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「学校の終わり」が突きつけられる

   7日、三島のZ会本部へ行く。
 通信教育などで有名なZ会へ呼ばれての講演である。
 私に何の話ができるのだろうか。
 
 学校が今どのようになっているのかを話してほしいという要望であった。
 集まってもらえたのは、主に通信教育の教材などを作っている方々。
 ★
 17:45からぴたりと始まる。
 2時間。テンポ良く話を続ける。
 
 こんなに熱心に聞いてもらえたことも珍しい。
 仕事を終えての時間帯。
 Z会のみなさんが、違った分野からも学ぼうという意欲があるのに驚く。
     
  ★
 カオス化する教育状況について話をする。
 このまま行けば、多くの先生たちが普通に教室を成立させていくことが厳しくなる事態がやってくる。
 
 そして、その次に「学校の終わり」が突きつけられる。
 
 いろいろな事例を紹介しながら説明する。
 
 危機を煽っていると思われることをできるだけ避けたいのだが、しかし事態は確実にその方向で進んでいる。

 それを防止していくための文科省や国の施策にまったく期待できない。

 Z会の皆さんもし~~~んとなられた。

 ★
 40数年前に、私は横浜で小学校の教師になった。
 
 5年生の担任。
 隣は、初任の女性の先生。
 初任同士で5,6年と持ち上がり、卒業させた。
 
 この頃は、初任2人が高学年を持つことなんて、珍しいことではなかった。
 高学年の子供たちは落ち着いていて、別に問題化することはなかった。

 学級崩壊の言葉もなかったし、そういう事例は聞いたこともなかった。
 初任の教師が辞める事例も聞いたことがなかった。

 あれから40数年後に、私は「学校の終わり」などということを言っている。
  この40年の間に、徐々に徐々に、教育のあり方が壊れ、そして教室が壊れ、学校が壊れていった。
 
 そして、このまま行けば、少しずつ確実に「学校の終わり」に近づいていく。
 
  ★
 唯一現場の学校や先生たちの頑張りが残されている。
 そこに一縷の望みを、私はかけている。
 
  

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

野中先生、こんにちは。
「学校の終わり」という言葉に、少々身震いしましたが、現実は着実にその方向に進んでいるということも実感します。
私の学校でも、地方の地域の一学校ながら、学校運営の困難さと、学級担任の力がどれだけ学校の安定につながっているか、という場面をよく目にします。

これからは、確実に地方でも新卒教員が増えます。その時に、野中先生の警鐘が日本全国の学校現場に実感されるのだと考えています。

投稿: 佐藤玄輝 | 2012年12月 9日 (日) 20時26分

 私は,「学校の終わり」はないと信じています。「学校の終わり」が本当になれば,それこそ「日本の終わり」です。
 昨日,市内の小学校に出かけて,3年生と作文の授業をしました。テーマは「おやつ」です。おやつの由来を,私が黒板に書き,子供たちに視写させました。その後,私が用意したおやつを食べて,その様子を書きます。さらに最後はまとめを書かせます。
 子供たちは,楽しそうにそして集中して作文を書きました。授業が終わると,子供たちが「ありがとうございます。」と私に挨拶してきます。何と素直な子供たちでしょう。可愛いです。
 そういう子供たちの姿を見ていると,授業の価値を手前味噌ながら感じます。授業を中核にした人間関係づくりを構築できる学校を,絶対に守っていかなければなりません。だから,私は「学校は永久に不滅」と信じるのです。こういう気持ちで,これからも微力を尽くします。

投稿: 庭野三省 | 2012年12月11日 (火) 19時06分

 私は、学校の管理職次第&現場次第だと思います。
 何校か経験するとこの部分が無駄、この部分はよい・・・というのが見えてきます。
 20年前に比べると多忙になっているものもありますが、逆になくなったものもあります。
 どこを無くしていくのか。これは、管理職の強い意思で何とでもなります。
 少なくとも私はそう思っています。

 
 行事・伝統が続いてしまう一例に、一部職員・保護者の声を゛異常に゛聞いてします場合があります。
 管理職が一切耳を貸さず、突っ走った?結果、消えた行事はいくつかあります。

 
 無駄な研修を減らし、現場を生きていくための必要最低限の研修を残すこと。
 飾り物・プリントの多い研究授業はカットできないでしょうか?
 それより、それほど用意しなくて済む日常授業を充実させるために、”日常的研究授業”に変えていく。
 指導案は簡潔にする。(←これはわが市で実施しています)
 発達障害児童生徒への対応を学ぶ講座・実技を充実させるとか。
 以外と無駄が多いものです。


 時代柄、外部機関との連携も避けられませんが、これも管理職次第でしょう。

投稿: 現場で苦闘するTOSS超末端教師 | 2012年12月17日 (月) 23時28分

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