた以上に、こんなにもほめていないということがわかりました」
と。
「自分が思っていた以上に」
ここに気づくかどうかが、日常授業改善のポイントのような気がしてならない。

 ★ ★ ★

 私達の「味噌汁・ご飯」授業研究会の研究方法が「一人研究授業」が紹介されている。

 この研究授業は、どうしていくのか。

 ①自分の授業を録音する。
 ②録音したものを我慢して聞く。
 ③ねらいを持って取り組み、口癖や無駄な言葉をチェックする。

 この簡単な方法になる。
 いつでも、誰にも迷惑をかけないでできる。
 効果は絶大である。

 1ヶ月に1回ということにしているが、1週間に1回、2周間に1回でもいい。
 時間の余裕があれば、それだけ取り組める。

 ただ聞きっぱなしにしないで、必ずメモをしておくことである。

 初任者指導の中心に、この「一人研究授業」を持ってくることを強く提案している。
 とにかく、初任者には、自分の授業を聞かせた方がいい。

 「何と自分はしゃべりまくっているのか!」
 「意味がない言葉をいかに多くしゃべっているのか!」
 「記憶にないことを話している」
 ………………

 自分の授業は自分でイメージできるはずのものが、実際の授業はまったく別物であることに気づくはずである。

  自分の授業がどの程度のレベルにあるのか認識することで、他者の授業が見えてくる。 ここで初めて他の教師の授業を参観して、自分の授業と見比べることができるようになる。
 他の授業から学んでくることができる。

  ★
 初任者に限らない。
 今学校現場では、多くの教師が自分の授業技量を向上させていく方法論がまったくない状態に晒されている。

 私は初任者研修会で初任者に訴える。
 「あなたたちは、これから授業を繰り返して経験を積み重ねていけば、そのうちに授業がうまくなっていくと思っているのではないでしょうか?」
 
 ほとんどの先生が頷いている。
 


「それは幻想です。そんなことはありません。その証拠にこれからいっぱい中堅やベテランの先生たちの授業を見せてもらう機会があると思いますが、そこで授業が上手な先生はほんの一部の先生たちであることにきづくはずです」
 

「毎日授業をただ繰り返しているだけでは絶対に授業はうまくなりません」
「授業は意図的、継続的に繰り返さなくてはうまくなりません」
 ★
 今までは授業の技量をあげることは、研究授業がその役割を担っていたはずである。
 しかし、ほとんど意味がない研究授業が行われていて、授業技量をあげるという方向で成立していない。

 だから、中堅やベテランになっても、ひどい授業を相変わらずしている。

 もう一度言うが、今学校現場では、先生たちが自分の授業技量を向上させる機会をほとんど持っていない。
 ほとんど個人に任されてしまっている。
 


 さまざまな研修場所に行って、身銭を切って学んでいる人だけが自分の授業技量を向上させるだけである。

 だから、そんな時間も余裕も持っていない人たちは、ほとんど何も学ばないままで中堅やベテランになっていく。

 ここに是非とも目を向けてもらいたい、と私は強調している。

 ★
 「味噌汁・ご飯」授業は、ここに挑戦をしたいと思っている。
 オリンピック選手みたいな特別な技量を身につけなくてもいい。
 

 「日常の授業」で、子供たち全員を授業に参加させ、子供たちに基本的な学力を身につけさせていく、そんな基礎・基本の授業技量は身につけよう。

 そんな提案である。
 
 それ以上の技量を身につけたいならば、それは個人的に身につけていけばいい。

  私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、いま学校現場が見失っている基礎・基本の授業技量の獲得に挑戦している。

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一言で言えば、『リアル』がない!

   私が住んでいる地元、横浜の組合から頼まれて旭区の公会堂(集会場)で「学級づくり講座」をもった。3つの区の若手の先生たち。
 
 

  横浜に37年間もお世話になったのである。
 このくらいのお返しはしなければならないと思い、でかける。
 
 

  場所は、和室。
 座り込んでの講座。初めての経験である。
 
 

  そこに50人以上の先生たちがぎっしり。
 立っている先生たちもいる。
 ほとんど隙間なく座り込んでの講座になった。
 
 組合としても初めてこんな企画をもったということ。
 それでこんなに多くの先生方が集まってくる。
 

  初任の先生たちも10人ほどいる。
  70分の講座。
 

  がっくりと疲れての夕方6:10からの講座であるのに、熱心に耳を傾けてもらえる。
 
  ★
 16000人いる横浜の先生たち。
 多くの研修と講座が持たれているはずである。
 
 

  しかし、多くの先生たちはそれらに飽き飽きしているのではないか。
 そこには建前と飾り立てた実践に被われているのではないか。
 そんなことを想像してみた。あくまでも想像。

 一言で言えば、「リアル」がない。
 
 

  「じゃあ、お前の講座はリアルがあるのか?」と言われそうである。

 私の講座は、建前と飾り立てた実践はない。
 ただ、現実を踏まえ、それらを言葉にしたことを提起しているだけ。
  ★
 参加した先生の中で、M先生がフェイスブックにその学びを載せてある。
 紹介しておきたい。

