カオス化する教育の実態!
また、東京の品川区でいじめ自殺が起こったようだ。
大津でいじめ自殺が起こり、次々にいじめ自殺が続いている。
以前の自殺事件も、いじめ自殺だということで改めて調査されている。
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先日あるY新聞社の記者からいじめ自殺について取材を受けた。
報道されている記事を見せられ、
「こんなことが実際に学校で行われていたのに、先生たちは発見できないのですか?」と問いかけられた。
学校はなんと情けなく、無力な、おそろしいところだという問いかけである。
多くの人たちが、結果として出てきたさまざまな暴力、たかりなどの犯罪を学校はむざむざと許している。
あるいは見てみないふりをしているのではないかと思ったに違いない。
多くの人たちが認識したのは、そのようなことである。
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私がそのときに答えたことは次のようなこと。
「学校は決していじめなどに見て見ぬふりをしているわけではないのです。
これは知らされないのだが、多くのいじめ事件も学校の初期対応で大きくならないで解決していることなんかごまんとあるわけです。
大津の先生たちも、何もしなかったわけではないのです。対応しているわけです。 結果として、いじめではなくケンカだと収めてしまっている。
仲良しグループの諍いはケンカではなく、いじめにつながるという認識は17年前の大河内君の事件から鉄則なのに、大津はこの鉄則を踏み外している。
ここにはケンカとして収めてしまいたいという願いが込められていたのかもしれません。
ここに何があるのかということが、なかなか多くの人たちには伝わらない。
学校の先生たちにとって、いじめ対応は網の目にように張り巡らされている、諸々の仕事の中の一つにしか過ぎないという認識なんです。毎日のようにさまざまな仕事が降ってくる。いじめ対応もその一つ。もはやその重要度なんか考えられないほどに先生たちは疲弊していると思った方がいい。」
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今回のいじめ自殺事件で、多くの人たちに認識されたのは、学校の無力さであった。
新聞報道で出てくるいじめ自殺事件のほとんどが、学校側が知らないで結果として調べて分かっていく経過である。
いじめは巧妙である。
周りの傍観者は、ほとんど教師には伝えないと思った方がいい。
よほどの信頼性がないと、教師側に伝わらない。
年に1回のいじめ調査などで報告されるいじめなどありえない。
私はこのブログで何度も書いたが、学校に次のことがないと現在の学校状況の中でいじめを発見することは難しい。
①いじめを予防する学校システム
②いじめが出た場合の学校対応システム
③教室でのいじめ対応
ほとんどの学校はこのようなシステムを持っていない。
せいぜい「いじめアンケート調査」か子供からの報告、先生たち一人一人のチェックなどに任されている。
またシステムを持っていても、いじめは絶対許せないという先生たちの気概がないといつのまにか形骸化する。
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報道される一部の無力化する学校の実態。
これは氷山の一角。
この裾野に連なる学校がある。
カオス化する教育の実態がこのような形で噴き出している。
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