« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

徒然なるままに

   2月4日の広島での「教師力向上セミナー」が78名になったという連絡がある。
 80人の定員である。
 もう少しの余裕がある。
  
  山根 大文 (やまね ともふみ)[tomo-2@blue.megaegg.ne.jp] まで。
 
 中村健一先生とこうしてコラボで講座を開くのは、初めてになる。
 学級づくりでは、ほとんど同じ土俵で主張をしている。
 いつか一緒に講座をやりましょうと中村先生と言い合ってきたのだが、こうして実現できることはとてもうれしいことである。
 私のテーマは、「学級崩壊を防ぐ学級づくり」と「これからの学級経営を考える」の2つになる。
 今までのものを、この2つにきちんと集約したい。 

  ★
 初任者講座の内容を考える。
 これから2月、3月の間に何回も初任者講座を設けなくてはならない。
 そこで何を伝えるのか考える。
 初任者が陥ることを書き上げてみる。

 ①子供たちと友達になろうとする。
 ②子供を叱れない、あるいはずっと叱っている。
 ③子供という存在を知らない。
 ④やんちゃな子供への指導が分からない。
 ⑤泣いている子供などへの指導が過剰になる。
 ⑥過剰に「丁寧指導」をする。
 ⑦なかなか子供をフォローできない。
 ⑧学級づくりの方法が分からない。
 ⑨しょっちゅう空白の時間を作る。
 ⑩時間のけじめがなかなかできない。
 ⑪メモ、手帳などの使い方
 ⑫ずっと「おしゃべり授業」をしている。
 ⑬国語や体育の授業に苦労する。
 ⑭教室や職員室の自分の机の整理整頓ができない。
   
 これらのことを十分に把握して、対応できる講座にしなくてはならない。
 ★
 知り合いから聞いた。
 臨任の先生がクラスを受け持つことになる。
 校長は、その先生に毎時間指導案を提出するように命ずる。
 その先生はなかなか対応できない。
 だから、知り合いの先生に手伝ってもらう。
 それを見た校長は、こんなにうまく指導案が書けるはずはないと疑う。
 そこで学校で指導案を作るように命じる。
 その臨任の先生は鬱病になる。
 あきれ果てた。
 この校長は、将来のある先生を潰してしまっている。
 今担任を持っている教師たちに、毎時間指導案を書いて提出せよと業務命令を出して耐えられる教師たちが果たして何人いるのかどうか?
 そんなことをする意味があるのかどうか。
 そんな途方もないことを命じる校長がいるのである。
 自分さえも現役の頃はそんなことは1日だってやったことはないはずである。
 それを正規になっていない、しかも担任を持っている先生に強いるなんて、まさに「悪魔の所業」である。権力をかさにこういうことができる存在とは何か?
  私はそれを聞いて胸くそが悪く、一日不快な感じで過ごす。
「ふざけるな!」

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

そんな時代が来ているような予感がする!

 産経新聞1月21日(土)の「解答乱麻」というコーナーに、TOSS代表の向山洋一さんが「全国に広がる新型学級崩壊」の記事を書かれている。
  冒頭のところを引用してみよう。

  △ △ △
 全国各地の教室で、今まで見たことのない学級崩壊が続出している。
 これまでの学級崩壊は、新卒教師や未熟な教師の教室で生じていた。ところが最近は、評判の良かったベテラン教師、学校の中心になってきた教務主任などの教室でも起こる。教室の騒がしさが今までになく、離職する教師もいるほど。私には「学級騒乱」といった方がぴったりする。
 原因は不明だ。ただ、一つや二つの原因ではない。多重的だ。
 学校が壊れていくこの現象に、私は「新型学級崩壊」と名付けた。
   △ △ △

 私には向山さんが「新型」と名付けられることに違和感を覚えた。
 この現象は今に始まったことではないからである。
 10年前に「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」(学事出版)を出したときには、このような現象が出てくることを提起している。
 もうその頃から始まっていたわけである。
 確かに顕著になってきたのは、ここ数年である。
 ベテランの教師たちのクラスが、ばたばたと学級崩壊になっている。
 ★
 しかし、もっと深刻なことは学級崩壊にはならないまでも、2月3月になるとよたよたしてクラスがおかしくなっている現象がごまんと出てきていることである。
 「前はうまくいっていたのに、どうにもクラスがうまくまわらなくなってきた!」と先生たちは呟いているのである。
 10月、11月頃にはすでに「早くこのクラスが終わってくれないかなあ」と待ち望む声が聞こえてくる。一番クラスが乗ってくる時に、この声である。
 このような裾野がどんどん広がっている。
 私は、ここに大きな危機感を持っている。
  向山さんが「新型」と名付けられていることに連動しているのだ。
「普通の落ち着いたクラス」というだけで御の字だと思わなくてはならない、そんな時代が来ているような予感がする。
  

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

池田先生の回答である!

