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2012年6月

当日受付でもいいですよ。どうぞおいで下さい。

 公開の第1回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会が明日開かれる。
 「味噌汁・ご飯」授業についての提案になる。
 宣伝は私のブログだけという、とても心許ないものだったが、それでも現在48名の皆さんに集まってもらえるという結果になった。
 ありがとうございます。
 全力を尽くして皆さんにお伝えできればいいなと考えている。
 当日受付でもいいですよ。どうぞおいで下さい。

 http://kokucheese.com/event/index/39937/
 
 ★
 「必ずクラスが回復する教師の成功術」(仮)の校正版が届き、2,3日でお願いしますということ。
 とにかく8月中には出版しないと内容的にあまり意味がなくなってしまう。
 急ぎ校正をする。
 学陽書房の「必ず」シリーズである。
 ★
 NHK連ドラ梅ちゃん先生で、坂田先生が「医者はそこにいるだけでいいんだよ」という言葉にほろりとなる。
 担任教師だって、「そこで担任をしてくれているだけでいいんだよ」と。
 こんなことだってあるのである。
 
    

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5分間の飛び込み授業。

   親しい知り合いの先生から呼ばれてS小学校を訪問する。
 昨年も訪問している。
 今回は、若い先生たちが授業を見てほしいという要望。
 そして、授業についての講座である。
 ★
 1時間目は、4年生の理科の授業。
 初任の先生である。乾電池を使って、モーターを回してみようという授業。
 実験用に買った箱からさまざまな道具を取り出している。
 指示では「ノートだけを出しましょう」と言っているが、確認をしていないのでほとんどの子供が教科書などは出しっ放し。
 すべての指示が出しっぱなし。
 ほとんどの子供が箱から実験用具を出すことに夢中で、先生の指示を聞いていない。
 初任者のよくあるパターンである。
 初任の先生に、4時間目に国語の授業をさせてくれるようにお願いする。
 突然の飛び入り授業である。
 ★
 2時間目、1年生の国語の授業。2年目の先生。
 光村の「くちばし」の授業。
 さすがに2年目である。指示が一時に一事になっている。
 子供たちも落ち着いている。
 話を聞かせるときには、まず上手にできている子供を褒めている。
 これもなかなかいい。
 「最後の5分間だけ私に時間をください」と頼む。
 飛び込みの5分間。
 音読をする。
 まず、追い読み→間違い読み→男女でそれぞれの一文読み とテンポ良く進める。
 間違い読みは、子供たちはげらげら笑い転げる。
 「先生は間違って読みますが、みんなは正しく読むのですよ」
 ★
 3時間目は、2年生の国語の授業。2年目の先生。
 「だいじなことをおとさずに、話したり聞いたりしよう」というねらいである。
 「ともこさんはどこかな」という単元。
 子供たちは、前時にノートに「まいごのお知らせ」を書いている。
 グループに分かれて、それぞれの子供がアナウンスをすることになっているがなかなかうまく進まない。
 要求されていることが、子供たちにはちょっと高度な内容だと思う。
 そこで、飛び込みの5分間。
 「今から野中先生が問題を出しますから、皆さんはその人を探します」
 「探したら自分の班の人に教えて、全員がその人に指を当てたら全員手を挙げます」と指示。
 一位は3点。二位は2点。三位は1点。
 「赤い帽子をかぶって、掃除をしているおばさんがいます。見かけた人は、かかりまでお知らせ下さい」と問題を出す。
 みんな夢中になる。
 教科書を寄せ合っている班がいる。
 「この班はチームワークが素晴らしい」と褒め称える。
 他の班もすぐにマネをする。
 このように3問の問題を出す。
 そして、「みんなの中で野中先生みたいに問題を出してくれる人はいませんか?」と問いかける。
 一人の女の子が手を挙げて、みんなに問題を出す。
 これで5分間。
 担任の先生には、あのような簡単な問題から教科書が要求しているところへもっていった方がいいと助言をする。
 このゲーム形式はいろいろなものに応用することができる。
 ★
 4時間目は、4年生での国語の授業。
 「うとてとこ」をする。
 野口芳宏先生の追試である。
 このクラスは、4,5人の男の子が思いついたことをすぐにぺらぺらと言葉に出す。 
  まず目に付くのがA君。机に寝そべっている。
 「全員起立!…ノートと筆箱だけを出して、あとはしまいます。」
 「しまった人は座ります」と指示。
 毅然としてテンポ良く。
 どんどん進める。
 A君には集中的に問いかける。
 「A君、次はどうなるでしょうか?」
 最初は戸惑っていたが、次第に乗ってくる。
 クラスも、だんだん集中してくる様子がよく分かる。
 楽しい授業になる。
 ★
 5時間目。6年生の算数の授業。3年目の先生。
 整数と分数が混じった割り算の文章題問題。
 むずかしい。
                                  
 4mの重さがある    5  kg     のホースがあります。

 ①1mでは何kgの重さになるでしょうか。
 ②1kgでは何mの長さになるでしょうか。

 このような問題を先生が出されている。
 まず、①の問題。
 どのような式にしたらいいか戸惑っている。
 先生は、数直線などを出されているが、子供たちはピン来ていない。
 机間巡視したら、5人が反対に式を書いている。
 飛び込みの5分間。

 私は、次の問題を出す。そして、半分は担任の先生に、あとの半分は私の処へノートを持ってくるように指示を出す。
 
 A 2mの重さがある4kgのホース、1mは何kgでしょうか。
 B 4mの重さがある8kgのホース、1mは何kgでしょうか。
                                             
 C 2mの重さがある     5kg         のホース、1mは何kgでしょうか。
 ………
 式と答えを書いてくるように指示。
 要するに、誰でもが答えられる簡単な問題からだんだん難しくしていくのである。
 これは算数の鉄則。
 そのように担任の先生に説明する。  
  ★
 5分間の飛び込み授業。
 要するに私が意識しているのは、「活動」と「アウトプット」。
「味噌汁・ご飯」授業で進めようとする原則的な方法になる。
 ★
 退職して4年目。授業のテンポがずれてきているのではないかと思っている。
 でも、授業をするとワクワクする。
 まだまだ教師としての意識は残っているなあと確認する1日。

