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2012年10月

徒然なるままに~もう11月になるのです~

   10月が終わる。
 10月の当初には、「いつまでも暑いなあ」とぼやいていたのに、下旬には急に寒くなった。
「急にどうしてこんなに寒くなるんだ」とぼやいていたら、ほんとに勝手なものだと思い直した。
 秋が短い。
 もう少しゆっくり冬になってほしいものだ。
 私は晩秋という時期が1年の中で一番好きである。
 徐々に葉っぱが色づいていく。その様子を眺めているのがいい。
 ★
 結局、おじさんは戻ってこなかった。
 「肝臓にがんができてね。切除手術を受けるんだ。元気になってあと10年は生きなきゃ」
 そう言っていた。
 抗がん剤を使い、どんどん痩せていくのが気になっていた。
 いつもの散歩で知り合い、話し合うようになった。
 おじさんは、シェパード犬をお供にいつもの決まった時間に散歩をしていた。
 あれから1ヶ月。
 今日も同じ時刻に散歩へ出る。
 どこを探してもおじさんはいない。
 「寒くなったね」と声をかけるおじさんは、結局戻ってこなかった。
 ★
 11月になる。
 北海道へ2度行く。
 一度目は旭川へ。二度目は、釧路、北広島である。
 また、新潟の長岡や十日町へも行く。
 忙しい11月になる。
 もう北海道は雪になっているのだろうか。 
 新潟の長岡へは、フェイスブックで知り合ったAさんの個展を見に行く。
 ものすごく楽しみ。
 フェイスブックで公開される絵に圧倒され、揺り動かされた。
 「個展はやらないのですか?」と問い合わせたら、「やります」という連絡。
 ちょうど十日町で、赤坂真二先生と一緒に講演をすることになっていて、その前日に長岡を訪れることになった。
 なんかワクワクしている。    

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「学級づくり」と「授業づくり」ということ

   池田修先生が、フェイスブックで次のように書かれている。

  ★ ★ ★
 新卒は、学級経営が大変。だから、学級づくりから頑張れとエールを送っている。しかし、学級が安定したら授業が上手く行くかと言えば、それは別。

学級が安定しないから学級を安定させるであって、安定した所で授業がちゃんと出来ると言うことではない。ここを間違えてはならない。
 ★ ★ ★

 ちょっとだけ異論があるが、この通りだと思う。
 
 私が3年間初任者指導をしてきたが、その経験から言うと、学級づくりが安定してきたら、授業も安定してくる。

 学級が安定してきたら、授業がとてもやりやすくなる。
 子供たちがよく動いてくれるようになるという意味である。
 
 私が担当した初任の先生のクラスは、学級づくりを目標達成法を中心に成立させていったのだが、実にみごとなクラスになっていた。

 そうしたら、授業もとてもスムーズにいくようになった。

 授業づくりが格段にうまくなったわけではない。
 それは初任者の授業でしかなかったが、授業も安定してきたのである。

 ★
 だが、学級が安定してきたら、それで満足しているようでは困るという意味で池田先生に賛成である。本来はそれを池田先生は言いたいのであろう。

 学級づくり(学級経営)と授業づくりは、本来それぞれの役割を持っていると考えてきた。
 もちろん、それぞれが相互に影響を与えることは当然である。

 だけど、授業づくりと学級づくりが一体であるということはない。
     
  それが一体とするならば、中学校や高校ではどうなるのであろうか。

 授業は教科によって、やり方はそれぞれの先生で違う。

 一体になりようがないではないか。

 やはり、それは担任である先生が、きちんと学級経営をしていくことなのである。
 ★
 私は、「学級づくり」と「授業づくり」はそれぞれに中心的な役割があると主張してきた。

 学級づくり(学級経営)は、学級を安定させ、落ち着かせる役割が主である。
 授業づくりは、学力形成が主の役割がある。

  学級は、最初の1ヶ月は主として学級づくりに主眼をおいて(もちろん授業づくりも同時進行ではあるが)土台づくりとして取り組み、その土台の上に授業づくりを追求していくという構図で主張してきた。

