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2014年1月

『新卒教師時代を生き抜く授業術』が発刊される!

   『新卒教師時代を生き抜く授業術』(明治図書 野中信行・井上雅一朗著)が発刊になった。
 最後の勤務校であった大池小学校で共に高学年担任を担った井上先生との共著になる。

 Cover

「はじめに」で私は次のように書いた。
 ★ ★ ★
はじめに
  
 ある初任者指導研修会でのこと。
 このように問いかけたことがある。
「あなたがたはもしかしたら、これから授業をいっぱい積み重ねていけば、 そのうちに授業の腕があがってくると思っていませんか?」
 ほとんどの初任の先生はこっくりとうなずいている。
 経験さえ積み重ねれば、自然に授業はうまくなっていく。
 そのように考えているのである。
『ああっ、やっぱりそうだったんだ!』と思う。
 このことが思い込みであり、幻想であることは、すぐに分かってくる。
 いっぱい授業を積み重ねている中堅やベテランの先生たちのほとんどが、たいして上手な授業をしていない現実に気づいていくはずである。
 そんなことよりも、そのほとんどの先生たちがまだ「おしゃべり授業」を続けている現実をも確認するはずである。
 この「おしゃべり授業」とは、本文の中に何回も登場してくる授業である。
 初任の先生たちも、必ず最初はこの授業をする。
 ほとんどの授業が説明一本槍で、子供たちの活動はほんのわずか。
 子供たちは、ただ「聞く」だけ、ただ「見る」、ただ「写す」だけの授業になる。
 この授業を克服していくには、意図的な「授業づくり」を試みていかなくてはならない。そうしない限り、いつまでもこの授業を続けていくことになる。
 どのようにして乗り越えていくか。
 それが、この授業術の大きなテーマである。 
  ★
  初任の先生は、最初不安で不安でたまらない。
 子供たちとどのように関係を結んでいけばいいか。
 学級経営はどうしたらうまくいくか。
 最初の授業は、どんな授業をしたらいいのだろうか?
 その中で、一番の不安は、どのように授業をこなしていったらいいかということである。
 そして、月日が経つにつれて、またさまざまな不安が膨れあがる。
 隣のクラスのテストの点数よりうちのクラスが悪いのは、やはり自分の授業が下手なせいだろうか?
 隣のクラスより授業がいつも遅れていくのをどうしたらいいのだろうか? 挙手する子供がいつも固定していくのをどうしたらいいだろうか?
 最初に身につける「授業技術」は何だろうか?
 これらの悩みにも、この授業術の本はきちんと答えている。 
 私は、初任者指導の仕事を3年間してきた。
 だから、初任者がどんなところで悩み、どんなところでつまずくのか、心得ているつもりである。
 さあ、この本を読んで、授業を始めよう。
 もちろん、この授業術の本は、初任者を対象にしているが、若い先生方がもう一度授業をやり直してみたいという心意気にもぴったりの本でもある。この本を書いたのは、井上雅一朗先生と私の二人。
 私はもう退職した身であるが、井上先生はまだまだクラス担任をして頑張っている現役の先生である。
  私の最後の勤務校で、井上先生とは高学年担任という形で何度も一緒に仕事をした同僚でもあった。その井上先生と一緒に、この授業術の本を出せたことはとてもうれしいことである。

    2014年3月              野中 信行

 ★ ★ ★

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つれづれなるままに~船井幸雄さんが亡くなった~

   ●『「東京物語」と小津安二郎』~なぜ世界はベスト1に選んだのか~(平凡社 梶村啓二著)を読んだ。

 世界の現役映画監督に歴代映画のトップテンをあげてもらうという企画がある。
 その中で、一位になったのが、小津安二郎の「東京物語」であった。
 
 山田洋次監督の映画「東京物語」は見ている。
 これは小津監督に捧げるという形で作られたもので、ほとんど内容は同じである。
 ただ、現代的にアレンジされている。

 どうしても小津監督の「東京物語」を見たくて、DVDを探し回った。

 探せばあるのである。
 近くのスーパーで小津監督の作品が9つ収めてあるDVDを発見。

 早速「東京物語」を見る。

 1953年の作品。白黒で見にくいが、感動する。
 現代の私達が抱えている本質的な問題を60年前に小津は、映画で提示している。
 やはり世界の小津である。

●カリフォルニアへの出発がもうすぐ。
 その準備に追われる。

 1週間の滞在なので、着替えが大変である。

 一番難題なのが、サンフランシスコ空港での入国の手続き。
 英語で質問され、英語で答えなければいけない。
 さっぱり英語ができないので、大変である。

 夜中の零時5分の飛行機に乗る。
 13時間ぐらいかかる。
 
 問題は時差ぼけだ。

●24日に『新卒教師時代を生き抜く授業術』(明治図書 野中信行、井上雅一朗著)が 出版される。
 初任者に向けての「授業」のあり方を1冊にしたもの。
 


 これでこのシリーズ本は5冊目になる。
 青、ピンク、緑、オレンジ、そして今回は黄色。
 これが5冊揃ったらきれいである。(笑)

  明治図書のメルマガに宣伝が載る。
 著者インタビュー。
 http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/

●船井幸雄さんが亡くなった。81歳であった。
 難病にかかっていて、ずっと厳しい闘病生活だったらしい。
 

 

 それでも発信していくエネルギーは残っていた。
 400冊ばかりの著作があるのだと思う。
 
 

 

 私はいい読者(特に後半は…)ではなかったが、さまざまなことを学ばせてもらった。ありがとうございます。
 
 

 

 ふと検索して、最後のブログを読む。 
  1月6日に直筆で書かれてものである。
 多分、これが最後の遺作であろう。
 
 
http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=201401001

 

 

 このような言葉を残しておられる。
  ★ ★ ★
 現実に地に足をつけて考えてほしいのです。
 いまの世の中は、スピリチュアルなこととか食とか遊びなど、どうでもいいことに浮かれている人に、かなり焦点が当っています。一度そのようなどうでもいいことは忘れ、現実人間にもどってほしいのです。そうしますと、「あっ」と、びっくりするほど、自分のしていたムダに気づくでしょう。間違いも分ると思います。
  ★ ★ ★

 

 

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セネガルからの手紙(2)

    兒玉先生から第2信のコメントがついた。
 兒玉先生ありがとうございます。
 
 改めて、ここに転載しておきます。
 兒玉先生が「授業」を通して子供たちとどのように「関係づくり」をしているのかが
よく分かる。

 ★ ★ ★ 
野中先生へ

早速のコメントと転載ありがとうございます。
前回は、省略してはいけない部分を省略してしまったので、そこの部分も回答させていただきます。

まずは、

>兒玉先生は、フランス語で子供たちと会話をされているのだろうか。
>兒玉先生、ぜひとも私のブログにコメントを寄せてください。
 
フランス語で「指導」しています。
会話は「ウオロフ語」です。

ここが、セネガルの教育の問題点の一つです。
セネガルは1960年に独立しました。(アフリカの年)
公用語として「フランス語」を使用することとなりました。

他の元フランス植民地は、セネガルよりも言語が多種多様でした。
だから、公用語をフランス語にするとなった時、すんなりと導入するに至っています。ガボン、カメルーン、ブルキナファソ、ベナンなどは、ほとんどフランス語です。
しかし、「セネガル」はアフリカの中でも、民族が少数の部類に入ります。また、19世紀後半から、本格的にイスラム教が布教しだし、1886年には、セネガル独自のイスラム教ができました。
現在、人数としては、他派が占めているものの、実質的に力をにぎっているのは、「ムリッド派」と呼ばれる方のものです。そして、その方は「ウオロフ族」という部族の方から布教されました。
独立後、公用語は「フランス語」となったものの、実質的にウオロフ語を話す方が多くなっていき、はじめは第一言語が50%くらいしかなかったウオロフ語族が、今では、人口の90%以上の方がウオロフ語を話せるようになっています。つまり、他部族の方も公用語のフランス語ではなく、第二言語が「ウオロフ語」になっている方が多いのです。

日常言語は「ウオロフ語」
授業中だけ、「フランス語」
セネガルのいわゆる国語の授業は、「フランス語」の勉強です。
この教育が始まって、50年。
どのような効果が表れているのかは、私はまだわかりません。

さて、前回、
>「小学校卒業資格+3か月の教育養成学校」で教員の資格を得て、教鞭をふるっている先生が少なからずともいる」
と書きましたが、全部の先生がそういうわけではありません。
現在は、高校を卒業資格+9か月の養成機関が必要です。
教員養成校で、ともに学ばせていただく機会があったのですが、大学を卒業した方もいらっしゃいました。
いつ採用されたかによって、先生の教え方がまったく違いますし、雰囲気が違います。