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うまくいかないときもあるさ

   東京のセミナーで出会った先生の話から「クラスの荒れを回復する」は始まった。
 クラスが壊れているという実態。
 その場ではどうにも伝えられなかった回復の方策である。
 その先生に読んでもらえたのだろうか。
 ただ、最初にも断っておいたことがある。
 どのクラスも問題はクラスごとに違う。
 私は一般的に起こりうる問題の回復の手立てを書いただけである。
 一つでも二つでも、その先生のクラスの参考になることを願っている。
 ★
 ただ、その先生のクラスは前学年ですでに深刻な実態であって、それをそのまま引き継いでいるので簡単にいかない。
 少しずつ、少しずつ。前に進む以外にない。
 これが大変だ。その前に担任であるこちら側がやられてしまう恐れがある。
 ぜひとも、その先生に踏ん張ってほしいという願いを込めた。
 ★
 人の一生は、平坦にいくことはない。
 必ず何度か危機的な状況に遭遇する。
 自分の人生を左右する危機である。
 すべてうまくいくなんてない。
 私は37年間担任をしてきたが、何度かやはりむずかしいクラスを受け持った。
 うまく行ったクラスもあったが、うまくいかなかったクラスもあった。
 今でもときどき冷や汗もののできごとがふっと浮き出てくることがある。
 ただ、すぐに忘れていく訓練ができているのでその時ばかりだが…。
 大変なときどうしていったか。
 それはそれとわりきって考えていた。
 自分の家まで持ち込まないように心がけていた。
 できることは限られている。
 それに全力を尽くして、さっさと勤務時間を終えて家へ帰った。
 「うまくいかないときもあるさ」と割り切って考えるようにした。
 ★
 精神科医の中井久夫は、言っている。
 自分の家で、患者の顔が思い浮かぶようなことがあったならば、その患者の担当を他の医者と替わらなければいけない、と。
 精神科医の仕事は、毎日が過酷が仕事である。
 毎日が「うまくいかない患者」を相手に粘り強く話し続ける仕事である。
 学級崩壊をしているクラスで毎日仕事をするみたいなものである。
 こちらがやられないようにしなければいけないのである。
 ★
 アランの「幸福論」に出会って、目が開かれる思いになった。
 
 

 

「自分について、あまりあれこれ考えない」

 
  ヘーゲルがこう言っている。「ありのままの精神は、きまって憂いにつつまれ
 ていて、どうやら悲嘆にくれている」と。この際立った奥深さにわたしは感動
 した。
  自分についてあれこれ考えても、なんの役にも立たなければ、危ない綱渡りでしかない。自身を問いつめても、出てくる答えはきまって納得のいかないも
 のばかり。退屈、悲しみ、心配、いらだちなどは、考えても堂々めぐりにしか
 ならないというのに。

 

「自分を信頼する」

 

  信頼が大きな要素となるこの世界では、とくに自分に対する信頼をよく考え
 ないと、たいへんな計算違いをすることになってしまう。
  自分が倒れると思えば、実際に倒れる。自分にできることはなにもないと
 思えば、本当になにもできない。自分が期待するからだまされると思えば、や
 はりだまされるのである。
  だから用心しなくてはいけないのだ。空模様をよくするのも悪くするのも自
 分である。まず自分自身の中、そして自分の周りの人間世界の空模様も。

 

 

 「希望を持ちつづける」

 

  絶望も、希望も、雲がかたちを変えるよりも早く、人から人へと転じていく。
  こちらが信じれば、相手は誠実である。はじめから避難してかかれば、こち
 らのものを盗むようになる。自分が空いてから受けとるものはすべて、自分が
 相手に渡すものにかかっているのだ。
  そして、よく考えよう。希望を持ちつづけることができるのは、人の意志の
 力だけだということを。なぜから希望とは、平和や正義といった、わたしたち
 が望みさえすればつくりだすことができるはずのものに基づいているからであ
 る。
  それと反対に、絶望はそこに居座って、絶望しているという自らの力によっ
 て絶望を強化しているのだ。  
 
   
 

 

 

これくらいでいいだろう。
「自分について、あまりあれこれかんがえない」「自分を信頼する」「希望を持ちつづける」という3つで十分である。
 この3つでやっていける。
  アランの「幸福論」は、ディスカヴァーから出版されているのがいい。
 大切なフレーズがよくまとめられている。

 

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クラスの荒れを回復する~その7 クラス回復作戦⑤ ~

   「仕切り直し」のあとにどうしていくのか。
 これは大きな課題になる。
 子供たちの出直そうという気持ちをきちんと具体的な課題につなげていく手立てがなければいけない。
 私は「目標達成法」を提案している。(くわしくは拙著『学級経営力を高める3・7・30の法則』(学事出版)、『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』(明治図書)を参考にしてほしい)
 「クラスで変えたいこと」を目標にあげたはずである。
 たとえば、次のような3つの目標になったとしよう。
 
 ・朝自習をうろうろしないできちんとするようにしよう。
 ・給食の時間の終わりはだらだらしないで時間を守ろう。
 ・掃除はさぼらないできちんとしよう。

 「明日からこの目標について1つずつ達成していくことにしましょう。
  どの目標からがんばっていきますか、多数決で決めましょう。」

 そして、次のような手順で取り組んでいく。

 ①朝の会で1つの目標を確認する。
 ②終わりの会で、今日は守れたかどうかを確認する。
  〇顔を伏せさせて、この目標を守れた人は手を挙げさせる。
  〇35人クラスならば、32人(子供たちと確認すればいい)以上達成できれば
   合格とする。(完璧主義をとらない)
  〇低学年は1,2日、中学年は3,4日、高学年は3~5日合格できれば達成 

   とすればいい。
 ③このような形で3個の目標に挑戦する。
 ④3個の目標が達成できたら、「3個目標達成お祝い会」をしようと約束してお

   く。
  (2時間ぐらいのお楽しみ会を計画する)
 ⑤これで終わりにしないで、目標達成法は継続していく。

 

 

 合格したら、担任自身が大喜びすること。
 みんなで取り組んだことがうまくいったのである。みんなの気持ちが合わさったのである。
 第一段階のクラスの危機を乗り越えたことになる。
 このように「仕切り直し」を「目標達成法」につなげていくことが大切である。  

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子供の困ったことを丸抱えにしてすべて解決してやる!

