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2011年11月

初めて教師用の手帳が発売される~スクールプランニングノート~

   「スクールプランニングノート」(学事出版)ができた。
 これは何だということになるが、ちゃんとした手帳である。
 教師用に、初めて作られた手帳になる。
 学事出版が作成した。
 5つのポイントは次の通り。
 
 ①学校での1週間の予定をすっきり管理。
 ②毎日のちょっとした気づきをメモできる。
 ③複数の仕事の進行管理ができる。
 ④プリント類を貼ってカスタマイズできる。
 ⑤「別冊ノート」で何でも記録ができる。  

  画期的なことである。
 開発委員に、堀裕嗣先生、長瀬拓也先生、私など多くの先生たちが加わり、作成された。
 私は、宣伝チラシに次のように書いている。

 「多忙な教師の仕事を解消していくためには、どうしても『時間管理』が必須のことであった。今まで私はそれを『手帳術』と言い方で主張してきた。今まで教師の仕事に合わせた『手帳』がなかったが、今回学事出版より『スクールプランニングノート』として発売される。私も開発委員の一人として、ノートの開発に加われたことを喜びたい。
 これを使うことで、教師の一日、一週間、一月の流れに合わせてきっちりとスケジュール管理ができる。ぜひ、皆さんにお薦めしたい。」
 
 2012年1月下旬に発売予定。
 ぜひ、手にして使ってみてほしい。
 学事出版に連絡されれば、チラシなどを送付してもらえる。

学事出版株式会社 〒101-0021 東京都千代田区外神田2-2-3
TEL 03-3253-4626

スクール プランニング ノート 2012 定価(2,000円+税) ISBN978-4-7619-1868-2
FAX 03-3255-8854

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普通のことを普通にやる。こつこつやっていくのが一番の近道。

   日本シリーズを最後に退任した中日の落合監督が、名古屋市内で記者会見した内容を切り抜きしておいた。
 「監督という肩書きは結構重たい」と心境を語ったものである。
 「オレ流」と言われた采配について問われると、「皆さんは野球の素人ですから」と釘を刺し、「普通のことを普通にやる。それが周りの人には面白くないのでは。勝たなければと考えると、コツコツやっていくのが一番の近道」と持論を語ったという。
 記憶では、選手時代は、三度三冠王に輝いている。
 選手時代も「オレ流」を貫いて、自分勝手な選手だとイメージを持たれていた。
 こんな自分勝手な選手が、監督をやれるだろうかと疑問に思われていた。
 ところが、ところが見事な成績をあげた。
 監督としても一流であった。
 ★
 選手時代も、自分の努力を決して人に見せようとはしなかった。
 それがプロだと自負していたのだと思う。
 だから、「オレ流」だった。
 何か特別なことをやっているのだろうと周りは思っていたはずである。

  普通のことを普通にやる。コツコツやっていくのが一番の近道。

 この言葉は簡単なことで、誰でもがそう言われればそうだよなと思ってしまう。
 しかし、ほんとうには分かっていない。
 野球には、勝利を得るための原理・原則があり、それを知り、繰り返し繰り返し積み重ねていって初めてものにすることができる。
 落合監督は、こういうことを言いたかったはずなのだ。
 ものごとには、どんなことにも原理・原則があるのである。
 それを知るだけではだめで、それを努力して身につけること。
 そこがむずかしい。
 
 
 
   

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業務連絡~瀧本哲史さんの講座です~

 

2011/11/28

【講座案内】12/10 明日の教室 瀧本哲史さん

11/28

2011年最後の12月の明日の教室は、激動の2011年のフィナーレにふさわしい講座としました。これからの日本、日本の教育を考える時間を過ごしたいと思います。講師には、京都大学客員准教授の瀧本哲史さんをお迎えしたいと思います。

瀧本さんの京都大学での授業は、立ち見が出るほどの人気の授業です。それは、今をしっかりと分析し、未来を語り、未来を生きる学生達に、生き抜くための「武器」を授けているからでははいかと思われます。

瀧本さんは、最近処女作として、『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)と『武器としての決断思考』 (星海社新書)の二冊を同時に出版されました。出版と同時に売り切れ状態が続き、増刷が続いています。前者は真の資本主義社会をどう生きるかについて。後者はディベート的な思考について書かれています。

私は前者を読んで

「これは教師を目指す学生も必読の本でしょう。これからの世界をどう捉えるかを本書で理解し、その上でそこに生きて行く子どもたちに何を指導するべきなのかを教師は考えなければならない。」

とtwitter上に書きました。そして、瀧本さんがこれからもの凄く忙しくなるだろうと予測して、すぐに明日の教室の講座への登壇を依頼しました。予想通りで、瀧本さんはいまスケジュールが入りません。池田との十数年のおつきあいで無理を言って登壇していただけることになりました。

すでに全国各地から講座の問い合わせを頂いております。
いつもと同じく、またいつも以上に濃密な時間となるでしょう。
是非、『僕は君たちに武器を配りたい』と『武器としての決断思考』をお読みの上、ご参加ください。みなさん、お待ちしております。

なお、今回は、DVDの収録はありません。

講師の履歴

京都大学客員准教授。
東京大学大学院法学政治学研究科助手、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て現職。
マッキンゼーでは、内外の半体、通信、エレクトロニクスメーカーの新規事業立ち上げ、投資プログラムの策定。新卒学生の採用活動とトレーニングに従事。
日本交通の企業再生、ベンチャー投資(エンジェル投資家)における実績多数。
全日本ディベート連盟代表理事、 全国教室ディベート連盟事務局長。

インタビュー記事は
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20111021/288163/
にあります。なぜか、私も出ていましたf(^^;。

お申し込みは、こちらです。

http://kokucheese.com/event/index/22577/

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とにかく、あと4ヶ月凌ぐ以外にないのである

   知り合いの先生たちと久しぶりにお会いする。
 その中に、1人初任の先生がいて、9月から産休の先生の代わりにクラス担任をしているという。一年生なのである。
 クラスは大変で、荒れているという。
 ★
 産休の代わりに入る臨任の先生たちで、クラスが荒れてしまうという事例は多い。
 なぜなのか。
 それは、今までの担任の先生が作ってきた「教室のリズム」が狂ってくるからである。 ほとんど今までの担任の先生よりも丁寧に指導しようとして、スピード感がなくなってしまう。
 ましてや初任の先生は初めてクラス担任をしているので、なおさら丁寧になる。
 それが今まで子供たちが慣れ親しんできたリズムと合わない。
 不快になる。ほとんど子供たちは無意識のことだが、いらいらする。
 子供たちは不快なると、だらだらし始める。
 そして、だんだんクラスが荒れていく。
 ★
 こうならないためには、1つだけ手がある。
 今までの担任の先生よりもスピード感をはやくすることである。
 今まで担任の先生が10分かけて終わりの会をしていたのを5,6分で終わってしまう。
 とんとんとスムーズに進んでしまう。
 はやいスピードには大丈夫なのである。
 ★
 一緒に学年を組んでいる隣のクラスが学級崩壊になっている話も聞く。
 五年生。年配の女性の先生である。
 かなりの力量のある先生らしいが、崩壊になる。
 今年になって、50代のクラス担任の先生で学級崩壊になっているという事例をいくつ聞いたことだろうか。かなりである。
 聞いていると、全部崩壊していくパターンは同じである。
 子供たちがだらしない状況にいらいらして、がんがん厳しく指導していく。
 2,3ヶ月で子供たちから反発され、クラスが回らなくなる。
 50代の先生たちの若い頃はこの厳しい指導で十分学級は回っていたのである。
 いわゆる「縦糸を張る」だけで十分通用したのである。
 だけど、もうだめだ。
 そんなことでは、今の子供たちにはまったく通用しなくなったのである。
 その状況認識ができていない。
 だから、崩壊する。
 ★
 とにかくあと4ヶ月。凌ぐ以外にないのである。
 
   

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アラン的に生きていこう!

