« 当たり前を積み重ねると特別になる | トップページ | このような視点で授業を作り上げています! »

だれでも 一度はここへ戻ってくる

 私の母校の小学校(赤松小学校)で勤めておられる先生からブログへのコメントをいただいた。(公開はしていない。)
 しかも、義兄の教え子でもあるということで、びっくり。
 義兄は、現在の体育の学習指導要領も作成した一人でもあるので、多くの先生が彼の教えに学んでいることであろう。
 ★
 私が通った小学校は、佐賀の中心にある学校だった。
 ここでの思い出は数多くある。
 私が1年生に上がる1年前は、二部制で、午前中が低学年、午後が高学年になっていた。まだ、校舎が足りない時代。
 1954年、昭和28年頃のこと。
 1クラス60人近く。
 15クラスぐらいが1学年だから計算すると4000人近くが赤松小学校には通っていたことになる。
 運動会は、自校の運動場ではできなくて、隣の佐賀商業高校のグラウンドを借りて行われた。
 ★
 私の3年下には、「佐賀のがばいばあちゃん」の島田洋七(徳永少年)がいた。
 この本の舞台は、赤松小学校であり、私が住んでいた町内である。
 こんな逸話が紹介されている。
 △ △ △
 2年生の運動会の日。
 誰もこない徳永少年が、一人教室で質素な弁当を広げているとき。
 「おう、徳永。ここにいたか」
 担任の先生。
 「あのな、弁当取り替えてくれんか?」
 「先生、なんかさっきから腹が痛くてな、お前の弁当には梅干しとショウガが入っているって?」
 「ああ、助かった。お腹にいいから、換えてくれ」
 ……
 先生の弁当は、卵焼きにウインナー、エビフライと、先生の弁当には、それまで俺が見たこともないような豪華な料理が詰め込まれていたのである。
  △ △ △
 こういうことが3年生でも、4年生でも、5年生でも…。
 「そして毎年、毎年、俺の担任は運動会になると腹痛をおこした。」と。
 6年生になったとき、初めて徳永少年はおばあちゃんにこの事実を告げる。
 ばあちゃんは、言う。
 「それがほんとうの優しさと。昭広のために弁当持ってきたって言ったら、お前もばあちゃんも気ぃつかうやろ?だから先生は、お腹が痛いから交換しようと言ったとよ」
 …
 そして、本には書いてある。
 「本当の優しさは、他人に気づかれずにやること」
 △ △ △
 あの大集団の運動会の中で、このような事実が展開されていたのである。
 60人近いクラス集団の中で、このような細やかな配慮を先生たちはやっている。
 しかも、毎年毎年連携をして行っている。
 なんとすごいことだろう。
 私は、この赤松小学校で、小林先生にも、谷口先生にも出会った。
 私の教師生活に大きな影響を与えた先生たちだ。
 ★
 その赤松小学校も、今はお堀を挟んだ隣の中学校跡地へ移転している。
 昔の小学校の跡地は、佐賀城が復元されている。
 私は郷里へ帰るたびに、この跡地へでかける。
 あの頃の思い出を探しに。
 詩人岸田衿子さんは書いている。

    小学校の椅子
    ながいながい一生の間に
    みじかいみじかい一瞬に
    だれでも いちどは
    ここへ戻ってくる
    みんながいなくなった教室
    さわるとつめたい 木の椅子に

|
|

« 当たり前を積み重ねると特別になる | トップページ | このような視点で授業を作り上げています! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/520860/53037645

この記事へのトラックバック一覧です: だれでも 一度はここへ戻ってくる:

« 当たり前を積み重ねると特別になる | トップページ | このような視点で授業を作り上げています! »