   近くにある帷子川(かたびらがわ)の遊歩道を買い物帰りに歩いていた。
 ふと川を眺めると、カルガモの親子が泳いでいた。
 母親のカルガモと5匹の子供カルガモ。
 2週間前には、母親が先頭でそのあとに5匹を従えて泳いでいた。
 でも、今日は少し大きくなった5匹のカルガモが先に泳ぎ、母親は後から従っている。
 雨で水かさが増した川の流れをうまい具合に5匹は連なって泳いでいるのである。
 こんな協力体制を母カルガモが教えているのである。
 感心をしながらしばらく眺めていた。
 ★
 ふと国際理解教育でみえていた台湾の先生の言葉が甦ってきた。
 給食の時間に、その先生と「日本の親たち」のことについて話になった。
 その先生は、台湾の親と日本の親の違いをうまいたとえ話で語ってくれた。

 

  子供が棚の上にある荷物を取りたいと親に訴えてくる。
  台湾の親は、踏み台を貸してあげる。
  荷物は自分で取らせる。
  ところが、日本の親は自分で踏み台に乗って荷物を取ってあげる。
  そこが大きな違いだ。

 

 このたとえ話だけで、決定的な違いに感じ入った次第であった。
 日本の親たちは(全部ではないが…)子供たちの困ったことを丸抱えにしてすべて解決してあげる。
 それは今も続いている。

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クラスの荒れを回復する~その6 クラス回復作戦④~

   新しく始めることの2つ目になる。
 これは「仕切り直し」である。
 荒れている状態を何とか回復していかなくてはならない。
 子供たちの「心の状態」が荒れているのである。
 担任と子供たちとの関係がうまくいっていない。
 子供たち同士の関係がうまくいっていない。
 ほとんどがこの関係づくりで教室の「荒れ」が引き起こされているはずである。
 だから、この関係を直していこうと子供たちが決意してくれなければ始まらない。
 そのために、「仕切り直し」が必要になる。
 「仕切り直し」とは、今までのことを無しにして新しくやり直そうという呼びかけになる。
 ただ、これも安易にやってはほとんど意味がない。
 初めての「仕切り直し」が何の効果もあげないならば、もう二度と子供たちは耳を傾けなくなる。
 慎重に、覚悟を決めて、子供たちに訴えるのである。
 担任も、今までの自らのことを直していくという覚悟がなければいけない。
 これも大変なことである。
 ★
 たとえば、私なら次のようにするだろう。

 教室に入ったら、静かにしばらく黙っておく。
 少し静かになったら、「机に顔を伏せなさい」と指示し、次のように語りかける。
(多分、いい加減な子供がいるであろうが、それはほっておく)
 
 
  

 

  先生は、今までずっと考えてきました。このクラスはこのままでずっと続けて
 いくことはできないな、みんなで過ごしやすい教室に変わっていってほしいと思
 いました。
  今からみんなにも聞きますから手を挙げて下さい。「このクラスは変わってほ 

 しいなと思っている人?」
  はい、顔を上げなさい。多くの人がこのクラスは変わってほしいと思っていま
 した。先生の願いと同じです。
  先生も変わりたいと思います。だから、みんなも変わってほしいのです。
  そこで、ここに紙を持ってきましたので、1番は、先生に直してほしいところ
 を書いてほしいです。もう一つ、2番は、このクラスで直してほしいところです。
  誰にも見せませんので、安心して書きましょう。
  書いたら先生の処へ持ってきて裏返しにして出します。あとは静かに本を読 

 んでおきましょう。

 
 

 

 このとき、テストを行うような机の配置にするなどして、周りの子供に書くことが見えないように配慮することが必要である。
 ★
 次の日、このように語り出す。

 

  昨日みんなに書いてもらいました。みんな、ありがとう。
  クラスのみんなが望んでいることがよく分かりました。先生も反省することが
 いっぱいありました。ごめんなさい。
  これから新しい〇年〇組を作っていきたいと思います。
  そのために、昨日書いてくれたことを発表します。
  まず、先生に直してほしいところ。みんなが望んでいること3つ選びました。
  ……
  先生も全力で、この3つを直していきたいと思います。
  このクラスで変えたいことも3つ選びました。
  (それぞれ黒板に3つを書く)
  これはクラスの目標にして取り組んでいきましょう。

 

 

 このような形で「仕切り直し」を進めていく。
 子供たちに真剣に訴える。
 やんちゃたちには、うまく伝わらないかもしれない。
 でも、8割の子供たちに教師の真剣さが伝わったら成功だ。
 8割の子供たちにも、担任不信が広がっているはずだ。
 だから、それを払拭するためにも、変えたいという担任の真剣さを訴えることである。   
  ★
 「仕切り直し」の気運が盛り上がる。
 これができたら、まず第一段階が終了する。
 これで終わらせていく先生が結構いる。
 これだけではせっかく盛り上がった気運は、尻すぼみになる。
 次にどのようにつなげていくかが大きなポイントを持っている。
 それは次回に書くことにしよう。