なぜ、このような説明をしているのか。
いかに整理します。

A:教育熱心な先生がいて、研修にもよく参加している先生の授業。【2割】
(子どもたちは、とても落ち着いています。私が、この教室に入ると、基本的に子どもの支援に入ります。たまに、相談したあと交代して、私が授業をやります。フランス語です。)
B(1):一般的な先生。【4割】
(基本的には子どもの支援で入ります。たまに、私に授業をふります。そして、先生はいたり、いなかったりです。子どもの授業態度は、時と場合によってまちまちです。安定しているときもあれば、そうでない時もあります。担任の先生は、悪いことをしたときだけ、鞭を使います。)
B(2):こだわりをもつ先生。【2割】
(ウオロフ語で進めている先生です。私の指示は、あまり伝わりません。様々なところでこだわりがみられます。私は、子どものアシストをします。たまに、無茶ブリされます。)
C:教える気力が感じられない先生【2割】
(黒板に文章や問題を書くだけです。その後、授業中よく抜けます。問題を間違っただけで、鞭がしなります。私は、何もできずにだまります。たまに、無茶ブリで授業を振られます。))

前回は、「C」について、紹介させていただきました。

今日は、「B(1)」について、この場をお借りして紹介させていただきます。

1月16日(木)のfacebookの投稿
※ 私の名前は、マリック(名)・ティン(姓)です。セネガル名です。

『今日の授業から』
いつものように、計画表にそって、クラスを巡回します。 慣れてきたことではありますが、活動がはじまった矢先(私の都合でしたが)、ある先生から、急きょ1時間授業をまかされました。出張です。 ドキッとします。 休み時間を利用して、教材を調べます。主に「単語」の確認です。

「長方形」を書く学習です。今まで、子どもたちは、「長方形」を学んでいます。

・黒板の左端に、「今日の流れ」を書きました。 見通しをもって、子どもたちと学習したかったからです。私も覚えていない単語もあります。 子どもたちと一緒に確認しながら、復習を進めていきます。 ①復習(直角・線の確認、直角を書く。) ②長方形の特徴を確認 ③長方形をとりあえず描いてみる。 ④長方形の特徴を再確認。 ⑤確認したことを使いながら、長方形を「三角定規を使って」描く。

黒板には、①~③を書きました。

・できるだけ、一人ひとりを見る時間をつくる。 これが今までできていませんでした。今日もできていたかはわかりません。65名の子どもたちを見るのは、正直厳しいものがあります。今までは、さらーっとみていたのだと思います。

「見ているようで見ていない。」

今回は、全員見ることができないかもしれないけれど、子どもたちが描いている様子、特に「1つの線」を描くところまでは見ようと決めて取り組みました。 見ること、見る姿を具体化してみようと決めたのです。

・つまずきを確認し、何度も練習する。 子どもたちが持っている「ミニ黒板」には、表と裏があります。基本的に算数では「表」と言われるいわゆる「1cm四方のマス目」がついている方を使っています。 初めに、「長方形」を書かせたとき、90%以上の子どもたちが、「表」を使っていました。これだと、溝があるので、定規を使わなくても簡単にかけてしまいます。 そこで、「裏」を使うよう指示をしました。 また、その「指示」も板書しました。 ミニ黒板の「裏」を使って、長方形を描くと、「定規を使わない子」や「定規をつかっているけど、三角定規を使わない子」がわかります。 子どもたちも、今までのように「うまく描くことができていない」という葛藤が生まれます。

この時、教室がざわつきます。前回は、ここでやられました。 実は、授業が始まってから、多少のざわつきがありましたが、自分のぺースで落ち着いて進めていきました。 こわかった子どもたちの眼を見ながら、少しずつ前に進みます。

でも、この感じ…。まずいなぁ。

板書が助けてくれました。 ここで、急きょ「④の再確認」です。 これは、②を確認するだけです。 「子どもたちが、以前に学んだこと」。 これを確認するだけです。 その後、長方形を描くために、何が必要か?を問います。

子どもたちは、「三角定規」と答えます。 わかっているのです。
そこで、三角定規の使い方を教えます。 (私立小学校で使われている教科書を参考書がわりに使います。)
もう一度、長方形を描きます。⑤です。ミニ黒板の「裏」を使ってです。 子どもたちは、「初めて描いた」と言っていました。 三角定規をクルクルまわして、どうのように使えば「4つの角」を描くことができるのか、考えています。 もちろん、失敗します。 しかし、失敗を共有することも必要です。
自分でできてないないと判断した子は、描いたものを消して、納得がいくまで描いています。 子どもたちを見るときは、「一つ一つの角を見る」ことにしました。 三角定規の角を使って、丁寧に描いている子を褒めます。

『そして…』
子どもたちとの関係は、一朝一夕で作れるものではありません。 ましてや、担任ではない私。 ほとんどの学級には、2週間に1回のペースで入ることになっています。 3つの学校には、週に1回(2回のところは1校)ですが、教室が多いので、どうしてもそうせざるを得ません。
日本では、教師のことを「先生」とよびます。
セネガルでは、教師を呼ぶとき、「ムッシュ」もしくは「マダム」に苗字をつけます。 子どもたちは、学校の先生を呼ぶとき、「ムッシュ」「マダム」と呼びます。

今まで、「マリック」がほとんどでした。登下校時、道端などなど。 友達です。 別に、いやだったわけではありません。 だからといって、親しみを感じていたわけでもありません。

授業中となると不自然な感じがしただけです。 日本でいえば、「しげよし!」と言われているようなものです。

そこから、休み時間、時には授業中、「シン」「チョン」「チン」「チン・チョン・チン」となることもしばしばありました。

いろいろ選択肢はありましたが、私は「我慢」を選びました。

そして、とことん授業で子どもに接すること、褒めることを選択しました。 時に、行き過ぎた行動をした子には、叱ることもあります。

これを「我慢」といっていいのかわかりませんが、「我慢」の連続でした。

こちらから、「ムッシュ!と呼びなさい。」というものでは、ありません。 だから、私はムッシュと呼びなさい!とも言いません。 強制するものではない。強制することは可能かもしれない。 でも、それは何かが違うと思っていたのです。 それは、鞭でたたくのと同じです。 もう、「強制」を武器に教える時ではない、と感じているのです。 それは、日本でも一緒です。 厳しさだけではいけない。 http://nonobu.way-nifty.com/blog/2014/01/post-27d5.html (参考にしているブログです。)

休暇中、市場を歩いていると、何度か、「ムッシュ・ティン」と挨拶されたことがありました。 握手をして少し会話をします。

12月中も、ときどき、「ムッシュ」が聞こえてきていました。 「ムッシュと言ってくれてありがとう。」と伝えたことがあります。

さて、今日の算数の授業中。 気のせいかもしれませんが、たぶん、「マリック」と言われなかったような気がします。 「ムッシュ・ティン」「ムッシュ・マリック」「ムッシュ」だった気がします。

ケンカを始めた子がいました。 ミニ黒板を消す「スポンジ」を貸してくれないとのことでした。 私は、笑顔で「三角定規を出して、長方形を描こう。」これだけを伝えました。 近くで一生懸命に取り組んでいる子を褒めます。 なんだか、ケンカもおさまり、描き始めます。 一回りして、その子のところに戻ると、「ムッシュ」と言って黒板を見せてきます。 できている部分を褒め、できていないところを教えます。

大切なところを確認します。 「説明はコンパクトに」 一斉授業の大切さを痛感します。
授業が終わりました。 教室から出ていこうとすると、「メルシー」と言われ、拍手が贈られました。 びっくりしました。
私も調子に乗り、笑顔で記念撮影。
子どもたちの中で何かが変わったのだと思います。 一つは、「関係性」かなと思います。

先日、以前担任していた子どもたちから手紙が届いたことを紹介しました。 子どもたちの手紙には、全員「先生」と書いてありました。
今日は、もしかしたら、「先生」として、授業をできたのかもしれません。
すべての子どもたちと、そのように接することができているわけではありません。
授業がうまくいっていたのかどうかも、よくわかりません。 悔しいことに、子どもの成長の伸びを確認できたかというと、一人ひとりの学力の伸びを確認できたとは思っていません。

でも、何かがかわった気がします。 子どもたちの何かと、自分の何かが。
この職業を選んでよかったのか、遅いのか早いのかわかりませんが、考えるときなのかもしれません。
今は、真摯に向き合う。これだけです。

以上、引用終わり。

長くなりました。

投稿: 兒玉重嘉 | 2014年1月22日 (水) 00時26分
 ★ ★ ★

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「6年生への持ち上がりは、どうなのか?」という相談を受けて

   コメントで相談を受けた。
 以下の相談である。
 このような悩みは、かなりあると思われる。
 きちんと私の意見を書いておきたい。

 ★ ★ ★ 
野中先生

先生のブログを見て、励まされています。
お忙しいところ申し訳ないのですが、相談させていただきたく
送らせていただきました。

わたしは現在5年生の担任をしています。
初めての高学年でなんとか3学期までやってこれました。
私の学年では、隣のクラスが2学期半ばから担任に反発したり授業妨害になる行為(私語や挑発)が増えてきました。私のクラスはなんとかもっていましたが、1人の子が2学期後半から目立つようになってきました。
その子は、授業中、学習と違うことをしていたり、隣の子にちょっかいをかけたり、私が注意しても聞かず、大きな声で叱るように言ったり、本気で語りかけたりすると、ようやくやめます。
周りの子たちも、最近一回の注意ではなかなかきかなくなっています。
何かする度に「無理やし」という言葉が出てきて嫌な雰囲気になってしまいます。

8割の子を大事に...と思い、どうしても迷惑がかかる場合だけ注意しています。

主任の先生に、訳あって相談しにくい状態で、やっと最近になって打ち明けられました。

できたら、このまま6年(クラス替えはします)であがりたいですが、立て直す手だてはありますか?

