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2014年2月

つれづれなるままに~シリーズ本が初任者のもとに届いている~

  ●21日(金)、最後の勤務校での同窓会があったので、久しぶりに出ることができた。
 なつかしい方々にお会いする。
 

  皆さん、ほとんど変わりなく、私だけが年取った気がした。
 なつかしい話に盛り上がる。
 

  終わりには、カラオケまで付き合う。
 楽しかった~~~。

●25日(火)は、朝早く起きて大阪N市の初任者研修会(実際には研修会ではなく私の講演会)。80名の人たちの参加。
 

  あと1ヶ月に迫ったところでの、私の講演になる。
 「1年間をがんばりぬく学級づくり・授業づくり」
 2時間。
 

  びっしりと、学校へ行ったときの「現実」の状況と、準備しておくことを話す。
 
 

  終わったら、すぐにD中学校の教頭先生が迎えにみえていて、中学校へ向かう。
 私がN市に来ることを知られたD中学校の校長先生(知り合いである)から呼んでもらえたのである。
 

  中学校区の小中の先生たちが集まっておられた。
 ここで「学級を軌道に乗せる学級づくりのポイント」の話。
 1時間。

 夜は、旧知の親しいU先生、Y先生なども来られて、研修センターの所長、指導主事の先生たちと懇親会で盛り上がる。ほんとに楽しい会だった。

●『新卒教師時代を生き抜く授業術』(明治図書)が好評である。
 今日、明治図書のオンラインを見たら、総合で第6位になっている。
 うれしいことである。

「新卒教師時代を生き抜くシリーズ」として5冊目の刊行になるが、5冊とも上位でがんばっている。最初の青表紙の本は、17版までになって、ロングセラーになっているという。
 

  4月から初任者になる人たちに読まれていることになる。
 
 

  このシリーズは、大学で教えないことを徹底的にまとめてみようという意図で刊行してきたものである。
 「味噌汁・ご飯」授業研究会の仲間である秦先生と井上先生に手助けしてもらったが、

  年々、初任者になる人たちに届いているという実感がある。
 うれしいことである。

   

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『新卒教師時代を生き抜く心得術60』17版になる!

   『新卒教師時代を生き抜く心得術60』(明治図書)が再び17版の重版になった。
 うれしいことである。
 ありがとうございます。

Photo
 

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浅田真央さんはそこに気づいていただろうか~勝者とそれ以外の人を分けるのは?~

   浅田真央さんが、ショートで失敗し、次のフリーで見事に立ち直った演技をテレビで見た。
 それは、それは感動物の演技であった。
 それに涙した人たちは多くいたのではないだろうか。
 
 

  オリンピックという魔物。
 そこで、勝者と敗者はくっきりと分かれる。
 
 勝負事の残酷さは、それを際立たせる。
 

  何が勝者と敗者を分けるのか。
 
 ここにモントリオールオリンピックで射撃金メダリストのラニーバッシャムの言葉がある。
 彼は、ミュンヘンオリンピックで銀メダルに終わる。
 

  金メダルを期待されたミュンヘンでプレッシャーに潰され、銀メダルに終わった悔しさから精神との闘いが必要と痛感。
 
 

  しかし当時は精神を訓練する方法を教えるようなものはなく、オリンピックの金メダリストに直接やり方を聞いたり、いろいろな本を読み情報を集め集約し、スポーツの世界に「メンタルマネージメント」という理論・手法を最初に取り入れ、1976年のモントリオールオリンピックで金メダルを獲得したという経歴の持ち主。
 ★
 ラニーバッシャムは、勝者とそれ以外の人々を隔てるものについて、次のように答える。 
   ★ ★ ★
  世界最高の人々を相手に競技し、かつ教えてきた私の経験からいうと
 勝者とそれ以外の人々を隔てるものは、たった一つ・・・・
 「考え方」だけです。勝者は、考え方が他の人とは違うということです。
 私が知っている勝者たち全部に当てはまる回答はこれしかありません。
   ★ ★ ★