   なぜ教員養成の大学が、学級づくりや学級経営を講座として設けないのか。
 それでもなぜ橘大学の池田修先生が、学級担任論という講座を設けることができているのか。
 そのことがブログのコメントで池田先生がくわしく書かれている。(私がお願いしたのであるが…)
 まとめは次のようになっている。

 △ △ △
 1)カリキュラムについて、最終的には文科省が決定権を持っている。ただし、 
大学が工夫できる所は大きい。
  2)カリキュラムは、そもそもどんな教員を必要としているのかということの議論が大事で、そこに基づいて行われるべきである。
  3)日本の教員は結構頑張っている。
 △ △ △

 カリキュラム改革が必要なことは、もう歴然としている。
 しかし、大学もはやく立ち上がってほしいというところである。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

徒然なるままに

   25日、今日も平塚のM小学校へ行く。
 3:00から90分間学級経営についての話。
 熱心に聞いていただく。
 平塚も、どんどん若い先生たちが入ってきて、世代交代が始まっている。
 学級が大変な初任の先生もいて、「今日の野中先生の話はズキズキ来ました」と話された。
 あと2ヶ月、とにかく凌ぐのだと激励する。
 その凌ぎ方を3つ。
 
 ①クラスは何をやるにもスピードがなくなっているはずだから、どんどんスピード
  アップを図る必要がある。
  朝の会も、終わりの会も5,6分で終われるようにスピードアップ。
 ②そのために、無駄なことをどんどん止めること。
  効果がないことをだらだらと続けていくことは止めること。
  朝の会や終わりの会でのプログラムも見直し必要がある。
 ③そして、どうしても拘りたいこと2つ,3つ。そこだけは譲らない。

 ★
 「スクールプランニングノート」(学事出版)が発売される。
 開発委員を務めた私のところへも完成版が送付されてくる。
 ぱらぱらとめくり、よくできていると確認。
 教師用に作られた初めての手帳になる。
「発売後も、多くの人に使ってもらう→継続してモニタリングを行う→改訂・改良する…の繰り返しで3年、5年、10年かけて、よりよい商品に育てていければと思っています」という趣旨が書かれている。
 ★
 「100分で名著」というNHK2チャンネルの番組を見始めてずいぶんになる。
 はじめはアランの「幸福論」から始まり、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」になり、そして今回は「徒然草」が終わった。
 徒然草を見ながら、高校時代に教わった授業が甦ってきた。
 今回この番組を見終わって、人間の心はこの鎌倉時代からほとんど変わっていないということに改めて愕然とする。
 この徒然草が書かれたのは、鎌倉時代の末期1330年頃と言われている。
 もうそれから680年の年月が過ぎているのだ。
 この間、日本人の心はほとんど何の変わりもないというのは不思議なことだ。
 進歩とは何であろうか。
 ★
 今日、ジョギングしながらふと八重桜の木を見る。
 一週間前に比べれば、つぼみがずいぶん膨らんでいる。
 こんなに寒い冬の間にも、桜は春の準備をしている。
 それだけでもちょっと感動することではないか。
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

山形の佐藤先生の問いについて

    山形の親しい知り合いの佐藤先生から次のようなコメントが載せられている。

   △ △ △
 4月に採用された新卒教員、とりわけ小学校教員は、ほぼ100%学級担任を任されるにも関わらず、「学級経営」についてはほとんど知らない、という時代が続いてきました。
教育実習も、既に基盤ができている学級で数時間の授業をするくらいでした。
周囲の先生方がよほど面倒をみてくれるわけでもない限り、初任の先生のクラスはほとんど荒れてきたと思います(自分もそうでした)。

大学の時点で「学級経営」について学べる基盤が整ってきている、という状況が、新しい時代の始まりのように感じられます。教育実習の在り方など、教員養成の仕組み自体が質的に変わっていくことになるのでしょうか。
 △ △ △

  大学が「学級経営」について学べる基盤を整えてきているのは、まだほんの一部のことである。
 その気運が出てきていることは確かであろう。
 ある大学の教師免許を取る単位の内容を調べたことがあるが、ほとんど教科や授業を重点において構成されていて学級経営関係の単位は1つもなかった。
 これが現状である。
 多分、教員養成系の教授の多くの方
がいま現場がどうなっているのかを知らないのではないかと、私は思っている。
 教員養成の仕組みを変えなくてはならないのである。
 それは一大学で変えられるのか、文科省がやるべきことなのか、それについては勉強不足である。

 池田先生、教えて頂けませんか?
 