これからしようと思っているのは、
・授業改善(アンケートで授業がわかりにくい、楽しくないという意見があったので)
・子どもとの個人懇談
・目標達成法(野中先生が考えておられる方法で)
数日前から
・問題が目立つ子に対して毎日手紙を書く(好きとか肯定的なことだけ書く)
・テンポアップ(時間を守る、朝の会・帰りの会を早く終わらす)
をしています。

時にすごく虚しくなったり自信をなくしたりしてしまいますが、本気で子どもたちと向き合っていく覚悟です。
 ★ ★ ★

 

 

 この先生は、かなり本を読まれ、勉強をされている様子が随所に読み取れる。
 今対応されていることもしっかりしている。
 そして、これからの方向もきちんとしている。

 

 この先生の本気さは本物である。
 だから、初めての5年生担任なのに、これまで何とかやってこれたのである。

 

 学年全体がかなり荒れているのではないかと推測される。
 隣のクラスはすでに学級崩壊状態である。

 

 ここで相談されていることは、6年生への持ち上がりについてである。
 クラス替えはされるということだ。

 

 今までさまざまにこのような事例を見てきた経験から判断すると、持ち上がりの担任は止めた方がいいというアドバイスになる。

 

 私が見てきた事例から言うと、一度も成功した試しがない。
 意気込んで、挑戦してみたいという大変な決意で担任を引き受けられるのだが、1年間七転八倒される。

 

 なぜそうなるか。

 

 やはり、今までの「関係」を引きずっていくからである。
 子供たちも、担任も、どうしても先入観が入ってしまうからであろう。

 

 5年生の時、うまく行ったクラスならば、そこにうまい「関係」ができあがっていてそれを引き継いでいけばいい。
 だが、問題があったクラスは、やはり問題の「関係」も同時に引きずっていく。

 

 5,6年生というのは、特別な子供たちである。
 おそらく、中学校の子供たちよりも対応はむずかしいと考えた方がいい。
  すでに思春期に入っていく子供たち(女の子たち)がいて、幼い男の子たちがいる。
 実にアンバランスになっている。

 最大の問題は、女子のグループ化と孤立化の問題。それにどのように対応するかである。

 また、クラスが荒れてくると、必ず「いじめ」が出てくる。ここも対処がむずかしい。

 

 いま高学年の子供たちを担任している先生たちは、毎日綱渡りのような心境になっている人はいっぱいいるであろう。

 彼等と関わっていくには、「本気さ」「意気込み」も確かに必要だが、そんな精神的ながんばりで何とかなる世界ではない。

 ★

 

 

 結論は止めた方がいいという意見である。
 

 もっと自分の力量をつけて、高学年再挑戦をした方がいい。
(ただ、管理職の方ですでに決めている場合がある。自分の意志に反して、持ち上がりになる場合もある。その場合は、また相談してほしい。)
  

 

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セネガルの兒玉先生から

   北海道の知り合いである兒玉先生からコメントが入った。
 兒玉先生は、いま青年海外協力隊員としてセネガル共和国に行かれている。
 

 そこからのレポートである。
 興味深く読ませてもらった。
 

 

 ぜひ、みなさんにも読んでほしいと思い、ここに紹介する。

 ★ ★ ★
野中先生へ
お久しぶりです。
現在は、青年海外協力隊員として、セネガル共和国の小学校4校で活動しております。
「算数」を中心に、1日5クラスに入っております。

セネガルでは、10~12月を1学期、1月~3月を2学期、4月~6月を3学期としており、7月~9月までは、ロングバカンスとなっています。

セネガルで授業を行う際、「逆人種差別」的な扱いをされることがあり、困惑したまま1学期を終えました。
そんな中、ブログを読ませていただきハッとしたことがありました。

・上下関係 と ・信頼関係

セネガルでは、完全なる「上下関係」で授業が行われています。
残念なことに、「鞭」「暴力」などの体罰も残っております。

・張り過ぎの縦糸

ブログを読んでいて、この言葉がぴったりとあてはまりました。
セネガルの先生は、携帯電話が鳴ったり、保護者が来たり、時には先生自身が疲れたりすると、教室からいなくなることがあります。(生活習慣の一部となっていることを感じます。)
そんなときは、黒板に課題を1~2問書いて、教室から抜けます。
先生がいなくなった瞬間、子どもたちが騒ぎ始めます。
先生が戻ってきて、しゃべっている子がいると、叱ります。
この繰り返しです。
そんな先生ばかりではないですが、1学期間、この光景を見ない日はありませんでした。

2年生のクラスに、ベテランの先生が途中で入った記事も読ませていただきました。
私は、現在その立場に近い活動をしております。

・教師としてみられない。

私は、日本人です。ただの日本人。
そんな日本人が、ある日から、ポン!っと授業を見に行きます。
私の活動しているカオラックというところは、セネガルでいうと中堅都市となっていて、物はありふれているけど、心がそこに追いついていないというのが、私の印象としてあります。
TVが好きな家庭が多く、中国映画、特に「ジャッキーチェン」「ブルース・リー」などが多く放映されています。

授業中に、先のように先生が抜けて、私が授業をやる場面が何度かありました。
そんなときは、縦糸がないので、一気に崩れます。
褒めても伝わらず(言語力の問題です。)、叱っても、「チン・チョン・チン」と馬鹿にされ…。
1番辛かったのは、ボールペンで頭に落書きをされたことです。

私の活動のメインは「算数指導による先生の技術向上」並びに、「子どもの学力向上」です。
本来であれば、話し合いをしながら、チーム・ティーチングで活動を進めていくところなのですが。
なかなか、そのように進めていくのは難しいものだなと実感しているところです。
現在、調査中ですが、「先生の免許」をとる際に、
・子どもの就学率をあげるために、学校を増やし、
・学校を増やしたために、先生を増やさなければならず、
・「小学校卒業資格+3か月の教育養成学校」で教員の資格を得て、教鞭をふるっている先生が少なからずともいる
ということがわかっています。

現在は休み期間中でしたので、今までの活動を省察する時間をつくることができました。

今回、1月のブログを読ませていただき、たくさんのヒントを得ました。

③日常授業の改善

これが、今の自分にできそうなところです。
フランス語に慣れてきた1学期の後半から、現地の先生方の授業をほぼマネして授業をやるように心がけました。
自分で工夫した点があります。
例えば、「ドリル問題」を出すときに、スモールステップで問題を少し難しくしていく。
ということをやってみました。
子どもたちの眼付と、食いつきが変わったような気がしました。
初めは簡単な誰でも解ける問題→最後は、今日学んだことを生かす問題。

その後、問題の出し方をディスカッションするというような具合です。

②子どもたちとの「関係づくり」

一番の課題です。担任ではなく、巡回して4つの学校を回っているので、やっと顔を覚えてもらえたかなという印象です。
問題なのは、狎れてきたあと。
「この人は、鞭でたたかない」「暴力を振るわない」と認識されたあとでした。
2学期が始まりますが、これから毎日、山場を迎えるのだなと思うと少し足が重いです。

ただ、このブログを読んで、前向きに考えるきっかけになったことは確かです。
facebookでも記事をシェアさせていただきます。

今後とも、よろしくお願いします。

 ★ ★ ★

 兒玉先生は、フランス語で子供たちと会話をされているのだろうか。
 
 兒玉先生、ぜひとも私のブログにコメントを寄せてください。
 
 私たちもとても参考になります。

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またまた新卒本(秦安彦著)3版になる!

