« 新しい「縦糸の枠組み」の再構築を!(2) | トップページ | 何がだめになったのか?(4)~「縦糸の枠組み」が喪失したその後に~ »

私達が縦糸を壊してきた!(3)

   親しい「よしどん」校長先生から次のようなコメントをもらった。
 
 ★ ★ ★
  この言葉は考えさせられますね。でも子どもの心の叫びを感じざるを得ません。 
 
 子どもにとって校長ってなんでしょうか。自分の記憶の中でも、校長はあまり出てきません。
 子どもにとっていつも小言をいう校長は邪魔な存在なのかもしれませんね。
 
  「何しに来た。うるさいな。」ということは、ある意味で校長がまだ権威を持っているのだと思います。「死ね」は余計な言葉ですが・・・・。自分が嫌な時には、よく使われているのではないんでしょうか。校長が来ると、また余計なことをいうと思っているのではないかと思います。
 ある意味で校長がその子たちの敵になっているのかもしれません。
 
 私は学校として縦糸を大事にする必要があると思います。しかし、野中先生がおっしゃることに少し違います。縦糸がなくなったのではなく、私たちが縦糸を壊してきてしまったのです。なんでも平等、なんでも同じようにとしてきたのは私たちです。そこを反省しなくては、学校がますます崩壊してしまうことでしょう。

 私は、教師集団にも縦糸、横糸が必要だと思います。きちんとできていないのならば、私たちが縦糸、横糸で紡いでいくしかないのです。それには、管理職も今の自分に胡坐をかいていてはだめです。もっと学ばなくてはならないと思います。
 山本五十六の有名な言葉に、「やってみて言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」とあります。でもそれだけではないのです。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
と。
 私も子どもに「校長先生を変えてほしい」と言われました。まだまだ力不足なのだと感じています。
 
 力のある校長先生だと思いますが、「死ね」と言った子どもを責めるのではなく、「死ね」と言わせてしまった自分を責めてほしいと思います。
 
 新年から自分を考えさせられた言葉でした。
 ★ ★ ★

 とても考えさせられた。
 
「 縦糸がなくなったのではなく、私たちが縦糸を壊してきてしまったのです。なんでも平等、なんでも同じようにとしてきたのは私たちです。そこを反省しなくては、学校がますます崩壊してしまうことでしょう。」
 
 なるほど、なるほど、確かに私達教師も、「縦糸の枠組み」を壊してきた原因を作ってきている。
 

  枠組みが壊れたのは、学校の外からではなく、内からの方からだったのだという指摘は、考え直さなくてはならない大きな視点である。 

  山本五十六の言葉は、最初の言葉だけは知っていたのだが、2つの言葉が続いていたのである。これは含蓄のある言葉。

  よしどん校長先生の学校は、元気な若手の先生が意気揚々と活躍している。
 実践されているのである。

|
|

« 新しい「縦糸の枠組み」の再構築を!(2) | トップページ | 何がだめになったのか?(4)~「縦糸の枠組み」が喪失したその後に~ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

素早い反応に感謝です。
 さて、年末に箱根の星の王子さまミュージアムに行きました。星の王子さまの中にある名言「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。」の意味を改めて感じて帰ってきました。
 「かんじんなことは目に見えない」からすると、もしかしたら野中先生の考えていることと外れてしまっているかもしれません。
 学校が機能していくためには、縦糸と横糸が大事なことはよくわかります。しかし、そのはり方を間違えると縦糸だけ、横糸だけに引っ張られてしまいます。バランスも大事なポイントです。
 教師の指導か支援かという言葉の問題がよくあげられますが、それが本当に子どもたちのためを思ってやっているかどうか、子どもたちはよく感じています。
 この人は、本当にぼくたち私たちのことを考えているのかどうか、動物的な感覚で敏感に感じるのだと思います。
 崩壊してしまっているクラスの多くは誰のために担任が存在しているのかと感じることがあります。あなたたちのためと言っていながら本音は「自分のため」では、子どもは見抜くと思います。
 ごちそう授業でなく日常授業の大切さを伝えたいと考えていくならば、ぜひその部分も伝えてほしいところです。誰のための授業なのか。誰のためのクラスなのか。誰のための学校なのか。
 

投稿: よしドン | 2014年1月 4日 (土) 19時48分

「バランスが大事」、まったくそのとおりと思います。
私は、野中先生と書いた本「必ずクラスがまとまる教師の成功術!」の中で、縦糸:横糸=3:7と書きました。
先日、あるところで学級経営にかかわる話をさせていただいた際、「崩壊学級を年度途中から受け持つことになった。その際のバランスも3:7で良いのか」という質問を受けました。
「あくまでも大ざっぱなイメージですがね」と前置きをした上で、参加者に予想するバランスをメモしてもらいました。私も、同時に紙にメモしました。
分布を調べてみましたら、5:5とか8:2など、縦糸を多くするという方の方が多かったのですが、私が2:8と書いた紙を見せましたところ、会場がどよめきました。
「あくまでもイメージですけれどね」と再度前置きして、「崩壊学級で一番苦しみ、人間不信に陥っているのは子供たちです。ですから、よりいっそう横糸を張ることを意識しなくてはならないと思います。ただし、崩壊学級であればこそ、縦糸であるルールやシステムの整備と、それにきちんと子供たちが従って動いているかのチェックは、絶対に手を抜けません。縦糸を0にしてはいけません。特に、中間層のおとなしくてちゃんとやっている子供たちをきちんと認めていくことを大事にすることだと思いますよ。」
と説明しますと、多数の方が頷いてくださいました。

投稿: 横藤雅人 | 2014年1月 5日 (日) 10時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520860/58881666

この記事へのトラックバック一覧です: 私達が縦糸を壊してきた!(3):

« 新しい「縦糸の枠組み」の再構築を!(2) | トップページ | 何がだめになったのか?(4)~「縦糸の枠組み」が喪失したその後に~ »