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授業のスタイルを変える!

 8月初旬に出した「必ずクラスを立て直す教師の回復術」(学陽書房)に、「授業のスタイルを変えよう」として授業について書いている。
 堀裕嗣先生からは次のようにコメントがついているところである。
 
 ★ ★ ★
 野中さんがいよいよ授業について本格的に語り始めていること。見開き完結というレイアウトであり、しかも本書自体の主眼ではないこともあり、まだ簡潔に、悪く言えば荒く書かれている段階ではあるけれど、数年来の「味噌汁・ご飯授業」のエッセンスは充分に詰まっている。次著はおそらく本格的に「味噌汁・ご飯授業」に真正面から取り組んだ著作になるのではないか。そんな期待感を抱かせる。
  ★ ★ ★
  この内容の要点を第4章の扉にこのように簡単に書いた。

 ★ ★ ★
 今まで多くの学校で進められてきた「授業研究」は、「ごちそう」授業の研究であった。1時間の研究授業のために躍起になってきた。
 私たちがここで提起する「味噌汁・ご飯」授業は、ともすれば軽く流されてきた1000時間以上の「日常授業」に注目したものだ。「ごちそう」授業とは、まったく最初からベクトルが違う、教材研究の仕方も違う。学習指導案も違う。授業の展開も違う。授業の中身は70点で十分。しかし、子供たちへの学力保障はきちんとしようというものである。
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  ★
 このブログで何度も書いてきたことであるが、今までの「授業研究」の歴史は「ごちそう」授業の研究であった、と私は思っている。
 その「ごちそう」授業とはどのように定義しているのだと問われるところである。
 今のところ次のように考える。

 ①多くの教材研究の時間が必要
 ②膨大な指導案を作成
 ③1時間の授業のために何ヶ月も費やす

 この条件に1つでも当てはまれば「ごちそう」授業だと思ってきた。
 しかし、否定的に言っているわけではない。
 むしろ、1年間の何度かこれに挑戦していくことは大切なことであると思っている。
 ただし、条件が必要だ。
 その条件を京都の糸井登先生が的確にブログに書かれている。
 引用しよう。

  ★ ★ ★
 …………
 今までバラバラで保存してきた知識が一気に結びついていくのです。

で、どうするのかと言うと、ここからは足で稼ぐのです。
実際に見る、体験するといったことを行います。

いつもそこまでするのかと言われれば、いつもはやりません。
もう、ヒントから授業をつくります。
それが日常です。

でも研究授業では、更に手を加えます。
それは、何も御馳走授業をつくろうとしているのではありません。

自分の授業の精度を上げたいのです。
定期的にそういう授業をつくることが日々の授業のレベルアップにも繋がると信じているのです。
 ★ ★ ★
 途中からの引用で分かりにくいので申し訳ないが、糸井先生は研究授業を練っていくということは、日常授業のレベルアップに繋がると言われている。
 ここがとても重要なところだ。
 今までの多くの研究授業すなわち「ごちそう」授業づくりは、その1時間のために躍起になってきた。
 だが、その研究がいかに「日常授業」に連結していたのかと問われると、そこがほとんどなかったと言っていい。
 もう少し言うと、「ごちそう」授業の研究が「日常授業」へ連結する方法論をほとんど生み出すことにはならなかったと言っていい。
「日常授業」へ連結しようなどという発想もなかったと言っていい。
 今現場では、年中行事として研究授業が行われている。
 1時間の授業が終われば、全てが終わったような感じになる。
 そして、明日からまたまったく研究授業とは関係ない「日常授業」が続くという構図になっている。
 年中行事になっている。そこからはほとんど何も生み出さない。
 ★
 私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、直に1000時間以上の「日常授業」を相手にしている。
 日頃多くの先生たちが行っている「おしゃべり」授業などを克服していく対象として考えている。
 やはり最終的にまとめていくのは、「日常授業」の方法論になる。
 私たちは高度なむずかしい研究をしようとしているわけではない。
 また、そんなこともできない。
 私たちは、学校現場の日常の中に、毎日毎日行っていく授業という「現実」を取り戻していきたいという願いがある。
 

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コメント

 日常の授業を研究授業の対象にすることはできないでしょうか?
 研究授業といえば、いろいろなもの(プリント・短冊・拡大模造紙など)を用意するのが一般的です。中には、掲示物まで研究授業バージョンになることさえあります。
 私は内心では「絶対できないな」と思います。
 物理的にかける時間が膨大すぎるがとても嫌です。
 昨年度の私の研究授業では、教材研究は本腰を入れましたが、他のプリントづくりなどは一切やりませんでした。別になかったからと言って、批判はありませんでした。
 (ただ、今年度は別の先生で、また通例にもどってしまいましたが)

 大がかりなモノは準備しない。(やったとしても日常の授業で行う程度まで)
 教材研究を主にし、授業での対応を学ぶ。
 そのことこそが、授業研究の本道だと思います。

 多くの教師が研究授業を毛嫌いする原因のなかに、物理的な準備のわずらわしさ、日常授業と結び付かないむなしさがあると感じます。(学級の様子を見られたくないという人も残念ながらいますが)それが、多忙化に拍車をかけているのです。
 

 力量向上をいうのなら、まずは日常の授業で子どもたちの力を育つようにするべきでしょう。
 研究授業が特別でなく、日常授業の延長(あるいはその一環である)との発想で行いたいと思います。
 

 そのうえで、ごちそう授業をやりたい人はやればいいのです。TOSS授業検定はその最たるものです。
(末端の私は、そこまでの時間も気力もありませんので、やるつもりはありませんが)

投稿: TOSS末端教師 | 2012年9月15日 (土) 20時32分

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