  「新卒教師時代を生き抜く2W仕事術~初めて教壇に立つ先生のための日々の

 心構え」(明治図書 野中信行編集 秦安彦著)が3版になった。

 「味噌汁・ご飯」授業研究会の同志である秦先生の本である。

 

 これもうれしいことである。

 多くの初任者にぜひとも読んでほしい本である。

 Photo


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またまた5版になりました!

  昨年末に4版になったばかりの本が、またまた5版になった。

 うれしいことである。ものすごく売れているということになる。

 ありがとうございます。

 

 Cover

 

 この本は、「学級づくり」の決め手となる1ヶ月を、具体的にどのように過ごしていくのかをそれこそ具体的に例示しているものである。

 これを読めば、1ヶ月のイメージが分かるはずである。

 

 ぜひとも初任者には手にとってほしいという思いで書いたものである。

 あるいは、「学級づくり」が大変だった人も、ぜひとも読んでほしい本である。

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passion 先生の質問に答えます

 ブログにコメントがついている。ありがとうございます。
 質問がなされているので、答えておきます。
 

 橫藤先生がコメントをつけられていますので、そちらの方も参考にしてください。
 

 ★ ★ ★
いつもこのブログを読ませていただき勉強をさせていただいています。
ありがとうございます。縦糸横糸について大変興味があり、恐縮ながら
コメントさせていただきます。教師と子どもの関係性を縦糸、子供同士の
関係性を横糸ととらえる場合と、教師の指導性を縦糸、フラットな気持ちで遊んだり、
フォローするのを横糸と捉える場合があるかと思います。ここでは後者と捉えて
質問させてください。
基本的には縦糸を紡いでから横糸を紡ぐのかと感じています。しかし、特に学級が
始めから荒れている場合は、横から紡いでから縦糸に行くのも有効なのかと思うのです。
横糸だけつないで、友達先生になるというのではなく、子供を認め、子供が興味関心を
持っているものについておしゃべりをして、関係性を深めてから、叱っていくことも
大切かと感じました。学級崩壊しているクラスで縦からいくとそこでシャットダウンする子もいるかと感じます。また教師の人間性にも深く関係するかと思います。縦型の教師(勝手に言葉を作ってごめんなさい。そこに立っているだけで恐そうな人) と横型の
教師(物腰がやわらかい人)によっても、進め方が違ってくるのかと思います。横型だと横糸から迫っていくのも大切かと思うのですが、どうでしょうか?またいずれにしてみも、よこドン先生が、おっしゃる愛情が根底に流れているということが大切であると感じています。
長々と書いてしまってすみません。野中先生のお考えをお聞かせいただいたらうれしく
思います。
★ ★ ★
 まず、縦糸・横糸については、繰り返しますが、先生がとらえている通り、後者の方です。
 ただ、子供同士の関係である横糸を考えてないわけではありません。
 

 横糸の場合も、最初は教師と子供との関係の中で張っていって、その後には、子供同士の関係も当然出てこなければいけないととらえています。

 そういう考え方です。

  ★
 さて、最初から荒れている場合は、「横糸」から入っていって、その後に「縦糸」という場合もあるのではないかという質問です。
 
 

 荒れているクラスをどのように回復して、立て直していくかというのは、現在大きな問題です。
 たとえば、次のような場合が出てきます。

 (1)昨年度崩壊していたクラスをそのままクラス担任として受け持った時
 

 (2)昨年度荒れていた学年の子供たちを受け持った時(クラス替えはしてある)
 

 (3)荒れているクラスを途中で回復していく時(担任のままで)
 

 (4)荒れているクラスを途中から担任引き継ぎで受け持った時
 

 (5)荒れているクラスの補助としてT・Tとして入った時
 
 

 5つの場合それぞれに方針は違ってきます。
 

 質問の先生の場合は、(1)(2)のどちらの場合かは分かりませんが、目の前の子供たちは荒れまくっているというのは、共通していますね。
 
 

 私も37年間の中で、成功した場合もありましたし、失敗した場合もありました。
 その経験から書きますね。

 A まず、(1)(2)の場合ともに、なぜ荒れたのかを自分なりに把握しなくては 

   なりません。
   たとえば、次のようなことです。
  

  ①前年度の担任が、厳しすぎて荒れた。(ベテランのクラスに多い)
  

  ②前年度の担任が、甘すぎて荒れた。(初任者や若い先生たちのクラスに多い)

  B 2つのクラスの場合とも基本は、橫藤先生が書いておられるように、「2:8」で横糸を数多く張っていくことです。
 

  なぜなら、前年度の担任はほとんど「子供たちの関係づくり」への失敗・破綻でクラスを荒らしているのですから、そんなクラスに「縦糸」を張ろうと身構えて   しまったら、また同じ結果を招きかねません。

 C ただ、(1)の場合は、今までの先生と違う「関係づくり」をする必要があります。
 

  誤解を受けるのを前提であえて言いますと、前年度崩壊したクラスを受け持った時は、そんなに大変ではないのです。前の先生とはがらりと違う学級経営をすればいいのです。

  それだけで子供たちはついてきます。経験的にそう言えます。

    これは(3)の場合も言えます。
 

 D 問題は「2:8」の「2」の部分です。
   縦糸も張らなければいけないわけです。 

 

    だから、コメントの先生の「横糸→縦糸」というわけにはいきません。
   普通、そんなに厳密にそんなに区分けできません。

 

   ほとんどが縦糸と横糸を同時に張っていく場合が多いのです。
     この時は、橫藤先生が言われている「全体」に縦糸を張っていくのです。

 E 私の場合は、「学級づくり」の原理・原則でいくべきだと思っています。
   
 ★
 クラスは「2・6・2」の法則でできあがっているという私の提起は読まれてことがあるでしょうか。
 

 これは組織原則の法則です。

 クラスの始めは、最初の「2割」が「真面目で、先生に味方をしてくれる子供たち」がいます。つぎの「6割」は中間派です。最初は静かに座っています。最後の「2割」が、前向きになれない「やんちゃな子供たち」がいます。
 

 「学級づくり」の最初は、中間派の「6割」を味方してくれる「2割」に引きつけて
「8割」を味方にする働きかけをします。
 

 これが「学級づくり」での1ヶ月の仕事です。
 もっとも重要な仕事です。
 

 これを私は「3・7・30の法則」という形で提起をしてきました。
 1年間の80%がここで決着がつくのです。
 
 この「3・7・30の法則」のほとんどが仕事が「縦糸張り」の仕事になります。
 ★ 
 ところが、最初荒れているクラスは、「2:6:2」にはなっていませんね。
 「1:4:5」とか、極端には「1:2:7」とかにもなっているはずです。 
  これは大変です。

 でも、基本は「味方になってくれる子供たち」を増やしていくことです。
 
  担任が基本的なことをしていくと、必ず「味方になってくれる子供たち」が増えてきます。

 なぜなら、多くの子供たちはクラスが「安心・安全で居心地のいい場所」になってくれることを願っているからです。

 今、多くの子供たちは、不穏なクラスだから力が強い勢力についているだけで、本来担任が頼りになるリーダーシップを持っていたら、それについてくるのです。
 そんなに子供たちは複雑ではありません。

 ★
 普通のクラスでは、「織物モデル」の縦糸・横糸は、最初に「縦糸張り」をします。そこに「横糸」を絡ませていきます。これが基本です。
 

 私の場合は、最初の3日間は、「横糸張り」を中心にして(縦糸も張っているのですが)その後はきちんと「縦糸張り」をするという方向を取りました。
 
 1ヶ月では、きちんと「縦糸」が張られているというイメージですね。
  粛々と進めることです。
 

 何のためにこんなことをするかというと、クラスを「安心・安全で居心地のいい場所」にするためです。
 多くの子供たちが、こうなることを望んでいるのです。
 

 担任しかこの望みを実現することはできません。
 
 ★
 ただ、くれぐれも注意しておきたいことは、橫藤先生の次の言葉です。

 ★ ★ ★
 大体において、縦糸は「全体」に対して張るのです。
問題の行動をとる「その子」にだけ縦糸を張ろうとし、高圧的・感情的になっては、絶対にいけません。特に発達障害の子に対してそれをすると、問題の解決はどんどん遠ざかります。
問題の行動をとる子は、包み込んでやる、あるいは寄り添ってやるのが原則です。

「養之如春」(ようしじょしゅん)という言葉があります。「それを養うは春の如く」。春の光がおだやかに切れ間無く照らすことで雪や氷が解けるように、子供を養うのも春のように行うべきだ、というのです。
単に甘くするのではなく、です。
それが「全体」に「子供たちへの愛情や信頼」を持って示し続ける、縦糸だと思っています。
★ ★ ★