 ★
 私は赤坂真二先生の講座で、このラニーの言葉を知った。

 「考え方」が、勝者とそれ以外の人とを隔てる。

 実は、これと同じことを私の本に書いていたので、深く共感を覚えた。
 それもちょっと引用してみよう。

 ★ ★ ★
「 Q1 うまくいっている先生とそうでない先生との一番の違いは何ですか?」
という質問に答えた、私の回答である。

 うまくいく人とうまくいかない人がいます。
 楽しそうに教師生活をおくる人もいれば、いつも不平不満を口にして過ごす人がいますよね。
 その違いは、端的に言って、その人がその仕事をどのような「考え方」で行っているかどうかにかかっていると、私なら言い切ります。
 人は自分の「考え方」に合わせて「なりたい自分」になっていくものです。教師も同じ。その人の「考え方」に合わせて、なりたい「教師」になっていきます。
 …………  (『必ずクラスを立て直す教師の回復術』学陽書房)
 ★ ★ ★
 
 うまいこと私も言っている。(笑)
 ラニーと同じなのである。
  
 ★
 そうなのだ。この「考え方」がすべてに当てはまる。
 
 ただ闇雲に練習に励めば、それで金メダルが取れるなどということはない。
 

  浅田真央さんはそこに気づいていただろうか。
 

 

  教師だってそうである。
 初任者の先生が、クラスが荒れてどうにもならなくなったとき、周りは「子供がほんとうは好きではないんではないか?」「教師に向いていないのではないか!」というとんちんかんな見方をしてしまう。

 確かに人と関わることが嫌いならば、教師は向いていないであろう。
 だが、そんな人が教師を希望するはずはないではないか。

 教師という仕事が、そんなに難しい仕事だとは、私は思わない。

 クラスが荒れてどうにもならなくなったとき、初任者は、自分の努力不足を嘆き、ますます努力をしていく。真面目な人に多い。
 寝食をつぶして、教材研究をし、授業に打ち込んでいく。
 

  だが、ほとんどうまくいくことはない。
 それで教師を辞めていった例は、いくらもある。

 この初任者の「考え方」には、「うまくいかない」→「努力不足」→「努力しかない」という直線的な思考しかない。

 違うのだ。
 「やり方」がまずいだけである。
 
 ほとんど「子供との関わり方」に問題がある。
 学級を作っていく「学級づくり」の方法に問題がある。

  この「やり方」に躓いているからである。

  だが、このことを誰が教えていくのであろうか。
 初任者指導の最大の問題点は、ここにあるのである。

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『新卒教師時代を生き抜く授業術』が2版になりました!

  『新卒教師時代を生き抜く授業術』(明治図書 野中信行・井上雅一朗著)が

2版になった。

 1ヶ月も経たない間の快挙である。

 明治図書には、2月だけで300冊の申し込みがあったという連絡である。

 

 ありがとうございます。

 Cover

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堀田龍也先生と出会う~大曲小での研究会の一日~

   願いはかなうものである。
 ずっと堀田龍也先生と会えないものかと思ってきた。
 やっとその願いがかなったのである。
 ★
  2月18日(火)に、北海道北広島市の大曲小学校で出会うことができた。
 橫藤雅人校長先生の学校である。
 

 その日、11時30分頃に堀田先生は学校に到着されるはずであった。
 私は、3時間目に4年生のクラスで習字の授業。「元気」を書く。
 
 