 学級が安定してきたら、それで終わりではない。

 授業づくりがあるのである。

 その授業づくりの追求で、さらに学級が盛り上がっていくという機能はもちろんある。

 3年間の初任者指導の結果は、はっきりそれで確かめている。

  ★
 反対に、最初から「授業づくり」を最優先させてきた初任者指導の先生たちは、私が聞く限りにおいてほとんど失敗している。

 始業式の次の日から指導案を書かせて、授業に全力で取り組ませてきたクラスは、ことごとくクラスが荒れていた。

「学級づくり」をいい加減にしているのである。

ただでさえ忙しい毎日に、指導案をいくつも書かせていくということは初任者を混乱させる。

 担任として学級づくりに全力を尽くさなくてはならない日々なのである。

 ★
 私が主張している「学級づくり」は、1ヶ月で30の指導項目がある。

 ほとんど1回の指導でいい項目が9個、最低3回の指導が必要なものが12個、常時指導が必要なものが9個になる。

 たとえば、常時指導には、掃除指導、当番指導、日直指導、給食指導などが入る。

 これは繰り返し繰り返し徹底的に指導していくものである。

 徹底的に指導するというのは、子供たちが自分たちでできるようにするためである。

 指導のポイントがある。

 これらを1ヶ月できちんと指導して、安定した学級を作り上げていくのである。

 こんなことを初任者は誰からも、どこからも教えてもらえていない。

 だから、7,8割の学級が不安定になるのである。

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通知表 親に事前公開~その2

  通知表の事前確認のブログに、池田修先生と横浜市の先生からコメントがついた。
 池田先生の言われるのは、まさにその通り。
 横浜市の先生のコメントには、もう少し付け加えたいなと思って、続編を書く。
 横浜市の先生のコメントは、以下の通り。

 ★ ★ ★
 横浜市で教員をやっています。野中先生がおっしゃる通り、パソコンでの通知表の作成でミスが多くなったともいます。私は手書き→電算化に移行する時期に教員になったので、電算化のよさはわかりますが、圧倒的に通知表に費やす時間が増えています。
 なによりも、横浜市は他の都道府県に比べ圧倒的に1人あたりに書く所見が多いですから、ミスが多くなるのは当たり前です。
 近県の情報や他の都道府県で教員をやっていた人に聞いても、驚くほどの量です。
 教科欄、行動欄、総合的な学習の時間欄、特別活動の欄・・・。学校により違いますが、一項目あたり200字から300字書いています。
 私の田舎など、学期末の面談をしていれば、面談済みのハンコで終わったり、書いても全体で40文字程度・・・。
 横浜の先生は働きすぎです。

 今回も8月に急にこの確認のお願いがあり、小学校では出欠席、委員会、クラブの確認のみ行っているところが多いと聞いています。

 成績まで事前に知らせるなら、もう、通知表なんてなくせばというのが、実感です。
  ★ ★ ★

 横浜市の通知表は書く分量が圧倒的に多いということ。
 その通りである。
 他府県の方はびっくりされるかもしれないが、全教科ごとに全部コメントを書く学校があるのである。
 それに加えて、行動欄、総合欄、特別活動の欄など全部である。
 これが多分多数派である。(通知表は各学校が決めるようになっている)
 作るのにへとへとになっている。
 資料(USBなど)を家に持ち帰ってはならないので、遅くまで学校に残って書くか土日に出てきて仕事をするかない状態である。
 子供を持っているお母さん先生方は大変なことである。
 ★
 なぜこうなっているかというと、横浜は、通知表にはあらゆる角度からさまざまなコメントを書くという伝統を持っていたのである。
 校長会が、いくつかの見本を出して、各学校はそれを選んでいく方式である。
 もちろん、各学校は、それを選ぶ必要はないがだいたいそれを選んでいくのである。
 その見本が、とにかくいっぱい書く通知票になっている。
 だから、伝統的にそうなってしまったのである。
 ご存じのように、通知表を出す法的なものはない。
 自主的なもの。出さなくてもいいのである。
 ★
 私が最後にいた学校では、私が「あゆみ作成委員会」の委員長だったので、相対評価から絶対評価へ変わるときに、学校独自で通知表を改訂してしまった。
 
