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セネガルからの手紙(2)

    兒玉先生から第2信のコメントがついた。
 兒玉先生ありがとうございます。
 
 改めて、ここに転載しておきます。
 兒玉先生が「授業」を通して子供たちとどのように「関係づくり」をしているのかが
よく分かる。

 ★ ★ ★ 
野中先生へ

早速のコメントと転載ありがとうございます。
前回は、省略してはいけない部分を省略してしまったので、そこの部分も回答させていただきます。

まずは、

>兒玉先生は、フランス語で子供たちと会話をされているのだろうか。
>兒玉先生、ぜひとも私のブログにコメントを寄せてください。
 
フランス語で「指導」しています。
会話は「ウオロフ語」です。

ここが、セネガルの教育の問題点の一つです。
セネガルは1960年に独立しました。(アフリカの年)
公用語として「フランス語」を使用することとなりました。

他の元フランス植民地は、セネガルよりも言語が多種多様でした。
だから、公用語をフランス語にするとなった時、すんなりと導入するに至っています。ガボン、カメルーン、ブルキナファソ、ベナンなどは、ほとんどフランス語です。
しかし、「セネガル」はアフリカの中でも、民族が少数の部類に入ります。また、19世紀後半から、本格的にイスラム教が布教しだし、1886年には、セネガル独自のイスラム教ができました。
現在、人数としては、他派が占めているものの、実質的に力をにぎっているのは、「ムリッド派」と呼ばれる方のものです。そして、その方は「ウオロフ族」という部族の方から布教されました。
独立後、公用語は「フランス語」となったものの、実質的にウオロフ語を話す方が多くなっていき、はじめは第一言語が50%くらいしかなかったウオロフ語族が、今では、人口の90%以上の方がウオロフ語を話せるようになっています。つまり、他部族の方も公用語のフランス語ではなく、第二言語が「ウオロフ語」になっている方が多いのです。

日常言語は「ウオロフ語」
授業中だけ、「フランス語」
セネガルのいわゆる国語の授業は、「フランス語」の勉強です。
この教育が始まって、50年。
どのような効果が表れているのかは、私はまだわかりません。

さて、前回、
>「小学校卒業資格+3か月の教育養成学校」で教員の資格を得て、教鞭をふるっている先生が少なからずともいる」
と書きましたが、全部の先生がそういうわけではありません。
現在は、高校を卒業資格+9か月の養成機関が必要です。
教員養成校で、ともに学ばせていただく機会があったのですが、大学を卒業した方もいらっしゃいました。
いつ採用されたかによって、先生の教え方がまったく違いますし、雰囲気が違います。

なぜ、このような説明をしているのか。
いかに整理します。

A:教育熱心な先生がいて、研修にもよく参加している先生の授業。【2割】
(子どもたちは、とても落ち着いています。私が、この教室に入ると、基本的に子どもの支援に入ります。たまに、相談したあと交代して、私が授業をやります。フランス語です。)
B(1):一般的な先生。【4割】
(基本的には子どもの支援で入ります。たまに、私に授業をふります。そして、先生はいたり、いなかったりです。子どもの授業態度は、時と場合によってまちまちです。安定しているときもあれば、そうでない時もあります。担任の先生は、悪いことをしたときだけ、鞭を使います。)
B(2):こだわりをもつ先生。【2割】
(ウオロフ語で進めている先生です。私の指示は、あまり伝わりません。様々なところでこだわりがみられます。私は、子どものアシストをします。たまに、無茶ブリされます。)
C:教える気力が感じられない先生【2割】
(黒板に文章や問題を書くだけです。その後、授業中よく抜けます。問題を間違っただけで、鞭がしなります。私は、何もできずにだまります。たまに、無茶ブリで授業を振られます。))

前回は、「C」について、紹介させていただきました。

今日は、「B(1)」について、この場をお借りして紹介させていただきます。

1月16日(木)のfacebookの投稿
※ 私の名前は、マリック(名)・ティン(姓)です。セネガル名です。

『今日の授業から』
いつものように、計画表にそって、クラスを巡回します。 慣れてきたことではありますが、活動がはじまった矢先(私の都合でしたが)、ある先生から、急きょ1時間授業をまかされました。出張です。 ドキッとします。 休み時間を利用して、教材を調べます。主に「単語」の確認です。

「長方形」を書く学習です。今まで、子どもたちは、「長方形」を学んでいます。

・黒板の左端に、「今日の流れ」を書きました。 見通しをもって、子どもたちと学習したかったからです。私も覚えていない単語もあります。 子どもたちと一緒に確認しながら、復習を進めていきます。 ①復習(直角・線の確認、直角を書く。) ②長方形の特徴を確認 ③長方形をとりあえず描いてみる。 ④長方形の特徴を再確認。 ⑤確認したことを使いながら、長方形を「三角定規を使って」描く。

黒板には、①~③を書きました。

・できるだけ、一人ひとりを見る時間をつくる。 これが今までできていませんでした。今日もできていたかはわかりません。65名の子どもたちを見るのは、正直厳しいものがあります。今までは、さらーっとみていたのだと思います。

「見ているようで見ていない。」

今回は、全員見ることができないかもしれないけれど、子どもたちが描いている様子、特に「1つの線」を描くところまでは見ようと決めて取り組みました。 見ること、見る姿を具体化してみようと決めたのです。