  ★ ★ ★
 先日の野中先生からの学び。

※縦糸:教師と生徒の上下関係づくり
 横糸:教師と生徒の心の通じ合い

 昨日、お話を聞きながら、
自分のこの2か月をふりかえった。
横糸が足りないなと感じた。
教職についてから、
ノリと勢いばかりの横糸ばかりで
これじゃあいけないと思い、
「当たり前のことを当たり前に指導できる教師」
として磨きをかけてきた。
特にここ最近、
すっかり横糸よりも縦糸をはる
意識があったように思う。

 よく教師10年目くらいで、
「これでやっていけるかな」と思ったときに、
どうしようもなくうまくいかない年があると聞く。
これは自分の経験で縦糸をはりすぎ、
また校務分掌でも学校の中核を担うようになり、
忙しさから横糸をはれなくなることによるのかなぁと
お話を聞きながら考えた。
自分もその道を走っているのかもしれない。
ここにきて「横糸」の重要性を感じている。

 そして昨日の講座、先日の懇親会でも感じましたが、
野中先生のお話、雰囲気からも横糸を十分に感じられ
二度しかお会いしていませんが、
先生のお人柄から
自分の方向性も確認できた。

 今回、「やっぱりそうだよな」と思ったのは、
知っていることとすぐに行動に移せることは
やはり違うなということ。
野中先生の昨日のお話はどれも
今まで出されたご著書に書いてあることだった。
ということは、
今まで繰り返し読み頭に入っていたということだ。
にもかかわらず、
昨日、相当数の学びがあった、
これは私がもっている情報を活かしきれていないということだ。
現場にいるととにかく激動の渦に巻き込まれ、
一度、立ち止まって、ふり返り、
次のためにどうするか考える時間がないのだなと
あらためて思う。
もっとスムーズにもっている情報を
出し入れできるようにしていきたい。
★ ★ ★

M先生、ありがとうございます。

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「SOS話法」ということ

   紀伊國屋本店での講演で、「フォロー」で最低限このようなフォローは加えるようにしようと提起したものに「SOS話法」があった。
 

 経営コンサルタントの箱田忠昭さんが提唱されているものである。
 私達の研究の同志である秦安彦先生が、自身のブログに次のように書かれている。

 ★ ★ ★
SOS話法から学ぶこと

野中先生の講演会で、
SOS話法というのがあることを教わった。
  S・・・すごいですね
 O・・・おどろきました
 S・・・さすがですね
日本プレゼンテーション協会の箱田忠昭氏が提唱されている、ほめ方の
テクニックである。
箱田氏のコラムから引用させていただく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私たちは、お世辞とわかっていたとしても、ほめられると嬉しいものです。
これは、あなたの上司であっても全く同じことが言えます。
「○○さん、さすがですね」
「いやあ、おどろきました」
「○○さん、すごいですね」
これを私は、「SOS話法」と言っています。
SOSとは、「さすがですね」、「おどろきました」、「すごいですね」の三つです。
・・・(中略)・・・
「ほめ方には、話法もあります。つまり、ほめる時の『順番』です。
『ほめる→ほめた理由を話す』
というのが、基本パターンになります。
『部長、いいネクタイですね』
などというのは、どちらかというとお世辞にとられてしまうでしょう。
それよりも、
『部長、いい柄のネクタイですね。昨日デパートに行きましたら、同じ柄が秋の
新作ということで出ていました。いいところに目をつけていますね、さすがです』
というようにして、ほめた理由を加えますと、さらにいいほめことばということになります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
SOS話法から私が学んだこと。
それは、大切なほめ言葉はそう多くはいらないということだ。
というか、そう多くの言葉を瞬時に出すことはできない、と言った方がよいだろうか。

この4月に、最近何かと話題の理化学研究所からワーキングメモリに関する重要な発表が
あった。
報道発表資料は、ここでみることができる。
いわゆるメタ認知を支えるメカニズムの一端が明らかになったというのである。
実験に使ったラットは、脳波の一つである高周波ガンマ波の位相がシフトすることに
より誤った行動を意識的に修正しているという。
今後、短期記憶と長期記憶の連携のしくみが科学的に解明されることを
大いに期待したい。

いずれにしても、われわれが「瞬時に想起できるほめ言葉」はそう多くは
ないということだ。
問題はだからどうするかだ。
ほめ言葉を厳選し、意識的に使うことが必要なのだと私は思う。
さらに大切なことは、その言葉が子どもの心に届くものかどうかということだ。
先ほどのコラムの内容でいうなら、「お世辞」ととられない工夫だ。

「味噌汁・ご飯」授業研究会では、「一人研究授業」を提起している。
自分の授業を録音し、聴いてふりかえる。
ただ、それだけだ。
ほめ言葉についても、ふりかえりが可能だ。
◎ほめ言葉の量・・・積極的にほめているか。
◎ほめ言葉の質・・・どんな言葉を使っているか。
日常授業研究は、授業者自らが「自分を知る」ということなのだと思う。
★ ★ ★
 