 始まってすぐに何かに見つめられている感じを受ける。
 何だろうという感じ。
 

 よく見ると、堀田先生が教室の後ろの正面に立っておられた。
 初めて会うのだが、さまざまなところで写真だけは見ていたので、すぐに分かった。
 

 いやいや感激する。
  早めにかけつけてこられたのである。
 ★
 その日、4年生で習字の授業をし、5年生で国語の詩の授業をする。
 全部堀田先生に見てもらう。

 現役の教師時代には、とてもこんな日がくるとは考えもできなかったことである。
 

 日本のICT研究者としては第一人者。日本の教育学の研究者として最も信頼すべき一人。
 こんな人に、私の「味噌汁・ご飯」授業を見てもらったのである。
 ★
 私が直接堀田先生を知り得たのは、札幌のY小学校の研究テーマからであった。
 その学校は、学力向上のために「日常授業」の改善を研究テーマに選んで取り組んでいた。
 

 その研究テーマをバックアップしたのが堀田先生であることを聞かされた。
 「研究授業でどんなにすばらしい『ごちそう授業』をしても、それは1時間のことにしかすぎない。その1時間で子供たちの学力を向上させることはできないのです。」

 私の「味噌汁・ご飯」授業の提案とバッチリと一致する。
 同じことを主張されている堀田先生に、会って話を聞いてみたいという思いが募った。

 その日が、2月18日であった。
 ★
 放課後、大曲小の研究会がまたすごかった。
 ワークショップ「日常授業、ここが納得、ここが疑問」というテーマ。
 

 私が授業の趣旨を説明して、すぐに先生たちによるワークショップが始まる。
 短い時間での、すばらしい話し合い。

 4部会ごとに、納得点と疑問点が提案。
 短く、すっきりと話される。

 疑問点に再び私が答える。
 
 そして、私の授業について堀田先生の解説が始まる。
 

 パワーポイントだが、全てその場で撮られた写真で展開されている。
 

 昼休みにまとめられたもの。
  これに私は圧倒される。
 ★
 私の授業への指摘は、「すべてスモールステップの繰り返しで構成されている」。
 
 そして、同じやり方の安定性、個別評定、列指名などの効果について、まったく違う角度から講評される。

 なるほど、なるほど。
 
 

 先生たちには、その指摘が胸にストンと落ちる思いではなかったろうか。
  まさに先生たちに必要な「具体」的な指摘が直になされる。
 
 ★  
「味噌汁・ご飯」授業は、「日常」に耐える授業として、今まで積み重ねられてきた「ごちそう授業」の要素を削って、削って、シンプルにまとめたものである。
 
 

 膨れあがった「ごちそう」授業の原理・原則では、「日常授業」は成り立たない。

 「授業づくり3原則」はそのようにしてできあがっている。

 堀田先生の指摘どおり「すべてスモールステップの繰り返し」なのである。
 私達は、「小刻みな活動」と言っている。

 「ごちそう授業」の派手さも、すごさも、活発な子供の活動も、討論もない。
 しかし、子供は集中している。

 実は、このシンプルさが、子供たちの集中力を高めていくのだと考えている。
  私がさまざまな教室で授業をして、子供たちが実証してくれている。
  
  ★
 近代建築の父 ミース・ファン・デル・ローエは、次のように言う。

 Less  is  more.  (少ないことは豊かなこと)

  この言葉を私なりに意訳する。
 「日常授業」を豊かに機能させようと思ったら、その組み立ては、とことんシンプルに創ることだ、と。

 ★
 その日、堀田先生の行きつけの店で、イタリア料理を食べる。
 ワインを飲み(飲み過ぎたが)、幸せな一日を振り返る。
  ここの料理のおいしさは格別である。

 さまざまに堀田先生の話を聞きながら、北海道の学校力向上のアドバイザーとしての仕事を引き受けた幸せ感を感じたのである。
 
 

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つれづれなるままに~忙しい生活を送っています~

   ●3日に日本へ帰ってきて、翌4日は、一日中メールの返事や手紙の返信に追われる。
 1週間居なかったのである。
 
 

  まだ、時差ぼけが残っている。
 昼寝は長くしてはいけないと聞いていたので、できるだけ普通に起きて、普通に過ごす。
 
 

