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「味噌汁・ご飯」授業本の出版①~「日常授業」は日本の「授業研究」になかった~ 

   19日に「味噌汁・ご飯」授業本が出版される。

 『日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業』国語科編(明治図書)

 改めて「味噌汁・ご飯」授業の意味することをまとめておきたい。

  ★
 
 「味噌汁・ご飯」授業というのは、「日常授業」をネーミングしたものである。

 不思議なことだが、今まで日本の「授業研究」の歴史で、これをターゲットにして追求されたことがない。
 
 昨年、山口の講座で福山憲市先生にこのことを確認したが、福山先生も「ありません」と断言されていた。(学校単位で追求されたことはある。でも、それは極めて少数の学校である)

 そもそも「日常授業」を問題にするという発想が、日本の学校の授業研究になかったと言っていいのだ。
 
 なぜだろう?

 さまざまな答えがあるが、確かなものはない。

 要するに意識されてこなかったということになる。
 意識する必要もなかったとも言える。
 
 ★

 「日常授業」を部活指導に喩えられることがある。
 
 日頃の練習が「日常授業」で、試合が「公開授業」の研究授業だということ。
 分かりやすい。
 
 しかし、この場合試合のための日頃の練習である。
 公開授業研のために「日常授業」の積み重ねがあるということになる。
 
 

 このような考えで行っている実践家は多い。
 学校の重点研の研究授業でも、研究授業へ向けて、「日常授業」を整えていく。
 
 

 研究指定校は、ほとんどこの考えである。
 「日常授業」は、公開研究日へむけての練習授業になる。

 だが、「日常授業」は公開授業研のためにしているわけではない。
 「日常授業」は、あくまでも子供たちの学力保障のためである。
 向けているベクトルがまったく違う。


 

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