 教師の子供たちへの指導の言葉に、フォローが少ない。
 これは今までの私達の大きな問題点の1つ。

 中村健一先生が、このことを本にしてもらった。
 『学級担任に絶対必要な「フォロー」の技術』(黎明書房)

 ★
 退職してから各地の各学校で、授業をさせてもらうことが多い。
 というより自分から申し出ての「飛び込み授業」である。

 ただ、「示範授業」ということではなく「提案授業」としてお願いしている。
 飛び込み授業と言えば、有田和正先生や野口芳宏先生を思い浮かべる。
 このような大家の名人授業ではなく、「味噌汁・ご飯」授業である。

 日頃の「日常授業」だから、気が楽になる。
 それでも、私が行う授業は現役の頃よりうまくなっている気がする。(笑)

 それは「フォロー」を意識的に入れているからである。
 「味噌汁・ご飯」授業は、授業3原則(指導言ー活動ーフォロー)でフォローを入れる。

 このフォローの力は大きい。
 実感する。

 だから、このフォローはもっと研究していい課題である。

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丸付けをどうしていたか②

     丸付けを放課後にしない。
 授業に組み込んでいくための、私の処方箋を書いている。

 ★
2 算数のスキル(ドリル)をどうしていたか
 
 私が行っていた算数の授業は、分割法の授業である。

 計算タイム(5分)―前時の復習タイム(5分)―本時(30分)―スキルタイム(5分)という4段階分割法。

 私の最後の勤務校は、算数が苦手な子供たちが多数いたので、学校全体で算数の授業の最初の5分を「計算タイム」にしていた。
 100マス計算を使っていた。
 

  この分割法は、1分の時間さえも無駄にできないほどのものであった。
 テンポ良くどんどん進んで行く授業。

 最後のスキルタイムというのが、スキルを活用する時間になる。

 このスキルは、子供のレベルに合わせて問題数を選択できるようになっていた。

 ①10問か5問か3問を選択する。
 ②3分で挑戦。
 ③答え合わせは、隣の人と交換。
 ④答えは教師が言う。
 ⑤間違い直し。
 ⑥教師に提出。(見ましたというハンコを押す)

 ①から⑥までを5分で行う。
 ⑥の教師への提出は、教師が出来映えを確認するためである。
 そして、このスキルは、持ち帰らないで教師が保管する。
 
3 漢字スキルはどうしていたか

 国語も3段階の分割法で行っていた。

 音読タイム(5分)―漢字タイム(5分~10分)―本時(35分~40分)

 漢字タイムは、あかねこ漢字スキルを使っていた。
 指書き―なぞり書き―写し書き のパターン。
 
 

  最初は慣れるまでに10分の時間が必要だが、慣れてくれば5分で3字の新出漢字を書くことができた。
 

  書いたら、できた子供から教師のところへ来て、約束の印をもらう。
 必ず確認をするようにした。
 約束の印は、事前に次のように約束しておいた。

 AAA(スリーA〇)…たいへんよくできている
 AAA(スリーA)…よくできている。
 AA(ツーA〇)…目標達成
 AA(ツーA)…もうすこしがんばろう
 
 

  このスキルも、持ち帰らないで教師が保管していた。
 授業が始まる前に、スキル類は配付係が配付すると決められていた。

  このあかねこ漢字スキルは、テストが間にあるのでそれを使っていけばだいたい漢字を覚えることができた。
 しかし、経験的に言えば、それでも時間が経てば忘れ、なかなか全員が80%の漢字習得までにはいかなかった。
 

  漢字習得には小刻みな繰り返しのテストが必要である。
 学校では、週2回朝自習で、漢字練習の時間があったので、その2回を漢字テストの時間にしておいた。漢字テストのプリントを作っておいた。
 

  その繰り返しで、クラスのほぼ全員が学期末テストに80点以上の点数をあげることができた。 
  ★

3 書写ノート、習字の作品など

 これらのものも、全部授業中に丸付け、掲示などをすますようにした。
 だから、放課後に丸付けをすることは一切なかった。

 放課後はどうしていたのか。
 ほとんど教材研究と学級通信書き。そして、学校の分担の仕事。
 もちろん教室で行った。
 

  だから、勤務時間終了の5時過ぎにはいつも帰ることにしていた。
 


 自宅ではほとんど学校の仕事をすることはなかった。
  自分ための時間。家族のための時間。
 これらの時間を生み出すために、仕事術が必要だったのである。
  

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小森茂先生からの書評~「味噌汁・ご飯」授業本の書評~

   実践国語研究の雑誌(6,7月号)に『日々がクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業 国語編』(明治図書)の書評が載る。
 