 教科ごとに書く欄は廃止。文章を書くところも最低限に止める。
 先生たちも賛成して決まってしまった。
 先生たちの負担はずいぶんと軽くなったはずである。
  ★
 通知表にくわしく、いっぱい書くという考え方を変えなくてはならない。
 これはきわめて自己満足の世界でしかないからである。
 
 通知表に書かれることは、ほとんどが記号である。
 所見欄の文章でも、受け取る側にしたらほとんど記号だと思った方がいい。

 だから、どんなにくわしく書かれていても通知表だけではどんな意味もない。
 このことが分かっていない。

 通知表が意味を持ってくるのは、日常の教育活動と連動した時である。

 ★
 この通知表については、「必ずクラスを立て直す教師の回復術」(学陽書房)に「通知表の仕上げ方」としてかなりくわしく書いた。

 それを参考にしてほしい。

 「位置づけを明確にする」「資料づくりが決め手」「所見文を書き上げる」という項目で書いている。
     

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通知表 親に事前公開

 次のような記事が載った。(朝日新聞 10月28日朝刊)
 びっくり。おい、おい、何を考えているのだ。
 ★ ★ ★
 横浜市教育委員会が、通知表を児童・生徒に渡す前に、保護者らに内容を確認させるよう、学校に指示していたことが分かった。市教委は通知表の記載ミス防止のためとしているが、事前に通知表を見た保護者から成績に関する苦情が相次ぐなど、学校現場に混乱が生じている。

 市教委が「事前点検」を指示したのは今年7月2日付の通知。小中学校、特別支援学校の市立全506校の校長あてに送った。「誤記載防止の大切な方策」として、事前確認を「必ず行う」よう求めた。

 しかし、都筑区の2期制の中学の場合、終業式1週間前の9月下旬に、通知表のコピーを生徒に配ったところ、保護者から「成績が低すぎる」といった苦情が40件以上相次いだ。校長室で約2時間にわたって成績の根拠を問いただす保護者もいたという。
 緑区のある中学では終業式3日前にコピーを配って保護者に確認サインをもらい、問題の指摘はなかったが、結局、後日ミスが見つかったという。今回、通知表の事前確認をしなかった学校も複数ある。
 横浜市では昨年、入力ミスで評価を低くしてしまったり、出席日数を間違ったりするミスが約四分の一の小中高で見つかった。市教委は「ミスは保護者や生徒の信頼を裏切る。事前に保護者に見せて保護者のクレームに折れたという話は聞いていない。続けるかどうかは検討したい」としている。
 ★ ★ ★
 通知表の事前確認など、聞いて呆れる事態。
 私も、横浜市で37年間教師生活を送ってきた一人として、呆れかえったものである。
 ★
 こんなことをやったら、混乱が生じるのは当たり前。
 ただでさえ、通知表を配付した日は担任は職員室で苦情の電話がこないかびくびくしていなければならない事態がすでに起こっていたのに、こんな事前確認を行ったら、ますますその事態に火をつけることになる。
 その一々に全部なぜその成績を、そのようにつけたのかということを説明しなければならない。
 その消耗は大変なことになる。
 そこからさらに保護者との関係がおかしくなる。不信感を招く。
 結果は見えているのである。
 ★
 この市教委の対応に呆れる。
 何を考えているのだ。
 ますます混乱に拍車をかけている。
 ★
 もともと通知表の記載ミスがこのように多くなっているのはなぜかと考えればいい。
 それは通知表のパソコン化によっている。
 それまでは、担任は手書きで通知表を書いていたのである。
 一人一人その子を思い浮かべながら、手書きで書いていたのである。
 学年で点検をし、そして管理職が点検をして、間違いを直し、そして配付する手続きをしていた。
 この過程で、37年間親から苦情が来たことは1件もなかった。
 私の周りでも聞いたことがなかった。
 ところが、通知表をパソコンで仕上げるようになって、ミスが多くなった。
 文章のミスだけでなく、さまざまな入力ミスが多くなった。
 そのように聞いている。
 管理職は、文章のミスは発見できるが、出席数などの数字は原簿と見比べないと分からない。
 指摘しても、一体担任が実際きちんとそのミスを修正できるのかどうかも分からない。
 そういうプロセスの問題が重なっていることは明らかである。
 ★
 私は今でも思っている。
 この通知表ぐらい教師が手書きで書いてあげたらどうだろうか。
 37年間私はそうしてきたし、それが一番良かったと思っている。
 そういう流れは今ではどうしようもないのだが、親から「先生、せめて通知表ぐらい先生の手書きで書いてもらえませんか」という要望が出たらどうするのだろうか。
 ★
 通知表の事前確認などという呆れたことではなくて、通知表のミスは明らかに学校の管理の問題であるから、どのようにすればミスがでないようにできるのかを検討すればいい。
 二重、三重、四重の管理チェックになる。
 ますます管理職や先生たちの仕事の負担が増す。
 便利だと思って進めたパソコン化が、こんなところで破綻を示すのである。 

