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2014年3月

また、新しい4月。

  2年生を受け持っていた2年目の女性の先生のクラス。
 1
0月頃から一気にクラスが崩れてしまった。
 

  立ち歩いてウロウロしていた女の子がいたので、その子につきっきりで注意をしていたら、5、6人に増えていった。

 私の講座での話を聞いて、
「『縦糸を張る』なんて何にも考えていませんでした。ただ、子供たちと一緒に遊ぶことだけをしていました!」
という感想。
 

  よくあるパターン。
 子供たちと仲良くなることだけが頭にあったのである。

 4月の1ヶ月間の勝負。
 その間にきちんとした「縦糸を張る」ことなんて夢にも考えたことがないのであろう。
 

そして、その1ヶ月間の勝負で、1年間を通してクラスを落ち着いた状態にすることをどこからも誰からも学んでいなかったであろう。
 
 

  こんなこと、日本全国ごまんとあるにちがいない。

  でも、補助してくれる先生がいて何とか1年間を切り抜けた。

 良かったなあ。

 ★

 また、新しい4月。
 初任の先生たちが入ってきて、悪戦苦闘の日々になる。

  
 

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つれづれなるままに~4月8日までは毎日講座が続く~

  ●22日、湯河原の小さな温泉宿で、「味噌汁・ご飯」授業研究会のメンバーと一緒に
 「味噌汁・ご飯」授業本の出版記念会を開く。
 この日は、さんざんに飲んで二日酔いになる。
 
 

 携帯を宿に忘れ、それに気づいたのが帰りの電車の中。
 途中で電車を下り、あわてて宿へ立ち戻る。
 

 良い天気で、このままもう一泊しようかと思ったが、日程が詰まっていて断念。 

●26日は、結婚記念日。41年目。
 さんざん女房にはお世話になっている。
 横浜高島屋へ行って、バックをプレゼント。

●3月27日 愛知県小牧市の初任者指導。
 2時間30分びっしりと話をする。
 
 

 初任者も頭がパンク状態ではなかっただろうか。
 
 

 もうここに通ってきて6年目になる。
 4月1日の赴任前研修を始めたのは、この小牧市である。
 
 

 今では、方々の教育委員会が行うようになっている。
 初任者に準備をさせるためである。
 
 

 この小牧市は、私の初任者研修の6年間、一人も初任者が辞めていないということでうれしい話を聞く。

●終わった後、玉置崇先生と一緒に元小牧市の教育長副島孝先生(今は大学に勤められている)に会いに行き、喫茶店で1時間ほど話をする。参考になる話ばかり。

 副島先生は、お会いした当時から少しも変わられていなくて意気軒昂。
 大学へ行かれてますます若くなられていくようだ。羨ましい。

●それから名古屋に行って、私を囲む会を開いてもらう。
 玉置先生や指導主事の先生たち、大治町の教育長の先生たち。

 ちょっと公開できない話ばかり。

 玉置先生の話には、感動しっぱなし。
 今60人の教職員がいる中学校の校長だが、経営の仕方が玉置流。

 大阪の橋本市長に聞かせてやりたいと思ってしまう。(笑)
 もう管理のあり方、校長の姿勢、すべて変えていかなくてはならない時代に突入したのだと思ってしまう。

●28日 愛知県大治町での研修会。
 あま市教育委員会との合同の研修会になる。

 あま市の教育長、教育委員の方々もいっぱいみえていて、恐る恐る講演を始める。
 4月から初任になる先生たちもいる。

 「初任の先生たちには、あまりにも暗い話ですがごめんなさい!」と話し始める。90分。
 しっかりと聞いてもらえる。

 聞いていた一人の若い先生からフェイスブックで挨拶を受ける。
 教育観が揺さぶられたと書いてあった。
 うれしいことである。 
  

●このように連続してあちこちを歩き回っている。
 29日横浜野口塾。
 これからも4月8日までは毎日講座が続く。
 
 

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3月29日野口塾が迫ってきました!