 では、こういう子供たちにはどうしたらいいですかという質問が出てきます。

 「教師」として必要な注意、叱りは必要です。
 当たり前ですね。悪い行動を取っているのですから。

 ただ、小うるさくしたり、細かい注意をくりかえしたりしないことです。
 見て見ぬふりもある場合(みんなの迷惑にならない場合)必要です。

 あくまでも「教卓のこちら側」としての「教師」としての対応です。
 個人的な感情をぶつけてはいけない。

 粛々と「教師」としての行動を取ればいい。

  私ならば、そう答えます。

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この10年で提起してきた3つのこと(8)

   ブログでのよしドン先生とのやりとりは、おもしろかった。
 よしドン先生は書かれている。

  ★ ★ ★
 しつこくですみません。なぜここまでこだわるかというと、「縦糸」をはる際に間違えてはならないからです。『教卓のこちら側』というだけでは成り立たない時代だと思います。こちら側がそのことを意識しないと、いけないと感じているからです。
 『先生』だからでは通用しない時代に入ったのです。『先生』として信頼されるように日々努力していく必要があるのだと思います。人間ですから時には失敗することもあります。完璧にやってくださいというのではありません。学び続けることを忘れてしまってはならないと思います。それも子どものために。
 先生のそんな姿、一生懸命やっている姿を子どもたちが見たり、感じたりしたときに、子どもたちと縦糸を結んでいけると思うのですが、どうでしょう。 
★ ★ ★

  ここはまったく私の考えと同じである。

 ★
 「縦糸の枠組み」が壊れてしまって、新しい枠組みが必要になっていると書いた。
 学校現場は、それをまだ再構築できていないとも書いた。
 
 そこで混迷の中で漂っている。
 これからますますこの混迷の度合いは増していくであろう。

 私なりに方向は提示している。
 私は11年前に最初の本『困難な現場を生き抜く教師の仕事術』(学事出版)を出した。 私の周りで起こる学級崩壊の状況に、危機感を感じての提起であった。

 それからもはや10年以上の歳月が過ぎた。
 その間に提起してきたことは、おおまかに言えば3つのことになる。

 ①土台としての「学級づくり」を明確にすること。
   「まず、授業よりも『学級づくり』を優先しなければいけない」と主張した。
  「学級づくり」を土台として据え付けることの主張。
  
  

   それは、クラスの枠組みを再構築のためであった。
  ここで、「3・7・30の法則」を提起した。
  また、最低限の方法として「学級づくり⒊原則」を提示した。
  
  いま学校は、「たし算発想」で着ぶくれ状態で身動きができないようになっている。
  ここは「ひき算発想」でシンプルに提示しなければいけないと考えた。

  「学級づくり3原則」は、削って削って最低限の原則になる。
  「もうこれ以上削ったら学級づくりにはならないよ」というもの。
  初任者のクラスで実践してもらって、十分にやれると判断したものである。

 ②子供たちとの「関係づくり」を重点化すること。
  子供たちとの関係づくりが大きく崩れている。
  
  私は橫藤雅人先生が提起した「織物モデル」の関係づくりに共鳴して、関係づくり の再構築をしなければならないと考えている。
  

  「縦糸・横糸」をいかにバランス良く張っていくかが問われる。
  

  この提起は、2013年の東京学芸大学の山田雅彦先生たちの研究論文で、確かな 実践であることを実証されている。

  ③「日常授業」の改善をテーマにすること。
  「ごちそう授業」(特別な授業)に特化してきた今までの「授業づくり」を「日常授 業」に振り向けていく試みである。「味噌汁・ご飯」授業としてネーミングでの提起。   
 

 ここでも、引き算発想でシンプルに「授業づくり3原則」を提起する。

  「指導言」(縦糸)―「活動」―「フォロー」(横糸)

  この3原則でも、縦糸と横糸の関係づくりを織り込みながら授業を組み立てていこ うという試みである。
  (この「味噌汁・ご飯」授業は、3月下旬に明治図書より刊行予定である)

  ★
 以前このブログで呼びかけた資料がある。
 「学級崩壊立て直し記」「A先生の授業」である。

 今でも送付してほしいというメールがくる。
 
 知り合いのA先生が崩壊したクラスに担任として入って、そのクラスを立て直していく記録である。

 改めて読んでみて、まったく古くなっていないと感じた。
 
 そして、子供たちから評判になった授業を、A先生がどのように行ったかをまとめた「A先生の授業」である。

これも改めて読んでみて、「フォロー」(横糸)をとにかく多用していることを感じた。 これは「味噌汁・ご飯」授業でも強調している原則である。

 私のブログをずっと読んでいただけている方は、すでに読まれていることであろう。
 もし、読んでいない方で読んでみたいという方は、私のメールへ連絡をしてほしい。

 添付で送付していく。

 kazenifukarete A  hkg.odn.ne.jp (Aのところへ@を入れてほしい)

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信頼関係は2つことから成り立つ(7)~よしドン先生に答える その2~

   「上下の関係」についてぐじゃぐじゃと書いた。
 何でこんなにここにこだわるのかと、不思議に思われた方もあるかと思う。
 
 

  よしドン先生は、「先生と子供の関係は『信頼関係』である」と強調されている。
 私も、ここのところはよく分かる。
 

  確かに、その通りである。
 
 問題は、その「信頼関係」の中身である。

 ★
 私は2つの点からこの「信頼関係」をとらえている。

 ①「上下の関係」が、「教え」―「学ぶ」関係として成り立つ限りにおいて「信頼関係」になっていく。
  

   また、多くの子供たちが担任の先生を信頼するのは、教室を「安心・安全で居心地がいい場所」にしてくれることである。

  そのためには、教室を不穏な空気にする 「やんちゃな子供」に対してきちんと指導できる担任がいなければいけない。

その点で、多くの子供たちは、「厳しい」先生を求めている。
 
 

 

 ②子供たち個々との「心の通じ合い」ができる先生である。

 

  ①が「縦糸張り」であり、②が「横糸張り」であることはすぐに確認してもらえると思う。

 私が、「上下関係」にこだわったのは、①の「信頼関係」を築き上げるためである。
 そのためには、教師はどうしても「教卓のこちら側」にいて、毅然として「縦糸張り」をしなければいけない。
 
 

  教室が「安心・安全」でどんな子供でも自分の居場所がきちんと保障される場所にしていくためには、担任のリーダーシップのもとに、教室のルールづくりや仕組みづくりなどがきちんとなされなければいけない。

 
 ただ、「信頼関係」というのは、②だけであると思われているところがある。
  特に、初任者はそのような働きかけをしようとして、クラスを大変にしていく。

  ★
 昔は、①だけをやっておけば十分に「教師」することができた。
 それは、繰り返しになるが、学校に「縦糸の枠組み」ができていたからである。

  しかし、それが壊れた。
 だから、①だけではやっていけなくなったのである。
 

  ①と②をバランス良く駆使しながら、子供たちとの信頼関係を作り上げていかなくてはならなくなったのである。
 それが「現在」である。

   ★
  橫藤雅人先生と2人で出した『必ずクラスがまとまる教師の成功術!』(学陽書房)では、「縦糸を張る」ことについて、次のように定義づけている。

教師と生徒の上下関係を基礎とするしつけや返事、敬語、学級内ルールなどの関係づくり

 そして、そのために次の4つのことをする。

  ①学校でのしつけをしっかりする。
  ②返事、あいさつ、敬語などの言葉づかいをきちんとさせる。
  ③学級内ルールをきちんと作る。
  ④教室環境を整える。(子供たちの机、ロッカーなどの整頓を含めて)

 また、「横糸を張る」ことについては次のように定義している。

教師と子供のフラットな心の通い合い

 この「横糸を張る」ことは最初は、教師と子供という関係から始まり、そのあとに「子供」と「子供」の関係につながっていくものだと考えている。
 
 

この「縦糸と横糸」張りをバランス良く行うことが大切なことになる。
 

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よしドン先生に答えます(6)~その1~

   よしドン先生から、今回もブログへのコメントをもらった。
 ありがたいものである。
 

 こうして考え方の違いをきちんと表明してもらえるうれしさ、ありがたさはかけがえのないものである。
 今回の指摘はとても大切なものなので、ここできちんと答えておきたいと思う。
 