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クラスの荒れを回復する~その5 クラス回復作戦③~

   荒れていくクラスで、まず止めていくこと2つを書いた。
 今度は新しく始めていくことになる。
 ★
 新しく始めていくことの第1は、視点の転換になる。
 荒れに対する「原因追求」を止め、視点の転換をする。
 簡単なことではない。
 かなりの「覚悟」がいる。
 今までやんちゃたちに向けられていた視点を、今度は「きちんとしている子供」「きちんとしている場面」「きちんとしている行為」に振り向けていかなくてはならない。
 これはかなりの「覚悟」がいるのである。簡単なことではない。
 ★
 たとえば、授業の最初の場面を思い浮かべる。
 今までは、日直が「静かにして下さい」と連呼していたはずだ。
 担任も、最初と最後だけはきちんとさせなくてはならないと躍起になって注意していたはずだ。
 それを止める。
 日直には、1,2度で「始めなさい」と声をかける。
 注意をしたいやんちゃたちは見ないふりをして、そのままにしておく。
 今まではその子供たちだけに目を向けていたのだが、視点を転換してちゃんとしている子供へ目を向けてみよう。
 ちゃんといるはずである。
 その子たちへ、
「〇〇さん、こんなに早く準備ができているのだね。えらいね」
と声をかける。
 3,4人に声をかけていく。
 そして、授業を始めていく。
 最初はこれでいい。
 繰り返し続けていく。
 とにかく覚悟を決めて、続けていく。
 ★
 あるとき、全員がすばやく揃ったら、
「全員がすばやく揃ったね。うれしい。すばらしい!」と褒め称える。
 ★
 もう一度繰り返す。
 大切なのは、「きちんとしている子供」「きちんとしている場面」「きちんとしている行為」に目を向けていくこと。
 そして、それをちゃんと声に出して認め、褒めていく。
 そのような視点の転換が必要なのだ。
 学期の最初からこのようなことをしていたら、おそらくクラスが荒れるようなことはなかったはずである。
 このようなことを「フォローの技術」という。
 くわしくは、中村健一さんの『学級担任に絶対必要な「フォロー」の技術』(黎明書房)を読まれるといい。
 私は、教師として第一に身につけなくてはならない技術の1つだと思っている。
 ★
 1,2年生で荒れているクラスは、「個人目標達成法」に挑戦してみてほしい。
 『新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則』(明治図書)で2年生の初任の先生が挑戦した実践を紹介している。
 視点の転換をどのように具体的に実践していくかを書いている。  

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第1回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会開催

 

~第1回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の連絡~

   「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の第1回研究会を開催します。
 申し込みは、以下のコクチーズでお願いします。

 http://kokucheese.com/event/index/39937/

 

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クラスの荒れを回復する~その4 回復作戦②~

   クラスが荒れてくると、必ずクラスは1つの状況を示す。
 100%そうなる。
 
 

 活動のスピードがなくなる。

 こうなる。このまま続けていると、ますますスピードがなくなっていく。
 教室に活動のリズムが整っていない。整わないままに崩れていっている。

 だらだら。もたもた。ずるずる。

 教師の叱り声が飛び交っている状況であろう。

  「時間」の統率に失敗している。

 まず、クラスの「時間」を回復しなければいけない。

 ★
 回復作戦の第2は、「スピードのない活動」を止めていこうということ。

 これも止めていかなくてはならない。

 なぜか。
 子供たちは、スピード・テンポがない活動に不快を示す。
 不快を感じたら、だらだら、もたもた、ずるずるを始める。
 
 では、どうしていくのか。さしずめ次のことを始めていく。

 ①すべての活動の「始め」と「終わり」をきちんと守る。
 ②学校で決められている日課表に従って進める。
 ③特に、休み時間に食い込む授業は絶対にしない。
 ④だらだらとした「朝の会」をやめる。
  1時間目にいつも食い込む朝の会はプログラムが悪い。
  プログラムを削って、給食の時間などに移行する。
 ⑤授業はすぐ始める。
  日直に何度もはじめの挨拶をさせない。
 ⑥だらだらとした「終わりの会」をやめる。
  これもプログラムの整理。学校からのプリントなどは給食の時間に配布。  

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クラスの荒れを回復する~その3 回復作戦① ~

   教室の「空気」を統率する。
 「統率する」という言葉は厳しい言葉だ。
 しかし、この言葉が一番適切のような感じがする。
 ただ、この言葉だけでは、厳しく教室を掌握していくというイメージが喚起される。 

 ★
 昨年全国を回りながら耳にしたことは、ベテランの先生たちの学級崩壊の事例だった。 ほとんどの事例が相変わらず厳しく子供たちをしつけていく、従来の手法で対処して子供たちに反発をくらい、クラスが壊れていくことである。
 ほとんどが子供たちとの「関係づくり」の破綻である。
 縦糸の張りすぎ。
 横糸を張ったつもり。
 中学校では、相変わらず怒鳴りつけて指導していく教師たちがいる。
 このような指導の方法が、いま破綻をきたしていることに自覚的でなければいけない。

  ★
 いまクラスが荒れているクラス。
 「空気」の統率の回復作戦を開始したいという心境になる。
 しかし、これは危険である。
 まずは失敗しているのである。
 とりあえずは、失敗している手法を止めなくてはならない。
  どこが失敗しているのかを考える。
 私なら、次のように言う。

 原因追求を止めていくこと。

 「原因追求」とは、次のようなこと。
 ①学級で目立っている2,3人のやんちゃたちを集中的に指導していく。
  しょっちゅう叱る。
 ②いつも2,3人のやんちゃ対応で,クラスが自習になり、空白の時間ができる。
  その積み重ねは、クラスを落ち着かなくさせ、ざわざわとする雰囲気を作っていく。

 ★
 「原因追求」とは安易な方法である。
 目の前で目立つやんちゃたちに、毎日対応している。
 ちょろちょろしたり、おしゃべりしたり、ちょっかいを出したり、…。
 何とかしなければいけないと躍起になる。
 でも、毎日同じことの繰り返しで、効果はまったくない。
 反対に、ますますひどくなる。
 問題は、そのやんちゃたちだけでなく、他の子供たちへ広がっていくことなのだ。
 ★
 もちろん、やんちゃたちのひどい行動は注意しなければいけない。
 でも必要最低限にする。過剰に対応しない。
 大切なのは、2,3人のやんちゃたちではない。
 他の多くの子供たちなのである。
 そこへ目を向けていくことなのだ。  

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荒れるクラスを回復する~その2 教室の「空気」と「時間」を統率する~

