福山憲市先生の授業について(4)
福山先生の算数授業は、最後の第4弾になる。
最後は、次のような報告で締められていた。
★ ★ ★
第4弾
『割合』の授業報告第4弾…ラストです。
算数の授業は、工夫次第で市販テストの平均点は、99点以上になります。クラスによっては全員が100点でした。もちろん、これは「算数専科としての福山授業」です。「学級での福山授業」ではないです。それはまた違います。でも、授業というのは事実です。それを少しでも多くの場で紹介できればと思っています。
伝えていきたいと思います。
**********************************************************
授業の途中、割合の問題を5問程度解いたとき、ふと時計を見た。驚いた。
まだ15分しか経っていないのだ。
私の感覚では、30分以上経ったような密度だった。濃い。あまりにも濃い授業の密度に、45分経った後は、見ている私がバテていた。研修に参加していた友人・知人も同じような感想をもっていた。おそらく、授業を受けていた子どもたちは、もっともっとがんばったことだろう。
子どもを鍛える授業とは、こういうものか、と感じた。そして、何より楽しい。本当に楽しい授業だった。
楽しくて鍛えられる・・・まさに魅力ある授業であった。
★ ★ ★
私の感想。
普通、時間が過ぎるというのは、「あっという間に1時間が過ぎていた!」ということになる。
あまりにも話がおもしろく、聞き入ってしまって、時間の経過を忘れるのだ。
でも、ここでは反対だ。
「15分しか立っていないのに、……30分以上経ったような密度だった。濃い。」
これはどういう現象であろうか。
「45分経った後は、見ている私がバテていた。」
「濃い。あまりにも濃い授業の密度」
ここでは過ぎ去っていく「時間」ではなくて、垂直に降りていく「時間」のような感覚である。
そんな授業をしたこともないし、受けたこともない。
そんな経験をしたこともない。
この授業で何が起こっているのであろうか。
考えられることは、次のようなこと。
・ものすごいエネルギーを使わなければ、その課題を克服できないこと。
記録している先生は、割合の問題を5問解いたときにたったの15分しか経っていないと感じている。
そんな問題を、しかも先生である人に、出せるものであろうか。
問題解決に没入している。
★
おそらく、このようにして福山先生の授業は続けられていたということである。
記録している先生は、楽しくて鍛えられる授業だと最後に付け加えられている。
私は、「楽しい」ということと「鍛える」ということとは、並列的に並べられないのだが、それはこの記録した先生の感想だ。
ますます見てみたい授業になる。
★
授業というのは、自分の技量の範囲でしか相手の授業は見えない。
福山先生は、法則化運動時代から有名な先生であった。
20代の頃から教師修業を続けられてきている先生だ。
授業技量においては、名人級の先生であると、思われる。
だから、福山先生の授業から見えるものも、限られてくる。
ここから「味噌汁・ご飯」授業として何を学んでこれるのか。
これは私の課題である。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 「自己流」で身に付けた力量で対応できなくなっている!(2019.03.16)
- 『教師1年目の教科書』が重版になる!(2019.03.13)
- 再び横浜野口塾のお知らせです(2019.03.10)
- つれづれなるままに~飛行機ができてきた~(2019.03.09)
- 『教師1年目の教科書』(学陽書房)が発売される(2019.03.05)
コメント