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「時間」が「見える化」になっていない!

   今年1年さまざまなクラスを訪問させてもらい、さまざまな授業を見せてもらった。 ずいぶんいろいろな学びを得ることできた。
 授業を見せてもらうというのはとても新鮮だ。
 やはり、現場から離れていると授業というのが新鮮に見えてくるのである。
 ★
 ただ1つだけ気になったのは、掲示についてである。
 昔から掲示をどうするかというのは、ほとんど現場では問題にされてこなかった。
 私もあまり真正面から考えてこなかった課題である。
 だが、今回さまざまな教室を訪問させてもらい、1つだけ大きく欠けているのではないかと思うようになった。
 教室の「時間」が「見える化」になっていないのだ。
 一日の時間がどこにも掲げられていない。
 時間割も明示されていない。
 子供たちに「給食は何時から何時までなの?」と聞いてもほとんどの子供が答えられない。
 「掃除は何時から何時までなの?」と聞いても誰も答えられない。
 これは困ったことだと思うようになった。
 だから、時間意識がない子供たちは、体験学習などへ行くと担任のところへやってきて「先生、次何するの?」としょっちゅう聞く。  
 ★
 教室の掲示物は、教室の顔である。
 その教室がどのような活動をしているのかが明らかになってくるものである。
 普通、絵と習字が掲示されている。
 あれは、教室が殺風景であるから空いているところに貼り出されているものに過ぎない。
 それだけでいいと考えられているふしもある。
  あとは係名と名前、学校から配布される印刷物がそれぞれ空いているところにべたべた貼ってある。
 ★
 一日の時間は、暗記されるくらいに子供たちがつかんでおかなくてはならない。
 朝自習は何時から何時まで。朝の会は何時から何時まで何分間。1時間目は何時から何時まで。…終わりの会は何時から始まるのか。
 すべて子供たちにきちんと把握させておかなくてはならない。
 そして、掲示物はそれが分かるように一つ一つ掲示されていなくてはならない。
 担任が教室の「時間」を統率するには必須のものである。
 これは掲示物の1つの大きな役割になると、私は考えている。
 なぜか?
 子供たちにとって、一日の時間がきちんと決まっていて、それが時間通り流れていくという快感は、心を安定させていく基盤になる。

 だから、この「時間」は「見える化」が図られていなければいけない。
 

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コメント

「時間」が「見える化」。
確かにそうですね。
私の学校はノーチャイムです。
私のクラスの子たちはいつも「先生、次の授業は何分からですか?」と聞きに来ます。
聞きに来るのは、とてもまじめでリーダーシップをよくとる子たちです。
その子たちが、時間になると、まだ席についていない子に、「時間だよ。」と教えてあげています。
ほとんどの子たちは、時間には準備をして待っていますが、そうでない子は、言われて席につきます。
考えてみると、席に着かない子たちも時間がわかっていないのかもしれません。
聞きに来てくれる子たちはまだいいとして、わかっていなくて席に着いていない子もいそうです。
時間の掲示が小さすぎて、見えていなかったからなのかもしれません。

投稿: 飯村友和 | 2011年11月15日 (火) 05時04分

飯村先生、コメントありがとうございます。
 ノーチャイム制の学校では、このことはよくあることでしょうね。
 私は、最近時間の統率がとても大切なことなのだということに気づくようになりました。現場にいるときには、とても意識していなかったことです。
 このことは意外に現場では意識されていないことかもしれませんね。

投稿: 野中信行 | 2011年11月15日 (火) 20時52分

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