| | コメント (5) | トラックバック (0)
|

徒然なるままに

   23日、神奈川の中地区の教職員組合の教育研究講座に呼ばれた。
 夕方18:30~20:00という時間帯。
 雪も降るという予報。
 こんな時に先生たちは集まってくるのかなと思いつつ、平塚へ行く。
 18:30分ぴったり始まる。
 会場は60名ばかりの先生方。縦長の会場がびっしり埋まる。
 これには私の方がびっくり。
 そして、熱心に聞いてもらえる。ありがたい。
 テーマは「学級経営を成功させるポイント」。
 8時ちょっと過ぎに私の話を終えたのだが、それ以降にも先生たちの質問がいっぱい出る。こんなに質問が出たのも初めてだ。
 今、先生たちが何に悩み、苦労しているのかがよく分かる。
 その後、知り合いの先生たちと懇親会。
 横浜に帰り着いたのは、11時頃。
 雪がちらつき、積もり始めている。
 ★
 村田栄一さんが亡くなった。
 急性の心不全で76歳。
 新聞の報道を見ながら、日本におられたのだと分かる。
 もうとっくにスペインに居住されているのではないかと思っていた。
 若い人には馴染みがない人だが、70年代の教育界では大きな存在であった。
 私も大きな影響を受けた。
 実は、村田さんが編集をされた「教育労働研究」に私の原稿を掲載してもらったことがある。20代の頃だ。
 今はとても読める代物ではない。恥ずかしくなるほどの文章。
  その村田さんが45歳で突然教師を辞められたときの私たちの驚きは大変であった。
 あれからもう30年以上の年月が経っていたのである。
  深く哀悼の意を捧げたい。
 ★
 落合博満の「采配」を読み終える。
 8年の中日監督の在籍で、4回の優勝を成し遂げた理由がよく分かる。
 したたかな采配。
 一番印象に残ったのは、最後に書いているところ。
 「仕事の成果と幸せに生きることは、別軸で考える」。
 落合は、次のように書く。
 「人生を穏やかに生きていくことには、名声も権力も必要ないと考えている。
  要するに、仕事で目立つ成果を上げようとすることと、人生を幸せに生きていこう
  とすることは、まったく別物と考えているのである」
 人はこのことを誤解している。
 仕事の成功が人生の幸せのように考えている人は多いに違いない。
 落合はこのことの違いに気づいている。
 人は自分が納得できる人生をおくればそれでいいのである。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

徒然なるままに

 「初任者・1ヶ月のシナリオ」ができた。
 苦労する。とりあえず作成できる。A4用紙に31枚の大作。
 これを2/4(土)の広島講座から配布することになる。
 申し込みは、次の通り。

 第7学 教師力向上セミナー  参加申し込み E-Mailのみ受け付けます。
山根 大文 (やまね ともふみ)[tomo-2@blue.megaegg.ne.jp] まで。
学校名、氏名、懇親会参加希望を明記の上、送信下さい。定員になり次第、締め切らせて頂きます。

 印刷してくれる講座の先生たちが大変である。
 でも、1ヶ月はこのようにしてやるのだとイメージできれば成功である。
 これからこのシナリオが、さまざまに検討されて作り替えられていけばいい。
 とりあえず、初任者にはこのようなものが必要である。
 著作権をまったく主張しないものであるので、広くばらまいてほしい。
  ★
 B大学から8月の講座の依頼があった。
 「午後3時間お願いします」ということ。
 依頼には昨年度のセミナーのチラシがあった。
 「学級づくりセミナー」。
 大学もこうして「学級づくり」に力を入れてきているのである。
 チラシには、次のようにあった。
 「多くの若い教師にとっての悩みの1つが、学級づくりです。授業に関しては大学でもそれなりに学んできたものの、学級づくりに関して大学で学ぶ機会はほとんどないからです。…」
 大学がはっきりとこのように表明している。
 要するに学級づくりを教えていく大学の先生がいないのである。
 現場での実践経験を持っていなければ、確かに「学級づくり」を教えることは難しい。
 実際に講座を持っている橘大学の池田先生や武庫川女子大学の藤本先生は、中・小の現場から大学の先生になっていった人たちである。
 池田先生も藤本先生も、意欲的に教員養成のあり方を変えようとされている。
 私もまた励まされる。
 実は、藤本先生には真っ先にこのシナリオを送付したのである。
 できたらすぐ送ることを約束していたからである。
  藤本先生からはすぐメールがきた。
  △ △ △
 春から現場に立つ先生を支えるために必須の内容と思います。
 随所に私が取り組んできたこともあり、勇気を得ました。
 本当にありがとうございます。
「学級担任の一日」というDVDを作り、教育実習の事前指導、教職実践演習用に
 使用したいと思っています。
  △ △ △
 「学級担任の一日」というDVDを作られるということ。
 大学も動いていくなという感じになる。うれしいことだ。
 ★
 横浜にも初雪が降る。
 珍しいこと。
 私は九州の佐賀出身。みなさん誤解されているが、九州は寒いのである。
 とくに、北部の九州は寒い。何度も雪が降る。
 いま、一番日本の中で温暖なのは関東南部ではないかと思っている。
 それでも寒い。(マイナス30℃の北海道の方 ごめんなさい)
 日中でも3,4℃。
 こんなときに思い出すのは、アメリカのカリフォルニアのサン・ノゼに1週間滞在したときのこと。日本人学校(補習校)の先生たちの研修で呼ばれたのである。
 この地は、1年中温暖。四季がない。地中海性気候。
 昼間はTシャツ。朝夜は一枚羽織れば十分。
 一年中汗をかくことがない。だからハンカチを誰も持っていない。
 あの地に1年間でも住んでみたいという、そんな思いになる。
 ★
 朝の連ドラの「カーネーション」。
 毎日楽しみ。
 糸子が長崎からきた男を好きになる。
 長崎弁がさかんに出てくる。
「おいも、すいとっ」(オレも好きである)
 佐賀弁も、長崎弁とほとんど同じ。なつかしいなあとしみじみと思う。
 でも、もう自分から佐賀弁は使えない。
 話しかけられたら返すことはできるが、もう使えない。
 だからこそ、「方言はよかねえ~~~」という思いになる。  
  

| | コメント (10) | トラックバック (0)
|

コメント欄が活況を呈している

   いま、私のブログのコメント欄が活況を呈している。
 しょうやさんや、佐藤玄輝さんや、長山ゆうきさんなどがさかんにコメントをされている。そこに池田さんもからんでにぎやかである。
 まことにありがたいものだ。
 コメントに一々お礼を書けないことをお詫びします。
 とくに、インプットとアウトプットという視点に関して、しょうやさんが次のような算数の自分の授業を書いておられる。
 改めてここに取り上げてみる。

