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「学校教育の終わり」ということ(3)

    前回次のように書いた。
 
   ★ ★ ★
 現場教師は、どんなに現場が大変になろうが、どんなに学級が荒れていこうがとにかく何とかしなくてはならない。
 目の前のことに全力を尽くしていかなくてはならない。
   ★ ★ ★

 このことを「当事者性」と名付けておきたい。
 現場は、どのような状況下におかれても、この「当事者性」で対応しなければいけない。
 

「もうなるようにしかならないから、いい加減に対応しておけばいいよ」
とはならない。

 もちろん、できることしかできない。
 「できること」に全力を尽くす以外にないのである。
 ★
 今現場が最も必要にしているのは、教員の加配とクラス人数の減員である。
 これで解決するというわけではないが、問題を凌いでいけることは確実だ。

 クラスでの問題の9割方は、クラスの授業を乱していく発達障害の子供たちの対応と「生徒しない」(学びの姿勢をとれない)子供たちの対応である。

 この子供たちにクラス担任がしょっちゅう対応せざるをえなくて、他の「8割の子供たち」の対応がおろそかになり、クラスが荒れていくという状況になっている。
 この子供たちを加配の教員が対応してくれればどれほど助かるか分からない。

 アメリカは、30人以内のクラス人数で、ベテラン教師と若い教師のペアでクラスを担当していると聞いた。
 ここは「ゼロ・トレランス」という法律で、授業を妨害する子供は、他の施設で教育されることになっている。

 だから、落ち着いたクラス運営ができる。

 日本も早くこのような対応が望まれるが、実現はしない。

 ある区のPTAの集まりで400人いる保護者に、このようにアメリカみたいな法律が日本でできるだろうかと質問したら、誰1人手があがらなかった。
 教員の加配さえも実現はむずかしいのである。

 多分、再生会議の委員たちも、財務省の官僚たちも、この現実を知らないのだろうと思う。

 国の教育の根幹である学習指導要領を実施していく当の教員たちが潰れようとしている事態に、道徳の教科化、小学校英語の教科化(私は特に反対しているわけではないが)でもないであろう。

 まさに亡国の道を突っ走っている。
 ★
 それでも私は、先生たちのがんばりに一縷の望みを託している。
 私は、子供をどうしようとかは二の次と考えている。

 そんなことよりも、まず先生たちをどのように元気にしていくかが緊急なことになる。
 これを第一の課題とすべきである。

 今も全国から呼ばれて出掛けていって、訴えている。
 何を語っているのか。

 「当事者性」での闘い(そう、これはもう闘いなのである)を訴えるためである。
 
 

 まず「授業づくり」より「学級づくり」を優先すべきである。

 クラスの「8割の子供たち」を大切にしていく。

 「学級づくり」は3原則を基本にすればいい。

 子供たちとの「関係づくり」には、縦糸・横糸張りが鉄則。

 「授業づくり」は、日常に耐えられる授業づくりでなくてはならない。
 

 ほとんどこういうことに尽きている。
 

  先生たちに訴えることは、シンプルな原理・原則になる。
 先生たちの日常に耐えられなければ、どのような高邁な理論も砂上の楼閣である。
 ★
 退職前に7年間いたO小学校での「学校改革」は、「先生たちの元気さ」が第一の課題であることをしたたかに気づかされた。
 

  私の「学級づくり」「授業づくり」の方法論はほとんど、この学校改革から生み出されてきたものである。
 

次回はそのことについて書きたい。 

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コメント

同感です。
どんな指導技術も,子どもたちとの関係づくりができていなければ成り立ちません。

「群れ」から「集団」へ。
「学級集団」ができていなければ,授業も成立しないですね。当然ですが学力も向上しません。
教師と児童が,児童同士がどういう人間関係なのか。
とても大事です。
これまでに担当したクラスを通して,そう感じています。

またご教示願います。

投稿: masa | 2013年5月24日 (金) 18時40分

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