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体調は回復しています!

   ブログの更新が滞っている。
 心配された方から、体調が思わしくないのではないかと連絡が入っている。
 体調の方は、回復に向かっている。
 無理はできないが、何とか普通に戻っている。
 大丈夫である。
 この時期、来春出版する明治図書本の原稿書きに集中していて、そのためにブログの更新ができなかった。
 もう三分の二は原稿ができあがる。
 ★
 26日に、横浜市のA小学校を訪れる。
 4月にも訪れている。
 この学校の校長先生とは親しい友人である。
 今回は、「味噌汁・ご飯」授業をして、それについての講座である。
 最近は、授業をして、講座を設けるというパターンになっている。
 ★
 5年生のクラス。
 まっすぐの飛び込み。
 子供たちに簡単な挨拶をして、「〇〇さん」と呼びかけると、子供たちはびっくり。
「どうして知っているの?」と。
「顔を見れば、名前が浮き出てくるんだよ」と言って、すぐに授業を始める。
 終わってからの研究会で、このことが質問に出る。
「先生、どうして子供たちの名前を知っていたのですか?顔写真とかを見られたのですか?」と。
「いやいや、座席表が送られてきていましたので、今朝起きて全員を覚えました。
 いつもは5時間目に担任の先生が授業している間に覚えてしまうのですが、
 今日はまっすぐの授業でしたので、それはできないので憶えてきました。
 このくらいの人数は1時間あれば覚えてしまいます。ちょっとした記憶術です」
と、その記憶術の内容を明らかにした。
 人の名前をすぐに忘れてしまい、最近は困っているだが……。
 ところが長年身につけた習慣で、集中すればすぐに覚えてしまえるのだ。
 ★
 そのクラスで一番のやんちゃのM君。
 事前に校長室で担任の先生から、M君のことを知る。
 その子供の名前を2,3度呼んだ。 
 よく集中して授業に参加してくれた。
 最後の授業の感想に書いてくれている。
 「たのしくておもしろくて、べんきょうになりました」
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業である。
 言われた。
 「先生、やはり今日の授業は『ごちそう授業』じゃなかったですか」と。
 そんなことはない。
 70点の授業。
 授業の途中で、グループの話し合いを5分入れたが、それはうまく進んでいない。
 当然、いきなり進むはずはない。
 あるグループは、それぞれが勝手なことを言っていてまとまらない。
 「味噌汁・ご飯」授業は、アウトプットの一環としてこのグループの話し合いを入れていくようにしている。
 それを示していくためにも、このグループ学習を入れる。
 ★
 私たちは、「ごちそう授業」を否定はしていない。
 むしろ、1年間に何度か「ごちそう」授業を作らなければいけないと推奨している。
 そうしなれば、授業の原理・原則をほんとうに把握していく手応えをつかむことができないのである。
 私たちが規定している「ごちそう」授業 は次のようなこと。