 △ △ △
 野中先生の「インプット」「アウトプット」、たいへん大事だと思います。
私は、算数の授業構成を、以下の様によくしています。

1.予習(1分)
  教科書を1分間黙読する。
  その後、理解度チェック(◎、○、△の3段階)をし、ノートに書く。
2.説明(10分)
  教師が児童に教え込む時間。
  簡単な挙手発問も入る。
3.理解確認(10分)
  児童が教師に教えてもらったことを自分で生かす時間。
  個人学習の後、ペア学習をする。
  全体発表もする。
4.理解深化(15分)
  教師の発展問題を解く。
  基本的に1人ではなく、グループ学習をする。
  全体発表もする。
5.ふりかえり(4分)
  最終の理解度チェック(◎、○、△の3段階)をし、ノートに書く。
  今日の授業でわかったことをノートに書く。
  その際、教師がキーワードを複数提示する。
  その複数のキーワードを最低1つ使いながら、ノートにまとめを書く。
  書いた児童から次々と書いた内容を発表する。

 

この指導方法は、東京大学教育学部大学院教授の市川伸一氏の提唱する「教えて考えさせる授業」に則っています。
この指導方法の特長は、教師が授業で話す時間が10分しかないことです。
ともすると、我々教師は「しゃべりすぎる」傾向になりがちです。
もちろん、そういう時間も必要ですが、毎回そうだと児童は疲れます。
児童が授業に集中しているかどうかは、目・手・足・姿勢の4つを見ればよいと本で読んだことがあります。
説明が長すぎて、児童の目がトローン・手悪さ・足ブラブラ(立ち歩き)・姿勢が前のめりになっている経験は誰もがあるかと思います。

 

やはり、授業は児童を児童だけで、あるいは、児童同士で活動させるか、だと私は考えています。

 

ちなみに、上で述べた授業形態では、
1.予習は、「見る」「読む」というインプット。
2.説明は、「聞く」「おぼえる」「読む」「見る」というインプットと、「話す」というアウトプット。
3.理解確認は、「書く」「話し合う」「話す」というアウトプット。
4.理解深化は、「話し合う」「動く」というアウトプットが、それぞれ児童に保証されています。

 

この形式でしばらく算数の授業を進めるようになってから、児童主体の授業ということもあり、たいへん伸び伸びと子どもは学習するようになりました。
子どもは、自分たちでいろいろ活動したいのだということがよくわかりました。
教えられるだけでは、つまらないのでしょう。
自分たちも、いっぱい活動したいのでしょう。
そういう機会を、教師は1時間の授業の中で保証していかなければいけないと、私は強く考えています。

 

 △ △ △

 

 おもしろい。
 ここには「おしゃべり」授業を越える何かがある。
 市川先生の「教えて考えさせる」授業からのものだという。
 もう少し詳細に知りたいものである。
  こういうさまざまな授業が出てこなければいけないのである。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

業務連絡です!

   東京明日の教室が満席になってしまったために、どうしていこうかと主宰者の佐瀬先生と相談した。
 会場の教育同人社の会議室は、人数収容の限界があるために次のように佐瀬先生から告知されている。

 △ △ △
  お陰様で今回の講座は1月15日に満席となりました。野中先生と相談したところ、今年度初任者、来年度教師として採用予定の方のために10席増やすことにしました。その他にも参加希望の方がいらっしゃるとは思いますが、諸事情により、限定増席としますことをご了承ください。野中先生のブログにも告知されていましたが、3月3日に明日の教室京都本校で今回と同じ内容の講座が予定されています。
  △ △ △

 来年度教師として採用される方のために10席追加された。
 もし申し込みができていない方があったら急ぎ申し込んでほしい。

 http://asunokyosi.exblog.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2/12 東京明日の教室が満員になりました!