      いよいよ第124回の野口塾が迫ってきました。
 どうぞ皆さん、ご参加下さい。
 


第124回 授業道場「野口塾」IN横浜

1 期 日 平成26年3月29日(土)10:10~17:00
                  
2 会 場  横浜市水道会館  横浜市保土ヶ谷区宮田町
                                        1-5-7
         相鉄線 天王町駅徒歩10分
           
3 参加費 5,000円    学生2,500円

4 定 員 60名

5 日 程
    9:40 受付開始
  10:10~11:50 第一講座 「説明文指導のポイントはこれだ」
    10:10~10:25   地元教師による「すがたをかえる大豆」の模擬授業
     10:25~10:30   野口先生による指導・講評   
     10:30~10:45  野口先生による「すがたをかえる大豆」の模擬授業
           5分休憩
   10:50~11:50    野口先生による説明文の指導法についてのご講演
          

 13:00~14:40 第二講座 「詩の指導のポイントはこれだ」
    13:00~13:15     地元教師による「生きる」の模擬授業
     13:15~13:20    野口先生による指導・講評
     13:20~13:35     野口先生による「生きる」の模擬授業
         
      13:40~14:40    野口先生による詩の指導法についてのご講演
       
   14:50~15:40  第三講座  野中信行先生の学級経営講座 
                              「学級を軌道に乗せていく学級づくり」
         
 15:50~16:30 第四講座  野口先生の教養講座 
                         「道徳の新しい動き」

 16:30~ 17:00  交流会
                                          
 17:30~19:30 懇親会(希望者) 

6 申込方法
 「第124回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLからお申し込みください。
   http://kokucheese.com/event/index/146353/

 

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民間の公募校長はもともと無理なのである~大阪市の公募校長の更迭から~

   読売のネット配信で次のような記事が出ていた。
 大阪市の公募校長のまたまたの更迭である。
 ★ ★ ★
大阪市の公募校長また更迭…保護者からも反発

 昨年4月にスタートした大阪市の校長公募制度で、新聞記者出身で同市生野区の中学校に赴任した男性校長(38)について、市教委が3月末で更迭する方針を固めた。
   
 教員や保護者らと人間関係が築けず、「学校運営の能力が足りない」と判断した。校長としての任期(3年間)が残っているため、市教委は別の部署に異動させる方向で検討している。来週の市教育委員会議で最終決定する。同市の民間出身校長の更迭はこれで2例目。

 市教委関係者によると、更迭される校長は教員とのコミュニケーションにつまずき、保護者からも反発を受けていた。2学期の途中からは退職した前校長が業務をサポートしていたが、3学期になっても、教員や保護者との関係が改善されず、市教委は更迭を決めた。

 民間出身校長は「校長職」に限定して公募・採用しているため、他の職に就くことは想定されていない。ただ、今回は学校運営に支障をきたしており、他校の校長に配置転換するのも不適当として、市教委は男性校長を他の部署に異動させる方向で調整している。

 同市の民間出身校長は昨春、全国公募で11人が採用されたが、港区の小学校に赴任後、保護者らへのセクハラ行為が発覚した50歳代の男性校長が更迭され、その後自主退職するなど、すでに2人が辞めている。

 市議会からは「制度の見直しが必要」との声が上がり、来春採用分の経費(2800万円)が新年度当初予算案にいったん計上されながら削除された。今回の更迭で、市議会の反発はさらに強まるとみられる。

 市教委幹部は「校長公募制度は続けたいが、議会や市民の理解を得るのは今後、ますます難しくなるかもしれない」と話している。

(2014年3月20日10時10分  読売新聞)
 ★ ★ ★

 学校現場に長くいた立場から、この民間からの公募校長制度にきちんと言っておきたい気持ちになった。

 横浜でも民間から楽天の副社長が、中学校の校長になったことがあった。
 3年で辞めてしまった。

 今まで民間から校長になった人で、それなりの実績をあげた人は、東京の中学校で校長になった藤原和博さんであろう。リクルートからの転進であった。
 それでもずっと校長を続けることはなかった。

 世に知られていない人でも、民間校長としてうまくやられている人はいるのだろうと思うが、たいていはうまくいかないのだと私は思っている。

 民間の人たちは、学校現場が民間の会社を経営する感覚で何とかなると思いすぎている。
 学校現場内部の状況がどうなっているのか、それにまったく無頓着なのである。
 校長個人の意欲、情熱、経営感覚でうまく動いていくのだという錯覚である。

 たとえば、大阪などはほんとうになってほしい先生たちは、ほとんどが管理職にならないと聞いている。
 多分ほんとうだろうと思っているが、実態は分からない。

 校長が陣頭指揮をしなければ、学校は変わらないと分かっていても、そうしていない。 現場のひどさと管理職の非力さをまざまざと見せつけられているからだろうと、私は推測している。

