« 徒然なるままに | トップページ | 徒然なるままに »

山形の佐藤先生の問いについて

    山形の親しい知り合いの佐藤先生から次のようなコメントが載せられている。

   △ △ △
 4月に採用された新卒教員、とりわけ小学校教員は、ほぼ100%学級担任を任されるにも関わらず、「学級経営」についてはほとんど知らない、という時代が続いてきました。
教育実習も、既に基盤ができている学級で数時間の授業をするくらいでした。
周囲の先生方がよほど面倒をみてくれるわけでもない限り、初任の先生のクラスはほとんど荒れてきたと思います(自分もそうでした)。

大学の時点で「学級経営」について学べる基盤が整ってきている、という状況が、新しい時代の始まりのように感じられます。教育実習の在り方など、教員養成の仕組み自体が質的に変わっていくことになるのでしょうか。
 △ △ △

  大学が「学級経営」について学べる基盤を整えてきているのは、まだほんの一部のことである。
 その気運が出てきていることは確かであろう。
 ある大学の教師免許を取る単位の内容を調べたことがあるが、ほとんど教科や授業を重点において構成されていて学級経営関係の単位は1つもなかった。
 これが現状である。
 多分、教員養成系の教授の多くの方
がいま現場がどうなっているのかを知らないのではないかと、私は思っている。
 教員養成の仕組みを変えなくてはならないのである。
 それは一大学で変えられるのか、文科省がやるべきことなのか、それについては勉強不足である。

 池田先生、教えて頂けませんか?
 

|
|

« 徒然なるままに | トップページ | 徒然なるままに »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

教えるということではないのですがf(^^;。

教員養成は、現状では大学にその資格がありますので、大学が行います。しかし、そのカリキュラムの権限は文科省にあります。これは教えなければならない、これは教えなくても良い。または、これは免許を取るための授業、これは大学を卒業するための授業と細かく分かれています。

また、教員免許科目を教えるためには、大学の教員も資格審査に通らなければなりません。有名な大学の有名な先生でも、これは通らないことは珍しくありりません。つまり、結構厳しいわけです。

それで、私が担当している学級担任論は、免許を取るための必須の授業ではありません。つまり、必修ではないのです。選択必修で、大学の方で学生諸君に「教師になるためには必要だから履修しなさい」と履修指導をしています。受講した学生たちは、これが必修の授業で名良いことを不思議に思い、さらに、これが他大学で受けることの出来ない授業であることに驚きます。

「先生、他の大学の学生は、これをどこで勉強するのですか?」

と聞いてくるのですが、

『自分で。現場に出てから、だな』

と答えています。

私は、社会が変わり、学校教育現場も大きく変わっているなかで、教員養成のカリキュラムは変わっていないと感じています。端的に言えば、小学校で英語を教えるようになっているのに、教員養成で、(児童)英語は必修になっていないと思います。(選択必修にはなっていると思います)

教科指導を重視しているにも関わらず、(児童)英語は必修になっていません。学級担任論も、この選択必修のところに分類されています。

本学は、現場を知っている教員が多いので、児童英語は履修するように、学級担任論は互い学には無いが大事なので開設した上で、履修するようにと指導しています。

じゃあ、文科省が悪いのかと言えば、そうとも言い切れません。
つまり、大学は小中高と違ってカリキュラムの編成については、大学の教育、研究観点からかなり自由になっています。ですから、本学のように学級担任論を設置することができるわけです。

ですから、大学が工夫できる点は多くあると思います。だから、大学の問題でもあると思うのです。

そして、その上で、じゃあ、現状の教員免許のシステムが良いのか、教員養成の根本的な所はこれで良いのかとなると、これもまたいろいろと問題があると思われます。

例えば、デンマークでは、小学校の教員が教えられる科目は3科目だったのが4科目に最近なったはずです。4科目教えられれば小学校の教員になれます。専門性が深まると思われますし、雇用も増えます。

ただ、大学院まででないと教師になれないとなっていますが、大学は3年で終わらせて、大学院も1年ということもあったり、大学院まで鉛筆の一本まで税金で面倒見てもらえるので只ということがあったりして、一概に日本と比べることは出来ません。それは教育実習の期間についてもさまざまな条件や環境が違うので他国と簡単に比較できないということです。

また、教員の質の問題で言えば、日本の教師は世界で高い水準にあり、日本を見習っている国は割とあるわけです。
「日本はPISAのテストで、全て上位にいるが、どうやったらあんな指導ができるのだ?」とフィンランドの先生に質問されたこともありますf(^^;。

纏めます。

1)カリキュラムについて、最終的には文科省が決定権を持っている。ただし、大学が工夫できる所は大きい。
2)カリキュラムは、そもそもどんな教員を必要としているのかということの議論が大事で、そこに基づいて行われるべきである。
3)日本の教員は結構頑張っている。

ということで、お答えになっているでしょうか?
池田はこの辺りは全くの専門外ですので、見当違いなことを申し上げている可能性もあります。
よろしくお願いいたします。

投稿: 池田修 | 2012年1月26日 (木) 14時39分

付け足しです。
教育実習に関しては、このようなブログがあります。
「教員免許事務検討委員会」

http://blog.livedoor.jp/zenshi_menkyo/

投稿: 池田修 | 2012年1月26日 (木) 14時43分

野中先生、こんにちは。山形の佐藤です。

「学級経営について学べる基盤」が、わずかずつですが整い始めてきたことは、大きな動きのさきがけになるはずです。ぜひ、そうなってほしいと願っています。

野中先生もおっしゃるように、「多分、教員養成系の教授の多くの方がいま現場がどうなっているのかを知らないのではないかと、私は思っている。」と、私も思います。
私の学生時代は、学習心理やら授業研究やら「教科の基礎」やら、様々な講義を受講してきましたが、「現場がどうなっているか」ということに触れた講義は1つもありませんでした。
大学の先生たちは「現場を知らない」こともそうですし、「現場を知らない新卒が現場に行くとどうなるか」も、あまり知らないままに、指導をされているのだと思います。

投稿: 佐藤玄輝 | 2012年1月26日 (木) 20時13分

 池田先生、忙しい中での回答ありがとうございました。
 よく理解できました。
 なるほど、なるほどというところです。
 大学で工夫しようとすればできるわけですね。

投稿: 野中信行 | 2012年1月26日 (木) 21時41分

 すごく粗く言うと、師範学校の復活。これにつきます。
 私の卒業した大学のカリキュラムをネット上でみましたが、1・2年生のいわゆる一般教養は必要ありません。単位をとるためだけですから。
 そんなことより、教え方の基礎基本を学んだり、学級経営をどうしていくか考えたりすることが大事です。
 さすがに、私のいた25年前よりはよくなってはいると感じましたが、根本的に違う気がします。
 私は教育大学出身です。教師をめざしているのに、大学でやったことがほとんど役に立たないというのは異常です。

投稿: TOSS末端教師 | 2012年1月29日 (日) 21時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520860/53813819

この記事へのトラックバック一覧です: 山形の佐藤先生の問いについて:

« 徒然なるままに | トップページ | 徒然なるままに »