  7日には、宮城県の女川町へ行かなくてはならないので、その講座の準備をする。
 
●11日(火)は、千葉の成田へ講演で行かなくてはならなかったが、またまた千葉に雪がどさっと降り、講座が開けなくて中止。
 しばしの休憩。

●12日(水)は、左手の痛みがまた出てきているので、急いで相模大野の鍼灸院に予約を取ってかけつける。
 首から肩へかけてひどく凝っている状態。
 
 

   いつものT先生に、ぐりぐりと揉んでもらう。40分。
 「拷問状態でしょう!」と言われるが、まさにその通り。
 帰りは、左手が軽くなっている。

●13日(木)は、福島の郡山へ出掛ける。
 新幹線で1時間30分。やはり東北である。寒い、寒い。
 
 

  2:00から2時間。「学級づくり」講座。
 先生方も会場にびっしり。
 
 

  郡山教育委員会は、私もこの時期に呼んで、4月からの新学期に備えるという企画。
  今年度の初任者も全員参加していて、無事に1年間を終えそうだ。
 

 4月3日には、今度は初任者へ向けての講座。

  所長の先生から郡山の学校が大変落ち着いていることを聞き、うれしくなる。

●14日(金)は、東京北区の学級経営研究会に呼ばれる。
 雪の中、なんとか時間通りにO小学校にかけつける。
 
 

  横浜に比べて東京は、雪があまり降っていない。
 

  ここでも80分。
 学校が今深刻な危機に陥っていることを話し、それへの対応策を話す。
 
 

  会場は、先生たちでぎっしり。真剣に聞いてもらえる。

 帰りが大変だった。
 横浜まではそれなりに順調だったが、自宅へ帰り着くまでが大変。
 

  先日と変わらないぐらいの積雪。

 明日も雪かきで大変になるであろう。

●さてさて、17日(月)には、山田洋一先生がおられる学校へ行く。

 18日(火)には、橫藤校長先生の学校へ行く。

 アドバイザーとしての学校訪問になる。

 2つの学校で、私が授業をする。

 山田先生の大曲東小では漢字の授業。

 橫藤校長の大曲小では、3年生で野中式習字の授業、5年生には詩の授業。

 ともに「味噌汁・ご飯」授業としての提案授業。

 今回は、18日(火)に玉川大学の堀田先生が見えて、5時間目の詩の授業を見てもらう。

 私も堀田先生も、学校力向上のアドバイザーなので今回は2人で橫藤校長のところへ訪問する企画である。

 と言っても、私は初めて堀田先生には会うことになる。楽しみでたまらない。

 

 堀田先生も、「日常授業の改善」を強く提唱されていて、私も「味噌汁・ご飯」授業を提唱している。

 どうなるのか、楽しみである。

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アメリカ訪問記(5)~グーグル社へ行きました~

   2月2日(日)は、日本へ帰る日。
 三育のM先生に午前10時頃にホテルまで迎えに来てもらう。
  今日一日付き合ってもらう。ありがたい。

 カリフォルニアは、100年ぶりの渇水で雨が降らない。
 困った事態が続いていたが、私がカリフォルニアに行ったとたんに雨が降り出す。
 2日は,叩きつけるような雨になる。
 雨男の面目躍如。
 私は、どこに行くにも雨がつきまとう。
 私が去った後も雨が続いているようで、何とか渇水の恐れは遠のいたのだろうか。

 ★
 雨の天候なので、サンフランシスコへ行く予定を変更して、グーグルの近くにある「コンピュータミュージアム」に連れて行ってもらう。

 最初に、あの「Google」へ連れて行ってもらう。

 Photo_1

 私が泊まったホテルは、シリコンバレーの中にあるので、 apple社やGoogle社は近くにある。
 
 とにかく広い。
 その広大な土地に「Google」社がある。

 午前中の間にずっと「コンピュータミュージアム」を見学する。
 最初にどこからコンピュータが始まったのかの歴史を見ることができる。
 ちょっと興奮する。

 ★ 
 ひどい雨の中をサンフランシスコ空港まで連れて行ってもらう。

 荷物を預けて、いざ入管の手続きをしようとすると、鞄を開けて何か探している。
 そして、指示棒を見つける。
 あれれれ、入れっぱなしにしておいたものだ。
 「これは何に使うのか?」というようなことを聞かれる。
 指示棒を延ばして、指示するときに使うことを教える。
 「teacher?」と聞かれたので「yes!」と答える。
 そこで放免される。冷や汗ものである。