  青山学院大学教授の小森茂先生。
 国語教育を専門にしている先生なら誰でもが知っている先生。
 かつて文科省の教科調査官をやられていたことがある。

 ★ ★ ★
 美味しそうな書名である。それは、毎日食べたい栄養豊かなバランスの良い「日常授業」の喩えである。この「日常授業」とは、ますます増加する実践現場の多忙感、疲労感の中で、教師なら誰でもA毎日できる、B基礎的な学力保障ができる、C全員参加できる授業である。
 本著は、第1章 新提案!教師を毎日元気にする「味噌汁・ご飯」授業/第2章 「味噌汁・ご飯」授業の「国語授業」づくり/第3章 「味噌汁・ご飯」授業のノート指導/第4章 「味噌汁・ご飯」授業の「一人研究授業}である。
 筆者にとって、特に美味しいのは、①漢字指導(5分~10分)、②音読指導(本時の音読5分)③本時の指導(30分)の国語「分割授業」の割り切った提案である。確かに国語の基礎的な学力は「教科書をすらすら読めること」に尽きる。つまり、どうしても1時間の授業の中に「漢字指導」と「音読指導」が必要なのだ。追加するなら、毎日の読書タイムの実践である。
 次に必須の授業技術としてのa指導言(発問・指示・説明)の区別とb指示ー確認の徹底である。これが不明になると、授業が揺れ動く。
 さらに、誰でもできる「一人研究授業」(①月1回、自分の授業を録音する。②録音した授業を聞く。③我慢して最後まで聞く。④ねらいが達成されているか、無駄な言葉、口癖などのチェックをする」提案である。
 自分の授業を自己点検するメタ認知力は、苦くもあるが美味しくもあり、実践力向上の”要“ である。
 ★ ★ ★

 文科省の教科書調査官だった小森茂先生の指摘はずしりと重い。

 「確かに国語の基礎的な学力は『教科書をすらすら読めること』に尽きる。つまり、どうしても1時間の授業の中に『漢字指導』と『音読指導』が必要なのだ」
と指摘されていることは特筆していい。

 改めて、こういうところから国語教育を見直していかなければいけないのである。
  「味噌汁・ご飯」授業は、こういう地点から発信している。

 

 Cover
 

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講演会で質問されたことに答える①~丸付けはどうしていたか~

 紀伊國屋の講演のあと、サイン会で質問が出た。
 その場では答えられなかった。
 

 替わりに、この場で答えておきたい。
 
  「丸付けなどは授業の中にどのように組み入れていくのでしょうか?」
 
 こんな質問だったと思う。
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業を実践していく立場として、勤務時間にぜひとも1時間の教材研究が取れる仕事術を身につけてほしい。
 

 そのためには、放課後に行っているテスト、スキル・ドリル、書写ノート、ノートなどの丸付けを止めて、それをほとんど授業の中で行わなければいけない。
 
 

 講演の中で、そのように私は提案した。

 日本全国の先生たちは、1時間の教材研究の時間さえない。
 そういうことでいいはずはない。

 だから、せめて勤務時間中に1時間だけでも教材研究する時間を生み出そうと提案したのである。

 ★
 ここには複雑な事情が絡まっていると考えている。

 1時間の教材研究が取れない理由は、大きく2つある。
 
 

 1つ目は、もちろん世界一過酷な仕事をしている日本の教師の忙しさにある。
 これは言うまでもない事実。
 
 

 この忙しさの中で、教材研究は諸々の仕事の最後になる。
 教材研究をしないで授業をしている教師だっていっぱいいる。
 
 でも、ひどい授業。
 

 ほとんどが1時間中しゃべりまくる「おしゃべり授業」になる。
 
 高レベルの教師なら、瞬時に教材研究をし、授業をされる。
 

 きわめて短時間で(歩きながらでも)授業の組み立てをし、普通の教師がとてもできないほどの授業をされる。
 
 これはもう瞬時にできる教材研究の方法が身についてしまっているからである。
 

 普通の教師は、とてもこんなことはできない。
 

 もう1つは、日常授業が雑務化しているために教材研究自体の大切さが薄くなっていることである。
 
 

 そんなに身を入れて教材研究をしようという気にならない。
 そんな気持ちが多くの教師たちの気持ちを包んでいる。
 

 「日常授業」は適当にやればいいんだという気持ち。
 それが雑務化の一番怖い現象である。
 
 

 本来は授業は本務であるはずのものが、雑務の1つとして捉えられているためにこのような現象が起こる。

 ★
  脱線してしまった。
 さて、丸付けのことである。
 
 

 これは私が実際に実践していたことを語ることにする。

 ①テストはどうしていたか
  単元が終わったらすぐにテストをする。
 

  まとめて学期末にテストをするなどということは絶対にしなかった。
  絶対にこれをしてはならない。
  
 

  テストの時間として1時間取る。
  テストの机にする。(隣との距離を取る)
 

 
  終わったら、必ず見直して、もういいとなったら、提出していいことにしていた。
  静かに本を読んでおくのである。
  
  