   教室は、「空気」と「時間」で成り立っている。
 どちらも目に見えない。
 「空気」とは、教室に流れる雰囲気。
 その雰囲気は、担任と子供たちによって作られている。  
  「時間」は、教室に流れる「時間」のことを指している。
 朝自習から終わりの会までの一連の流れになる。
 担任は、できるだけ早くこの「空気」と「時間」を統率すること。
 これが大きな課題になる。
 ★
「空気」を統率するとは、2,3人のやんちゃたちにこの「空気」を掌握されない間に 、担任がリーダーシップを発揮して先に掌握してしまうことである。
 だから、できるだけ早くなのだ。
 教室が荒れてくるということは、担任がこの「空気」を統率することに失敗しているということになる。
 ★
「時間」を統率するとは、朝自習から終わりの会までの一連の流れがスムーズに進むようにすること。
 スピード・テンポ・リズムが大切になる。
 なぜスムーズなのか?
 子供たちの体の中は、ゲームなどによって身につけたスピード感にまみれている。
 無意識状態。
 だから、だらだら、もたもた、ゆっくりというのは彼等には合わない。
 すうっ~~~とスムーズに流れていく「時間」が快感になる。
 これを無視しては、さまざまな活動が成り立たない。
 授業時間をきちんと守ること。休み時間をきちんと確保すること。空白の時間を作らないこと。さまざまな活動を手早くさっさっと終わること。……
 教室が荒れてくるということは、担任がこの「時間」を統率することに失敗していることになる。
 ★
 私は、この2つの視点から教室の「荒れ」を考えていく。

 ★
 昨年、知り合いに頼まれて、一人の初任者の相談にのったことがあった。
 崩壊寸前だというのである。
 5年の担任。女性の担任である。
 まず、初任が最初に5年担任ということのハンディがあった。
 普通はそんな人事はしない。
 夏休みに相談にのって、そして9月に入って1日授業を見せてもらった。
 もちろん、2つの視点で教室を見ることになる。
 想像していたよりもずっと良かった。
 「空気」の統率も「時間」の統率もほとんど失敗していたが、がんばっていた。
 まず何よりも担任に対して反発している子供が1人もいなかったことが良かった。
 80%ぐらいの担任が、ここの関係づくりで失敗しているのである。
 ところが、「時間」の統率がなかったので(というよりこんな意識がなかった)子供たちはだらだら、もたもた行動していた。
 回復させる手立てをさまざまに助言した。
 どのくらいできたのかは定かではない。
 でも、何とか1年を終えたのである。
 3月には、その先生から感謝の手紙をもらったからである。
  

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荒れるクラスを回復する~その1~まだ大丈夫なのだ!~

 6月も半ば、もうあと1ヶ月で夏休みを迎える。
 そうは言っても、クラスが荒れ出している先生にとっては大変なことである。
 先日も、東京の講座でクラスがひどい状態になってしまっているという先生と立ち話になり、学校の先生たちがもうなすすべもない状態に陥っているということらしい。
 その場では何とも具体的な話ができなくて、メールで連絡してほしいと名刺を渡したところであった。(ぜひとも先生、連絡をくださいね)
 異動して6年生担任だということ。
 多分、その学校の先生たちは、今まで荒れまくった学年の担任をもつということを避けたので、その先生に担任が回ってきたのである。  
  こんな例は、今では当たり前になってしまった。
 他の学校へ異動する先生で、高学年経験があったら必ず高学年へ回される。
 とくに、荒れた学年の次の担任は、ほとんど異動してきた先生に回される。
 その学校の先生たちが希望しないからである。
 持たされた先生は、今までの経過を知らないし、子供たちもどんな先生かも知らない。 だから、ひどい状態のまま担任を引き受け、クラスも大変なことになる。
 校長も、引き受け手がないから仕方なく異動してきた先生に担任を引き受けてもらうことになる。
 学校が末期的症状に陥っている1つの現象である。
 少なくとも30年前までは、そんなことはありえなかった。
 ひどい学年の次は、実力のある先生が持つというのは当たり前だったのである。
 異動してきた先生たちに、その学年を持たせていくという、そういうことはなかった。 それが今では当たり前になってしまっている。
 
 ★
 さて、クラスの荒れにどのように立ち向かうのか。
 まだ6月だ。
 クラスが回復する道筋は十分に残されている。
  ただ、どうしても必要なことは2つのこと。

 ①自分のクラスが荒れていることを自覚していること。
 ②その荒れを回復したいという強い願いがあること。

 こんな常識的なことをあえて書いているのは、この2つが危うい先生がいるからである。
 自分のクラスが荒れているという認識ができていない先生がいる。
 これは初任者だけではなく、中堅やベテランにもいる。
 周りからそのように言われて、そうなのかなと思っている先生がいる。
 このような先生には、その荒れを回復したいと思う気持ちが希薄であるので、いろいろな助言が空回りしてしまう。
 いよいよ授業ができない状態になって、あわてるのである。
 ★
 最近では、私の講座では「クラスチェックシート」でクラスの状態をチェックしてもらうことになる。
 QUのチェックシートが有名だが、私のチェックシートは簡単に1分間ぐらいでつけることができる。(私のブログにも紹介しておいたので、辿って見てほしい)
 実力のある先生たちは、自分でチェック項目を持っているものである。
 だが、ほとんどの先生たちは自分のクラスが荒れてくるとその本当の原因がどこにあるのか分からない。
 目の前でうろちょろしているやんちゃ2,3人がクラスを荒らしているので、その対応に躍起になる。
 実際にその2,3人からクラスの荒れが始まるのだが、その2,3人が大きなポイントを持っているかというとそうではない。
 そこを勘違いする。
 ★
 このブログで何回かに分けて、私が考える回復の手立てを紹介したい。
 これも考え違いをしないでほしいのは、あくまでも私の手立ては一般論である。
 クラスの問題は、子供たちの顔が一人一人違うように全部違う。
 だから、ほんとうなら目の前の子供たちから出発しなければいけない。
 だけど、そんな原則論を振りかざしても始まらない。
 とにかく手を打たなければいけないからだ。
 現場教師はよく失敗をする。
 即座にその場で考えて、即座に判断し、即座に手を打たなければいけないことが数多くある。
 うまくいく場合もある。失敗することもある。
 でも、現場教師はとにかく行動しなければいけない。
 その行動のためには、さまざまな手立てを知っておく方がいい。
 

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この40年の間に、大切であると分からないでうち捨ててきた!