   東京明日の教室の講座が昨日の時点で60名満員になった。
 2/12(日)の講座であるので、これにはびっくり。
 これだけ不安に思っている人たちが多いのである。
 これに答えていく場所があまりにも少ない。
 残念なことである。
 3/3(土)には関西地区の初任者講座(京都明日の教室)を京都橘大学でもつ。
 ほぼ同じ内容のことを話す。
 この案内は、もう少ししたら池田修先生のブログや糸井先生のブログや私のブログで告知されるので、それを注目してほしい。
  <池田先生のブログ>
 http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2006/08/post_1a64.html
 <糸井先生のブログ>
  http://susumu.exblog.jp/m2012-01-01/
 ★
 今、私は「初任者・1ヶ月のシナリオ」を作っている。
 1週間は毎日1時間ごとにどうしていくかのシナリオである。
 すでに「必ずクラスがまとまる教師の成功術」(学陽書房 橫藤雅人・野中信行著)
で「1ヶ月のシナリオ」は発表している。
 しかし、そのシナリオは私の実践をまとめたものだ。
 初任者にはすぐにできない実践も含めてある。
 そこで、初任者に合ったシナリオを作ろうと思い立ったわけである。
 これを2/4(土)の広島講座から持っていこうと思っている。
 フォローの中村健一先生と山根先生と私とで講座を活気づけたいと思っている。
  まだ申し込みをされていない方は、次のところに申し込んでほしい。

  [tomo-2@blue.megaegg.ne.jp] (山根大文先生)

  ★
 初任者の勝負は1ヶ月なのだ。
 この1ヶ月をどう過ごすかが決定的に大事なことになる。
 あるいは初任者の人生までも変えることになるかもしれないのである。
  私は精一杯伝えようと張り切っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

徒然なるままに

   佐伯泰英の居眠り磐音江戸双紙38巻目「東雲の空」が出た。
 早速買う。
 このシリーズは10年も続いているという。
 何ともすごいことだ。
 今回も楽しみ。ゆっくり読んでいこう。
 ★
 最後の勤務校で初任の先生だった方の結婚を祝う会があった。
 いつものごとく「夫婦が長続きする方法 3原則」の話をする。(笑)
 原則1 夫婦は本音で語り合わないこと。
     (「今日は徹夜で徹底して本音で語り合いましょう」となったら離婚する
      ことになる)
     じゃあどんな話をするかというと、「とりとめもないことをとりとめなく
     話し続けること」。相手に本音を伝えたいときには、このとりとめないこと
     に含めること。

 原則2 相手の話にうなずいてあげること。
     少々自分の考えと違っていても「そうだね!」と言ってあげること。

 原則3 儀礼的あいさつを大切にすること。
     「おはよう」「おやすみなさい」「行ってきます」「ただいま」
     という挨拶は始終互いに交わし合うこと。

 ものごとすべてに原理原則があるのである。
 ★
 職業病の一つ「声が大きい」というのはやっかいである。
 ひそひそ話ができない。
 最近も近所の人に出会って、私の方から「おめでとうございます」と挨拶をしたら
 びっくりされてのけぞる感じになった。2人とも。
 家に帰って言っているだろうなあ。「あの野中さんとこの旦那、声がでっかいなあ。
 ほんとにびっくりしたよう」
 ほんとに申し訳ない。
 ★
 S県の教育委員会から高校の初任へ向けての講座依頼がメールできた。
 140名の先生方である。
 小学校しか知らない私が、高校の先生に話をすることなどできるわけがない。
 電話でも依頼が来たので、断ろうと思っていると小学校の学級経営の話でいいということ。引き受けてしまう。
 ★
 1年ぶりに歯医者に行った。
 歯垢をとってもらうためである。
 磨き方は上手であると褒められる。やはり褒められるといい気持ちになる。
 ところが、埋めた歯のところが黒くなっていて治療しなければいけない箇所が
 見つかる。通院を続けなければいけない。
 まあ良かったと思っておこう。
  

| | コメント (5) | トラックバック (0)
|

私たちは「研究授業主義」に汚染されてきたのではないか?

   授業中の私語の対策について、池田修先生がブログに書かれている。

  http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2006/08/post_1a64.html

 池田先生の結論は次のようなことになる。
   △ △ △
私語を言う子どもに対して、子どもが自分を変えなければならないという事は、私はほとんどないと考えている。今まで書いたことの中を見ていただければ、子どもが工夫する所はないことが分かると思う。私語の原因の9割以上は、教師の工夫で無くなる、教師の責任だというのが、私の考えだ。
  △ △ △

  私も、まったく同感する。
 私の知り合いで管理職をしている先生がいる。
 各クラスを見て回ると、ほとんどの先生がずっとしゃべり続けているということ。
 そんなことに気づいたと聞かせてくれた。
 ある知り合いにも、学級の授業の様子をビデオにとったという話を聞いた。
 それを見てみると、95%ぐらい教師が話しているという授業だった、と。
 こんなものである。
 ほとんどの教師たちは、授業中ずっとしゃべり続けている。
 それを6時間中ずっと聞いておくなんて、ちょっとそれは大変である。
 私語ぐらいしたくなるはずだ。
 ★
 日本全国でどこの学校も「授業研究」を続けてきた。
 ずっと重点研究として授業研究を続けてきたのである。
 私は最近そういう研究がもはや破産していると考えるようになった。
 なぜか?
 40年も50年も、そんなことを続けてきて、多くの先生たちの普通の授業は、相変わらず教師が1時間中ほとんどしゃべり続けている授業なのである。