 午後6:20頃に飛び立つ。
 約10時間30分のフライト。
 席が空いていたので、後ろの席に変更してもらい、ゆったり。
  ★
 日本の羽田空港に着いたのは、2月3日(月)夜の9時53分。
 
 最終のバスに乗って自宅に帰る。11時30分ごろ。

 長い長い1週間。それでもとても充実した日々であった。
 三育学院の校長先生、教頭先生はじめ全ての先生方に大変お世話になった。

 何よりも素晴らしい子供たちが育っていることを確認することができた。 
  5年生のクラスの授業をしたあとに、N君が私のところへ来て挨拶してくれた。
「野中先生、今日の授業は楽しかったです。ほんとうにありがとうございました。
 先生も日本に気をつけて帰って下さい」

 きちんとした敬語で、私に挨拶をしてくれた。

 あの子供たちが、あの教室で、いつものように授業を受けている。
 その姿を想像しながら、海の向こうに想いを巡らす。

 

 
 

 

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アメリカ訪問記(4)~スタンフォード大学へ行く~

   2月1日(土)は、午前中に教会へ連れて行ってもらう。
 ちょうど男声合唱団の発表会で、素晴らしい歌声を聴かせてもらう。
 
 

 その教会でたまたまN先生にお会いする。
 慶応義塾大学教授で、スタンフォード大学の客員教授でもある先生。
 
 

 たまたまスタンフォードへ来られているのであった。
 コンピュータのパイプラインは先生の特許で、今世界中で使われている。
 
 

 先生は70歳になられていて、
「私は82歳まではこの仕事を続ける。82歳になったならば船に乗り、世界中を回りながら小説を書きたい」と夢を語られていた。
 
 

 日本の教育についても、しばし語り合う。
 現状認識は、私とぴったり。
 

 今の日本の教育は、全部が駄目になっていて、どこから手をつけていいか分からない。
 行くところまで行く以外にない。
 

 しかし、しっかりとどこが問題であることを見つめ、それに対する手立てを模索することはしなくてはならない。
 こんな話であった。
 

 このように見つめられている先生もいるのだと思い、感激する。
 ★
 午後から2人の先生に連れられてスタンフォード大学へ行く。
 三育学院の学校のあるサンノゼから車で30分ぐらいのところ。
 
 

 こんな近くにスタンフォードがある。
 街全体が大学という広大な場所。
 とにかく広い、広い。

 そこをしばし散策。
 スタンフォードの教会の前には、結婚式を終えた10組ぐらいのカップルがずらりと並んでいる。素敵な眺め。

 スタンフォードの美術館も見学。
 入り口のロダンの「考える人」にはびっくり。
 日本は、「江戸」の町が飾られている。

 
 夕食は、サンノゼのジャパンタウンの回転寿司「すし丸」。
 この2人の先生の知り合いの板前(女性の板前さん)さんがいて、おいしい裏メニューで握ってくれるというのである。
 

 勇んで行く。

 最初の鯛のにぎりでびっくり。そして鯖のにぎりでも。
 「おい、おい、こんなおいしいにぎりは日本でも食べられないよ!」
と感激。

  この女性板前のSさんのお父さんは熊本の人吉の「すし天」で今も握っておられるという。
「まだまだ父にはどうしても勝てない」と。
 熊本の人吉に行ってみたいものだと思う。