 よしどん先生のコメントは、次のようなものである。
 
 ★ ★ ★
 野中先生、今回もコメントさせてもらいます。
 
 野中先生の書かれるように、『教師と生徒は、人間としては「平等」でも、その両者の関係は平等ではない。はっきり上下関係がある。 学校という場所は、そういうものである。そういう場所にしないと、「教育」という機能は発揮できない。』というのは確かにと思うところがあります。
 しかし、上下関係というと何かちょっと違う感じがします。
 先生と子どもの関係が縦糸、子どもと子どもとの関係が横糸ととらえられます。ここは同じ考えです。私はその関係とは、信頼関係だと思うのですが、どうでしょう。
 権威を誇示してしまう教育は、子どもの心をゆがめてしまうと思います。これは戦前の教育が代表的だと思います。魂のふれあいを通して育った信頼が、教育の基盤だと思いますがいかがでしょう。
 
 野中先生が横浜の学校で経験されたことは決して権威をふるったのではないと思います。
 先生と子どもたちがしっかり信頼関係を結べるように全校で取り組んだのではないでしょうか。
 何か、権威で子どもたちに押し付けたとしたら、たぶんその場限り、その時だけの行動になっていたのではと考えます。面従腹背という言葉がありますが、決してそんなことにはなっていなかったと思います。   
 縦糸の話をしていくときに、誤解をされてしまうといけないと思い、意見を書かせていただきました。
 ★ ★ ★

  よしドン先生の指摘をまとめてみると、次のような3点になる。

  ①先生と子どもの関係が「上下関係」というのは違和感がある。
   先生と子どもの関係は、信頼関係である。
  
 

  ②先生と子どもの関係が縦糸、子どもと子どもとの関係が横糸ととらえられる。

  ③権威を誇示してしまう教育は、子どもの心をゆがめてしまう。魂のふれあい
   を通して育った信頼が、教育の基盤だと思う。

 ★

 確かに、「上下関係」という言葉は誤解されやすい言葉である。
 ここは丁寧に私の意見を述べておきたい。ややこしいから勘弁してほしい。

 私の親しい友人(もう退職している身である)に、ある学校で学級崩壊になっている初任の2年生のクラスにT・Tで手伝ってほしいという要請がきたのである。
 
 

 友人は、「2年生だからたいしたことがない。何とかなるだろう」という気持ちで引き受けた。力がある教師であり、その力を存分に担任として発揮してきた経歴があった。
 
 

 結果は、「ほとんど何にもできなくて、体調を崩して辞めてしまった」ということになった。最近のことである。
 
 

 聞いてみると、子供たちはどこかから来た「おっさん」としか見ないで、注意し、叱っても何の効力もなく、言うことを聞かなかった。一日がもぐら叩きみたいな感じで、帰ればがっくりと疲れ、血圧が200ぐらいまでに上がり、大変であったという。
 
 

 私は「ああっ、やってしまったなあ!」という思い。
 誰でも、同じことをしたら、結局同じ結果になったであろう。
 彼等は、うるさく注意しにきた「おっさん」としか扱わないだろうからである。
 

 ★
 どうしたらいいか。

 替わりの「担任」になるか、あるいは、しょっちゅう授業をしたりしてとにかく前面に立つ必要がある。
 荒れたクラスでは、単なるT・Tでは駄目である。
 

 彼等に、私を「教師」としての存在として認めさせていかなければいけない。
 彼等が私を「教師」として認めたとき、はじめて私の指導が効力を発揮するようになる。
 

 ここはよしドン先生が言われる「信頼関係」とはちょっと違う。(まったく違うということでもないが…)
 指導してくれる「存在としての受け入れ」である。
 

 その「存在」の受け入れができたとき、単なる「おっさん」から、「教師」にあがるのである。格上げである。
 こうなったとき、「教師」と「生徒」という関係ができあがる。

「友達関係」ではない。
 
 指導していく「存在」と、指導されていく「存在」の関係。

 これが上下の関係である。

「おっさん」のままでは、この関係ができない。
「友達関係」では、この関係はできない。

 この関係は、距離がぐっと離れたものになる。
「教師」は、「教卓のこちら側」に位置することになるからである。

 ★
 この「教師」の位置について、的確に指摘した言葉がある。
 内田樹さんの本(『内田樹による内田樹』株式会社140B)からの孫引きの引用になる。

 ★ ★ ★
 教えるというのは非常に問題の多いことで、私は今教卓のこちら側に立っていますが、この場所に連れてこられると、すくなくとも見掛け上は、誰でも一応それなりの役割は果たせます。(……)無知ゆえに不的確である教授はいたためしがありません。人は知っている者の立場に立たされている間はつねに知っているのです。誰かが教える者としての立場に立つ限り、その人が役に立たないということはありません。
    (「教える者への問い」、『自我』(下)ジャック・ラカン 56頁)
 ★ ★ ★

 そして、内田さんは、次のように書く。

 ★ ★ ★
 僕自身、30年以上にわたって「教卓のこちら側」にいました。そして、僕の教師経験はこのラカンの言葉に満腔の同意を与えます。
 「教卓のこちら側」にいる人間は、「教卓のこちら側にいる」という事実だけによって、すでに「教師」としての条件を満たしている。教師は別にとりわけ有用な、実利的な知識や情報や技能を持っており、それを生徒や弟子に伝えることができるから教師であるわけではありません。教師は、「この人は私たちが何かを学ぶべきかを知っている」と思っている人の前に立つ限り、すでに十分に教師として機能します。この人に就いて学ぶ人たちは、しばしば「彼が教えた以上のこと、彼が教えなかったこと」を彼から学ぶからです。
 ★ ★ ★
 内田さんは、「教卓のこちら側」にいる人間(教師)は、「教卓のこちら側にいる」という事実だけによって、すでに「教師」としての条件を満たしていると、ラカンの言葉を引きながら書いている。
 

 そして、「この人は私たちが何かを学ぶべきかを知っている」と思っている人(生徒)の前に立つ限り、すでに十分に教師として機能しているとも指摘している。
 

 2年生の子供たちに、知り合いが、まったく効力を発揮できなかったのは、うるさく注意する「おっさん」としか見ないで、「この人は私たちに何か大切なことを学ばせてくれる」存在(教師)として認めなかった結果である。

 

「教卓のこちら側」にいる存在として強烈に印象づけなかったからである。

 私なりの言葉に置き換えれば、教える存在としての「教師」(「教卓のこちら側」)と学ぶべき存在としての「生徒」(「教卓の向こう側」)という上下の関係が「事実」としてできあがっていれば、教育の機能は成り立っていくということになる。

 この関係は、決して水平の関係ではない。
 こういう意味において、私は「上下関係」という使い方をしている。

 だから、「野中信行」と「〇〇ちゃん」は人間としては「平等」だが、「教師」と「生徒」の関係になったときは、上下の関係になると言ったのである。 
 
 
 
  

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校長に「死ね!」は、日常茶飯事です!(5)

   私のブログを読んだ読者の方から、次のようなメールが来る。
  地方に住んでいる先生である。
 ★ ★ ★
野中さんのブログを毎日読ませていただいています。で、ものすごく粗い感想なのですが・・・校長に「死ね!」とかは、私の学校では日常茶飯事です。校長室は、行き場のない子たちのテーマパークになってしまってますので(失笑)。学校の最終権威、校長が。そして、一番怖い場所であるはずの校長室の敷居が非常に低くなってしまっています。 1年生の子でも、校長が怖くない。校長室が怖くない。この子たちは、何に恐れをなすのだろう。そんな子たちが高学年になった時をお世話している我々のリスクはどんなもんだろ?……
  ★ ★ ★
 
「校長室が、行き場のない子たちのテーマパークになっている」というのは、ありそうなことである。

 私が聞いた中学校では、生徒が校長室に入り込んで、お客様用に準備してあるお菓子を食べ散らしてしまうということが平気で起こるという。
 でも、その生徒達に、きちんとした指導はなされないという。ひどいものだ。

 校長室も、職員室も、子供たちが自由に出入りできる場所にしていく。
 ここに「聖域」を持たせない。
 

  このような発想で校長室や職員室の「権威」を否定していくことは、さまざまな学校で取り組まれたことではないだろうか。
 私も、若い頃、そのような考えを持っていたのでよく分かる。 

 教師も生徒も、みんな「平等」だからそんな「聖域」を持つのはおかしいという考え方である。
 

  このような考え方が、校長に平気で「死ね!」などと言える子供たちを育てていったのは確かであろう。
 


 ただ、このような考え方は、学校だけでなされたわけでもなく、社会全体での大きなうねりであったことも確かである。
 80年代にマスコミが「学校叩き」「教師叩き」をしたのも、この考え方であった。

 繰り返しになるが、教師と生徒は、人間としては「平等」でも、その両者の関係は平等ではない。
 はっきり上下関係がある。
 

  学校という場所は、そういうものである。
 そういう場所にしないと、「教育」という機能は発揮できない。

 このことを考え違いしていたのである。
 
 ★
 私の最期の勤務校も、こんな学校であった。

 「子供の思いを大切にする」ということで、さまざまな行事に、子供の思い、考えを入れていくことが行われていた。
 
 しかし、学校は荒れまくっていた。
 創立以来ずっと荒れまくってきた学校で、「3年学校」と言われてきた学校である。
 

  3年しか教師はいない(3年は同じ勤務校に在籍しなければいけない規定)というのが普通であった。

 職員室(保健室にも)には、いつも子供たちがどやどやと来て、たむろしていた。

 しかし、子供たちの職員室の入り方はひどいもので、ほとんど何の指導もされていなかった。
「野中先生 いる?」という入り方である。
 敬語などはまったく使われていなくて、「ため口」が教師と子供たちの普通の会話であった。

 この学校を先生たちが一丸になって改革した。
 2年間ぐらいで、普通の落ち着いた学校へ変身していった。

 まず最初に手をつけたのが、教師と生徒の上下関係をつけることであった。
 いわゆる「縦糸の関係」を身につけることであった。

 たとえば、私は朝会で、次のような話をした。(朝会担当)
 「職員室へ入ってくるときに、『野中先生 いる?』と入ってくる人がいます。
  まちがいです。そんな言葉づかいはおかしいです。
  正しくは、『野中先生 いらっしゃいますか?』と言わなくてはなりません」
と指摘した。

 2ヶ月ぐらいで、全校の子供たちが「野中先生 いらっしゃいますか!」と言って入ってこれるようになった。職員室への入り方もきちんと指導した。

 何のことはない。要するに、子供たちに教えられてなかっただけである。

 こんなことから改革は始まったのである。

 これは子供たちに敬語(丁寧語)の使い方を教えることによって、職員室はそのような場所であることを間接的に教えているのである。

 基本的な「縦糸の枠組み」をきちんと教え、身につけさせることから改革は始まったのである。

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何がだめになったのか?(4)~「縦糸の枠組み」が喪失したその後に~

 「縦糸の枠組み」が壊れたことについて書いた。
 今なお壊れていないところで、これらの事実は驚くべき事態かもしれない。
 
 

  たとえば、東北は今なお「縦糸の枠組み」が健在である。
 それは、地域がしっかりしているし、親たちも地域に根付いて子育てをしている。地域と保護者と学校の三者がいまなお健在である。
 
 

  東北の学力が高いというのは、この「縦糸の枠組み」がしっかりしているからである。
 東北の教師たちが特別に優秀であるわけではない。(失礼!)
 

  教師たちは、この土台の上で学習を続けていけるからである。
 
 総じて、学力が高いところは確実にこの「縦糸の枠組み」がしっかりしているはずである。(都市圏で学力が高いところは、学習塾に行っている子供たちが支えているのではあるが……)
 ★
 さて、「縦糸の枠組み」が壊れた学校で、これから何ができるか、何をしなければいけないのか。
 
「学校」は、まだ替わりになる「言語」を持っていない。
 

  新しい「縦糸の枠組み」の再構築ができていない。
 
 できているならば、こんなに学校が疲弊するはずはないのである。
 

  相変わらず、今までの「縦糸の枠組み」があるときの事態を前提にしての取り組みをしている。
 うまくいくはずはない。

 文科省は、新しい「縦糸の枠組み」を提起していない。
 いまやろうとしているのは、方向違いのことだと、私は考えている。

 今緊急にやらなければいけないのは、教師の数を増やし、児童の数を減らすことだ。
 これは根本的な解決策ではないが、学校に余裕を与えることができる。
 

  学校が新しい枠組みを再構築していくための時間と余裕を与えることができるのである。
 

  私は、学校力向上のための事業で、北海道教育委員会のアドバイザーをして2年目になっている。
 学校力向上の学校は、14校ある。
 

  全部を訪問したわけではないが、私が訪問した学校はいずれも活気づいていた。

 特別に教師が3,4人加配され、事務職員がもう1人増員されている。
 この余裕がいい。
 これだけでも学校の状態は違ってくる。
 
 

  しかし、財務省は反対に教師の数を減らそうと動いている。
 現場の状況をまったく分かっていない。

 ★
 嘆いていても仕方がない。
 今できることは何か。
  教師の仕事を考え直していくことである。

 まず、「縦糸の枠組み」が壊れたことでダメになったことは何かを考えることである。
  さまざまに考え出されるが、とりあえず3つ。

 ①「授業」づくりをきちんとやっておけばクラスはうまく成り立っていくという時代  がだめになったのである。
  
 

 学級の中での「縦糸の枠組み」がなくなっているはずであるので、これを再構築しなければならない。(もちろん、これは地域によって大きく異なる)
  この再構築が一番の優先課題である。
 
  

   私は、10年前に「学級づくりを土台に据えなくてはならない」「まず、授業よりも 学級づくりを優先しなくてはならない」という問題提起をした。
  これはこの再構築のためである。
  
 

② 子供たちを厳しく叱りつけておけば、何とかなる時代がだめになった。

      同時 に、子供たちとともに遊んだり、活動したりして友達みたいに仲良くしていけば何とかなる時代もだめになったのである。
   
   

      私は、橫藤雅人先生が提起した「織物モデル」の関係づくりに共鳴をして、関係づくりの再構築をしなければいけないと考えるようになった。
  「縦糸・横糸」を張ることになる。

 

③「日常授業」をいい加減に適当に流していく時代がだめになった。
  
 

   子供たちは「つまんねえ~」「おもしろくねえ~」と離れていっている。
  「縦糸の枠組み」がしっかりしていたときには、つまんなくても、おもしろくなく  ても、「そんなものだ」と思って、子供たちはただ我慢していた。
  
 

   子供たちの一部は、もはや我慢しなくなった。公然とおしゃべりしたり、立ち歩いたりしている。
 
  

   私は、「味噌汁・ご飯」授業を提起して、これに立ち向かいたいと考えた。

 

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私達が縦糸を壊してきた!(3)

   親しい「よしどん」校長先生から次のようなコメントをもらった。
 
 ★ ★ ★
  この言葉は考えさせられますね。でも子どもの心の叫びを感じざるを得ません。 
 
 子どもにとって校長ってなんでしょうか。自分の記憶の中でも、校長はあまり出てきません。
 子どもにとっていつも小言をいう校長は邪魔な存在なのかもしれませんね。
 
  「何しに来た。うるさいな。」ということは、ある意味で校長がまだ権威を持っているのだと思います。「死ね」は余計な言葉ですが・・・・。自分が嫌な時には、よく使われているのではないんでしょうか。校長が来ると、また余計なことをいうと思っているのではないかと思います。
 ある意味で校長がその子たちの敵になっているのかもしれません。
 
 私は学校として縦糸を大事にする必要があると思います。しかし、野中先生がおっしゃることに少し違います。縦糸がなくなったのではなく、私たちが縦糸を壊してきてしまったのです。なんでも平等、なんでも同じようにとしてきたのは私たちです。そこを反省しなくては、学校がますます崩壊してしまうことでしょう。

 私は、教師集団にも縦糸、横糸が必要だと思います。きちんとできていないのならば、私たちが縦糸、横糸で紡いでいくしかないのです。それには、管理職も今の自分に胡坐をかいていてはだめです。もっと学ばなくてはならないと思います。
 山本五十六の有名な言葉に、「やってみて言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」とあります。でもそれだけではないのです。
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
と。
 私も子どもに「校長先生を変えてほしい」と言われました。まだまだ力不足なのだと感じています。
 
 力のある校長先生だと思いますが、「死ね」と言った子どもを責めるのではなく、「死ね」と言わせてしまった自分を責めてほしいと思います。
 
 新年から自分を考えさせられた言葉でした。
 ★ ★ ★

 とても考えさせられた。
 
「 縦糸がなくなったのではなく、私たちが縦糸を壊してきてしまったのです。なんでも平等、なんでも同じようにとしてきたのは私たちです。そこを反省しなくては、学校がますます崩壊してしまうことでしょう。」
 
 なるほど、なるほど、確かに私達教師も、「縦糸の枠組み」を壊してきた原因を作ってきている。
 

  枠組みが壊れたのは、学校の外からではなく、内からの方からだったのだという指摘は、考え直さなくてはならない大きな視点である。 

  山本五十六の言葉は、最初の言葉だけは知っていたのだが、2つの言葉が続いていたのである。これは含蓄のある言葉。

  よしどん校長先生の学校は、元気な若手の先生が意気揚々と活躍している。
 実践されているのである。

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新しい「縦糸の枠組み」の再構築を!(2)