  テストを配付して、しばらくは勉強が苦手な子供、問題が読めない子供などに教える時間にする。机間巡視。  
  
  早く終えた子供が提出始める。
  

  14,5名が提出したら、丸付けを始める。
  
  丸付けは、答えを記憶できる範囲だけを一気につける。指サックをつけておく。
  (見ている子供がびっくりするほどに速い)
  だから、丸付けのペンにもこだわっている。
  
  

  30名ぐらいならば、採点をして、名簿に記入して、その時間に返却できる。
  解答つきのテストを採用していたので、答えを見ながら訂正をさせる。
  
  

  その時間に返却できなければ、次の教科の勉強の時間に返却する。
  間違い直しが生きてくるのは、返却の速さが勝負になる。 (続く)

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紀伊國屋書店での講演

●紀伊國屋本店。
 

連休中、この書店の4階で、吉本隆明全集刊行記念シンポジュームが行われた。
内田樹さん、中沢新一さん、茂木健一郎さん、吉本ばななさんなどが参加されていた。
  

  この書店は、日本の中で一番有名な書店であり、中でも新宿本店はその中心。
  そこの8階での講演。
 

 私は恐る恐る、そこへ向かった。
 初めてなのである。
 

  明治図書でも初めての企画。そのトップバッターに私の講演を選んでもらえる。
  ありがたいことである。
 

  この8階の会場は、さまざまな方の講演の場所であり、アイドルのサイン会場にもなるところと聞く。緊張する。
 
 ★
 8階へ到着し、パワーポイントのセットをしようとすると、うまくいかない。
 3時開会も迫ってきて、いよいよパワポなしで行こうと決意した時、私の講座に何回も足を運んでこられている先生が到着。
 

  大きな荷物にノートパソコンを持っておられることが分かる。
 急遽、借りることになり、セーフ。
 (すぐにサイン会になったために、パソコンを借りた先生にお礼を言い忘れてしまい、申し訳ありませんでした。助かりました。ありがとうございます。)
 

  こんなこともある。
 

およそ70分ばかり、「味噌汁・ご飯」授業についての提案をする。
 熱心に聞いてもらえる。
 

45名ほどの人数。
 会場はびっしり。
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業では4つの提案をする。
 

  1つ目は、子供たちの基礎的な学力保障をしたい。
 2つ目は、先生たちを元気にしたい。
 3つ目は、発想の転換をして、日常授業を乗り切るための「授業づくり3原則」
 で授業を作りたい。
 4つ目は、研究方法として「一人研究授業」の必要。  

 ★
 学校現場は、精神疾患がここ10年で3倍に増え、鬱病にかかる人は企業の2.5倍になっているという。
 完全にブラック企業。
 

  教育政策の中心は、「教師を元気にする」でなくてはならない。

 「味噌汁・ご飯」授業は、先生たちを元気にしていく「授業づくり」である。
 広がっていくことを強く願っている。

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「味噌汁・ご飯」授業本が2版になる!

  『日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業 国語科編』(明治図書)が

 2版になりました。ありがとうございます。

 5月10日(土)の刊行記念講演会の後押しをしてくれました。

 どうぞ皆さん、講演会にお越し下さい。

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今日一日をがんばればいい~悩んだ時の処方箋~

   クラスがうまく行かなくなってしまうと、とことん悩んでしまう。

 先生たちの精神疾患は、この10年で3倍に増えたし、鬱病も企業で働く人たちより2.5倍もある。
 学校がブラック企業になっているというのは、本当のことである。

 それだけ子供たちや保護者との関係に悩むし、また職員間のトラブルで悩む先生たちも多い。

 私は、今の教育政策の中心に「先生たちを元気にする」というのがないと、これからの学校教育は成り立たない、と強く思っている。
 
 

 「子供のために、子供のために」といくら強調しても、それを育てていく教師が疲弊していったらどうにもならないということが分かっていない教育関係者が多いのに、驚いてしまうのだ。

 ★
  先生たちの悩みのパターンは、きわめて直線的である。

 うまくいかない→自分のどこがいけないのだろうと探す→思い当たるところを一生懸命に直そうとする→うまくいかなくてへとへとになる→自分は教師に向いていないのだ

 個人的な自分の性格や個性的なところにスポットを当てて直そうとするが、そんなに簡単に直せるはずがない。

 そんなところじゃないのに、そう考えてしまう。

 ★
 かつて私は、「悩むな、反省もするな、次が大切だ」と言ったことがある。
 
 そんなことがうまくできるはずはないと批判も多かった。

 「悩むな」と言われても、悩んでいる人にそう言って収まるはずはない。
 だが、悩みの実態は知っておいた方がいい。

 悩みのほとんどは、悩んでも解決しないこと。
 悩めば悩むほど、自分を痛みつける。

 悩みのほとんどは、「時間」が解決する。

 だから、ほとんどの人にとって、「1年前の悩み、2年目の悩みは何だった?」と言われても思い出せない。そう、時間が解決したからだ。

 悩みのほとんどは、悩んでも無駄である。
 ほっておくことである。

 「反省する」ということも同じ。
 反省なんか一々していたら、自分を痛みつける。
 反省は、負の連鎖を自分に刻みつける。

 「反省がなければ、人間の進歩はないのじゃないですか!」と言われる。
 

 でも失敗は反省なんかしなくても、いつのまにか自分に刻み込んで、次にはちょっと変わっていくものである。(進歩しない人もいることはいるが…。それはそれで生きて行ければ良いではないか。)