・つまずきを確認し、何度も練習する。 子どもたちが持っている「ミニ黒板」には、表と裏があります。基本的に算数では「表」と言われるいわゆる「1cm四方のマス目」がついている方を使っています。 初めに、「長方形」を書かせたとき、90%以上の子どもたちが、「表」を使っていました。これだと、溝があるので、定規を使わなくても簡単にかけてしまいます。 そこで、「裏」を使うよう指示をしました。 また、その「指示」も板書しました。 ミニ黒板の「裏」を使って、長方形を描くと、「定規を使わない子」や「定規をつかっているけど、三角定規を使わない子」がわかります。 子どもたちも、今までのように「うまく描くことができていない」という葛藤が生まれます。

この時、教室がざわつきます。前回は、ここでやられました。 実は、授業が始まってから、多少のざわつきがありましたが、自分のぺースで落ち着いて進めていきました。 こわかった子どもたちの眼を見ながら、少しずつ前に進みます。

でも、この感じ…。まずいなぁ。

板書が助けてくれました。 ここで、急きょ「④の再確認」です。 これは、②を確認するだけです。 「子どもたちが、以前に学んだこと」。 これを確認するだけです。 その後、長方形を描くために、何が必要か?を問います。

子どもたちは、「三角定規」と答えます。 わかっているのです。
そこで、三角定規の使い方を教えます。 (私立小学校で使われている教科書を参考書がわりに使います。)
もう一度、長方形を描きます。⑤です。ミニ黒板の「裏」を使ってです。 子どもたちは、「初めて描いた」と言っていました。 三角定規をクルクルまわして、どうのように使えば「4つの角」を描くことができるのか、考えています。 もちろん、失敗します。 しかし、失敗を共有することも必要です。
自分でできてないないと判断した子は、描いたものを消して、納得がいくまで描いています。 子どもたちを見るときは、「一つ一つの角を見る」ことにしました。 三角定規の角を使って、丁寧に描いている子を褒めます。

『そして…』
子どもたちとの関係は、一朝一夕で作れるものではありません。 ましてや、担任ではない私。 ほとんどの学級には、2週間に1回のペースで入ることになっています。 3つの学校には、週に1回(2回のところは1校)ですが、教室が多いので、どうしてもそうせざるを得ません。
日本では、教師のことを「先生」とよびます。
セネガルでは、教師を呼ぶとき、「ムッシュ」もしくは「マダム」に苗字をつけます。 子どもたちは、学校の先生を呼ぶとき、「ムッシュ」「マダム」と呼びます。

今まで、「マリック」がほとんどでした。登下校時、道端などなど。 友達です。 別に、いやだったわけではありません。 だからといって、親しみを感じていたわけでもありません。

授業中となると不自然な感じがしただけです。 日本でいえば、「しげよし!」と言われているようなものです。

そこから、休み時間、時には授業中、「シン」「チョン」「チン」「チン・チョン・チン」となることもしばしばありました。

いろいろ選択肢はありましたが、私は「我慢」を選びました。

そして、とことん授業で子どもに接すること、褒めることを選択しました。 時に、行き過ぎた行動をした子には、叱ることもあります。

これを「我慢」といっていいのかわかりませんが、「我慢」の連続でした。

こちらから、「ムッシュ!と呼びなさい。」というものでは、ありません。 だから、私はムッシュと呼びなさい!とも言いません。 強制するものではない。強制することは可能かもしれない。 でも、それは何かが違うと思っていたのです。 それは、鞭でたたくのと同じです。 もう、「強制」を武器に教える時ではない、と感じているのです。 それは、日本でも一緒です。 厳しさだけではいけない。 http://nonobu.way-nifty.com/blog/2014/01/post-27d5.html (参考にしているブログです。)

休暇中、市場を歩いていると、何度か、「ムッシュ・ティン」と挨拶されたことがありました。 握手をして少し会話をします。

12月中も、ときどき、「ムッシュ」が聞こえてきていました。 「ムッシュと言ってくれてありがとう。」と伝えたことがあります。

さて、今日の算数の授業中。 気のせいかもしれませんが、たぶん、「マリック」と言われなかったような気がします。 「ムッシュ・ティン」「ムッシュ・マリック」「ムッシュ」だった気がします。

ケンカを始めた子がいました。 ミニ黒板を消す「スポンジ」を貸してくれないとのことでした。 私は、笑顔で「三角定規を出して、長方形を描こう。」これだけを伝えました。 近くで一生懸命に取り組んでいる子を褒めます。 なんだか、ケンカもおさまり、描き始めます。 一回りして、その子のところに戻ると、「ムッシュ」と言って黒板を見せてきます。 できている部分を褒め、できていないところを教えます。

大切なところを確認します。 「説明はコンパクトに」 一斉授業の大切さを痛感します。
授業が終わりました。 教室から出ていこうとすると、「メルシー」と言われ、拍手が贈られました。 びっくりしました。
私も調子に乗り、笑顔で記念撮影。
子どもたちの中で何かが変わったのだと思います。 一つは、「関係性」かなと思います。

先日、以前担任していた子どもたちから手紙が届いたことを紹介しました。 子どもたちの手紙には、全員「先生」と書いてありました。
今日は、もしかしたら、「先生」として、授業をできたのかもしれません。
すべての子どもたちと、そのように接することができているわけではありません。
授業がうまくいっていたのかどうかも、よくわかりません。 悔しいことに、子どもの成長の伸びを確認できたかというと、一人ひとりの学力の伸びを確認できたとは思っていません。

でも、何かがかわった気がします。 子どもたちの何かと、自分の何かが。
この職業を選んでよかったのか、遅いのか早いのかわかりませんが、考えるときなのかもしれません。
今は、真摯に向き合う。これだけです。

以上、引用終わり。

長くなりました。

投稿: 兒玉重嘉 | 2014年1月22日 (水) 00時26分
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