   「縦糸の枠組み」が壊れたことを書いた。
 ある校長さんから次のようなメールを受け取った。
  ★ ★ ★
  先生、私も前任校、そして今の学校で何度も子供から「死ね」と言わ
れていますよ。
今の学校では、子供から蹴りもパンチも受けています。つばもかけら
れています。物も投げつけられています。昨年はスーツの上着を破か
れました。
「死ね」とまでいかなくても「あんた」「お前」「てめえ」と呼ばれ
たとなると、女子も含めてもっと増えますね。
  ★ ★ ★
 現実は、考えているよりももっともっと進んでいる。
 この枠組みの壊れ現象は、大変なことになっているのであろう。
 

  この枠組みは、1980年だの半ば頃から徐々に壊れていき、1990年代の末には「学級崩壊」がニュースに取り上げられることになる。
 この現象は、依然として続いていて、更に深刻さが増している。

 この枠組みの壊れと一緒にさまざまなものが壊れていった。

 いま50歳代のベテランの教室が、学級崩壊の憂き目にあっている。
 彼等は今までしっかりと学級を構築してきたのであり、きちんとした力量をもっていたのである。
 

  それが通用しなくなっている。
 なぜか。
 

  「縦糸の枠組み」がもはや壊れてしまったのに、いつまでもその枠組みに乗っかった指導しかしていないからである。
 

  しょっちゅう厳しく注意し、叱り、どなっている。
 今までは何とか通用してきたのだが、もうだめだ。

 私は「縦糸の張りすぎ」と指摘するのだが、そのことに気づかないで、子供のせいにしてしまっている。

 ★
 「縦糸の枠組み」が喪失して、では、一体どうしたらいいのか。
 
 ある教師は、最初からびしびしと厳しく指導していく体制を作ろうとする。
 

  しかし、これは安易になされるとますますだめになっていく。
 
 そのうちに、やんちゃたちに反感をかい、反発され、どうにもならなくなる。
  そんな教師たちを何人も見てきた。
 
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 反対に、縦糸を張らないで、「横糸」で迫ろうとする教師たちがいる。
 若い先生たちに多い。
 

  初任の先生たちは、ほとんどがこれに近い。
 
 枠組みがはずれたことに慣れきっている子供たちは、最初は歓迎する。
 でも、そのうちに(5月の末から6月にかけて)教室が壊れてくる。

 学級のルールは守られず、弱肉強食の世界になっていくからである。
 それぞれが自分勝手に振る舞い、ぶつかり合い、ケンカになる。
 

  そんなクラスをいくらも見てきた。
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 「縦糸の枠組み」が壊れて、「学校」は新たな課題を突きつけられたのである。
 ただここで確認しなければいけないのは、もはや昔の「枠組み」には戻れないということなのである。
 
 

  ここで大きく認識がずれていく。
 「昔が良かったので、昔に戻ろう」式の発想は、もう時代認識に合わない。
 そんなことができるはずはない。

 新しい「縦糸の枠組み」を再構築しなければいけない。

  「横糸」で迫ろうとする先生たちもいる。
 それができるのは、よほどの力量をもった先生に限られる。
 
 

  その場合も、決して「縦糸」が必要ないというわけではない。
 意識的にも、無意識的にも、見えない「縦糸」を駆使しているはずである。
 
 

  しかし、普通の先生たちには、所詮それは無理である。

 なぜなら、「学校」という空間は、「指導」(教師)と「学び」(生徒)という上下関係で成り立つことが本質であるからである。

  この縦糸の本質が壊れているので、学校教育は大きな危機に立たされている。

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校長に「死ね」という言葉を投げつける子供たち(1)

 ある知り合いの校長さんから話を聞いた。
「野中先生、私の学校の6年生のクラスへクラス巡りをしていくと、クラスの子供が
 私に向かって『何しに来たんだよ!うるせいなあ!死ね!』と言うんですよ」

 私はびっくりする。
「校長に対して、そんな言葉を投げかける子供がいるなんて、聞いたことがないよ」

「これは挑発の言葉ですから、真正面からぶつかってはだめなんですね。だから、
 『死ねなんか言うんじゃないよ』とかわしていくんですよ」と。
 

 確かに真正面からぶつかると「体罰」という事態が起こる。
 これはさんざん問題になったことになる。

 その校長さんから次の言葉が飛び出す。

「10月に突然辞めた教師がいて、その替わりに私も急きょ授業をしたのですが、その5年生のクラス、授業が始めるまでに5分もかかるのですよ。これは大変です。」
 
 校長が授業に来ているのである。静かに授業を受けようという気持ちがないのである。

 「校長」という権威が、まったくなくなっている。 
 
 

 もはや、「学級崩壊」なんかではなく、「学校崩壊」という状況が進んでいる。
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 これはどういう事態なのか。
 
 私は「縦糸の枠組み」が壊れたのだという言い方をしている。

 今まで、学校教育の危機の状況を、「教師が悪い」「親が問題だ」「行政の問題だ」などととさんざん問題視してきたのだが、まったく説得力がなかった。

 「学校」がこれほどまでに疲弊して行っている原因は、そんなものではなく、学校の中で「縦糸の枠組み」が壊れていったことによるのである。

 「縦糸の枠組み」とは何か。
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 40数年前に私が初任の教師になったとき、5年生の担任であった。
 1970年代のことである。

 この頃は、地域にも親にも「学校」の存在がきちんと認められていた。
 「尊敬の存在」とまでは言えないが、「学校」を尊い存在として存在感が認められていたのは確かであった。

 この頃の親たちは、学校へ出掛ける子供の背に「先生の言うことを聞くんだよ」と声かけをしていた。ほとんどの親がしていたと言うと、驚かれるだろうか。

 家庭訪問や個人面談では、親父さんたちは必ず「先生!先生の言うことを聞かなかったら、ひっぱたいてください!」と言われた。

 学校で教師から叱られたら、それは「オマエが悪いのだ!」と言われるために、子供は親に伝えることはなかった。

 この頃の教師が特別に優秀だったわけではない。
 「教師」というだけで、この「縦糸の枠組み」に守られていたのである。
  だから、普通に勉強を教えておけば何の問題もなかった。

 ★
 「縦糸の枠組み」とは、学校の中で勉強を教える「教師」と、勉強を学ぶ「生徒」の上下関係が成り立っていたことを言う。
 

「教師」と「生徒」は人間としては「平等」だが、関係としては「平等」ではない。
 学校では、きちんと上下関係が成り立たなければ、教育は成り立たない。
 

 その枠組みを、地域も、親たちも、そして子供たちも、自然なものとして認識していた。
 この枠組みが、学校に安定と落ち着きを与えていた。

 子供たちは、「先生の言うことは聞くものだ」という「縦糸の枠組み」は当たり前のことであり、親も地域社会も、それを後押ししていた。
  だから、先生の言うことを聞かないで、先生から叱られたら、それは当然のことであった。

 この「縦糸の枠組み」が壊れたのである。
 学校の疲弊は、ここに問題の本質があったのである。

 この枠組みの壊れは、全ての教育をねじ曲げていったはずである。
 
 この枠組みの壊れが、校長に対して「死ね!」などという言葉を投げつける子供たちを生み出していったのである。
 
 
   

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あけまして おめでとう ございます

   明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
 
 今年の正月は(横浜は)晴れ渡っていて、寒さが澄み切っている感じ。
 

 1日は、近くのM家と新年会を開き(40年も続いている)、2日は朝早くから箱根駅伝に熱くなっている。
 早稲田大学が思っていたより大活躍し、3位で往路を終わった。良かった。
 
 

 根っからの「早稲田びいき」である。
 郷里佐賀の家の近くに大隈重信の生家があり、私の「信」は、重信の「信」から取られている。
 

 そんな簡単な理由からずっと「早稲田びいき」ということになる。
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 今年は2日に、もう「仕事始め」である。
 といっても、いつもの正月の行事。
 

 今年の目標を立て、1年間の計画を立てることから始める。
 
 

 今年はカリフォルニアの三育学院サンタクララ校(日本人学校の補習校)へ行くことから仕事始めになる。
 1週間の予定。
 
 

 現地の子供たちに授業をし、先生たちに講座を持つ。
 私が蓄えたものを全部先生たちに伝えてきたいという思いである。

 シリコンバレーの中にあるサン・ノゼの学校。
 私は2回目の訪問になる。

 地中海気候であるために、一年中温和な気候である。
 朝夕は肌寒いが、昼間はTシャツで過ごせる。
 
 

 1回目の訪問で驚いたのは、青空の青さのすごさ。
 日本では見られないほどの青さである。

 この青空にもう一度お目にかかれるのは、楽しみの1つである。

 
 

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