 アメリカでの最後の夜が、こうして更けていく。

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野口塾の日程の間違いです~業務連絡です~

   野口塾の日程について間違っていましたので、変更します。

 私が連絡した日程では、3月30日(土)となっていましたが、29日(土)の
間違いです。

 コクチーズでは正しく29日(土)になっています。

 
 

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アメリカ訪問記(3)~変化球の話~

   研修の最終日は、午前中の講座。
 3人の先生による20分の模擬授業。

 その先生の授業を見て、グループごとの話し合い。

 最後に私がコメントをつける。

 3人の先生とも、それぞれによく考えられた授業。
 私の提起したことが組み込まれていて、感心する。

 ★
 私は最後に「変化球の話」をした。

 この話は、あの野村監督が「野村ノート」という本に書いてある話である。

 野村監督が、ピッチャーに「変化球は何で投げるのだ?」と聞いて回ったということ。
 それぞれのピッチャーは、バッターに的を絞らせないためだと答える。

 確かにその通りだが、一番大事なことは、変化球の必要性とは、スピード不足とコントロール不足を補うためである。いわゆるピッチャーとして長生きするためである。

 そのようなことを野村監督は書いていたと思う。

 これは、教師の場合にも当てはまる。
 ベテランになってきて、思うように体も動かなくて、思うように子供と遊ぶことができなくなってきたときに、どうしていくかということである。

 このとき、変化球が必要になる。

 「自分にとって、変化球とは何か」という問いかけを自分に向けなければいけない。

 そんな話をした。

 ★
 この日、午後からオフの時間になる。
 2人の先生に連れられて、エジプトのミイラ展を見に行く。
「これは冥土のみやげになる!」と感激する。

 その後、サンタナローという素敵な街をぶらぶらと歩く。
 なんともホッとする時間。

 夕食は、校長先生の素敵な自宅へ招かれる。
 校長先生は、福岡の出身、奥様が鹿児島、一緒に行った先生が沖縄、そして私が佐賀なので、九州県人会である。
 しあわせな時間。

 
 

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宮城県の女川小学校へ行きました!

   朝4時30分に起き出し、6時にタクシーで二俣川駅へ行く。
 今日は宮城県の女川町まで行かなくてはならない。
 

  あの女川町である。
 震災の時、テレビはこの町と連絡が途絶え、壊滅的な被害になっていると伝えたところである。
 

  仙台まで新幹線で行き、そこから石巻まで高速バス。
 まだバスしか交通の手段がないのである。
 

  石巻まで、女川小学校の校長先生に迎えにきてもらった。
 校長先生に案内してもらって、石巻の様子、女川の様子を見て回る。
 

  復興の様子がさまざまにある。
 しかし、その災害の爪痕は想像以上である。
 ★
 女川小学校の児童の半数は、仮設住宅から通ってきている。
 

  今日は、5時間目に4年生のクラスで授業をさせてもらう。
 佐々木潤先生のクラス。
 

  乗りがいい男の子がいて、その子をスターにして笑い、笑い、笑いでいく。
 実におもしろい。

 ★
 その後、学校の先生たちに「学級づくり」の話。
 2時間。

 こんなに耳を傾けてもらえるなんて、うれしいことであった。
 
 

  この女川小の児童たちも、3年が経過して、緊張感が薄れてきて荒れてきている子供が出てきているという。
  ここはぜひとも先生たちにがんばってもらわなければいけない。

 ★
 夜は、佐々木先生や若い先生たちと懇親会。
 楽しかった。
 

  こんな元気な若手の先生たちがいるのである。
 この先生たちが女川の明日を作ってくれる。その思えた一日であった。

 ★
 翌日、朝食を食べたらすぐに関東へ戻る準備。
 関東は大雪。
 
 

  自宅まで無事にたどり着けるか心配になる。
 急げ、急げ。
 午後2時過ぎにタクシーで自宅へ着く。
 間に待った。
 

 それからすぐに相模鉄道が全線運休というテレビ放送がある。

 それにしても、ものすごい雪。確実に30センチは積もっている。

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横浜でまた野口塾が開催される!