   アランの「幸福論」に巡り会えたことは、今年最高の収穫だった。
 私は運命論者だから、このことは私に何を告げているのだろうかと考えてしまう。
 女房から「お父さんの生き方は、アランにとてもよく似ているよ」と言われて、さらに気をよくした。(笑)
 一番身近な存在からこう言われるのは最高の賛辞なのだ。
 ★
 NHK番組(2チャンネル)でアランの「幸福論」の最終回があった。
 今回は、医者の鎌田實さんが加わられた。
 この人もアランに惹かれている一人だと言う。
 東北の被災地での体験を話されていた。
 ある被災地へ行ったとき、遺体安置されている体育館を訪れたという。
 そこである一人の女性に会う。
 父親と母親を津波で亡くされていた。
 その女性は、鎌田さんに、両親を亡くしたが、それでも二人とも別々にではなく揃って自宅のガレキの中から見つかったことは幸せなことだったと告げたと言う。
 鎌田さんは、こういう不幸の中で、それでも一縷の幸せを感じていくことはとても大事なことで、この女性はこれから元気に生き抜いていくだろうと言われていた。
 アラン的に生きるとはこういうことだ。
 ★
 アランは、「幸せは、行動のなかにしかない。悩みを思索の中に溶け込ませてはならない」と言う。
 そういうように生きていくこと。
 ふうっ~~~と道が開けたように思った。  

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早くしないと手遅れになる。ばたばたと教師たちが倒れていくことになる!

   私のブログに次のようなコメントが付いた。
 小学校の学校司書の方である。
 こういう立場から学校や子供たちを見られて、コメントをいただけるとはうれしいことである。
 
  

 

 △ △ △
 初めてコメント書かせて頂きます。小学校の学校司書をしています。
私もこれについては学校に置き換えて関心をもって番組をみていました。
まさに今日、崩壊状態の6年が学校図書館に来館し、その様子に気持ちが暗くなりました。クラスの中の数名ですが、立ち歩くことはもちろん、断りなく廊下へでる。言葉をかけると暴言を返して、注意しようものなら捨て台詞を吐いてにらみつけるといったことの繰り返しで、対応していてこちらも気持ちが荒んでくるのがわかりました。
 この日は担任が早退したため、補強の先生がついたのですが実はこの先生は彼らが4年の時の担任で、その頃からクラスがあれだしたこともあり、子どもたちは完全に見下した状態なのです。そのことがわかっていたのでお手伝いという形でその場にいたのですが、あまりにも勝手な振る舞いに昨夜はそのことばかり考えてしまっていました。
 無謀な行動をとる子どもたちの親はたいてい責任を学校に押し付けるタイプの人ばかりなのです。仕事が忙しいと子どものをことを後回しにする、家ではいい子だからと学校での様子について認めようとしない、自分の価値観を押し付けるという、自己中心的な態度なので学校が何かをいったところで聞く耳を持っていません。
親がそういう態度でいるのに、子どもが先生の指示を聞くわけもなく、また受験を控えた今の時期というものストレスを大きくしているのだと思います。
 もちろんすべての子どもがそういう状態ではないのですが確実に影響を受けている子もおり、こうなってしまうと荒療治が必要だと傍から見ていても思いますが学校というところはそれができにくい場所でもあります。結局担任一人が犠牲になるのかとやりきれなくなります。
   △ △ △
 

 

  ★
 最後の言葉が重い。
 「結局担任一人が犠牲になるのかとやりきれなくなります」
 今、このような勝手な振る舞いをしている子供たちが、ごまんといる。
 高学年に多い。
 担任は、休職になるか、鬱病になるか、退職になるかの選択肢になる。
 特に、50代の教師たちの学級崩壊は多くなり、今の子供たちに対応できなくなっている。普通の先生たちである。
 これらの問題は、全部学校任せになっている。
 確かに、担任の「教師力」がないという問題はある。
 しかし、そんなことよりも何よりも、自分が気にくわなければ学級を壊してやると振る舞う子供も実際にはいるのである。
 この子供たちには、「教師力」云々なんか通じない。
 早くなんとかしないと、教育界は有為な人材をどんどん失っていく恐れがある。
 ★
 方法は次のようなことになる。
 教育委員会で、対策チームを作り(弁護士が入っている方がいい)、そういう訴えが学校からあったらクラスを訪問し、実際にどうなのかを判断する。
 この子供をこのクラスに入れていたら、他の子供の学習に支障をきたすと判断したら、その対策チームが親を呼びだし伝える。
「このままの状態であなたのお子さんがクラスにいたら、他の子供たちの学習が恐ろしく阻害されます。他の教室で学習を受けさせます。本人が、きちんと学習するという気持ちになったならば戻します」
 このときに弁護士などがいた方が対策チームの本気度が伝わる。
 教育委員会の権限で措置をする。
 もちろん、親たちは担任の問題を追及したり、ごねたりするであろう。
 しかし、きちんと対処しなくてはならない。
 もちろん、学校に補充人員を増やしたりしなくてはならない。
 暴れている子供たちは確信犯だから、実際にこのような対策が示されたらびびるはずである。
 こういうことは絶対に学校ではできない。特別なチームが権限をもって当たらなくてはできないことである。
  ★
 とりあえず、こういう方法で担任を保護しなければならない。
 もう都市圏は、ここまできている。
 早くしなければいけない。
 ばたばたと教師たちを病気や退職に追いやっていく。
  私のブログを見られている議員の方や教育委員会の方、指導主事の方、校長先生たちが数多くいる。
 こういう声を上げてもらえないだろうか。
 ぜひお願いしたい。ぜひとも教師たちを守ってもらえないだろうか。

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授業において、一番大切なのは、発問ではなく説明である

   NHKの番組で、「未来をつくる森永卓郎のリーダー論」をやっていた。
 何気なく見ていると、佐賀の藩主であった鍋島直正のことを取り上げていた。
 森永さんが、佐賀の成章中学校の生徒に2日にわたって授業をするという設定である。 佐賀城が何度も取り上げられて、佐賀藩が江戸の末期にもっとも進んだ藩として成立していたことを森永さんは取り上げていた。
 この佐賀城跡は、今は復元されて記念館になっている。
 だが、もとは赤松小学校であった。
 私の母校である。
 ★
 森永さんの授業は、1日目はほとんどが講義形式で進み、2日目は生徒たちのグループ発表ということで終わった。
 森永さんの講義形式の授業を見ながら、この授業はどこかで見た授業だなと思った。
 「そうそう、この授業は、初任者が最初にやる授業だ!」
 そう思った。
 さまざまな説明を続けながら、時々質問を投げかけ、生徒に答えさせる。そして、また説明の授業を続ける。講義形式の授業になる。森永さんの説明は分かりやすくてとてもいい授業である。
 ところが、小学生に毎時間このような授業を進めていけば子供が飽きてくるのは目に見えてくる。
 初任者は、塾の授業や高校の授業のイメージがある。
 ここから抜け出るには、多くの時間がかかってしまう。
 ★
 しかし、考えてみれば、まだ多くの教師たちの授業はこの講義形式の授業の枠を抜けられていないのではないかと、思っている。
 「説明を主としながら、ときどき発問や指示を出していく」授業。
 この授業には、指導言としての発問、指示、説明が区分されていない。
 この「指導言」という言葉を使ったのは、私の記憶では大西忠治先生だったように思う。
 そして、法則化運動が指導案にこの3つを使ってブームになった。
 この「指導言」がいま教育界でどの程度に市民権を得ているのか分からない。
 学校現場では、まだ市民権を得ていないと、私は思っている。
 「発問」だけは市民権を得ているが、指示、説明はほとんど意識されていない。
 これが現状である。
 ★
 3年間、初任者指導をしながらずっと初任者の授業を見続けてきた。
 強く感じたのは、つぎの2つのこと。

 ①指導言としての発問、指示、説明がほとんど意識されていない。
 ②説明がへたくそ。ただ、話しているだけ。意味不明なこともかなりある。
 
 