 大切なのは、後ろ向きなことではなくて、「次をどうしよう」と前を向いて進んで行くことである。
 悩みも反省も、自分を落ち込ませて、どんどん元気をなくさせていけば何の意味もない。
 

 そんなことより大切なことは、自分の落ち込ませないようにすること。
 自分の元気さを確保しておくこと。
 そのことが一番大切なことなのである。
 

 自分に元気さが残っていれば、「次をどうしよう」となっていくものである。
 ★
  悩む事態、反省すべき事態があったら、しばし立ち止まるであろう。

 そんなとき、何をするか。

 ①規則正しい生活をする。
  同じ時間に起き、同じ時間に寝る。行動も淡々と行う。
  これを繰り返していたら、ふっと吹っ切れる時間が必ず訪れる。
  

 ②遠くを努めて見る。
  これはフランスの哲学者アラン(『幸福論』の著者)の言葉をぱくっている。
  悩む人たちや鬱に苦しむ人たちは、いつも近くを見ている。
  

  だから、苦しむのである。
  遠くを見る。努めて遠くを見る。
  夕日が沈んでいく光景。緑に映える木々の美しさ。……散歩しながら見つめる。
  

  そのうちに、ふっと自分に暖かい風が吹いてくる。

 ③今日一日をがんばればいい
  私は、教え子に悩みをぶつけられたときに次の詩を送ったことがある。

  君ならできる    葉 祥明

  今どんなに苦しくても
  今日 いち日
  我慢できれば
  それでいい
  次の日は次の日で
  また我慢すればいい
  そうやって一日一日
  我慢していけば
  いつか もう
  我慢しなくていい日が
  必ず来る
  その日まで
  大丈夫 君なら
  きっと耐えていける! 

 ④ちょっと変えてみる
  うまくいかないのは、「やり方」がうまくないのである。

  だが、がらりと変えていくことはできない。
  だから、ちょっとだけ変えてみる。

  そうやって試みてみる。
 
 
 

  良いことばかりはない。また、悪いことばかりもない。
   

  人生の本質は、「繰り返し」なんだから、その繰り返しの中で、いかに軽やかに、でもしたたかに生きていくことができるかにかかっている。

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いよいよ迫ってきました!

      いよいよ迫ってきました。
 もう二度とこんな場所での講演はできないであろうと思っています。(笑)
 どうぞお越し下さい。

 日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業国語科編  刊行記念
    
    野中信行先生 講演会のお知らせ

    「「味噌汁・ご飯」授業って何!?

 
日時  5月10日(土)15:00~17:00(開場14:30)

場所     東京紀伊國屋書店 新宿本店8Fイベントスペース

参加費 500円

定員  50名程度

主催  明治図書

申し込み ポスターの下に書いてあります。

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コメントに答える(2)

   前回のコメントを読み返してみて、これでは何の処方箋にもならないなと感じ入った。

 いくらかの処方箋を提示しておかなくてはならない。
 躊躇するのは、コメントの先生の「やり方」を見ていないし、子供たちの状況を把握していない点である。
 
 

  だから、一般的にしか提示できない。
 それを踏まえて、自分なりの工夫が必要だ。

 ★
 まず教室の「空気」の統率。

 状況としては、教室がにぎやかで、なかなか先生の指示も通らない。
 あるいは、すでに1,2人はうろうろ立ち歩いたりしているのかもしれない。
 このように予想できる。

 「空気」の統率の失敗に起因するというのは、前回のブログ通り。

 どうするか。
 
 やってはいけないことがある。

 すぐに厳しく対応してしまうことである。
 しょっちゅう注意し、叱りつけてしまう。
 これはある意味では逆効果になる恐れがある。

 最初「甘くして」、うまくいかないので今度は「厳しく」対応する。
 これは初任者が失敗する通例のパターン。

 ただ、「叱ること」を手控えることはない。
 叱るときには、真剣に叱らなければいけない。

 どうするか。

 私達は、「縦糸を張る」「横糸を張る」という言い方をしている。

 まず、縦糸の張り方。
 もうすでに教室は、思うように縦糸を張れないほどににぎやかになっていると思われる。
 

  ここでどうするか。
 いくつかのことをきちんと実践していくことである。
 例えば、私なら次のことをする。

 1,毅然とする
 2,挨拶をきちんとする
 3,指示したことは、必ず確認をして,守っていない子供は注意して守らせる。
 

 次に、横糸の張り方。
 


 1,子供たちと遊ぶ。(中休みか昼休みのどちからは必ず一緒に遊ぶ)
 2,教室に笑いを作る。(ゲームなどが良い。中村健一先生の「73のネタ大放出」(黎明書房)の本がお薦め)
 3、フォローをする。(子供たちが活動したことに対して、認めたり、ほめたりなどを繰り返す)