 ①多くの教材研究の時間が必要。
 ②膨大な指導案を作成。
 ③普段とは異なるさまざまな機材が導入される。
 ④普段とは異なる場作りが展開される。

 こういうことが日常はできないから、「味噌汁・ご飯」授業なのである。
 
  
     

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学級改革セミナーが近づいてきました~当日の時程の変更です~

  学級づくり改革セミナー IN 横浜
 
11月10日(土)

12:15 開場

12:30 おまけ講座

12:40 開会講座 「このセミナーのねらい」

12:50 実践講座1 
   「学級づくりに即役立つ、簡単で効果が上がる実践集1」
            山田 将由  (横浜市立小学校教諭)
13:20 実践講座2
   「学級づくりに即役立つ、簡単で効果が上がる実践集2」
            西原 健太郎(横浜市立小学校教諭)
13:50 休憩

 

14:00 講座1 「学級づくりを成功に導くポイント」
            野中 信行 (元横浜市立小学校教諭)   
15:10 休憩

 

15:20 講座2 「子どもを伸ばす学級づくり」
            土作 彰  (奈良県小学校教諭)

16:30 アンケート記入・書籍販売・講師への質問等 16:45まで 

 

17:30 懇親会(横浜駅前にて)


申し込みは
 http://kokucheese.com/event/index/51239/   

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明治図書メールマガジン10月号 


 明治図書のメールマガジンの10月号に相談コーナーを載せている。
 今回のテーマは、次の内容。参考にしてください。

  「授業で、いつも3、4人の子供しか発言しない」     


 http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/

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一日当たり22枚の文書とは一体何であろうか?

   フェイスブックで、次のような記事を見つける。
  ★ ★ ★
 この上半期にこの学校に送付された文書の数を校長先生が教えてくれた。
 その数、なんと3000!
 その文書の処理に忙殺されている先生たちがいる。
 ★ ★ ★

 おそらく文科省関係、教育委員会関係が多いのであろう。
 上半期だけである。
 計算してみた。
 4/2から10/12までを上半期とすると、全部で134日。(土日祭日を除く。夏休みは入れる)
 合わせて134日。
 3000÷134=22,3…
 割ってみると、一日当たり約22枚。
 おい、おい、一日当たり22枚の文書を処理しなければいけないのである。
 ほとんど教頭(副校長)が処理しているのであろう。
 とんでもないことになる。
 こんなことをしていて、管理職としてのちゃんとした仕事ができるはずがないではないか。
 ★
 高校の時の親友と、久しぶりに電話で話をする。
 「おい、おい、どうしている!忙しいだろう?」と親友の声。
 「そうなんだよ。最近体調を壊して大変だったよ!」と。
 「教育の世界も大変だな。あんたもますます忙しくなるよ。休んでる暇がないよ」
 友人は、教育の世界が完全にカオス化し、壊れていっていることを告げる。
 「自民党の総裁になった〇〇が言っている教育改革や、大阪の〇〇が言っている教育改革を聞いていると、ますます教育を壊していく恐れがあるよ」と。
 「まだまだ混沌とした状態が続くよ。それをどう立て直していくかはこれからだ」
と友人は電話口で付け加える。
 まったく教育とは無縁の生活をしてきた友人でも、外からこのように見ているのである。
 ★
 一日22枚の文書を送りつけてくるとは、一体何なんだろう?
 教育の現場を壊している当事者の一部だと、つくづく思ってしまう。
 