しかし、これは初任者だけの問題ではなく、現場教師共通の問題ではないかとも思っている。
 ★
 「発問」だけは市民権を得ていると書いたが、今までずっと授業では「発問」を中心に考えられてきた。だから、「発問」の本は数限りなくある。
 私たちが授業を考えるとき、やはり「発問」を中心に考える。
 子供たちの思考をゆさぶる「名発問」は今でもいくつか思い出すほどだ。
 その点、「指示」や「説明」はほとんど取り上げられることはなかった。
 正確には、「指示」は取り上げられた。
 これも法則化運動時代に話題になったことがある。
 岩下修先生が出された名著『「指示」の明確化で授業はよくなる』(明治図書)がある。 しかし、「説明」についてはほとんどない。
 ★
 だが、大西忠治先生が残されていた。
 これに気づいたのは数年前のことになる。
 『大西忠治教育技術著作集10』(指導言<発問・説明・指示>の理論 明治図書)
『大西忠治教育技術著作集11』(指導言<発問・説明・指示>の技術 明治図書)
 これは今では手に入らない。
 でも、『発問上達法』(大西忠治著 民衆社)は今でもアマゾンで手に入る。
 この本には、次のように書かれている。
  △ △ △
 授業において、一番大切なのは、発問ではなくて説明である
 △ △ △
 そして、説明についてかなりくわしく取り上げてある。
 ★
 授業において、私も、一番大切なのは、発問ではなく説明であると思っている。
 発問のない授業はあるが(大学の講義形式の授業はみんなこれである)、説明のない授業なんてありえないからである。
 現実的にも、この先生が説明がうまくいくようになると、ずいぶん授業は分かりやすくなると何度も考えた。  
 ★
 私は、学生時代ずっと算数ー数学が苦手であった。
 でも、一度だけ中2の時、数学が好きになったことがある。もちろん、成績もあがったのだが、大好きになった。授業は、「たこ先生」(あだな)として有名な先生だった。
 なぜ、あれほど嫌いだった数学が大好きになったのか、何度もその時のことを反芻してみた。
 ほとんど記憶の彼方に消えていることだ。
 でも、今ならば1つだけ言える。抜群に「たこ先生」は説明が上手だったことである。 ストンと私にも落ちる授業をされた。
 ★
 「説明」が上手になる。それはどうすることだろうか。
 今、ワークショップ型授業やファシリテーションを使った授業などが先進的に開発されている。
 その中で、「説明」をどうするかなどまったく時代遅れな発想である。
 ましてや退職した、実践の場を持たない私が言うことでもないのかもしれない。
 ただ、「味噌汁・ご飯」授業を提唱している一人として言えることは、「日常性」を繰り込むという発想だけがやはり生き続けるのだと、そのように夢想する。   

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「現代型うつ」って知っていましたか?

   NHKの「クローズアップ現代」の今日(11/22)のテーマは、「現代型うつ」についてであった。このような鬱病が急速に広まっていることを番組は警告していた。
 20代、30代に広がっている。
 医療機関にかかる鬱病の中で、「4:6」の割合で、6割が「現代型うつ」ということ。 この10年、医療機関での調査では「やや増加」「かなり増加」を合わせれば、90%になる。   
  ★
 この「現代型うつ」の特徴は、「他人のせいにする」(自分は悪くない)にすること。相手が悪い、会社が悪いと自分以外に責任があることを告発することらしい。
 そして、職場を離れるとケロッとして旅行に行ったり、同僚と飲みにいったりするすることができるところも特徴になる。
 今までの「うつ」が、自分を責める、閉じこもるという特徴を持っていたことからすると、確かに新しい鬱病である。
 ★
 あるIT企業のAさんの例が出されていた。
 入社2年目。電車の中で会社の書類が入った鞄を置き忘れる。上司から呼ばれ、「これから注意するように」と注意される。それからAさんはその叱責を理由に鬱病になり、休職となる。
さほど厳しい注意ではなく、いつもの注意だったということらしい。
 上司が寮へ様子伺いに行くと不在で、聞くと同僚とたびたび酒を飲みに行っているということ。典型的な「現代型うつ」である。そのIT企業は、それから4人の若手が「現代型うつ」で休職するという事態を迎え、本格的な対応を考えているという。
 ★
 コメンテーターは、20代、30代の若者は子供の頃他人から厳しく叱られた経験がないまま大人になり、さほどたいしたことがない叱責に自分が傷つくことを恐れ、相手の非をなじって「うつ」になっていくと指摘していた。
 「子供のままの感性」でまだ十分に大人になりきっていないという指摘である。
 ★
 私は「ついに来たよ」という感想だった。
 私は37年間教育現場で子供たちを見続けてきた。
 子供たちの変わり目も、自分の目で見続けてきた。
 親たちの子育ての変わり目も、十分に見てきた。
 こうなるのは仕方ないなと思ってしまう。(醒めた言い方で申し訳ないが…)
  要するに、「現代型うつ」になる若者たちは、まだまだ社会人としての「大人の感性」を持っていない。だから、上司からの叱責に弱く、その問題を自分の問題として考えられないで、すぐ「相手が悪い」と思い詰め「うつ」になっていく。
 私たちからは「なに甘えてるんだ!」となるところだが、現場はそうは言っておられない。実際に休んでしまうのだから。
 学校現場も、これからこういう問題を抱え込む。
 いやもう抱え込んでいるのであろう。

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業務連絡です~教師力向上セミナーの申し込みです~

   念願だった中村健一さんと、このようなセミナーを設けることができた。

 おもしろいセミナーになることは間違いない。

 私も最新の情報をもって臨みたい。

 この場所で、初めて「1ヶ月の初任者シナリオ」を配布したいと思う。

 今年度の初任者向けに作ったシナリオです。(もちろん、他の先生方にも参考になると思います)
 ぜひとも、セミナーの参加をお願いします。  
  ★

 第7学 教師力向上セミナー ~ストップ ザ 学級崩壊!!~ 
 のご案内メールです。
今回は、学級崩壊退治には定評のあるお二人を広島へお招きします。

横浜の野中信行先生

岩国の中村健一先生

です。

学級崩壊を防ぎ、子ども達が健やかに過ごせる学級づくりのノウハウを聞くことができます。

不肖、私もユニット学習について拙い発表をさせて頂きます。

すべての子どもの「意欲」を引き出すのに効果絶大です!

また、今回は場所がすごい!!

マツダスタジアムです(驚愕!)。

カープの選手も使っています(おそらく)。

カープファンの方もぜひ、ご参加ください。

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第7学 教師力向上セミナー ~ストップ ザ 学級崩壊!!~

日時:2012年2月4日(土)

場所:マツダスタジアム 大会議室

参加費:一般 3000円 学生2000円

定員:80名

主催:徹底反復研究会 中国支部

野中 信行(のなか のぶゆき)

1947年佐賀県生まれ。 1971年、佐賀大学教育学部卒業後、横浜市で、教師生活を37年間おくる。その後、3年間初任者指導にあたる。

55歳の時に「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」 (学事出版)を出版し、その後、学級経営の分野で問題提起をし続けている。2011年に出版した「新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則」(明治図書)「必ずクラスがまとまる教師の成功術~学級を安定させる縦糸・横糸の関係づくり」(学陽書房)は、学級経営の最新のまとめである。

中村 健一(なかむら けんいち)

授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。「子どもも先生も思いっきり笑える73のネタ大放出!」「教室に笑顔があふれる中村健一の安心感のある学級づくり」(黎明書房)等著作物も多数。子ども同士や子どもと教師の距離を縮めるためには?子どもたちが不安なく教室で過ごすためには?そんな疑問に答えるために、クラスみんなで笑えるミニネタを多数考案、実践されている。メールマガジン「授業成立プロジェクト」元編集長。/山口県岩国市立平田小学校教諭

山根 大文(やまね ともふみ)

大学で農学を学ぶ。地元の百貨店に就職するが挫折。日本一周の旅にでる。帰郷後,解体業,土木業などに従事するが,妻より陰山英男氏の知見を得,師事。平成20年 広島県教員採用試験に合格する。臨採時代より,数多くの崩壊学級を担任した経験から,徹底反復学習の必要性を再確認し,ユニット学習を中心とした子どもの「意欲」を喚起する手法に取り組む。

/徹底反復研究会 中国支部 福山支部長

9:30~        受付開始

10:00~10:05   開会行事

10:05~10:55   講座1・中村健一氏「教室に笑顔があふれるネタ大放出!」

(休憩)

11:05~11:55   講座2・野中信行氏「学級崩壊を防ぐ学級づくり」

   (休憩)

13:00~13:30   講座3・山根大文氏「徹底反復で学級づくりをしよう」

13:30~14:30   講座4・中村健一氏「安心感を生む学級のつくり方」

(休憩)

14:40~15:40   講座5・野中信行氏「これからの学級経営を考える」

(休憩・質問用紙記入)

15:55~16:30   Q&A 「野中信行氏・中村健一氏・山根大文氏が学級の悩みにすべて答えます」

16:30~16:40   閉会行事

18:00~21:00   懇親会「未定」 会費 5000円 程度 

第7学 教師力向上セミナー  参加申し込み E-Mailのみ受け付けます。

山根 大文 (やまね ともふみ)[tomo-2@blue.megaegg.ne.jp] まで。

学校名、氏名、懇親会参加希望を明記の上、送信下さい。

定員になり次第、締め切らせて頂きます。


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「意思の力」で解決しようとするな!