 自分ができることから始めればいい。

 ★
 次に、「時間」の統率。

 クラスは、スピード感がなくなっていることが予想できる。
 クラスが荒れてくると、必ずクラスにスピード感がなくなる。

 このスピード感を取り戻していくことが必要だ。

 どうしていくか。
  慌てて回復の手立てを打ってはいけない。
 まず、止めていかなくてはならないことがある。

 「けじめある活動を取り戻すための6ヶ条」と言っている。

 ①すべての活動の「始め」と「終わり」をきちんと守る。
 ②学校で決められている日課表をきちんと守る。
 ③特に、休み時間に食い込む授業は絶対にしない。
 ④だらだらとした「朝の会」をやめる。
 ⑤授業はすぐ始める。
 ⑥だらだらとした「終わりの会」をやめる。

 問題は、「朝の会」と「終わりの会」がだらだらとなっているはずだ。
 これを改めていく。

 2つとも、できれば5、6分で止めたい。10分以上やってはいけない。
 まず、プログラムを整理する。
 だらだらと続けているプログラムがあるはずである。

 それを思い切って止める。
 また、「終わりの会」でプリントの配付をするのも止める。
 給食の時間などに配付するように工夫する必要がある。  

  ★
 こんなところになる。
 もう一度繰り返すが、くれぐれも一般的な取り組みである。
 自分のクラスに合うかどうか、自分で判断し、実践していくこと。

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「やり方」を修正することだけが課題である~コメントに答える~

   次のようなコメントが、ブログに付いた。

 ★ ★ ★
こんにちは。
新卒で四月から小学校で働いているものです。

3月に野中先生の、「新卒教師時代を生き抜く学級づくり三原則」を買わせていただきました。

しかし四月になり、忙しさと何もかも分からないまま過ぎてゆく日々に追われ、学級づくりも子どもとの関係性もうまくいきません。

毎日自分を責める日々です。

上手くは伝えられないのですが、だんだんと子どもが荒れてきているのが分かります。朝の会や帰りの会、給食等の学級づくりが上手くいっていないことは明らかです。

二年生で、もう一ヶ月も経ってしまいましたが、今から立て直していくことは可能なのでしょうか…。
★ ★ ★

 初任の先生である。
 1ヶ月が過ぎて、クラスがうまくいかなくなっている先生である。
 

 日本全国には、こういう先生たちがごまんといるに違いない。

 「今から立て直していくことは可能なのでしょうか」と書いてある。

 もちろん、可能である。絶対大丈夫。
 7月までは、立て直しが十分可能である。
 

 9月からは月が増すごとに立て直しは難しくなる。

 「毎日自分を責める日々です」と書いてある。
 これも初任者の通例のパターン。
 

 初任者のほとんどがこれをやる。
 無意味な行為である。

 今、うまくいっていないのは、「やり方」がうまくいっていないのだから、その「やり方」を変えればいいのだ。
 ただ、それだけのこと。

  ところが、不思議なことに、多くの先生たちは、「自分のやり方」を変えようとしない。最もダメなのは、自分の「努力」不足だと思ってしまう。
 もっと頑張らなければいけない、と考えてしまう。
 

 そして、うまくいかないのでだんだん「自分はこの仕事に向いていないんだ」と決めこんでしまう。

 今までそういう教育を受けてきたのであり、そのような考え方を学んできたのである。

  もう一度繰り返したい。

 うまくいくようにするには、うまくいく「やり方」をすればいい。
 うまくいっている先生は、「やり方」が良かったのであり、うまくいかないのは、「やり方」がうまくなかったのである。

 ★
 コメントの先生の「やり方」とクラスの状態を見ていないので、ここでくわしく処方箋を書くことはできない。

 まず、私の「必ずクラスを立て直す教師の回復術」(学陽書房)を手に入れてほしい。それを読んで、こうやって実践していくのだと理解してほしい。

 今までの自分の「やり方」のまずさがよく分かるはずである。

 ★
 一般的に書くことにする。

 1ヶ月の間に何をするか。
 教室の「空気」と「時間」を統率すること。
 この2つのことをしなければいけない。

 なぜか。
 教室には、教室を左右する、この2つが存在する。
 目に見えない。
 でも、決定的に大事なもの。

 この2つの統率がまずいから、クラスは荒れていくことになる。

 教室の「空気」の統率とは、教室に広がる雰囲気のこと。
 この「空気」をやんちゃたちに最初に掌握されることで荒れが始まる。
 担任がリーダーシップを発揮して、この「空気」を統率していないからである。