   学級づくりパワーアップセミナーイン東京の講座に参加した。
 私の講座もあったのだが、9:30~17:30までの丸1日参加した。
 <教師みらいプロジェクト>は、日本の各地で開催されている。
 今回は、初めて東京で開催されたということ。
 さまざまな先生との出会いも収穫であったが、何よりも野口晃男先生との出会いが素晴らしかった。
 校長を退職後、各地で講演をされ、また盛岡大学の非常勤講師もされている。
 野口先生の講座は、こんな提案の仕方もあったのかと思わせるもの。
 「校長室の窓から」という校長通信を読み上げられるという形式でほとんどは過ぎていくのだが、その通信の内容が心に染みいる。
 ★
 たとえば、「校長室の窓から 62号」にはこんなことが書かれている。

  入学式で入学のお祝いを述べたあとで、保護者の皆様方に子供を悪くする3つの
 方法を話しました。
  ◇ ◇
  一つ目の方法は、子供の前で近所の人にあいさつをしないという方法です。
  近所の人だけでなく、知っている人にもあいさつをしないようにするのです。そ
 うすれば子供は間違いなく陰気で礼儀知らずの人間に近づいていきます。
  二つ目の方法は、家の中で手伝いをさせないという方法です。
  家のみんなが働いているのに、遊んでいても平気でいられるような子にするので
 す。そうすれば、子供は学校でもそうしますから、そのうちに多くの友達からの信
 用を失い、最後はひとりぼっちになってしまいます。
  特に掃除をさせないのがこの場合の一般的な方法です。
  三つ目の方法。それは子供の頭を悪くする方法です。
  それは子供の前で友達の悪口や近所の人の悪口や先生の悪口を言うことです。
  この方法が効果的である理由は、とてもはっきりしています。お父さんやお母
 さんが悪く言っている人の話は、どんなに素晴らしい話でも、その子の心に響か
 ないのです。
  いま、皆さんに、子供を悪くする3つの方法を話しました。
  反対に、子供を良くする方法はたくさんあります。これから一つ一つ実践し、
 子供を良くする方法を工夫し、ご家庭の皆様とともに協力して育てていきたいと
 考えています。

 ★
 これを聞いた保護者たちは、どきっとしたにちがいない。
 当たり前のことが書かれている。
 この当たり前のことが、いま当たり前に行われていない。
 子供の前で教師の悪口を言うことなど、こちらの方が当たり前に行われている。
 中には、メールで教師の悪口を伝え合っている保護者もいるとのこと。
 こんなことが教師と子供たちとの関係をどれほど歪めているのか、保護者はまったく予測さえもしていないのであろう。
 ★
 37年間担任として、3年間初任者指導として、子供の変容、親の変容、家庭の変容を見てきた。
 この40年間の間に、ものすごい変わり方をしている。
 とても大切で、なくしてはいけないものを、われわれは大切だと分からないままにうち捨ててきた。 
  そして、40年経って多くの心ある人たちが頭を抱えている。
 ★
 野口晃男先生の講話は、当たり前の、とても大切なことをしっかりと伝えられている。 ともすれば私たちが忘れてしまっていることを思い起こさせてくれる。

 ★
 これらの校長通信がまとめてあるのを買おうと思っていたら、他の方と話しているうちにあっという間に売り切れてしまった。
 野口先生に「どうしたら手に入るのですか?」と聞いたら、「私の住所に葉書をください。そしたら送ります」と言われた。

 校長室の窓から     1冊1000円
 続・校長室の窓から      1冊1000円
 校長室の窓から(別冊) 1冊1000円

 送料 1冊の場合 350円  2冊、3冊の場合 500円

 もし読んでみたいと思われる方、ここに野口先生の住所を書くことはできないので、
私のところへメールをください。お知らせします。

 kazenifukarete●hkg.odn.ne.jp(●のところに@を入れて下さい)

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明治図書メールマガジン6月号

 明治図書メールマガジン6月号の連載である。
 今月のテーマは、次の項目になる。
  
 

 特別支援が必要な子どもへの対応がうまくできません。
  どんな手立てがあるのでしょうか。

  http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/

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業務連絡~学級づくりパワーアップセミナーイン東京~

 今週の土曜日に、以下の講座が開かれます。

 時間の都合がつく方はどうぞおいで下さい。

 私も講座の講師として参加します。

 <教師みらいプロジェクト>

学級づくりパワーアップセミナーin東京

 テーマ:「学級づくり・授業づくりの一体化~模擬学級、模擬授業を通して~」

 

【日時】

2012年6月16日(土) 9:30~17:00

【会場】

教育同人社「多目的ルーム、会議室(C1)、会議室(C3)」http://www.djn.co.jp/company/map.html

170-0013 東京都豊島区東池袋4丁目21番1号 OWL TOWER(アウルタワー) 2

【アクセス】

東京メトロ有楽町線 「東池袋駅」より徒歩2

JR各線、東武東上線、西武池袋線、東京メトロ有楽町線・副都心線 「池袋駅」より徒歩9

都営荒川線 「東池袋四丁目駅」より徒歩5

【日程】

9:30 《挨拶・基調提案》 老月敏彦(教師みらいプロジェクト・代表)

「学級づくり・授業づくりの一体化をめざして」

9:50 「ミニ教材による模擬学級づくり」

  ・飯村友和(千葉・八千代市立萱田南小学校)

  ・佐藤 翔(千葉市立幸町第四小学校)

《教育の達人から学ぶ「学級づくり・授業づくりの一体化」》

10:20 「学びの達人:大谷流まるごと教育」 大谷雅昭(群馬・藤岡市立鬼石小学校

10:40 「教師道の達人:安次嶺流ひらがなメソッド」安次嶺隆幸(東京・私立暁星小学校)

11:00 「学級経営の達人:野中流学級づくり術」 野中信行(元横浜市小学校教諭)

11:20 「教育の語り部:野口流子育て術」 野口晃男(盛岡大学非常勤講師)

11:40  ☆インタビュー:(佐瀬順一)

 

12:00 昼食

 

 《模擬授業をもとに語り合う学級づくり講座》

13:00【中学校:道徳】「輝汐が起こした奇跡」(教育出版、心つないで1年)

佐瀬順一(東京:荒川区立第三中学校)                       