   アランの「幸福論」に刺激されて、アマゾンから「幸福論」(集英社文庫)を取り寄せた。
 文庫の小さな字は年寄りには辛いが、エッセイみたいに一項目ごとに分かれているので読みやすい。
 先日も引用した「遠くを見よ」という項目には実際にはこのように書いてあった。

 △ △ △   引用開始
 抑鬱病の人には、わたしはたった一つしか言うことがない。「遠くを見よ」と。抑鬱病の人は、ほとんどつねに、読みすぎる人である。しかし、人間の目は、そういう近距離のためにつくられているのではない。広々とした空間のなかで憩うものだ。星や海の水平線をながめていれば、目はすっかりやすらいでいる。目がやすらいでいれば、頭は自由になり、足どりももっとしっかりしてくる。からだ全体がくつろぎ、内臓までしなやかになる。しかし、けっして意思の力でしなやかになろうと試みてはいけない。自分の意思を自分のなかにさし向けたのでは、なにもかもがうまくゆかなくなって、ついに自分の息の根をしめるようになる。自分のことを考えるな。遠くを見よ。
 △ △ △ 引用終わり
  ★
 やはり、元本を読んでみなくては分からないこともある。
 ほとんど私たちは、何か困ったことに出会うとあわててしまって、自分の「意思の力」で解決しようと奔走してしまう。
 でも、事態はますます悪くなる。どんどん悪くなる。
 「意思の力」で解決しようとするからである。
 とりあえず解決できそうでないことはほっておく。
 そのままにしておくのである。
 そんなことが私たちはなかなかできない。
 でも、「時間」しか解決できないことっていっぱいある。
 そこで、アランは、「自分のことを考えるな。遠くを見よ」と言っているのだ。
 うまいことを言うものだ。 

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最近の楽しみの一つ

   いつものように散歩にでかける。
 最近はいそいそと「紅葉スポット」に向かう。
 橋の上から眺める紅葉の景色はすばらしい。
 昨年気づいたスポットである。
 それまでしょっちゅう通っていたところだったのに気づかなかったというのは
何だったのだろう。
 人には見ようとしなければ見えないものがある。
 その通りだなと思う。
 この紅葉スポットは、日に日にあざやかな景色に変わっていく。
 最近の楽しみの一つ。
 そして思う。
 このように一日の平凡な時間のなかに、1つでも2つでもこのように楽しみを見つけられるようにしたら一日は豊かになるのだと…。
 ★
 写真の趣味はない。
 だけど写真や絵を見るのは好きだ。
 いつも楽しみにしている「すぷりんぐさん+フォト」はいい。
 知り合いのすぷりんぐさんが撮られている写真がときどきここに紹介される。
 
 http://spring21.cocolog-nifty.com/blog/

 ここで紹介された「遠き山に」「霜月朔日の窓から」は良かった。
 繰り返し見た。
 ★
 1週間の中の楽しみは、「糸ちゃんと南極大陸」だと言ったら見ている人はニヤリとするであろう。
 テレビ番組である。
 糸ちゃんとは、NHK朝の連ドラの「カーネーション」。
 南極大陸とは、日曜10時からのキムタクの「南極大陸」」。
 糸ちゃんはいい。行動力があって、ほとんど悩まない。何よりも良いのは、ドラマのテンポ。快いというのはこんなものだ。
 南極大陸は、ドキドキさせすぎという批判もあるようだが、見終わったら元気になる。 良い番組は見ている者にアウトプットを残してくれる。
   

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自分のことを考えるな 遠くを見よ

   NHK2チャンネルで水曜日夜10:00からの番組に惹きつけられた。
 アランの「幸福論」をやっていた。
 最初女房が見ていて、「これいいよ!」と薦めてくれた。
 女房は、NHKテレビテキスト100分de名著「幸福論」アラン(合田正人著)まで買ってきた。
 難しそうだなと思い、試しに見てみることにした。
 これが良かった。
 △ △ △
 よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ

 不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。
 ただじっと座っていればいいのだ。
 人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。

 悲観主義は感情で、楽観主義は意思の力による

 幸福はいつでも私たちを避ける、と言われる。
 人からもらった幸福についてなら、それは本当である。
 人からもらった幸福などというものはおよそ存在しないものだからである。
 しかし自分でつくる幸福は、けっして裏切らない。
 △ △ △
 ★
 世界三大幸福論の一つと称されている本らしい。
 私が一番気に入ったことは、「幸福は行動のなかにしかない」と言い切っているところである。
 これはすごいなあと思う。
 そのためにアランは、「上機嫌」でいることこそ大事なのだと語る。
 ★
  △ △ △
 あなたが上機嫌でありますように。これこそ交換し合うべきものである。
 これこそみんなを、まずは贈る人を豊かにする真の礼節である。これこ 
 そ交換することで増えていく宝である。(…)あなたはこの上機嫌の波
 に乗ってどんな小さな浜辺にも行ける。注文を聞くボーイの調子がちがう。
 椅子を通り抜けるお客さんたちの様子がちがう。こうして、上機嫌の波
 があなたのまわりに大きくなって、すべてのものを軽くする。まずあな
 た自身を。  
  △ △ △
  ★
 機嫌良く振る舞うことは、自分も人も幸せにする。
 確かにその通りである。
 でも、これは難しい。なかなかできない。
 ましてやもめごとだらけの教育現場で、上機嫌でいることは大変だ。
 それでも、あえてアランは、「上機嫌でいよ」と薦める。
  ★
 悩み、苦しんでいる人がいる。
 教育現場での悩みの多くは、職場での人間関係と保護者との対応ということらしい。

 アランは言っている。

 「自分のことを考えるな 遠くを見よ」

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「時間」が「見える化」になっていない!

   今年1年さまざまなクラスを訪問させてもらい、さまざまな授業を見せてもらった。 ずいぶんいろいろな学びを得ることできた。
 授業を見せてもらうというのはとても新鮮だ。
 やはり、現場から離れていると授業というのが新鮮に見えてくるのである。
 ★
 ただ1つだけ気になったのは、掲示についてである。
 昔から掲示をどうするかというのは、ほとんど現場では問題にされてこなかった。
 私もあまり真正面から考えてこなかった課題である。
 だが、今回さまざまな教室を訪問させてもらい、1つだけ大きく欠けているのではないかと思うようになった。
 教室の「時間」が「見える化」になっていないのだ。
 一日の時間がどこにも掲げられていない。
 時間割も明示されていない。
 子供たちに「給食は何時から何時までなの?」と聞いてもほとんどの子供が答えられない。
 「掃除は何時から何時までなの?」と聞いても誰も答えられない。
 これは困ったことだと思うようになった。
 だから、時間意識がない子供たちは、体験学習などへ行くと担任のところへやってきて「先生、次何するの?」としょっちゅう聞く。  
 ★
 教室の掲示物は、教室の顔である。
 その教室がどのような活動をしているのかが明らかになってくるものである。
 普通、絵と習字が掲示されている。
 あれは、教室が殺風景であるから空いているところに貼り出されているものに過ぎない。
 それだけでいいと考えられているふしもある。
  あとは係名と名前、学校から配布される印刷物がそれぞれ空いているところにべたべた貼ってある。
 ★
 一日の時間は、暗記されるくらいに子供たちがつかんでおかなくてはならない。
 朝自習は何時から何時まで。朝の会は何時から何時まで何分間。1時間目は何時から何時まで。…終わりの会は何時から始まるのか。
 すべて子供たちにきちんと把握させておかなくてはならない。
 そして、掲示物はそれが分かるように一つ一つ掲示されていなくてはならない。
 担任が教室の「時間」を統率するには必須のものである。
 これは掲示物の1つの大きな役割になると、私は考えている。
 なぜか?
 子供たちにとって、一日の時間がきちんと決まっていて、それが時間通り流れていくという快感は、心を安定させていく基盤になる。

 だから、この「時間」は「見える化」が図られていなければいけない。
 

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「味噌汁・ご飯」授業ということ

 第5回「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会(非公開)を開いた。
 今回は3人の模擬授業とその検討、詩の基本型への提案。
 実に学ぶことがあって、収穫があった。
  ★
 私の知り合いの合田先生がブログに次のような内容のブログを出されていたことがあった。
 紹介する。
   
   △ △ △ 引用始め
 わが研究サークルの同志、長崎のY先生のブログを紹介します。
至極同感です。

引用開始++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

本日,研究主任研修会に参加しました。うちの研究主任が不在のため代わりに参加しました。最初に,素晴らしい研究と実践をされているO小学校の発表がありました。この発表を聞きながら,野中信行先生が提唱されている「味噌汁ご飯」授業のことを考えていました。今回のO小学校の発表はまさに三つ星レストランの料理でした。普通の学校では,このような料理は出せません。もちろん私の学校もです。高いレベルの研究も必要ですが,それに費やす時間と労力はどれぐらのものでしょうか。高い研究をしているからといって,すべての教師の授業力が高まるとは思えません。むしろやらされているという意識をもつ教師が出てくる可能性もあります。また,研究のために教師の多忙感も増えることにもなります。今,現場に必要なのは,高級レストランの料理ではなく,普通の「味噌汁ご飯」の授業をすることなのです。1時間1時間の授業をしっかりとやる,当たり前のことをやれる教師が一番必要なのだと思います。

引用終了++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

本当にその通りなのだけれど、重要なのは普通の「味噌汁ご飯の授業」の質を高める研究発表って見たことがないこと。

そろそろ気がつかないと、大変なことになるぞ。

若い先生にどうやって普通の授業を教えるのでしょうか?
 
