うまくいかないときもあるさ
東京のセミナーで出会った先生の話から「クラスの荒れを回復する」は始まった。
クラスが壊れているという実態。
その場ではどうにも伝えられなかった回復の方策である。
その先生に読んでもらえたのだろうか。
ただ、最初にも断っておいたことがある。
どのクラスも問題はクラスごとに違う。
私は一般的に起こりうる問題の回復の手立てを書いただけである。
一つでも二つでも、その先生のクラスの参考になることを願っている。
★
ただ、その先生のクラスは前学年ですでに深刻な実態であって、それをそのまま引き継いでいるので簡単にいかない。
少しずつ、少しずつ。前に進む以外にない。
これが大変だ。その前に担任であるこちら側がやられてしまう恐れがある。
ぜひとも、その先生に踏ん張ってほしいという願いを込めた。
★
人の一生は、平坦にいくことはない。
必ず何度か危機的な状況に遭遇する。
自分の人生を左右する危機である。
すべてうまくいくなんてない。
私は37年間担任をしてきたが、何度かやはりむずかしいクラスを受け持った。
うまく行ったクラスもあったが、うまくいかなかったクラスもあった。
今でもときどき冷や汗もののできごとがふっと浮き出てくることがある。
ただ、すぐに忘れていく訓練ができているのでその時ばかりだが…。
大変なときどうしていったか。
それはそれとわりきって考えていた。
自分の家まで持ち込まないように心がけていた。
できることは限られている。
それに全力を尽くして、さっさと勤務時間を終えて家へ帰った。
「うまくいかないときもあるさ」と割り切って考えるようにした。
★
精神科医の中井久夫は、言っている。
自分の家で、患者の顔が思い浮かぶようなことがあったならば、その患者の担当を他の医者と替わらなければいけない、と。
精神科医の仕事は、毎日が過酷が仕事である。
毎日が「うまくいかない患者」を相手に粘り強く話し続ける仕事である。
学級崩壊をしているクラスで毎日仕事をするみたいなものである。
こちらがやられないようにしなければいけないのである。
★
アランの「幸福論」に出会って、目が開かれる思いになった。
「自分について、あまりあれこれ考えない」
ヘーゲルがこう言っている。「ありのままの精神は、きまって憂いにつつまれ
ていて、どうやら悲嘆にくれている」と。この際立った奥深さにわたしは感動
した。
自分についてあれこれ考えても、なんの役にも立たなければ、危ない綱渡りでしかない。自身を問いつめても、出てくる答えはきまって納得のいかないも
のばかり。退屈、悲しみ、心配、いらだちなどは、考えても堂々めぐりにしか
ならないというのに。
「自分を信頼する」
信頼が大きな要素となるこの世界では、とくに自分に対する信頼をよく考え
ないと、たいへんな計算違いをすることになってしまう。
自分が倒れると思えば、実際に倒れる。自分にできることはなにもないと
思えば、本当になにもできない。自分が期待するからだまされると思えば、や
はりだまされるのである。
だから用心しなくてはいけないのだ。空模様をよくするのも悪くするのも自
分である。まず自分自身の中、そして自分の周りの人間世界の空模様も。
「希望を持ちつづける」
絶望も、希望も、雲がかたちを変えるよりも早く、人から人へと転じていく。
こちらが信じれば、相手は誠実である。はじめから避難してかかれば、こち
らのものを盗むようになる。自分が空いてから受けとるものはすべて、自分が
相手に渡すものにかかっているのだ。
そして、よく考えよう。希望を持ちつづけることができるのは、人の意志の
力だけだということを。なぜから希望とは、平和や正義といった、わたしたち
が望みさえすればつくりだすことができるはずのものに基づいているからであ
る。
それと反対に、絶望はそこに居座って、絶望しているという自らの力によっ
て絶望を強化しているのだ。
これくらいでいいだろう。
「自分について、あまりあれこれかんがえない」「自分を信頼する」「希望を持ちつづける」という3つで十分である。
この3つでやっていける。
アランの「幸福論」は、ディスカヴァーから出版されているのがいい。
大切なフレーズがよくまとめられている。
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