13:20【小学校:道徳】(小学:道徳)「        」

大谷雅昭(群馬・富岡市立一ノ宮小学校)

13:40(小学校:国語)「わらぐつの中の神様」

安次嶺隆幸(東京・私立暁星小学校)

14:1014:50 グループワーク「先生のしゃべり場(学級づくりを語る)」

   <キャスター>野中信行(佐瀬部会)、野口晃男(大谷部会)、老月敏彦(安次嶺部会)

 

15:00 講座①<野口晃男(盛岡大学非常勤講師)>

   「            」

15:50 講座②<野中信行(元横浜市小学校教諭)>

   「学級づくりを成功に導くポイント

16:50終わりの会 (「ケロちゃん・マーくん」のお土産講座)

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第1回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の連絡

 

~第1回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の連絡~

   「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の第1回研究会を開催します。
 申し込みは、以下のコクチーズでお願いします。

 http://kokucheese.com/event/index/39937/

 

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業務連絡~文教大学の学級づくりセミナー~

    学級づくりセミナーの宣伝である。
 8月に文教大学でセミナーが開かれる。
 大学が「学級づくり」でセミナーを開くという試みはおおいに期待できる。
 私もゲスト講師として招かれることになっている。 

   学級づくりセミナー

   〇日時 8月22日(水)  9:30~16:30

  〇会場 文教大学 越谷校舎 13号館 2階13201教室

   〇対象 小・中・高等学校教員

  〇定員 60名 受講料 3000円

 申し込み   <電話>0120-160-449
                 <FAX(申込書送付先)>048-974-8878


               

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「味噌汁・ご飯」授業~その6 日常を豊かに充実させる~

   友人と電話で話しているとき、友人が、
「先生たちは、二重底状態になっているなあ」という呟きがもれた。
「そう、そう、私は研究授業主義と言っているんだよ」と付け加えたのだが…。
 研究授業についての話である。
 ★
 全国どこでも、ほとんど重点研究として研究授業をやっている。
 研究テーマを決め、仮説を立て、研究授業をして、最後に研究紀要を出して終わりというパターンになっている。
 何のためにやっているのか、講座で何度か先生たちに聞いたことがある。
 子供たちの学力向上のため、先生たちの授業技量の向上のため、と言われる先生がほとんどである。
 それで、子供たちの学力向上にほんとうになっているのか。
 先生たちの技量向上にほんとうになっているのか。
 ここまで問うたことはないが、多分答えは曖昧であろう。
 そこまで考えている先生は、ほとんどいないからである。
 ほとんどの先生たちは一種の儀式としてやっているだけ。
 ★
 友人が「二重底状態」と言ったのは、研究授業と日常授業の格差についてである。
 研究授業は、それなりにテーマにもとづいた授業にしていくのだが、日常の授業はほとんど関係なく「おしゃべり授業」をしている状態を言っている。
 とくに、新しい学力観のもと総合の研究授業をしているときがひどかった。
 「支援、支援」と叫ばれていて、とにかく先生が前面に出ない授業にしていくことを強調されていた時代である。
 研究授業は、それなりの体裁をつけて「支援」の授業にしていく。
 でも、一旦日常授業にもどると、何のことはない。
 普通に教え込みの授業に戻っているのである。
 明らかに「二重底」状態の授業。
 今から10年から15年前、多くの教師たちがこんな授業をやっていたのである。
 ★
 しかし、今もこの状態が続いている。
 あんなにひどくはないが、それでも続いている。
 私が一番問題にしたいのは、ほとんどの先生が、この研究授業が何の目的で、どんな意味があるのかをまったく問おうとしていないことである。
 ★
 教育界は閉塞感に包まれている。
 いや、日本全体が閉塞感に包まれているといっていいのかもしれない。
 出口が見つからないまま、どこから始めていけばいいのかも分からないまま、ただ日々を追いかけているだけ。
 そんな感覚が、多くの人たちを被っている。
 私はこの閉塞感の元凶は、今取り組んでいることが何の目的で、どんな意味があるのかが問われないことにあるのだと、思い続けてきた。
 ★
 研究授業もまたしかり。
 何の目的で、どんな意味があるのか、もうほとんど問われない。
 そんなことを言おうものなら、異邦人みたいに見られてしまう。
 「野中先生、そんな若造みたいな発想はやめてもっと現実的な発想をしたらどうですか!」と言われそうなことである。
 ★
「味噌汁・ご飯」授業の第1回研究会を呼びかけている。
     

  http://kokucheese.com/event/index/39937/

 

私たちは、普通の教師が、普通の方法で、「授業をやるって楽しいです」と言えるような、そういう領域を開拓したいと思っている。
 
 

 今ある「現実」をはっきり認めながら、そこで何ができるかを考えたい。

 私たちがやろうとする「日常授業」は、何のためにやるのかをきちんと鮮明にしたい。

 70点の授業でいいのである。
 
 

 大切なのは、私たちが日々をおくる「教室」という地平を、もう少し豊かに充実させたいと願いを実現したいのである。

 そんな「味噌汁・ご飯」授業を作り上げたいと思っている。

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「味噌汁・ご飯」授業~その5 活動システムと授業分割法~

 6/30(土)第1回の「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会で行う模擬授業の検討会を行った。
 模擬授業は、物語文と説明文の2つ。
 ところが、物語文の模擬授業を行う先生が親戚に不幸があり、できなくなった。
 突然、私がその授業をすることにした。
 教材文だけは読んでいたが、まさに突然である。
 私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、こんなとき構えることはない。
 70点の授業と言っているのだから、できるだけの授業をすればいい。
 さっとほとんど何の準備をすることもなく、30分ばかりの授業になった。
 準備したのは、話し合いをするべき「中心の学習課題」と「活動システム」。
 これだけだ。
 ★
 「活動システム」とは、子供たちにどのような「活動」をさせていくかという観点でつくり出したもの。
 4つほどの方法がある。
 今回のシステムは、次のものを適用した。

 中心の学習課題を「聞く」―「書く」(自分の予想)―「話し合う」(4人グループ)―「話す」(代表者の発表)―「聞く」(意見を束ねる)
 