△ △ △
 ★
 「味噌汁・ご飯」授業のことを話題に出されていたので、ここに転載させてもらった。
 ここで書かれていること、実にまともだと思えないだろうか。
 私は、このように考える先生たちが、こうして増えていることをうれしく思う。
 
 合田先生は、「そろそろ気がつかないと、大変なことになるぞ」と書かれている。
 ちょっとドキッとする言葉だ。
 でも、ここで合田先生がこのように警告されている意味が分かる気がする。 
  ★
 研究授業だけは1年に一度だけのイベント。
 これだけを何とか切り抜ければ全てが終わるという心境。
 研究テーマを決め、研究仮説を設ける。最後は、研究紀要を作って終わる。
 無意味なことだと、私は考えている。
 もうこんなことはやめていくべきこと。
 現場教師が研究などを進められるはずはない。1度や2度の研究授業で仮説を検証しようということはどだい無理。
 もし研究授業をするならば、日常授業を豊かにするにどうしたらいいかというテーマを設けて互いに研修をしていくことである。
 日常授業を高めていくための研修を設けていくこと。
 

  普通の先生たちはどんな日常授業をしているか。
 


 ①3,4人のよくしゃべる子供の挙手で授業を進行している。
 ②傍観者の子供たちが多くいて、つまらなく座っている。
 ③ずっと先生がしゃべっている。
 ④発問なのか、指示なのか、説明なのか不透明。
 ⑤本時目標があいまいで、何を教えているのか不透明。

 ざっとあげただけでもこんな授業。
 こんな授業を克服していくことである。
 私たちはこんな現実的な課題をまず克服したいと願っている。
 
  

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300人の会場がびっしり

 味噌カツ弁当をいただき、夜8:20の名古屋発の新幹線に乗る。
 名古屋は雨が上がっている。
 この弁当がおいしい。温かいものを入れてある。
 ★
 6:00から7:25までの80分。
 尾張一宮の先生方は熱心に聞いてもらえた。
 300人の会場がびっしり。
 私は初めてこの時間帯に講演をしたのだが、厳しい時間帯にかかわらず先生たちは熱心なのだ。ありがたい。
 ★
 講演の最後に、付け加えた。
「いまクラスが崩壊している、あるいはクラスが荒れている先生もおられるかもしれません。その先生へ向けて最後に付け加えておきます。
 あと4ヶ月あります。
 教師生活のなかで、何度かクラスの危機を迎えます。
 その一度目が今起こっているということです。
 凌いでいくのです。
 凌ぎ方を言います。
 ①スピードアップをすること
  今クラスはきっとだらだらしていてスピードがなくなっているはずです。
    できるだけスピードアップしていくことが必要です。
 ②無駄なことをやめること
    無駄なことをやめていきます。やっていて効果がないこと、授業の最初に日直10度くらい「静かにしてください」と言わせていくような無駄をやめていくことです。
 ③そして、どうしても許せないことは毅然として対処することです。2つ、3つ。」     

 ★
 10時頃に新横浜に着く。冷たい雨が降り続いていた。   
  明日は、「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会になる。

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明日、愛知の尾張一宮に行く!

 明日、愛知の尾張一宮へ行く。
 一宮市教職員組合からのお招きである。
 300人の先生方が来られる。「第2回教育フォーラム2011」  
 夕方の6:00から80分の講演である。
 この一宮市は、新しく入ってくる初任の先生たち全員に、私の本をプレゼントされている。
 そこに所属する親しい知り合いの先生からそのことを知った。
 3年ぐらい前かららしい。
 その関係からなのか、初めて教職員組合からお招きをいただいた。
 テーマは、「学級経営を成功させるポイント」。
 私が得意とする分野になる。
 この一宮市も若い先生たちが多くなり、毎年100名以上の新採用があるということ。
 ★
 11月8日の朝日新聞夕刊は「辞める新人教員増加」という見出しで「重い負担、人間関係……10年で8.7倍」の内容を掲載していた。
 先日のブログで書いたことである。
 10年度に公立の小中学校・高校・特別支援学校などで勤め始めた教員は2万5743人。このうち288人が1年以内に依願退職。(1.1%)
 2000年度の依願退職者は、新人教員1万5171人の内33人(0.3%)。
 この10年で8.7倍に膨れあがっている。
 採用人数は、1.7倍の増加だから確かに多すぎる。
 都道府県別に見ると、東京都が84人、次いで大阪府20人、愛知県18人、埼玉県15人になっている。東京都が全体の3割を占めている。
 これは何だろうか。
 都教委は、新人教員を支えるために退職教員を再雇用する取り組みを昨年度から始めたらしい。
 ★
 私も3年間初任者指導の仕事をしてきた。
 私は1週間に一度そのクラスを訪れ、朝から終わりの会までいて、放課後その初任の先生に助言をするということになっていた。
 1年目、2年目の初任者指導の時には、最初に教室に入って指導するという日が始業式から3日が過ぎていて、もはやさまざまな係や当番が動き出しているときであった。
 これではだめだということで、3年目のときには、始業式の前に特別に学校へ出かけて始業式前に準備しておくことを一緒に作り上げた。
 そうなのだ。
 始業式前に必ず準備しておかなくてはならないことがあるのである。
 そんなことは初任者は知らない。
 誰も教えていないし、同じ学年の先生もよほど面倒見のよい学年主任しか教えない。
 突然突入するしかないわけだ。
 準備しておくこととは、教室づくり(机の配置、机・ロッカー・廊下フックの名前付け)、朝の会・終わりの会のプログラム、日直システム、当番全員システム、給食当番システム、清掃当番システムづくりなど。
 これが4月4日までに終わっていなくてはならない。
 5日(横浜はこの日になる)の始業式を終えてからでは遅い。
 この学級づくりは、初任者、ベテランもまったく関係なく、同じようになされなければいけない。
 初任者だからといって、遅くなってもよいと言うわけにはいかない。
 ★
 ある初任者指導の先生は、このような学級づくりはまったく指導をしないで、始業式の日から「授業だ、授業だ」ということで指導案を作らせるような指導をした。
 考えてみてほしい。
 3日間は、普通授業どころではない。
 さまざまな準備に追われるはずだ。
 それを指導案作り追い込むのである。
 初任者がどのような状況になったか、大変だっただろうと思う。
 このようなとんちんかんな指導をする。
 その結果、指導している初任のクラスがことごとく崩壊状態になった。
 今も大変である。
 初任者指導担当教諭は、自分の頃の経験から授業を指導すればなんとかなると勘違いをしている。(自分が初任の頃はそれで良かったのである)
 もはやそれでは通じないことを分かっていない。
 ★
 全国の初任者指導の状況はさまざまである。
 ほとんどが学校の誰かの教員が初任者指導の担当になり、担任をする傍らに初任者指導をすることが多いのではないだろうか。
 教育委員会も、きちんとした指導の手本が整備してあるわけでもない。(一応の文書はある)
 だから、初任者は荒野に解き放たれたひつじのようなものだ。
 その学校が初任者を育てる連係プレーができていればいい。
 その連係プレーがなければ最悪になる。
 とにかく初任者は大学でほとんど何も学んできていないのであるから。
 ★
 どのように初任者を育てていかなくてはならないかの「初任者指導のシステム」はほとんどないに等しい。
 あってもほとんど参考にならない。
 このことに危機感を感じている教育委員会や一部の大学の先生はいるが、まだあまりにも少数である。
 それに加えて教師になっていく学生たちも、この状況を把握していない。
 私は昨年度ある教育委員会で初任の先生たちに「初任のクラスは7,8割が荒れていくという状況になっていますが知っていましたか」と問うた。
 180名近くの中で知っていた初任者は4,5名。
 あとは知らないのである。びっくりした。
 これだけさまざまな場所で学級崩壊などの情報が乱れ飛んでいるはずであるが、知らないのである。
 知らないですぐに学級担任をして、何も知らないままに隣の先生に聞いて進めていく学級づくりをしていて、うまくいくはずはない。そんなに甘くはないのである。
 初任の医者が盲腸の手術で、腹を切り開いてからその後どうするか分からず隣のベテランの先生に「このあとどうしたらいいのでしょうか?」と聞きに行くなどということがあったら誰でもがとんでもないと言うであろう。
 しかし、学校現場ではそんなことは初任者の場合日常茶飯事に行われている。
 これをおかしいと思わないと、先に進まないのである。
 ★
 研究会の同志である秦安彦先生が、来年の3月には明治図書から刊行されるであろう
一書が進行中である。私が編集をする予定。
 明治図書の「新卒教師時代を生き抜くシリーズ」として出されるであろう。
 「初めて教壇に立つ先生のための仕事術」~初任者は2Wを問え!~(仮名)になる。私が今まで提起してきたことをさらに具体的に展開されようとしている。
 ほんとうなら子供たちとの関係の中で具体的に実際的に身につけていくことがベストであるが、ないものねだりをしてもはじまらない。
 私たちができることを一つずつ進めていくだけである。
 ぜひとも期待してほしい一書になるはずである。
 