 こんなことが分かっていなくて、ひょっこり現場を知らない人間が校長になったからといって、うまくやれるはずがないではないか。
 常識である。

 大阪だけではないが、いま校長たちは、苦情処理係としてあたふたとしている毎日なのである。
 自分の学校経営をどうしていこうなどといったことなど後回し。

 ★
 民間の公募校長は、現場に行ってまず気づくのは、教職員の忙しさである。
 これはびっくりするはずである。
  普通の教師たちが分刻みで動いている現実である。

 そして、自分がやろうとしていることと、学校現場の現実の落差に気づく。
 まともな人ならば、そこで呆然となる。
 学校現場の現実をまったく知らなかったことに気づく。

 ここでたじろいだら、なぜ自分が民間から来たのか分からないので、自分の経営方針を全職員に話す。
 無反応。

 あまりにもとんちんかんなのだ。
 先生たちはそんなことはやってられないのである。
 ★
 勘違いをしているのである。

 校長に学校現場の先生たちが期待していることは次の3つのこと。

  ①学校法規、学習指導要領などの内容に精通していること。
  ②親や子供たちの悩みなどについて親身になって相談できること。
  ③授業などの悩みについては、身をもって(授業をして)示してくれる
   こと。
 
 民間からの校長たちは、以上の3つともできないではないか。
  やれないのである。

  あるのは、民間会社に通用する経営感覚であろうか。

 もともとが現場の先生たちから受け入れられない状態にあるのである。
 それを知らないで、何かできるという幻想を持っている。
 それは大阪の橋本市長も、ほとんど同じような感覚に違いない。

 学校現場は、これから<冬>の時代から<嵐>の時代を迎えていく。
 学校現場を知らない人間が、校長になることなどできない時代である。

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「味噌汁・ご飯」授業本の出版(3)~

「ごちそう」授業 について書いた。
 私は若い頃毎日「ごちそう」授業 をしたいと思ったことがある。
 

 毎日、楽しく、おもしろい授業をしたいという願いである。
 だが、願いとは反対にほとんどそんな授業をすることができなかった。
 

 たまにそんな授業をすることがあったが、1年に何回かのことである。
 結局平々凡々に毎日の授業をして過ごすということで、37年間の担任生活を終えた。
 

 そのことで考えたことがある。
 毎日、おもしろい、楽しい「ごちそう」授業 をしていたら、子供の立場で言えば疲れて大変ではないだろうか。(笑)
 

 「ごちそう」を朝昼晩出されたら、どんなことになるだろうと考えればいい。
 糖尿病になるし、ごちそうに飽きがきてしまうだろう。
 

 毎日毎日がんがん討論のある授業を想定してもいい。
 子供たちは疲れて疲れて大変であろう。
 

 たまに「ごちそう」があるから、ちょうどいいのではないか。
 普通は「味噌汁・ご飯」で良いのではないだろうか、と。(笑)
 ★
 脱線してしまった。
 「ごちそう」授業 の話である。
 

 はっきり言えば、多くの先生たちは「ごちそう」授業を作るような技術を深めていないし、身につけてもいない。
 

 また、毎日の「日常授業」の繰り返しで、そのような過程を経ることも不可能である。
 

 多くの先生たちは、学校の中で1時間の教材研究の時間さえも取れないのである。
 とするならば、赤刷り本を片手にその場で教材研究(?)しながら授業をするというようなことが起こってくる。
  ひどい「日常授業」が展開されることになる。

 ★

 

 ここで発想を転換する。
 

 「ごちそう」授業でなくていい。
 毎日が楽しく、おもしろくなくていい。
 

 日々が豊かに充実するような「日常授業」を展開できないものか。
 日常を乗り切っていく「日常授業」の方法がないものだろうか。
 

 このように考えてみる。
 

 そこで考え出したのが、「味噌汁・ご飯」授業である。
 

 「味噌汁・ご飯」授業の目的は、3つ。
 ①日常性の追求
 ②基礎学力の保障
 ③全員参加 

 日常性の追求とは、学校にいる時間の中で(せめて1時間は教材研究の時間を確保たい)教材研究をしたいという願いである。

 「現実」を踏まえて、できることを追求したいという願いである。

 

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「味噌汁・ご飯」授業本が出版される!