 活動システムを持っておけば、すぐに授業に組み立てていける。
 「アウトプット」をきちんと組み込んでいる。
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業には、先を見据えた未来がある。
 70点の授業でいい。    
 それでも即座に授業が展開できる準備ができる、そんなことを願っているのである。
 ★
 もう一つ、意図的に考えているのは、授業分割法である。
 これはさまざまにユニット法、モジュール法などと流布している。

 私たちは、国語の授業は3分割で行う。

 ①漢字指導(5~10分)
 ②音読指導(本時の音読 5分)
 ③本時指導(30分)

 必ず漢字と音読は入れる。
 授業で扱わないで、そっくり宿題に出していく教師たちがいる。
 私たちは反対である。
 私たちは、授業の中できちんと教えていく。
 きちんと「インプット」学習を行う。
  これは私たちの「味噌汁・ご飯」授業は、子供たちに基礎的・基本的な学力保障をすることをきちんと位置づけているためである。

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業務連絡~第1回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の連絡~

   「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会の第1回研究会を開催します。
 申し込みは、以下のコクチーズでお願いします。

 http://kokucheese.com/event/index/39937/

 
  

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「味噌汁・ご飯」授業~その4 インプットとアウトプット~

 日常授業としての「おしゃべり授業」の問題を書いた。
 もうひとつ日常授業を検討している。
 今度は、「授業の原点」から私たちが行ってきた日常授業を洗い直してみようという試みである。
 ★
 「授業の原点」といっても、さまざまな原点が考えられる。
 「教え」と「学び」。「学び」。
 宮崎のセミナーで質問したら、このような答えが返ってきた。
 その通りである。
 人さまざまに原点は設定できる。
 私たちは、「インプット」(入力)と「アウトプット」(出力)を授業の原点として考えてみようと試みてみた。
 そこから私たちの日常授業を洗い直して見るのである。  
  ★
 授業で「インプット」とは何だろうか?
 これも子供たちの「活動」として考えたらどうなるのだろうか。
 授業で「アウトプット」とは何だろうか?
 子供たちの「活動」として考えたらどうなるのだろうか。
 そのように考えたとき、とりあえず次のように考えることができた。

 インプット→聞く、見る、読む、おぼえる

 

 アウトプット→書く、話す、話し合う、動く

 もちろん、おおまかな区別である。ある面ではインプットであり、ある面ではアウトプットになる場合もある。
 ★
 このように考えたとき、分かったことがいくつかあった。

 私たちの日常授業は、次のような問題点があったのではないかということ。

 (1)多くの教師たちが日常的に行っている「活動」は「インプット」中心
    だということ。
 (2)しかも「聞く」というインプットを多用している。
   (これはおしゃべり授業の問題としてあげておいた)
 (3)「アウトプット」を使うことが少ない。多くの教師たちは「アウトプット」
    に対してあまり意識していない。

 ★
 北海道の山の手南小学校で全クラスの授業を見せてもらったとき、全クラスで意識して取り組んでいたのが、ノートづくりであった。子供たちは進んで取り組んでいた。
 この学校は、学力向上を図るために「日常授業」にスポットを当てて重点研究をしている学校であった。
 いうなれば、アウトプットの「書く」を意識して取り入れているのである。
 大阪の寝屋川の小学校で、2年目の先生のクラスを参観させてもらったことがあった。 その先生が理科の授業を1時間。私が道徳の授業を1時間行った。
 すばらしいクラスだった。
 そのクラスも「書く」ということに力を入れた取り組みをしていた。
 学校全体の取り組みであった。
 「書く」というアウトプットは、子供たちを変える。
 かつてのかつて、新潟の大森修先生の4年生のクラスで「ごんぎつね」の授業を2日間にわたって参観した。
 大森先生の発問に対して,子供たちは瞬く間に自分の考えをびっしりとノートに書くことができた。それだけでもびっくりしたことであったが、その後に子供たち同士の討論が行われた。これもびっくりすることであった。
 「書く」「話す」「話し合う」というアウトプットが存分に機能しているのである。
 ★
 ポイントは、「アウトプット」が握っている。
 そのように考える。
 しかし、その「アウトプット」が良好に機能していくためには、良好な「インプット」がなされているはずである。
 そこにも目を向けておかなくてはならない。
 「インプット」と「アウトプット」という視点から眺めていくと、このようなことが見えてきたのである。
 

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「味噌汁・ご飯」授業~その3 活動を多様化すること~

   「味噌汁・ご飯」授業を考えていくとき、まず多くの先生たちが展開している日常の授業を検討していくという試みをした。

 前回のブログにもあげたが、「おしゃべり授業」というのが私たちが最初に問題視した授業であった。

 ①ずっと説明をしながら授業を進める。
 ②ときどき、発問をする。
 ③3,4人のいつものメンバーが答える。
 ④先に進む。

 簡単に言うと、こんな授業である。
 教師はこれに疲れると、ワークシートを書かせている。1時間中だ。
 いわゆる一斉授業の問題として、このような授業はターゲットにあげられてきた。
 この克服としてワークショップ授業などが提起されてきたはずである。
 私たちはもう少しこの授業に拘ってみた。
 この授業の何が問題なのか。

 ア、ずっと教師がしゃべり続けること。
 イ、ほとんどの子供たちが傍観者になっていること。
 ウ、活動がほとんどないこと。

 授業というのは、子供たちにいかにエネルギーを使わせるかどうかである。
 それなのに、このおしゃべり授業はほとんどの子供たちを「聞く」という活動だけを強いて、傍観者にしてしまっていることである。何のエネルギーを使うことなく、ただ耐えているだけのものである。
 ★
 まず、このおしゃべり授業を克服しないと、日常授業を切り開いていく方向は出てこない。
 そこでどう克服していくか。
 私たちは、ウの「活動がほとんどないこと」に注目した。
 この「活動」を多様に組み合わせていけばきっと授業は活性化していくはずだと…。 活動とは、繰り返しになるがもう一度書く。

 聞く、見る、読む、おぼえる
 書く、話す、話し合う、動く

 この「活動」を多様に組み合わせていけばいいのではないかということである。  

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