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教師は、そこに「いること」も大事な仕事なのだ!

     現に学級が崩壊している先生がいる。
    そこまでもいかないけれども、学級が荒れている先生がいる。
    確実に広がっている。
    11月だ。
    あと4月と半分。
    これだけの月日を凌がなければならない。
    どんな教師も、教師生活で何度かクラスが大変な状況になる経験をする。
    やはり、子供たちや保護者に恵まれない場合はあるのだ。
    ある先生からメールをもらった。
    「崩壊クラス立て直し記」をほしいというメール。
    そこに次のように書かれてあった。

  △ △ △ 引用はじめ
 昨年度、別の小学校に常勤講師として赴任し、5年生を担任しました。38歳にて、生まれて初めての担任でした。(常勤講師経験は、3年目となっていました)
 見事に崩壊しました…運動会後から崩れ始め、あちこちに迷惑をかけました。そして、子どもたちにはとてもかわいそうなことをたくさんしてしまいました。ちょうどその時、野中先生のブログと出会いました。「学級崩壊」という言葉で検索ばかりしていたころです。
 その当時も『崩壊立て直し記』をいただきたかったのですが、その当時いただくことができるのかどうか、わからず、ブログを読むだけでした。それでも、たくさんのヒントをいただくことができました。本当にありがとうございました。

 その後、11月後半より教頭先生に、一緒に授業に入っていただいたり、1月より学年の先生方にも入っていただいたりという日々を経て、なんとか明るく3月25日を迎えることができました。

 今は、小学校の免許取得の為(臨時免許で仕事をしていました)通信制大学に通い、非常勤講師をしております。

 あんなにダメな担任だったのに、この7月に担任だった子達から全員ではないけれど、手紙ももらいました。「先生なんかなんで担任なの?」と泣いて訴えたことのある女の子が中心になって、手紙を集めてくれたみたいです。

 もし、この先、「いい先生」だの「授業がうまい」だの言われることがあるとしたら、この子たちのおかげだと思います。
もう二度と担当する子たちに、成長の苦しみを与えることがあったとしても、不当な苦しみを与えないよう、勉強していきます。

 初めてなのに、だらだらと申し訳ありませんでした。
 △ △ △  引用終わり
  ★
 初めて受け持ったクラスで崩壊したということ。
 でも、その崩壊したクラスの子供たちから手紙をもらったこと。
 何とか凌いだのだ。ほっとする事例である。 
  どのように凌いでいくか。
  上越の赤坂真二先生は、そのブログのなかで次のように書かれている。

 △ △ △   引用はじめ
“崩壊”していた学級のリーダー格の男子が言った。

 「先生は、いい(先生だ)。いてくれるから・・・。」

 彼はそのことを卒業文集にも書いてくれた。

 そのとき、私は彼から教師の仕事の大事な部分を学んだ。

 「いること」

 教師は、そこに「いること」も大事な仕事なのだ。親以外が子どもの「安全基地」になるには、「安定して一定した存在であること」という条件がある。「いること」は、子どもに安心感を与える。そして、それが意欲を引き出す。

 もちろん、「いること」は「在り方」の問題も内包する。「いること」は、同時にどう「在るか」という課題なのである。

 とかく、「何をする」「何を言う」という、Doingに関心を寄せがちであるが、子どもたちは、Beingに注目を寄せている。

 教師として自信がないときに、「自分が役に立っていない」という思いに苛まれる人もいることだろう。しかし、そんなことはない、あなたがそこにいることがもう貢献なのである。自分は大事な存在であると自覚できる教師が、本気で子どもに言ってあげられる。

 「あなたは、まず、そこにいるだけですばらしい」と。
 △ △ △  引用終わり

 11月なのだ。
 崩壊していたり、荒れているクラスで何ができるか。
 それは赤坂先生がヒントを与えてくれている。
 教室に「いること」。
 これだけでも大変なことであるが、じっと「いること」だ。
 そして、私ならば次のように付け加える。

 ①スピードのない行為が蔓延しているはずだ。全てがだらだらしているはずだ。
  できるだけスピードをつけること。できることでいい。
 ②無駄な行為をやめていくこと。
  授業の最初に、日直に何度も何度も開始の合図をさせたり、終わりの会をだらだら  と長くしたりすること。さっと始めたり、さっと終わったりする。
 ③でも、どうしても許せないことには毅然として譲らないこと。
  2つか3つ。 

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いいものはいいのである!

   先日のブログで、「いじめ発見・防止」のシステムの確立の必要を呼びかけた。
 ブログにコメントがついた。
 「TOSS教師」の方からである。
 向山洋一先生の本を薦めておられる。  

  http://www.meijitosho.co.jp/detail/?isbn=4-18-401725-8

 実は、私が教務主任をやっている時代には、向山先生の「いじめの構造を破壊せよ」(明治教育新書)を参考にして「いじめ発見・防止」システムを提案し、実施してきた。
 だから、学校でまだシステムが設定されていない場合、これは参考になる本である。
(多分、薦めておられる本は、この新書をまとめたものだと思われる)
 ★
 それから「TOSS教師」の方は、次のようにもコメントされている。
 △ △ △
 今日、うれしい話をききました。
 学級経営に悩んでいる若手の講師から、私が手渡した本でかなり学級がうまくいくようになってきたと聞きました。(大規模校で学年が違うので、子どもの詳しい状態がわかりませんが)
 その本は、野中先生の2冊の赤と青の本です。初任者向けの本です。
 
 これからも悩める“若き”先生を助け、成長の一助にしたいと思います。
 いつもありがとうございます。
 △ △ △
  ★
 何ともうれしいことである。
 学級経営に悩んでいる若手の先生に、私の本2冊を薦めておられるのである。
 普通TOSS教師ならばそうはしないであろう。
 向山先生の本を薦めるのである。
 それが私の本を薦められるというところに感激した。
 その柔らかさがいい。
 その先生は、「いいものはいいのだ」と思っておられるのだ。
 私とその先生は、その姿勢においては同じである。
 ★
 私の親しい知り合いの先生が、ある教育委員会主宰の提案会のところで提案することになった。
 事前に提案文書を委員会に見せることになっていたらしい。
 その提案文書に参考文献を掲げていた。
 私の本である。
 そこで呼ばれた。
 「先生、この野中先生というのはTOSSの先生ではないですか?」
 「いやいや、違いますよ。野中先生はどんな組織にも所属していませんよ」と答えたという説明であった。
 TOSSの本を参考文献にあげるというのは、困るということだったらしい。
 
 ★
 私は教師になって37年間どこの組織にも所属しないできた。
 今は、北海道の橫藤先生のネット研と自ら立ち上げた「味噌汁・ご飯」授業・学級づくり研究会(非公開)に所属している。
 2つとも何のセクト性もない組織である。
 誰から学ぼうと自由。
 自ら立ち上げた研究会も、自分で実践できない立場になったためであり、5年間ということで解散することになっている。
 自由な研究会である。
 むしろさまざまな人や組織から学んでいこうと思っている。
 誰か一人からしか学んではいけないとなったならば、それこそおかしなことである。
  

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現実界再建の三大原理とは?

   かつて初任者指導で担当した初任者から訴えられた。
「先生、うちの学校が大変です。6年生と5年生と1年生がそれぞれ崩壊していて学校中が大騒ぎです。私も、もう学校へ行くのがいやになりました!」
 大変なことだ。
 担当した初任者2人のクラスの現在の様子を聞く。
 それは何とかなっているということ。
 それは一安心。  
  私が初任者担当として勤めていた時には落ち着いた学校だったのだ。
 今は補助に行く教師が不足していて、問題が勃発したら、クラスに教師がいない状態がかなりあるらしい。
  蜂の巣をつついたような状況に様変わりしているようだ。
 聞きながらショックを受ける。
 ★
 これははっきり言っておきたいが、ほとんどの管理職は、このように学校が不穏な状況になってきたときに、それを回復していく方法論を持っていない。
 それよりも何よりも総じて管理職は、ビジョンはあるが、方法論を持っていない。
(ビジョンがないのは論外)
 「野中は、自分は管理職にならないで勝手なことを言っている」
と言われそうだ。まあ、そうである。(笑)
 こんな事態になってきたときに、どこでもやることが1つ。
 「問題追求」である。
 問題を起こしている子供を呼び出して指導を加えるということ。
 これはこれで致し方ないことである。
 しかし、考えておかなくてはならないのは、このことでは絶対に問題解決はしないことである。ともすれば、問題を増幅していく恐れがある。その指導に対して反発をするからである。
 この時に大切なのは、問題を起こしていない子供たちなのである。
 この子供たちをどのようにうまく指導するかなのである。
 ところが、ほとんどの学校では、この子供たちを放置している。
 自習させたり、あるいはそのままにしている。
 学級はワアワア騒ぎまくる。
 そのうちに、その問題を起こしている子供に呼応して、1人、2人、3人と…一緒に騒ぎまくっていくのである。
 初任者の学校もそのようになっていると、伝えてくれている。
 もう一度言いたい。
 大切なのは、問題を起こしていない子供たちにきちんと学習の保障をしていくこと。
 空白の時間を作ってはならないのである。
 ★
 管理職に同情するところもある。
 今ある人材しか使えない。5,6年には子供たちの状況を知っている力がある教師をつけたいがその人材がいない。
 苦肉の策として転任してきた先生を高学年に回すしかない。
 そうすると、そこが崩れる。
 あるとき、東北福祉大の上條晴夫先生に聞かれた。
「野中先生、いま学校では大変な高学年には学校の先生たちの希望がなくて、転任してきた先生をつけるようになっているというのですがほんとうですか?」
 ほんとうである。
 事態はもっとひどい。
 荒れまくっていた学年の次の希望がないので、次の担任は転任してきた教師をつける
というのは、もはや普通になっている。ひどい学校は初任者をつける。
 よほどの力量がなければ対応できない。
 今回の初任者の学校でも、崩壊している5,6年の担任はそれぞれ転任者。1年は初任である。
 少なくとも20年、30年前ならばこんな人事はとても考えられなかったが、学校はこのような倫理さえも失いつつある。(人員がいないのだ)
 これは都市圏の場合だ。
 ある都市は、こんな事態に管理職になってほしい人がならない。
 受験をしないのだ。
 そこには管理職になっても、苦情処理係で終わるという認識があるからである。
 これはとても困った事態なのだ。
 東北や北陸や地方の学校では、こんな状況はまだないはずだ。
 親たちが何よりも教師を認めてくれている。
 親たちがきちんと子供たちのしつけをしている。
 地域が学校を支えている。
 こんなところは、学級崩壊という事態はなかなか起きにくい。
 ★
 実は、私もある荒れまくっていた学校へ赴任したことがある。
 その学校は開設当時からずっと荒れまくっていた。
 「3年学校」として評判の学校だった。
 先生たちは、3年(1学校で3年はいなくてはならない規定)でさっさと変わっていく。
 私が赴任したときは、残っている先生たちが3,4人しかいなくて、あとはみんな転任してきた先生か初任の先生だった。
 私は、5年生の担任。隣は、初任の男の先生。
 4年生の時、1クラスが崩壊していた。
 そんな5年生を初任の先生が持ちこたえられるだろうかと、まず心配だった。
 (残っている先生たちが少数で、こういう人事しかできなかったのである)
 結果的には、初任の先生もよく頑張ってくれて落ち着いた5年生にすることができた。 その学校は、管理職はじめ全体の先生のがんばりで、2,3年で落ち着いた学校にすることができたのである。
 ★
 そこで全体の先生たちと取り組んだことは4つ。(これは私が勝手にまとめたもの)
 
  ①土台づくり 
  ②自慢づくり 
  ③学びづくり 
  ④職場づくり  

 ここでは詳しく書かない。
 しかし、はっきりしていることがある。
 森信三先生は、再建の三大原理を次のように言われている。
  △ △ △
 現実界の再建の三大原理
 時を守り
 場を清め
 礼を正す
 これ現実界における再建の三大原理にして、いかなる時・処にも当てはまるべし。
                              (森信三 <一語千鈞>)
 △ △ △
  この三大原理をきちんと取り組みの中に入れていくことだ。
 
  

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また、一人の生徒をむざむざと死に追いやった!

 またまた「いじめ」で自殺である。
 また、一人の子供をむざむざと死に追いやった。
 新聞は、次のように報道している。

 △ △ △
転落死の中2男子 大津市教委、いじめを確認
2011.11.2 21:35 (1/2ページ)
 大津市のマンションで10月、住人の市立中学2年の男子生徒(13)が転落死した問題で、大津市教委は2日、全校生徒への調査で、男子生徒に対するいじめが確認されたと発表した。男子生徒は死亡の約1カ月前から同級生数人に殴られ、死んだハチを食べさせられそうになったり、ズボンをずらされたりするなどしていたという。学校側は父親から相談を受けていたが調査せず、死亡前にいじめを把握していなかった。

 男子生徒は10月11日朝、大津市尾花川のマンションから転落し、死亡しているのが見つかった。滋賀県警大津署は自殺の可能性が高いとみて調べているが、遺書は見つかっていない。

 市教委は10月17~19日、いじめなどがないか同校の全校生徒859人を対象に文書でアンケート。約8割の生徒が回答し、男子生徒へのいじめの記述があったため、聞き取り調査した。

 市教委によると、いじめはいずれも数人の生徒から受け、首を絞められたり、整髪料のスプレーをかけられたりもしていた。けがはなく、加害側の生徒数人は聞き取りに「ふざけただけ」と話しているという。
 △ △ △

 「いじめ」は減っているという認識がある。
 以前もそのような数字が公表され、教育界全体が減っているのだという認識をしていた。
 ところが、実態は学校側から出された数字がいい加減なもので、ほとんど調査されることなく済まされていたものであった。
 
 「いじめ」は減らない。
 陰湿になっていくだけである。
 
 現に文科省の「問題行動調査」(2010年度)によると、いじめの認知件数が全校種で前年度より2500件多い7万5千300件に増加している。

 減っているように見えるだけだ。

 ★
 なぜか。
 これは学校側の姿勢が問われる。
 現場に37年間いたのでしみじみ感じるのだが、ほとんどの学校は、今でも「いじめ防止・発見システム」を確立していない。
 生徒・親の訴えや教師の気づきなどにほとんどが依存している。
 現にいじめは起こっているのに、ほとんどが気づかないで済ませている。
 そして、今回のような事が起こる。
 今まで繰り返された「いじめ自殺」の教訓をまったく生かしていない。
 全校調査をして、やっといじめだと分かるというだらしなさは、(うすうすは知っていたのかもしれないが)もはや教育機関としての機能をなしていない。
 私はもう一度学校や教師に訴えたいのだが、「いじめ防止・発見」のシステムを学校に確立し、機能させていくことをはじめようということだ。
 こういうことに鈍感になって、むざむざ生徒を死に追いやることをやめなくてはならない。
 

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瀧本哲史さんの講座がある!~京都明日の教室~

   横浜西口の有隣堂では、一番目立つところに瀧本哲史さんの2冊がどんと並べられていた。
 「僕は君たちに武器を配りたい」。
 この瀧本さんを京都明日の教室は呼ぼうというのである。
 京都大学の人気教授なのだ。
 めちゃくちゃに忙しいはずだ。よく呼べたものである。
 池田先生のブログには、次のように連絡があった。
 http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2006/08/post_1a64.html
 くわしくはこれから連絡があるはずである。

  △ △ △
12月10(土)『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての決断思考』の著者の瀧本哲史氏。この本をベースにして、では教師はこれから何を学び何を教えて行くことが肝要なのかについて、縦横無尽に語って頂きます。
  △ △ △