 もう少し言うと、ほとんど教師がしゃべっていて、時々発問をして3,4人のいつもの子供たちが発言をして、そして先へ進んでいく授業。
 
  このような授業なのである。
 このような授業なんか、40年も50年も先からやっている授業なのである。
 ほとんど何の変わりもない。
 ほとんど、何の進歩もない。
 それでもずっと授業研究はしていたのである。
 何の研究をしていたのであろうか。
 今までの授業研究は、普通の多くの先生たちの日常授業を変えるということにはならなかったのである。

 続けてきた「授業研究」は、研究授業のための授業をしていただけなのだ。
 そんなことに気づいてきた。
 ★
 えらそうにこのように言っている。
 実は私もそのような授業研究をしていたのである。自己批判として書いている。
 渦中にいたときには、やはり夢中で授業研究に取り組んでいたのである。
 現場を離れてみて、初任者指導を3年間やってみてはじめて、そのことに気づいたのである。
 ★
 研究授業では、さまざまに工夫した授業が公開される。
 それについては喧々がくがく話し合いをしてきたのである。
 ところが、一旦「日常の授業」になると、とたんに研究授業とは打って変わって教師がべらべらとしゃべっていく授業になってしまう。
 これが現実である。
 多くの先生たちが「研究授業主義」に陥っていて、1時間(あるいは数時間)の研究授業を終えたら1年間が終わってしまうような意識が染み渡っている。
 あとの2000時間以上の日常授業は、まったく変わりなく、40年や50年前の授業と同じような授業を続けている。
 その証拠に研究授業で提案される学習指導案は日頃誰も使わない。
 あんなものを作っていたら日常授業はできない。
 あれは研究授業用の指導案だったのである。
 それでは日常授業用の指導案はあるのか?
 そんなものは見たことがない。
 あるとしたなら本時用の指導案になってこよう。
 結局、私たちの授業は「研究授業主義」に汚染されていたのである。
 もちろん、このようになっていない教師もいる。
 ところが、多くの教師たちの、普通の日常授業はこのようになっている。
 教材研究がほとんどできない現実では、こうなってしまう。
 ★
 多くの教師たちは、子供たちにとっては「聞く」という受け身的な活動(言語活動)をずっと続けているということになる。
 それは耐えられないはずだ。
 もう一度、多くの教師たちの「日常授業」の問題点をまとめてみる。

  ①ずっと教師がしゃべっている。
  ②発言する子供たちは3,4人。あとは傍観者。
  ③ほとんど活動がない。

  端的にまとめるとこうなる。
 これが今まで問題にされてきた一斉授業の大きな問題点なのである。
 ★
 私が提唱してきた「味噌汁・ご飯」授業は、この問題点を克服したいという提案になる。

| | コメント (7) | トラックバック (0)
|

「初任者向け研修講座」のお知らせ~明日の教室東京分校~

   東京の明日の教室に私の講座の案内が出た。
 昨年から始めた「初任者向け研修講座」になる。
 明日の教室を主宰している京都、東京の先生方へお願いして設けてもらったものである。
 関東地区は、東京の明日の教室。関西地区は、京都の明日の教室(3月3日)。
 そのような気持ちで持たせてもらっている。
 先日の京都の明日の教室で、瀧本哲史先生がうまいたとえを使われた。
 「いま大学ではサッカーを教えているけれども、教育現場へ行ったら野球を
  やっていたということになっているのです」
 このたとえ通りになっている。そこが大変なことである。
 ある東京の区で初任者講座を設けた。
  「いま初任者のクラスは7,8割が荒れると言われていますが、知っていましたか?」と問いかけたことがあった。130名ほどの中で、3,4人が手を挙げた。あとは知らなかったというのである。4月4日の講座である。もう4月6日から始業式が始まる。
 これにはびっくりした。これほど情報が飛び交っているのにどうしたことだろうか、と。
 「初任者向けの研修講座」を設けなくてはならないと決意させたできごとになる。
 私が話すことはほとんどの大学では教えないことになる。
 でも、ぜひとも知っておいてほしいことを話す。
 今年度初任者になられる方、できるだけ多くの方に参加してほしいと願っている。
 宣伝が主宰者のブログと私のブログに限られている。
 私のブログを見ている方でツイッターを使われている方、ぜひともツイッターで宣伝してもらえないだろうか。
 △ △ △

 第14回 明日の教室東京分校   

昨年に引き続き、野中信行先生を講師に迎えて初任者向け研修講座を開講します。4月から教壇に立つ予定の初任の先生、近い将来教壇に立つ予定の大学生、院生を対象にした講座です。初任者でなくとも、学級経営がなかなかうまくいかない先生、不安を感じている先生もぜひ参加してください。

日 時:平成24年2月12日(日) 13:30~17:00

講 師:野中信行先生(元横浜市立大池小学校教諭)

テーマ:「1年間をがんばりぬく学級づくり・授業づくり」
     ~来年度初任者教師になる人のための講座~
 
定員 60名

参加費 野中先生の意向で正規採用を目指す非常勤講師等の先生と学生は無料
    一般参加者は1000円

講師プロフィール

野中信行先生

学級経営に力を注ぎ、数多くのクラスを鍛えてきたベテラン教師、いや、スーパーベテラン教師です。定年最後の運動会でも小学校6年生に100m走で負けませんでした。著書には、「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」「学級経営力を高める3・7・30の法則」「新卒教師時代を生き抜く心得術60・やんちゃを味方にする日々の戦略」「野中信行のブログ教師塾 〜「現場」を生き抜くということ〜」とがあります。新任教師のバイブル的な四冊です。「野中信行が答える若手教師のよくある悩み24」(黎明書房)、新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則(明治図書)、「必ずクラスがまとまる教師の成功術!」(学陽書房)も必読です。