  

 

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徒然なるままに~やっと秋になりました!~

 腰痛に悩まされて、それが治り、虚血性腸炎になり、大腸カメラ検診を受け、それも一段落というところで、またまた左膝が炎症を起こし、痛みで歩くのも不自由となる。
 「これは何なのだ!」という感じで整形外科にかけつける。
 診察をしたら、
「これは膝がどうにかしているというより、膝のところの皮膚の炎症です。蜂窩織炎(ほうかしきえん)と言います」
と説明される。
 初めて聞く病名。
 ネット調べたら、あるある。虫さされなどによって起こることがあるらしい。
 抗生物質などを5日間分もらう。飲み始めたらさっそく効果が出る。
 免疫力がなくなっているということである。
 気をつけなければいけない。
 ★
 冲方丁の「光圀伝」(角川書店)を読み終える。
 「天地明察」でも揺さぶられたが、この一冊も重い、重い。
 この分厚い一冊。
 冲方丁という作家は、大変な作家であるということを改めて認識する。
 ★
 朝、6時30分頃に起き出す。
 玄関から出たら、何とも言えない青空。
 透き通るような青さ。
 「カリフォルニアの青空だ!」と思い出して、サン・ノゼにいる友人のMさんにメールを送る。
 4年前に、ここにあるMさんの日本人学校(補習校)から招かれて2日間講座をもった。
 ここに1週間滞在した。
 その時の様子が胸に刻まれている。
 いつも澄んだ青空を見ると、あのカリフォルニアの青空を思い出してしまう。
 ★
 原稿を書き始める。
 明治図書からの「新卒教師時代」のシリーズ本になる。
 今回は、「初任者講座の紙上ライブ」、「初任者・1ヶ月のシナリオ」、「初任者がどうしても知りたいQ&A」という内容である。
 これを出せば、私が初任者に伝えられる全てのことを書き出したということになる。
 おそらく、初任者はこのシリーズを読めば何をすればいいのかのイメージをつかんでもらえると期待する。
 1ヶ月で書き終える予定。
 ★
 無人島に持っていく一曲ならば、モーツァルトの「ピアノ協奏曲 第21番ハ長調」と書いたら、石川晋さんからルプーがピアノを弾いている曲をぜひとも聴いてほしいとコメントが入った。
 アマゾンを探してもない。
 ところが、晋さんのブログに掲載してあった。
 それをきっかけに頼む。
 やっとたどり着いて頼むことができる。中古品。
 待ち望んでいたものが届き、聴く。
 素晴らしい。私の宝物にしたい。

 

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業務連絡~11月10日の学級づくりセミナーです~

   
学級づくり改革セミナーIN 横浜 11月10日(土) 

 

 横浜で学級づくりについてのセミナーを開くことになった。

 横浜駅西口のそばの神奈川県民センターである。

 くわしいことはコクチーズを見て下さい。

 皆さん、横浜でお会いしましょう。

 

13:10 開場

13:20 開会講座 「このセミナーのねらい」

13:30 実践講座1 
   「学級づくりに即役立つ、簡単で効果が上がる実践集1」
            山田 将由  (横浜市立小学校教諭)
13:50 実践講座2
   「学級づくりに即役立つ、簡単で効果が上がる実践集2」
            西原 健太郎(横浜市立小学校教諭)
14:10 休憩

14:20 講座1 「学級づくりを成功に導くポイント」
            野中 信行 (元横浜市立小学校教諭)   
15:20 休憩

15:30 講座2 「子どもを伸ばす学級づくり」
            土作 彰  (奈良県小学校教諭)

16:30 アンケート記入・書籍販売・講師への質問等 16:45まで 

17:30 懇親会(横浜駅前にて)


http://kokucheese.com/event/index/51239/   

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いつから研修は役に立たないものになったのか

   ある教育委員会のトップの方が次のようにフェイスブックで呟かれていることに注目した。
  ★ ★ ★
 週にいっぺんくらい、これから研修会ですという人や今日は研修会でしたという人が僕の席に挨拶に訪れます。「その研修で明日の実践が目に見えて変わるんですね」と笑顔で問いかけます。すると皆さん困った顔をされます。いつから研修は役に立たないものになったのでしょうか。
 ★ ★ ★