   次の要項で、今年も横浜野口塾が開催される。
 私も一講座持たせてもらう。
 「学級づくり」の決定版である。
 どうぞご参加下さい。


第124回 授業道場「野口塾」IN横浜

1 期 日 平成26年3月29日(土)10:10~17:00
                  
2 会 場  横浜市水道会館  横浜市保土ヶ谷区宮田町
                                        1-5-7
         相鉄線 天王町駅徒歩10分
           
3 参加費 5,000円    学生2,500円

4 定 員 60名

5 日 程
    9:40 受付開始
  10:10~11:50 第一講座 「説明文指導のポイントはこれだ」
    10:10~10:25   地元教師による「すがたをかえる大豆」の模擬授業
     10:25~10:30   野口先生による指導・講評   
     10:30~10:45  野口先生による「すがたをかえる大豆」の模擬授業
           5分休憩
   10:50~11:50    野口先生による説明文の指導法についてのご講演
          

 13:00~14:40 第二講座 「詩の指導のポイントはこれだ」
    13:00~13:15     地元教師による「生きる」の模擬授業
     13:15~13:20    野口先生による指導・講評
     13:20~13:35     野口先生による「生きる」の模擬授業
         
      13:40~14:40    野口先生による詩の指導法についてのご講演
       
   14:50~15:40  第三講座  野中信行先生の学級経営講座 
                              「学級を軌道に乗せていく学級づくり」
         
 15:50~16:30 第四講座  野口先生の教養講座 
                         「道徳の新しい動き」

 16:30~ 17:00  交流会
                                          
 17:30~19:30 懇親会(希望者) 

6 申込方法
 「第124回 授業道場 野口塾 IN横浜 」のページのURLからお申し込みください。
   
http://kokucheese.com/event/index/146353/

 

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『必ずクラスを立て直す教師の回復術』3版の増刷

  「必ずクラスを立て直す教師の回復術!」(学陽書房)が3版になりました。

 ありがとうございます。

 この本は、荒れていくクラスをどのように立て直すかという視点から書いたものでこれから貴重になる本だと自負しております。

 

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アメリカ訪問記②~「本務」に専念できる教師たちの元気さ~

 翌日、朝1:30に目覚める。時差ぼけの影響。それ以降、眠れなくなる。
 それでも橫になっておく。
 
 

 6:00に起床して朝食。
 アメリカは、朝食は簡単に済ませる習慣。
 1階に降りていくと、果物とパンと飲み物ぐらいしかない。
 それを部屋に持って帰って、部屋で食べる。
 
 

 9:40頃に三育の先生に迎えに来てもらう。
 学校はホテルから5分ぐらいのところにある。
 
 

 9:50分から朝礼。
 キリスト教の学校であるから、聖書が読まれていく。
 
 

 10:05から75分間、私の講座である。
 テーマは、「縦糸と横糸の考え方」。
 日本の教育事情を冒頭に付け加えるが、その様子にすごく驚かれている感じ。
 ★
 4:00から4年生の子供たちへの私の授業。
 谷川俊太郎さんの詩を授業する。

 子供たちは乗りまくる。
 授業しながら、楽しくてたまらない。

 日本の子供たちとの違い。
 現地校でのアメリカの子供たちからの影響であろうが、遠慮や引き下がるということがなく、どんどん自己表現をしてくる。
 

 アメリカ的である。
 授業は活性化する。

 ★
 その後、1年生のY先生の授業、4年生のS先生の授業、中3のM先生の授業を見せてもらう。
 

 Y先生は、5年前に訪れた時には、この学校の校長をされていた先生である。
 それが自分から希望されて1年生の担任になられている。
  楽しくてたまらないと言われた。

 3人の先生の授業を見た感想。

 1つ目、先生たちが生き生きされている。日本の先生たちの元気の無さが、この先生たちにはない。
 

 この学校の先生たちは、ほとんど授業の準備をすればいい。
 時間も日本の教師に比べればたっぷりとある。
 
 