  申し込みは次のところへお願いします。

 http://asunokyosi.exblog.jp/

 △ △ △

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

子供たちの心に灯をともすフォロー

 中村先生の「フォロー」の本を紹介したら、この本の著者の一人飯村先生からコメントをもらった。

  △ △ △
 私自身、この「フォロー」の技術を意識したことで、授業や学級づくりは変わりました。
それまでは、発問や指示、説明といった教師からの投げかけばかり考えていました。
ぜひ多くの人に読んでもらいたいです。
 △ △ △

 また、山形の佐藤先生からは次のようなコメントをもらった。

  △ △ △
「フォロー」という対応の技術について、中村先生はいろいろな著作で「普通の教師は、意識的になるべきだ」と提唱されています。
多くの教師は、子ども達に「フリ」はしても、「フォロー」を忘れがちです。しかし、いわゆる「名人」と言われる先生方は、無意識に「フォロー」をしています。
自分も、「フォロー、フォロー」と意識しながら、気づいたら忘れていた、ということがほとんどです。意識しなくとも「フォロー」できるまで、まだまだ道のりは長いです・・・。
 △ △ △

 このフォローの技術を使えるようになるにはそう簡単なことではない。
 5年目の佐藤先生はそのように言われている。
 ★
 この「フォローの技術」とは、何だろうか。
 私なりの言い方をすれば、子供たちとの「関係づくり」にはなくてはならない技術なのだ、と。
 縦糸を張るときに、横糸を張るときに、どうしても必要になるのである。
 このフォローの技術で、「うまいなあ」と感心した実践がある。
 「道徳のチカラ」(3号)という雑誌に載っている福山憲市先生の実践である。
(連載 心を育てる学級づくり・授業づくり <「おしい」と「やるね」の繰り返し>)
 多くの著作をもつ第一級の実践家である。
 
 △ △ △ (実践を簡略して紹介する)
 福山学級では,4月初日から、机や椅子に対する心構えを育てるために次の実践を行う。
┌───────────────────┐                                  
│●全員、起立!だまって、後ろに行きます│                                 
└───────────────────┘                                  
 子供たちはきょとんとしながらも、後ろへ行って1分以内に全員が並ぶ。
 そこで言う。
 「だまって行動しているのは、素晴らしい!!でも、おしい。93点。残念なことが
  あります。」
 93点と言いながら、子どもたちから目をそらし、机・椅子の方を見回す。
 
┌─────────────────────────────┐             
│もう気がついている目をしている人がいます!                │            
│そうです。椅子です。椅子が出ている人がいます。机がねじれて│            
│いる人がいます。おしいですねえ。                          │            
│もう一度、やってみます。だまって、席にもどってください。  │            
└─────────────────────────────┘             

   子供たちは今度こそという顔で戻っていく。

┌─────────────────────┐                             
│全員、起立!! だまって後ろに並びます!!│                            
└─────────────────────┘                             

   椅子もきっちり入れ、机のねじれもない。子供たちの顔は、自信に満ちている。
  ここでの福山先生のフォローはすごい。

┌─────────────────────────────────┐      
│ やるねえ、さすがです。100点です。(子供たちの眼が輝く。そこで   │      
│言う)でも、もっとすごい人がいます。山根君です。100点花丸です。  │      
│両手で、椅子をすっと入れていたのです。片手ではないのです。椅子に │      
│対して心が優しいのです。                                         │      
│佐藤さんも100点花丸です。                                        │      
│後ろに行く前、ちょこっとですが、友達の椅子が出ていないか、見回し │      
│ていたのです。こういう心が嬉しいのです。                         │      
│そしてそして、清水君。清水君も100点花丸です。                    │      
│起立!と言ったとき、音を立てないように、さっと立ったのです。     │      
│先生、やるなあと思いました。ありがとう。                         │      
│もっとすごいのは、金山さん。先生は「並びます」と言葉を少し変えま │      
│した。                                                           │      
│金山さんは、気がついていたのかな。後ろに行くだけでなく、並ぼうと │      
│している姿でした。やるなあ。100点花丸!!ありがとう。            │      
└─────────────────────────────────┘      
 