 「官制研修」は相変わらずどこでも頻繁に行われている。
 私も、そこへ呼ばれて行く。
 

 かなり多い。
 「役に立つ研修になっているのか」と言われると口ごもってしまう。
 ★
 正直に告白すると、私は37年間の教師生活で、教育委員会関係の研修会に参加したことは数えるほどしかない。
 

 義務的に区の研修会には参加していた。
 主任の肩書きがあると、参加せざるを得ないことがあるのである。
 

 ところが、市の研修会に参加したことなど数えるほど。
 最初から出なかったわけではない。
 

 何度か出ていくうちに「ああっ、こんな研修会に行くより教室で子供たちと過ごす方が絶対に良い」と思って行くのを止めてしまった。
 

 今から考えてみれば、ちょっと傲慢なところがあったのかもしれない。
 学ぼうとすれば、どこにもその場はあるからである。
 

 民間の研究会へ参加していたのかと言われれば、そうでもない。
 確かに、官制研修よりも民間の研究会へ出る方が多かったかもしれないが、ほとんど教室で過ごすことが多かった教師生活であった。
 ★
 その研修が、最近はどうにもならなくなっているとよく聞く。
 とにかく人が集まらない。
 

 集まってもほとんど寝ている。
 行かなければいけないから、仕方なく来ているのである。
 だからほとんど役に立たない。
 ★
 10月1日も、私はM市の教育委員会から呼ばれて授業研究会に行く。
 M市の研究主任の先生たちが集まっておられる。
 

 今までも行われていたらしい。
 どのような先生が来て授業をされていたのか聞くと、〇〇大学附属のN先生など。
 

 日本を代表するような有名な先生である。
 そこへ私も呼ばれて授業をする。身が竦むような思い。
 

 私のように授業下手であった者がいいのであろうか。
 4年生の教室で授業をする。
 

 終わってからの講座でも模擬授業をしながら、「味噌汁・ご飯」授業のことについて説明する。    
 「味噌汁・ご飯」授業でいいからということで、私も引き受けているのである。
 

 何せ70点の授業でいいのであるから気軽である。
  ★
 何かが変わろうとしているという予感がする。
 日本各地を回り、各地で話をする。
 

 実に集中して耳を傾けてもらえる。
 とくに、「味噌汁・ご飯」授業はすごい。
 

 私がそこで授業をしているのである。
 教育委員会も変わろうとされている。
 

 今までの方法ではだめだと真剣に考えられている。
  ★
 私の義兄は佐賀で10年間体育の指導主事をしていた。
 (もうとっくに退職しているのだが…。)

 この義兄は、ほとんどの研修会を自分で授業をして成立させていた。
 

 一番説得力がある。
 現場で、授業を問題にしているのである。
 

 自分が主張していることを授業をして見せて、そのことで話をするのである。
 

 どこなことでも言うことはできる。
 
そんなことは誰でもできる。
 

 でも、授業でその主張を見せて示せなければまったく意味がない。
 それが指導主事である。
 

 私は横浜で37年間一度として指導主事の授業を見たことがない。
 「指導助言することを自分の授業でやってみろよ。私のクラスを貸すから」
といつも思っていた。(さすがに指導主事に言ったことはなかったが…)
 

 私はとんでもないことを言っているつもりはない。
 しごく当たり前のことを言っているのである。
 ★
 研修を変えるべきである。
 

 受講者の「今」を揺さぶり、受講者の「明日」を刺激する研修に変えていくべきである。
 

 そうだったんだ!と頷きが生まれ、そういう視点があったのだと気づかれる、そういう研修に変えていくべきである。
 

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