   『日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業』国語科編 (明治図書)が
出版された。
 アマゾンから購入できるようになるのは、3月末になるであろう。
 明治図書はすでに購入できるということである。
 webマガジンでは、著者インタビューが載っている。 

 http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20140246

Cover

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「味噌汁・ご飯」授業本の出版②~「ごちそう」授業 のこと~

   「味噌汁・ご飯」授業と対比する授業として、私達は「ごちそう」授業 というネーミングを使ってきた。

 今までの日本の「授業研究」の歴史は、「ごちそう」授業 を追求するものであったと言ったならば納得してもらえるのではないだろうか。どうであろうか。

 「ごちそう」授業 とは、多くの時間をかけて教材研究をし、さまざまな準備をし、さまざまな授業技術を駆使して作り上げる授業である。

  だから、「すごい!」と感嘆な声が飛び出してくるほどに卓越した授業が展開される。
(展開されない授業も多くあるが、…)
 授業名人と言われてきた先生たちは、このような授業を公開されてきたのである。

 今までこのような「ごちそう」授業 を自分もしてみたいと憧れて授業修業をしてきた先生たちは多くいたのである。

 言うなれば、今までの「授業研究」の歴史は、憧れの授業を目指して積み重ねてきた歴史である。

 憧れの「ごちそう」授業 とはどんな授業なのか。

 ①授業中に、がんがん多くの子供たちが討論をする授業。
 ②授業中に、多くの子供たちがどんどん発表する授業。
 ③授業中に、目を輝かせて子供たちが活動する授業。
 ④子供たちにきわめて高い学力保障ができる授業。  など

 こういう授業になる。
 今でも多くの先生たちが、こういう授業を目指して「教師修業」を繰り返していることであろう。

   ★ 
 

 こういう「ごちそう」授業 を目指していくことに私達は批判しているわけではない。 むしろ、1年に1,2回はこうした「ごちそう」授業 を追求していく必要があると考えている。

 「ごちそう」授業 は、どういう過程を経てできあがってくるのか。
 一般的な過程を考えてみる。

 ①教材研究
 ②指導言((発問・指示・説明)
 ③指導案作成
 ④机間指導
 ⑤板書指導
 ⑥ノート指導
 ⑦立ち位置の確認
 ⑧音読指導
 ⑨授業のテンポ
 ⑩フォロー
 ⑪グループ活動のさせ方
 ⑫話し合いのさせ方
 ⑬発表のさせ方
 ⑭討論の技法    など

 すぐれた実践家は、自分なりの方法論を持っていて、それを適用しているはずである。 また、上にあげたことは、その時だけのことではなく常時継続的に指導してきているはずである。

 それでも一般的にこのような過程を経て、「ごちそう」授業 は作られてくる。 

 私達が「ごちそう」授業づくりを勧めるのは、これらの方法が自分の中で身についてくれば、瞬時に適用できる実践ができるようになってくるからである。
 

 いわゆる授業の名人と言われている先生は、これらを瞬時に適用させて「日常授業」にも応用されているはずである。

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「味噌汁・ご飯」授業本の出版①~「日常授業」は日本の「授業研究」になかった~ 

   19日に「味噌汁・ご飯」授業本が出版される。

 『日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業』国語科編(明治図書)

 改めて「味噌汁・ご飯」授業の意味することをまとめておきたい。

  ★
 
 「味噌汁・ご飯」授業というのは、「日常授業」をネーミングしたものである。

 不思議なことだが、今まで日本の「授業研究」の歴史で、これをターゲットにして追求されたことがない。
 
 昨年、山口の講座で福山憲市先生にこのことを確認したが、福山先生も「ありません」と断言されていた。(学校単位で追求されたことはある。でも、それは極めて少数の学校である)

 そもそも「日常授業」を問題にするという発想が、日本の学校の授業研究になかったと言っていいのだ。
 
 なぜだろう?

 さまざまな答えがあるが、確かなものはない。

 要するに意識されてこなかったということになる。
 意識する必要もなかったとも言える。
 
 ★

 「日常授業」を部活指導に喩えられることがある。
 
 日頃の練習が「日常授業」で、試合が「公開授業」の研究授業だということ。
 分かりやすい。
 
 しかし、この場合試合のための日頃の練習である。
 公開授業研のために「日常授業」の積み重ねがあるということになる。
 
 

 このような考えで行っている実践家は多い。
 学校の重点研の研究授業でも、研究授業へ向けて、「日常授業」を整えていく。
 
 

 研究指定校は、ほとんどこの考えである。
 「日常授業」は、公開研究日へむけての練習授業になる。

 だが、「日常授業」は公開授業研のためにしているわけではない。
 「日常授業」は、あくまでも子供たちの学力保障のためである。
 向けているベクトルがまったく違う。


 

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もう昔の良き時代に戻ることはできない。~大阪セミナーを終えて~

   15日に大阪セミナーに行く。
 天満橋の会場があるのは、あの橋本市長の大阪市である。
 会場ぎっしりの人数。若い先生たちがいっぱい。熱気がある。

 そこで講座を始める。
 どの講座も熱心に聞いてもらえる。
 
 

 大阪の先生たちがほとんどである。
 きっと周りは学級崩壊になっている(あるいは自分も大変になっている)という事例がいっぱいの状態であろう。
 深刻さの度合いが違う。

 ★

 大阪は、私が教師になる数年前に行っていた全国の学力テストでは、上位を占めていた。
 その頃、全国の先生たちが大阪に学べと、民間の研究団体が集まっている大阪へ集まったものであった。
 
 

 大阪は、教育のメッカであった。
 今はその当時の面影さえも見ることはない。
 
 

 全国の学力テストでは、下位を低迷している。
 この40何年の間に、大きな地盤沈下が起こったのである。

 私は、その原因を簡単なフレーズで表現した。

 「縦糸の枠組み」が壊れたのである。

 大人と子供の枠組み。親と子の枠組み。先生と生徒の枠組み。……。
 40数年前にはまだこの枠組みは、きちんと社会全体にあったのである。

 今では東北には、まだまだこの「縦糸の枠組み」が残っている。
 だから、東北は、学力テストも上位であり、そして学級崩壊なども少ない。

 ★
 誰がこの「縦糸の枠組み」を壊したのか。

 マスコミや教育関係者は、80年代、90年代、その原因を学校や、教師たちに求め、学校叩きや教師叩きを盛んに行った。

 結果は、更に悪くなった。
 学校に残っていた「縦糸の枠組み」を更に放逐してしまったからである。

 違ったのである。原因は、社会全体が加担したのである。(もちろん、学校も加担した)

 社会全体が、この「縦糸の枠組み」を壊してしまったのである。

 ★
 だから、私の提案は、はっきりしている。

 「縦糸の枠組み」が壊れてしまった学校や教室に、新たに枠組みを再構築するという提案になる。

 昔に戻ることは、もうできない。
 昔ながらの指導は、もはや無理になっている。
 

 昔ながらの厳しい指導を繰り返しているベテランの教師が、学級崩壊になるのは当然のことだ。

 「縦糸の枠組み」が壊れてしまって、子供たちが変貌してしまったのである。(全部の子供ではない)
 その子供たちには、昔ながらの枠組みの指導が通用しない。

 もう昔の良き時代に戻ることはできない。
 これははっきりしているのである。

 ★
 「新たに枠組みを再構築する」と書いた。
 
 何か新しい指導法を考え出して、それを実践に移していくと考えられるかもしれない。
 

 私の再構築は、そんなことではない。

 もちろん新しく提起したものも確かにあるが、ほとんどはそんな提起ではない。

 どんな提起なのか?

 「ひき算発想」で、今までの実践を削り取っていくことである。
 

 私の「学級づくり3原則」「授業づくり3原則」「勝負は1ヶ月」……。
 さまざまな提案は、「ひき算発想」から生まれてきたものである。

 いま学校や教師たちは、膨れに膨れあがった仕事に追われながら生活している。
 目の前の蠅を追い散らすだけの仕事ぶりになってしまっている。

 「たし算発想」によって「あれもこれも」付け加えてきた結果である。
 もちろんこれは学校や教師たちだけの責任ではない。

 今必要なのは、膨れあがったさまざまなものを削り取っていく「ひき算発想」である。
 どうしても必要で、効果的なものだけを残して思い切って削り取っていくことである。

 これを思い切ってなさなければ、もはや学校や教師たちが元気になって甦ることはできないであろう。

 ★
 講座を運営している若手の先生たちの元気さや、学ぼうとする意気込みや姿勢に感銘を受けた。

 大阪はいま日本の中でも困難さを一番持ったところだと、私は認識している。
 そんな中で、こうした若手の先生たちがいることは実にうれしいできごとであった。
 とても充実した時間であった。
 

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大阪での一日セミナーにでかける!

   これから大阪へ出掛ける。
 明日、大阪でのセミナー。
 

  一日通しての講座になる。
 2つの「学級づくり」講座、「味噌汁・ご飯」授業講座、「現場教師に期待すること」講座、Q&A講座と5つの講座である。
 

  私の集大成の講座と銘打っている。
 もうこうした講座は、これから引き受けることはないであろう。
 ★
 55歳の時、一冊目の本(『困難な現場を生き抜く教師の仕事術』学事出版)を出してから11年の歳月が過ぎた。
 

  この11年間に、どんな仕事をしてきて、その仕事がどんな意味があったのか、まとめて語ろうというわけである。
 

  セミナーを開催している丸岡さんから呼んでもらえなければ、こうしたことはできなかったであろう。感謝している。 
 

  私も70歳までに手の届くところまで来ている。
 ぴったりの講座になる。

  おかげで70人の満席になっている。
 ★
 19日に、私達の「味噌汁・ご飯」授業研究会メンバーで書いた本が出版される。
 ほんとうならこのセミナーに持っていきたかったのであるが、残念である。
 


 『日々のクラスが豊かになる「味噌汁・ご飯」授業 国語科編』(明治図書)
 ぜひ手の取って読んでいただきたいものである。

   Cover_2

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3月29日(土)野口塾が近づいてきました!

  次の要項で、今年も横浜野口塾が開催される。
 どうぞご参加下さい。


第124回 授業道場「野口塾」IN横浜

1 期 日 平成26年3月29日(土)10:10~17:00
                  
2 会 場  横浜市水道会館  横浜市保土ヶ谷区宮田町
                                        1-5-7
         相鉄線 天王町駅徒歩10分
           
3 参加費 5,000円    学生2,500円

4 定 員 60名

5 日 程
    9:40 受付開始
  10:10~11:50 第一講座 「説明文指導のポイントはこれだ」
    10:10~10:25   地元教師による「すがたをかえる大豆」の模擬授業
     10:25~10:30   野口先生による指導・講評   
     10:30~10:45  野口先生による「すがたをかえる大豆」の模擬授業
           5分休憩
   10:50~11:50    野口先生による説明文の指導法についてのご講演
          

 13:00~14:40 第二講座 「詩の指導のポイントはこれだ」
    13:00~13:15     地元教師による「生きる」の模擬授業
     13:15~13:20    野口先生による指導・講評
     13:20~13:35     野口先生による「生きる」の模擬授業
         
      13:40~14:40    野口先生による詩の指導法についてのご講演
       
   14:50~15:40  第三講座  野中信行先生の学級経営講座 
                              「学級を軌道に乗せていく学級づくり」
         
 15:50~16:30 第四講座  野口先生の教養講座 
                         「道徳の新しい動き」

 16:30~ 17:00  交流会
                                          
 17:30~19:30 懇親会(希望者) 

6 申込方法
 「第124回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLからお申し込みください。
   
http://kokucheese.com/event/index/146353/

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人生は時間である~人間として大切な時間を忘れていないだろうか~

   前回のブログを受けて、京都橘大学の池田修先生がブログで次のように書かれている。
 以下全文引用したい。
 
 ★ ★ ★
教育、指導の営みは、教師にとっての「問題解決学習」なのだ。

 野中先生が、放課後の○付けをやめて、授業中にするようにすることを提唱されている。その通りだと思う。

http://nonobu.way-nifty.com/blog/2014/03/post-60b6.html

私は、書き込み回覧作文を提唱している。
http://melma.com/backnumber_44161_350151/
作文を書いたら、それを学級の中で書き込みをしながら回覧するのである。1分で読んで、コメントを書いて次の人に回す。これだけである。読者をクラスの仲間に固定することで、書く方も書きやすくなる。

作文を書かせるための生徒のための工夫である。
が、もう一つある。

この書き込み回覧作文は、教師が一緒にはいることで、授業内に生徒の作文を読み評価することが出来るのである。ここが実は非常に大きな意味を持っている。
作文は、総合的な国語の力を必要とするので、書かせるためにはいろいろな指導の工夫が必要になる。ところが、書かせるための工夫だけではなく、書かせた後の工夫も必要になる。作文指導で難儀なのは、子供達が書けるようにするために書かせることが必要だが、書かせた後に、教師が読む時間を確保する必要が出てくると言うことなのだ。

つまり、指導すればするほど教師は大変になる。文集までやろうとしたら、とんでもなく大変になる。だから、やらなくなっていく。作文を書かせなくなって行く。子供達は書くことが出来なくなって行く。という悪循環に陥って行く。

授業内に評価が終われば、この問題は解決する。
悪循環は断ち切れる。


「テストや、ドリルや書写ノートの丸付けは、放課後にする」という習慣(考え方)ができあがっているから、その習慣で行っているだけである。
 その「やり方」を変えていけばいい。

と野中先生は書かれている。
まさに、その通りだと思う。

問題を課題に変え、その課題を解決して行く。
教育、指導の営みは、教師にとっての「問題解決学習」なのだ。

  ★ ★ ★

 私の授業中の丸付けは、現役の頃はずっとやってきていることであった。
 
 

  そのために、放課後は教材研究に当てることができた。(教材研究は、教室で行うというのが鉄則である)
  学級通信も放課後教室で書いた。

 だから、帰宅は5時過ぎ。6時までいることはめったになかった。
 教務主任をしているときも、5時30分か6時頃には帰った。
 
 

  「自分の時間」を持ちたかったのである。
 
 

  毎日のように夜の9時、10時まで学校に居残りして、学校の仕事をしているというのはとても信じられない。
  何をやっているのであろうか。

 教師の仕事は、やろうと思えばいくらでも湧いて出る。
 それを際限なくやり続けてどうなるというのであろうか。

 「人生は、時間である」
 そんなに時間を無駄遣いして、どうなるのだろうと思ってしまう。

 ★
 確かに、教師という職業で誇りを持てるような仕事をしたい。
 そう思うのは当たり前である。
 

  しかし、それが全てではない。
 


 早く家に帰って、食事を作ったり、本を読んだり、音楽を聴いたりする。

 家族で話したり、あるいは自分一人の時間を持ったりする。

 毎日の生活の中で消えていく、これらのできごと。
 
 だが、この時間はかけがえのないものである。
 

  人間としてもっとも大切な時間だと思っている。

 3年目までの先生たちに、この時間を持てというのは過酷なことだが、早く仕事を覚えてこういう生活ができるようにしていくことである。
 
 

  そのためには、自分なりの「仕事術」を早く身につけていく必要がある。

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嘆いていても始まらない。先生たちも工夫するのである。

   宇都宮教育委員会が教員の雑務軽減へ指針を出したというニュースを知る。
 
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20140305-OYT8T00485.htm?from=tw

 画期的なことだと評価したい。
 
 

 かつて2学期制の学校で、前期だけで学校へもたらされる報告文書などの類いが3000枚になったと聞いたことがある。
  びっくり。
 おいおい、それじゃあ1日当たり23枚から24枚になるではないか。

 だれが処理をしているのか。
 ほとんどが教頭(副校長)が処理をしているが、担任に回ってくる文書も多いのである。
 

 最近は、メールでの通信が多いらしいが、その数の多さに辟易すると知り合いの校長さんから聞いた。
 

 遅ればせながら、宇都宮教育委員会の指針は画期的である。

 他の教育委員会も続いてほしいものである。

 ★ 
 いじめ自殺事件である新聞社から取材を受けたことがあった。

 記者から「野中先生、こんなひどいことが学校で行われているのに先生たちは気づかないのですか?それとも見て見ぬふりをしているのですか?」と問われたことある。

 あまりにもひどい大津の中学校のあの事件である。

 結果的には,ひどい事態がニュース報道で流されていた。

 私は答えた。
「いや、先生たちはいじめ防止などにさぼっているわけではないですよ。この学校も対応はしていたはずです。
 だが、今の先生たちにあるのは、『何が大事で、何が大事でないか』の判断ができなくなって、目の前にある対応に追われて、全てが雑務のような感じになっていることです。『いじめ対策』も『部活指導』も、『生徒指導』も『授業』も……忙しさの中で雑務のような感じで対応してしまっているのです。そこが最大の問題です。」

 記者には、このことがピンとこなかったみたいで記事は没になった。

「いや、私達の学校は違います!」
と言われるならば、それはまともである。
 学校がきちんと機能しているのだ。

 ★
 だが、はっきりしているのは、多くの教師たちが普通に展開している「日常授業」が「雑務」として感じられていることである。

 学校の「日常」は、教師たちの「日常授業」によって成り立っている。
 これが雑務として感じられているとしたら、学力を向上させるなどということはお題目になってしまう。

 教師の本務が、雑務になっていることは深刻なことである。

 これは教師だけの責任ではありえない。
 あまりにも忙しすぎる、その仕事の有り様にある。

 ★
 私は多くの講演会の中で、「先生たちは、学校の中で一日1時間の教材研究の時間を確保できますか?」と質問してきた。

 多くの先生たちは、手を挙げられなかった。

 一日に1時間の教材研究の時間が取れなくて、明日は5,6時間の授業をするのである。
 どんな授業がなされるか、想像できるであろう。
 

 学校で、一日に1時間の教材研究の時間を確保するのは最低ラインのことである。
 学校は、この時間を保障するために何とかしなければいけないはずである。 

  しかし、絶望的である。
 こんなことさえ学校は実現できないのである。

 ★
 嘆いていても始まらない。
 先生たちも工夫しなければいけない。

 その工夫の初めは、テストの丸付けを放課後の職員室で行うことを止めていくことだと、私は思っている。
 
 会議がない放課後は、全て教材研究の時間として確保することである。
 

 では、丸付けはどうするんですか、言われる。
 テストの時間内に終えることである。

 ドリルや書写ノートなどの丸付けは授業中に終えることである。

 そんなことができるのですか、と言われる。
 もちろんできる。
 そのように授業を構成していけばいいのである。

 「テストや、ドリルや書写ノートの丸付けは、放課後にする」という習慣(考え方)ができあがっているから、その習慣で行っているだけである。
 その「やり方」を変えていけばいい。

 これだけのことであるが、それがむずかしい。

 何が大事であるか、何が簡単に済ませていくことなのか、そういう考えを取り戻していくことが、私は今とても必要なことであると考えている。

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心が震えました!