 私も参加したいと早速ホテルの手続きをする。
  いつもの山科のホテルはいっぱい。
 大津の方にホテルを取る。

 楽しみである。

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崩壊クラス立て直し記~こぼれ話~

 知り合いの親しいK校長先生に誘われて、横浜元町の居酒屋に行った。
 「崩壊クラス立て直し記」のA先生も誘ったということ。
 喜んでいった。
 この居酒屋の売りは、山形の「十四代」の酒が自由にお替わりできること。
 そんなことがあるのかと思いつつ、…しかしほんとうであった。
 ある知り合いの結婚式で山形へ行ったときも、この「十四代」は探してやっと飲めたという銘酒なのだ。
 地元でもなかなか飲めない代物。
 私が今まで飲んだ日本酒で一番おいしいのは、この「十四代」。
 何とも幸福な時間であった。
 次から次へとこんなに「十四代」を飲んだのは初めてであった。
 世の日本酒ファンにとってはたまらないことであろう。
 ★
 さて、A先生と久しぶりに出会ったのである。
 「立て直し記」当時の思い出をいろいろ聞かせてもらった。
 現役(非常勤だが)を続けておられるということ。
 うれしいことである。
 A先生によって救われている子供たちはいっぱいいるであろう。
 当時のことで次のようなエピソードを語られた。
 (このエピソードは、手紙で前にもらっていたものだ。)

 △ △ △
 ある日、B子が担任とつかみあいのバトルになって、いきなり学級文庫の本を手当たりしだいに投げはじめました。が、授業をしながらよく見ていると、人に向かってではなく、全部床に投げています。(いつでも飛び込めるようにしていましたが、これを見て大丈夫だと思いました。)
 すると今度は、黒板の方に来て、給食の白衣を次々クラスの子に向かって投げて、自分の気持ちを受けとって(受け止めて)ほしかったのですね。あぶなくはありませんが、ふくろのひもが誰かの目にあたってはいけませんので、そこで授業は終わりました。(10分ほど早く)
 B子は逃げるようにろう下に出て、早足で歩き始めました。私もそのあとを歩きます。B子は振り向いて、「ついて来ないでよ!」
「あ~、先生も同じ方向なんだヨネ…」
 あと少しで角を曲がるところで、とっさに彼女の手をムンズとつかんで
「ひとことだけ言うから聞きなさい」
(こう言ってみたものの本当は何を言うか全く浮かんでおらず…でも、ここで何か言わなければ…そんな気がしました。)

 B子は、私に叱られる、どなられると思って「はなしてーー」と必死でのがれようとしています。
 その時、私の中から(何も考えていなかったのに)
 自然に言葉がこぼれました。
「先生、B子さんのこと、好きだから。それだけ。」

 B子の体から、ふっと力が抜けて、
 うつむいて、そして……「ありがとう」。
      
  思いがけないB子のその素直な声と言葉に感動しました。
 彼女と何かがつながった……そんな思いがしました。
 
 そのあと廊下の鉢を二人でいじりながら、
「ねえ、何がいやなの?」
 B子は担任のことをいろいろ話します。
「そうかあ…」それ以上は立場上言えません。B子の気持ちを聞くだけです。
 B子は担任の不満を言っていました。でも、それだけ担任が好きだったのでしょうね。担任にちゃんと向き合ってほしかったのでしょうね。気持ちを分かってほしかったのでしょうね。
 
 その次の日からです。B子が脱走しないで落ち着いて授業に参加するようになったのは。
「 B子さん、今日はB子さんと勉強できて、先生うれしかった。ありがとう。
    明日もまた、みんなといっしょに勉強しようね。」
 そんなこともありました。
 △ △ △
  崩壊したクラスを立て直すときに起こったできごと。
 A先生は、このB子の話をしてくれた。
 ほんわかとあたたかい気持ちになった。

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「武器」を新しく先生になる人たちに手渡したい

   岡山の青山先生のブログを見ていたら、新規採用の教職員「依願退職」について引用されていた。
 斎藤剛史さんという方が書かれてものである。
 一部引用したい。

 △ △ △   引用始め
 公立学校の教員は新規採用後、担任などをしながら、指導教員の下で1年間の初任者研修を受けます。このため、採用後1年間は条件附採用期間(企業・一般公務員は6カ月間)となり、1年間の勤務成績などによる評価を経て、正規採用となる仕組みになっています。条件附採用期間後に正式採用とならなかった教員の数は、2002(平成14)年度採用が102人、03(同15)年度採用が111人、04(同16)年度採用が191人、05(同17)年度採用が209人、06(同18)年度が295人と、次第に増えています。

2006(平成18)年度採用者のうち正式採用とならなかった295人の内訳を見ると、成績不良による不採用が4人、死亡5人、分限免職1人、懲戒免職が4人で、残る281人は「依願退職」です。しかも、依願退職281人のうち84人が、「病気」を理由に退職しています。
依願退職者とそのうちの病気退職者の推移は、2002(平成14)年度94人(うち病気15人)、03(同15)年度107人(同10人)、04(同16)年度172人(同61人)、05(同17)年度198人(同65人)、06(同18)年度281人(同84人)となっています。病気退職者については、その多くが「精神性疾患」が原因ではないかと指摘する教育関係者もいます。
△ △ △   引用終わり

 私の親しい知り合いが初任者指導をしている。
 担当の初任者(男性)が、5月頃から休むようになり校長に尋ねると、腸の病気であるという答え。
 クラスも大変になっていたらしい。
 やはり、1ヶ月以上休み、9月には退職していったと聞いた。
 多分、クラスが思うようにいかなくなり、精神的に参ってしまっての結果だと予想できた。
 だから病気退職のほとんどが「精神性疾患」というのは、確かなことであろう。
 また、2006年度の不採用のうち死亡5人というのも気になる。
 自殺ではないかと疑われる。
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 「崩壊クラス立て直し記」「授業のまとめ」を希望する方々の多さには驚いた。
 2年前にも一度呼びかけたものなのだ。
 希望する先生たちのメールを読んでいると、やはり「学級崩壊」は確実に広がっていると思われた。
 都市圏だけでなく、地方にも広がっている。
 この事態は如何ともしがたい。
 90年代からの小学校教育の最大の課題は、「学級崩壊」へどう対処するかということだと、私は思ってきた。
 真正面からこの事態にぶつからなければ、いずれにっちもさっちもいかなくなると判断できた。
 私は2003年12月に初めて「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」(学事出版)を出した。
 こんなものが本になるのだろうかと恐る恐る出した一冊だった。
 この事態が広がっていく様子を指をくわえて見つめていくことはできなかったからである。
 あれから8年。
 事態はどうなったか。
 悪い方向へ予想通りになっていった。
 文科省も、教育委員会も、学校も、真正面からこの事態にぶつかることはなかった。
 そんなことより、総合をどうするか、英語教育をどうするか、子供たちの生きる力をどうするか……に忙しかったからである。
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 しかし、この8年間の間に私たちは確実に「学級崩壊」への対処の仕方、手立てを自分たちのものにしてきたのである。
 私たちが提起するものを十分に把握し、実践してきた先生たちは、確かに落ち着いたクラスを作り上げ、成果をあげておられる。
 そんな先生たちがメールで何人も報告しておられる。
 うまくいかなかった先生たちも、何度も挑戦しておられる。
 うれしいことだ。
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 何度も書いたことだが、学校で行われているクラスの荒れに対するほとんどの方策は、次の3つになる。
     
 

 ①クラスを荒らしている2,3人の子供への集中的な指導
 ②とにかく授業を確かなものにする取り組み
 ③担任交代

  ①②の方策ではほとんど効果がないことは明らかになっている。
 ③は効果がある。
 学級崩壊のほとんどの原因が、担任と子供たちとの関係づくりの失敗・破綻なのだ。
 そのために担任交代で「関係づくり」を変えていくことの効果は大きいのである。
  担任交代ができる学校はいい。
 でも、そういう余裕はほとんどの学校は持っていない。
 それが現状だ。
 だから、先生たちは鬱病で休職するか、退職に追い込まれる。
 それにしても、担任交代しか効果的な手立てがないという学校の現状は何とも情けない。つくづくそのように思う。
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 私は、これから来年度の2月、3月、4月に初任者指導講座などを設けて、学級の荒れに対する手立てを伝えていきたい。
 私たちが確実に手にしてきた「武器」を新しく先生になる人たちに手渡したい、そのように願っているのである。
 

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