 「本務」に専念すればいい教師たちが、これほど元気になれるのだと。
 日本の教師たちは、肝心のこの授業の準備が「雑務」に成り下がっているのである。
 

 この違いは歴然としている。

 2つ目、日本とはまったく違った子供たちが育っている。
 子供たちは、6割、7割はいずれ日本へ帰っていく。
 
 

 そのために、日本語の勉強をしていることになる。
 子供たちの学びの姿勢が、まったく違っている。

 中3の授業を見に行ったとき、担任の先生が国語の教科書を後ろの机に準備されていた。
 教科書を開くと、即座に一番後ろに座っていた男の生徒が、
 「先生、今日勉強しているところは、このページです」と、教えてくれた。
 
 

 私は、担任の先生が「野中先生が見えたら、どこを勉強しているか教えなさい」という指示があったのだと理解した。
 後で聞くと、そんな指示はまったくなかったということ。
 

 びっくり。
 
 こんなことが彼等は自然とできるのである。
  これはすごく印象的であった。
 
 

 
 

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アメリカ訪問記①~アメリカでは即退学です~

   28日(火)零時5分の羽田発サンフランシスコ行きのJAL。
 とにかく飛び立つ。
 

  サンドイッチなどのサービスが出てくるが、食べないで寝る準備。
 8時間13分の飛行時間。
 

  アイマスク。耳栓。空気枕。
 ずっとウトウト状態で、何とか眠りを確保する。
 

  サンフランシスコ到着は、27日(月)午後4:00。
 日付が戻るのである。これがややこしい。
 ★
 難題の入国審査。
 前回来たときには、これが分からず、大変な目にあった。
 

  今回はきちんと準備している。
 まず、パスポートを提出して、指紋を取る。
 

  指紋の取り方については、日本語で書いてある。
 

  そして、何か質問される。
 首をかしげると、「目的!」と言われる。(日本語である)
 

  「あっ、そうだ!」と思って、「サイトシイング」(観光)。(余計なことを言うとややこしくなるので観光で通す)
 「ハウロング~~~~」(どのくらいいるのですか?)という質問に、「ワンウィーク」(1週間)と答える。
 

  これだけ。合格である。
 ホッとする。
 

  荷物を取り出して、急いで出口へ向かう。
 三育学院サンタクララ校のT教頭が迎えに見えている。
 

  三育学院とは、サン・ノゼにある日本人学校(補習校)。
 ここで4日間、私が講座を設け、そして3クラスで授業をする。
 ★
 サンフランシスコから1時間ぐらいをかけて、三育学院へ向かう。
 授業中である。
 

  この学校は、子供たちが現地校で授業を受けてからかけつけてくる。
 だから、授業は夕方の4時頃から7時頃まで3時間。
 

  幼児から中3まで。
 国語、社会、算数、理科、生活科(低学年)などの教科。
 

  学年の子供たちは2クラスになっていて、週に2日の登校。
 ★
 夜、校長、教頭と一緒に夕食。
 この学校は、シリコンバレーの中心に位置していて、近くの日本料理店へ行く。
 何から何まで日本食が揃えられていて、おいしいのである。
 

  さまざまな話をする。
 日本の学校教育の現状を話すと、現地校との違いが分かってくる。
 

  日本では、子供たちが校長先生に対して「死ね」などの言葉を投げつけている話をすると驚かれて、「アメリカは、そんな言葉を投げかけたら、その場で即退学です!」と。
 

  アメリカは、「ゼロ・トレランス」という法律があって、教室で勉強の邪魔をしたり、教師に対してひどい言葉を投げかけたりしたら、退学などになる措置が取られる。
 

  学校や教師たちに、きちんとした権限を持たせている。
 日本でいまこの法律ができたら、ほとんどの問題は解決して行くに違いないのである。(不可能なことであるが……)

 
  
 

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