   私が行った初任者研修会に参加した1人の初任者の人と、この1年何度もメールなどを交わしていた。
 

 大変なクラス(個別支援の子供たちが4人もいる)を受け持っていた。
 周りの先生たちからは「人事のミスだ!」と言われていたらしい。
 

 社会人から教師になった初任者。
 何とか1年を終えてほしいという願いがあった。
 

 今日、メールが来ていた。
 

  ★ ★ ★
 今日、最後の保護者会がありました。
保護者の方から来年も〇〇〇先生にお願いしたいと何回も言われ、心が震えました。
本当に嬉しかったです。これからも教師の仕事を頑張っていこうと思います。
  ……………
  ★ ★ ★

 こんなうれしいことはない。
 「心が震える」ということがよく分かる。
 

 私の学級づくり論で、日を重ねるごとにクラスをまとめていった経緯がある。
 よくやったのだ!

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大阪セミナーのお知らせ

  台風で延期になった「大阪セミナー」が、3月15日(土)に開催される。
 もうすでに55名の方が参加されることになっているということで、びっくりしている。
 ありがたいことである。
 申し込みは以下のところでお願いしたい。

 http://kokucheese.com/event/index/137010/

 この会は、今までの私の集大成を込めたいと思っている。
 ただ、集大成になるのかどうか、そこが問題であるが…。(笑)

 2つの講座で、「学級経営」(学級づくり)についてまとめたものを提起したい。
 
 1つの講座で、「味噌汁・ご飯」授業(日常授業の改善・充実)について提起したい。

 そして、最後の講座(「現場教師に期待すること」)で、これからのことを提起したいと思っている。

 どうぞおいで下さい。

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『THE 新採用教員 ~小学校教師編~』 発刊される!

  『THE 新採用教員 ~小学校教師編』(山田洋一編 明治図書)が発刊される。

 

 

 

 16人の先生方が書かれている。

 

 私もベテラン教師の一人として書かせてもらっている。

 

 タイトルがドキッとするもの。

 

 「努力なんかしてはならない。『やり方』を変えていくことだ!」

 

 真面目な初任者が、クラスの荒れを自分の努力不足だと責め、ますます努力して自分を潰していく様を見聞きしてきた。

 

 

 

 そうじゃないんだよと書いている。

Sisaiyou

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福島のN小学校へ行きました!

 東京からの新幹線で、福島の新白河駅でおりる。
 そのまま東北本線に乗る。
 

   いくつかの駅を経て、泉崎駅。
 下りると無人駅。
 

  周りは、まだまだ雪が降り積もっている。関東と違って寒い。
 
 ポストみたいな物に切符を入れて出る。
 

  お茶を飲むところもない。
 仕方なく今日訪問する学校の校長先生へ電話をする。
 ★
 訪問するN小学校は、旧知のW校長先生の学校である。
 「学級づくり」について話をしてほしいと頼まれての訪問。
 

  ついでに授業もお願いしたいということで、二つ返事で引き受ける。
 
 5時間目、1年生への授業。
 今まで4年生以上に試していた詩の授業が、一体1年生にも通じるものか挑戦する。
 
 

  いやいや大変であった。
 やはり、1年生には高度すぎると反省。

 その後、先生方に関東から西に広がる緊迫する学校事情と、そこで必要になっている「学級づくり」を80分話す。
  熱心に聞いてもらえる。

 東北と北陸の学校が日本の中では最後まで残ると私は思っている。
 まだまだ学校と地域と家庭の三者が結びついている。
 
 

  問題は、あと4,5年後にどっと50代後半の先生たちが出て行って、一挙に新採用の教師たちが入ってくる時である。
 その時をどう乗り越えるかになる。
 ★
 夜、新白河駅前のホテルへ泊まる。
 W校長先生も一緒に泊まられるという。

 じっくりとこれからの日本の教育のこと、「味噌汁・ご飯」授業のことなどを話し合う。
 途中から来年度採用の先生も加わって話は続いた。
  楽しい、楽しい話だった。
 
 
   
 

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