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「味噌汁・ご飯」授業~その6 日常を豊かに充実させる~

   友人と電話で話しているとき、友人が、
「先生たちは、二重底状態になっているなあ」という呟きがもれた。
「そう、そう、私は研究授業主義と言っているんだよ」と付け加えたのだが…。
 研究授業についての話である。
 ★
 全国どこでも、ほとんど重点研究として研究授業をやっている。
 研究テーマを決め、仮説を立て、研究授業をして、最後に研究紀要を出して終わりというパターンになっている。
 何のためにやっているのか、講座で何度か先生たちに聞いたことがある。
 子供たちの学力向上のため、先生たちの授業技量の向上のため、と言われる先生がほとんどである。
 それで、子供たちの学力向上にほんとうになっているのか。
 先生たちの技量向上にほんとうになっているのか。
 ここまで問うたことはないが、多分答えは曖昧であろう。
 そこまで考えている先生は、ほとんどいないからである。
 ほとんどの先生たちは一種の儀式としてやっているだけ。
 ★
 友人が「二重底状態」と言ったのは、研究授業と日常授業の格差についてである。
 研究授業は、それなりにテーマにもとづいた授業にしていくのだが、日常の授業はほとんど関係なく「おしゃべり授業」をしている状態を言っている。
 とくに、新しい学力観のもと総合の研究授業をしているときがひどかった。
 「支援、支援」と叫ばれていて、とにかく先生が前面に出ない授業にしていくことを強調されていた時代である。
 研究授業は、それなりの体裁をつけて「支援」の授業にしていく。
 でも、一旦日常授業にもどると、何のことはない。
 普通に教え込みの授業に戻っているのである。
 明らかに「二重底」状態の授業。
 今から10年から15年前、多くの教師たちがこんな授業をやっていたのである。
 ★
 しかし、今もこの状態が続いている。
 あんなにひどくはないが、それでも続いている。
 私が一番問題にしたいのは、ほとんどの先生が、この研究授業が何の目的で、どんな意味があるのかをまったく問おうとしていないことである。
 ★
 教育界は閉塞感に包まれている。
 いや、日本全体が閉塞感に包まれているといっていいのかもしれない。
 出口が見つからないまま、どこから始めていけばいいのかも分からないまま、ただ日々を追いかけているだけ。
 そんな感覚が、多くの人たちを被っている。
 私はこの閉塞感の元凶は、今取り組んでいることが何の目的で、どんな意味があるのかが問われないことにあるのだと、思い続けてきた。
 ★
 研究授業もまたしかり。
 何の目的で、どんな意味があるのか、もうほとんど問われない。
 そんなことを言おうものなら、異邦人みたいに見られてしまう。
 「野中先生、そんな若造みたいな発想はやめてもっと現実的な発想をしたらどうですか!」と言われそうなことである。
 ★
「味噌汁・ご飯」授業の第1回研究会を呼びかけている。
     

  http://kokucheese.com/event/index/39937/

 

私たちは、普通の教師が、普通の方法で、「授業をやるって楽しいです」と言えるような、そういう領域を開拓したいと思っている。
 
 

 今ある「現実」をはっきり認めながら、そこで何ができるかを考えたい。

 私たちがやろうとする「日常授業」は、何のためにやるのかをきちんと鮮明にしたい。

 70点の授業でいいのである。
 
 

 大切なのは、私たちが日々をおくる「教室」という地平を、もう少し豊かに充実させたいと願いを実現したいのである。

 そんな「味噌汁・ご飯」授業を作り上げたいと思っている。

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