 教室の「時間」とは、教室に流れる一日の時間のこと。
 子供たちが朝学校へ来てから、終わりの会までの「時間の流れ」がスムーズに流れていくことが必要になる。
 

 もちろん、この統率も担任の責任である。
  ★
 担任が「空気」を統率するまえに、やんちゃたちに教室の「空気」を掌握されてしまうことで荒れが始まると書いた。
  初任者のクラスは、このことがよく起こる。

 それは、初任者が、子供たちと仲良し(友達になろう)になろうとすることから起こる。
 仲良しになろうとしてどこが問題ですかと言われるであろう。
  このような考えが決定的に問題。

 先生は、子供たちと「仲良し」なんかになってはいけない。
 先生がやらなければいけないことは、「教師」と「生徒」との関係をまず作り上げること。
 

 まず「教師」にならなければいけない。
 子供との「友達」になってはいけない。

 ここが決定的に間違っていく。
 
 先生は「教師」しなければいけないし、子供は「生徒」をしなければいけない。
 この関係を作り上げるのである。

  「教師」をするから、やんちゃたちをきちんと叱る関係ができあがる。
 「友達」だったら、きちんと叱る関係などできっこない。
   ★
 もう一つの「時間」の統率。
  子供たちに、一日の時間の流れを「学級システム」として身につけさせる。
 
 

 スムーズに進むこと。子供たちは、スピード感があって、スムーズに進むことを無意識的に好む。
 体がスピード感で刻まれているからである。
 


 朝自習、朝の会、1,2時間の授業、中休み、⒊,4時間の授業、給食、掃除、⑸,6時間の授業、終わりの会と続く時間の流れを子供たちが自分たちで進めていけるようにしなければいけない。

 多分、この「時間」の統率がうまくいっていないのであろう。
 ★
 教室の「空気」の統率の失敗と書いた。
 どうしてこうなるのか。

 ①担任が教室でリーダーシップを発揮していない。
 ②担任が意識して、縦糸を張る、横糸を張ることをしていない。
 ③教室の「空気」をやんちゃたちに握られている。
 ④教室の中心に「まじめ派」の子供たちがいない。

 こういうことになる。

 また、教室の「時間」の統率の失敗は、次のことになる。

 ①集団がすばやくスムーズに動いていける段取りができていない。
 ②子供たちが自ら動いていける学習システムが作られていない。

 ★
 とりあえず、このように一般的にしか書けない。

 もう一度繰り返す。

 うまくいっていないのは、「やり方」がまずいからである。
 その「やり方」を修正すること。

 これだけが課題になる。
 健闘を祈りたい。

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つれづれなるままに~有田和正先生が亡くなった~

  ●29日、駅伝に出る。
 天候が心配だったが、大丈夫。
 
 
曇り空で、走るには最適の天候。
 

  参加する駅伝チームは、732チーム。走る人たちも5124人。
 すごい数。
 
 

  この横浜駅伝も、年々膨れあがっている気がする。
 マラソンブームなのだ。
 
 

  快適に3キロを走り抜ける。
 まだまだ走れる。
 
 

「90歳代で世界記録を狙っている」とほらを吹いているが、この調子で走っていれば、70歳代でも何とかなるのではないか。
 
 

  横浜のT小学校の先生たちが何人も参加しておられた。
 私のことも知っておられた。
 
 

  その学校を異動したというM先生にも会う。
 「あのM先生ですか?」と挨拶をする。
 私の講座に来てもらったり、本に書かれてあるのを読んだりしたことがあった。
 ひょんなところで出会うものである。
 
 

  「T小学校のメンターチームの講師として来て頂けませんか?」と言われる。
 快諾する。

●今年の連休は、算数の本と格闘している。
 買い貯めた本20冊ぐらい。この連休中に読破したい。

 退職して6年も経っているのに、何をしているのであろうか。

 というのも、今回の「味噌汁・ご飯」授業本は国語編。

 国語編であるので、当然算数編は出版しなくてはならない。
 明治図書からもそう言われている。

  これが大変。
 算数は、さまざまな考え方があり、流派もさまざま。
 これを「味噌汁・ご飯」授業の視点で読み解いていかねばならない。

●仕事をするには、必ず音楽が必要である。
 この10年、仕事をするそばには必ず音楽があった。
 
 今気に入っているのは、アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ曲。
 この人の弾くショパンの夜想曲に惹かれた。

 早速、この人の弾くショパンやベートーヴェンのCDをアマゾンから取り寄せ、いまこれらの曲に包まれている。

●有田和正先生が亡くなった。
 私にとっては、いつも雲の上の存在であった。
 

  一度だけ有田先生の1年生の授業を見たことがある。
 筑波大学附属小の頃。
 

  抜群の話のうまさであった。
 やはり笑いの達人である。
 

  影響を受けた先生たちはいっぱいいるに違いない。
 社会科での大スターであった。
 
もはやこのような影響を与えた社会科のスターは登場しないのではないかと,思われる。
 

  有田先生、ありがとうございました。合掌。

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