 △ △ △
 まだまだ実践の続きはあるのだが、これぐらいでいいだろう。
 ここでのフォローのすごさが分かってもらえばいい。
 普通の教師たちにはとてもできないフォローになる。
 しかし、努力すればできる。
 そのためには、観点をきちんともって子供たちをよく見ておかなくてはならない。
  こんなフォローができたら、子供たちの心に灯をともすことになる。
 

| | コメント (12) | トラックバック (0)
|

重要な本が出版された!~「学級担任に絶対必要な『フォロー』の技術」(黎明書房)~

   年末に重要な本が出版された。
 山口の中村健一先生編集の「学級担任に絶対必要な『フォロー』の技術」(黎明書房)という本である。
 「フォローの技術」をこのように真正面から取り上げたのは、中村健一先生の功績である。
 9月2日に、上越の赤坂真二先生の道徳の授業を見た。
 すばらしい授業だった。
 とくに目に付いたのは「フォロー」のうまさ。
 ちょっとまねができないほどの、特別なものだという印象があった。
 このフォローを何とかしないといけないなと、その時は思ったものである。
 それが、このような本になって出てきたのである。
 ★
 「フォロー」とは、子供のがんばりに対する教師の対応や評価。
 そういうことになる。
 中村先生が、ある若手の社会科の研究授業を参観したときのことを書いている。

 △ △ △
 若手教師は一枚のポスターを提示し、
「このポスターを見て気づいたことをできるだけたくさん箇条書きにしなさい。時間は5分」
と言った。
 子どもたちは「できるだけたくさん」書こうと、がんばって鉛筆を走らせた。
 5分後、若手教師は次のように指示を続けた。
「一番自信がある気づきに〇をしなさい、それを発表してもらうからね」
 私の頭の中は「?(ハテナ)」でいっぱいになった。

 教師の「できるだけたくさん箇条書きにしなさい」という言葉を受け、一生懸命取り組んだ子どもたちである。
 それなのに、数を聞かない。たくさん書けた子をほめない。
 つまり「たくさん箇条書きにしなさい」というフリをしていながら、それをきちんと評価する「フォロー」が抜けている。
 これでは一生懸命がんばった子は報われない。これで子どもたちがやる気になるものか。
 △ △ △
 
 よくある事例ではないだろうか。
 ほとんどの教師たちは、日常的にこのようなことをやっているはずだ。
 
  ★
 向山洋一先生が「授業の腕をあげる法則」(明治図書新書)で10ヶ条の教育技術をあげられている。
 どれも重要な技術である。
 しかし、私は若い先生たち(初任者は特に)が第一番に身につけなくてはならない技術は、この「フォローの技術」だと思うようになった。
 なぜか?
 いま、子供たち全員に向けてフォローをしても、なかなか思うように伝わらなくなっている。
 私は「個別対応の時代」になっていると主張している。
 個別対応するときの一番の方法は、この「フォロー」になる。
 ぜひとも身につけてほしい技術になる。

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

「下山」の時代を、明るく、のびやかに!

   穏やかな正月である。
 横浜はからりとした晴れではないが、それでも風がなくて心地良い。
 朝から駅伝に夢中になる。
 1日は、実業団駅伝。2,3日は箱根駅伝になる。
 いつも正月はそれをテレビで応援する。
 実業団駅伝は、1区はスロースタート。ジョギング並みの走り。
 まったく情けない。
 男子長距離の情けない現状をあらわしている。
 2日の箱根駅伝は、早稲田の大迫が最初からとばしていく。
 こうなくちゃと思う。
 私は、高校時代は陸上で長距離を走っていた。
 高校駅伝は、アンカーを走ったことがある。
 その経験で、今でもこうして駅伝に夢中になる。
 ★
 あけましておめでとうございます。
 次のような年賀状を知り合いの方へ送った。
 (重複するが、このブログを見ている方にも年賀状がわりに書いておきたい)

 

 △ △ △

 あけましておめでとうございます

 今年も元気に賀状をさしあげることができることを喜んでおります。
 3・11の東北大地震、引き続いた原発の問題で私たちは大きなショックを受けました。今でもその余波は続いています。
 昨年ひょんなことから、フランスの哲学者アランの「幸福論」に巡り会いました。
 アランは言っています。
 「『上機嫌でありますように』これこそお互いに交わすべき新年のことばである」
 「ほほえんでみる。行動を加減してみる。ああだこうだと大声でわめいている怒りを、ちょっとだけしずめてみる。そうすれば、ことは簡単に解決するのだ」
 こういう時代だからこそ、アランの言葉は光ります。
 今年もアランに習って元気に歩いていきたいと願っております。
 今年もどうぞよろしくお願いします。

 △ △ △
 ★
 駅伝を片方にして、五木寛之の「下山の思想」(幻冬舎新書)を読む。
 五木さんは、昔から時代の空気を言葉にすることに天才的だった。
 今回も「下山」の時代なのだと言葉にしている。
 あとがきに書いている。

    △ △ △

     いま、鬱の気分が国中をおおっているこのような時代には、明るく、前
    向きなことを言うのが私には自然であるような気もする。しかし、この
    新書のなかにおさめられた文章は、一貫して下山の視点から書かれている。
      私は必ずしも暗い気持ちで下山の時代を見ているわけではない。むしろ、
    必死で登山をしている時よりも、はるかに軽い心で下山について語っている
    つもりだ。のびやかに、明るく下山していくというのが、いまの私の、い
    つわらざる心境である。

   △ △ △

 「下山」の時代には、のびやかに、明るく下山していくのだと五木さんは語っている。
 私もまた心がけたい。
 上機嫌で、幸せは行動の中にしかないというアランの教えに従いたいものである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »