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つれづれなるままに~そのあとがある~

  ●高校時代の友人たち5人(一組は夫婦とも友人)と夫婦連れで会う。
 友人の一人が陶芸をやっていて、その作品を披露し、気に入った物をあげるという会である。
 

  気に入った作品があったので、勇んで行った。
 

  2つの作品をもらう。
 一輪挿しの素敵なもの。
 

  話していると、もう友人たち全部は完全にリタイヤしていることに気づく。
 私一人だけがこうして走り回っているのである。
 おい、おい。
 

●女房の叔母さんが亡くなった。
 女房は急いで九州の佐賀へ帰った。
 

  ほんとうなら私もいかなくてはならないのだが、残念ながらこちらへ残る。
 一人合掌。
 

  桜の季節が過ぎても、まだまだ郷里は寒いと言う。 
 

●岐阜の長瀬拓也先生が、学級通信を送ってくれる。
 彼は、横浜に小学校教諭で5年いたのである。
 

  5年目の岐阜に行く前に、その時も学級通信をもらった。
 その時も毎日発行していたのである。
 

  今回の通信も見ると、205号。
 並のことではない。
 

  今彼の本『ゼロから学べる学級経営』が明治図書では爆発的に売れている。
 まだ30歳前半のばりばりの若手である。
 

  「自分の体と相談してほどほどにしてくださいよ」とメールを送る。

●新潟の十日町の庭野三省先生から「百冊の本」第18巻が送られてくる。
 庭野先生は、いま十日町の教育委員長をされている。
 
 

  この「百冊の本」は、読まれた本100冊の感想をこの1冊にしてある。
 これを18巻続けられたわけである。

 かつて私は庭野先生のことを「北陸の巨人」と称した。
 誰もマネができない仕事をこうしてされている。

 扉の言葉に次のように書いてある。

 ★ ★ ★
 難産の末、ようやく第18巻が完成する。途中、何度となくあきらめかけたことがあった。
 それでも3年近い歳月でここまでたどりつくことができたのは、自尊感情の発露である。私の人生の中で本を読んだり、その感想を書くことがなくなったりしたら、何が残るのか。
 時代がどう変わろうと、私はこれでしか生きていけない。少なくとも私の生き甲斐の中心にあるのは、本を読み、文章を書くことである。この生き甲斐の具体化が『百冊』の本になる。
 人生の終末に向かって、私は今、蔵書の整理を始めている。これと『百冊の本』の取り組みがどう協働するのか、自分自身でも分からない。それでもこの取組を続けよう。
 ★ ★ ★

 庭野先生は、定年後の「そのあと」と闘っている。
 私は、人生の「帰路」と言っている。 

  かつて詩人谷川俊太郎は「そのあと」という詩を書いている。

  そのあと

  そのあとがある
  大切なひとを失ったあと
  もうあとはないと思ったあと
  すべて終わったと知ったあとにも
  終わらないそのあとがある

  そのあとは一筋に
  霧の中へ消えている
  そのあとは限りなく
  青くひろがっている

  そのあとがある
  世界に そして
  ひとりひとりの心に

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