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2011年10月

気仙沼に行ってきました!

 いま気仙沼から帰ってきたところ。
 親しい知り合いのS先生に会いに行ったのである。
 あれから7ヶ月経って、ようやく訪ねていける状況になった。そのように判断して、訪ねていった。
 S先生の車で、気仙沼魚市場周辺(テレビ放映がさかんにされたところ)、気仙沼湾を車で巡った。
 最初に連れて行ってもらったところは、気仙沼の海の近くにある小学校。
 廃校になっている。津波が押し寄せたのだ。
 運動場には、破壊された車がびっしりと並んでいる。
 最初から強烈な印象。
 写真は撮らないでほしいと注意をされる。
  ★
 リアス式海岸そのままに入り組んだ海岸が連なる。
 小高いところとぐっと低くなるところ。
 それは<天国>と<地獄>を見るような変わり様を見せた。
 そして最後に南三陸町の「志津川」に行く。
 最後まで住民の人たちの安否が分からず、ほとんど全滅かと放映されたところ。
 「志津川」は、町一つが完全にすっぽりと亡くなっていた。
 ずっとずっとこちら側から向こうの海がそのままに見渡せる。
 その一角をボランティアの人たちが作業をしていた。
 気が遠くなるような作業。
 そこから始めていた。
 車から下りて、とぼとぼと歩いた。
 赤くむき出しの3階建ての鉄骨の前には、さまざまな花束が数多く。
 ここなのだ。
 ここで、女性職員の方が押し寄せる津波を前に最後まで避難無線を叫び続けたのだ。
 ★
 朝、もう一度気仙沼の海に行く。
 大島へ行く船が発着していく。
 動いているのはただそれだけ。
 あとは津波で破壊された家々や建物がそのままに放置されている。
 当時は瓦礫が散乱していたらしいが、今は全部片付けられている。
 瓦礫の匂いだけ。
 もうここにはかつてのにぎわいが戻ってくることはないのであろう。
 S先生の奥様が言われていた。
 「ふるさとの一つ一つの風景が全部亡くなってみて、ふるさとの大切さがしみじみと
  身に沁みます」
 と。
 ★
 千年に一度起こるか起こらないかという大地震と津波を経験したのだ。
 多くの方が亡くなり、今もまた多くの悲しみを抱えて呆然とされている方がいる。
 なぜ私たちがそれを経験しなければいけなかったのか。
 その問いかけがこれからずっと続いていく。
  
 

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国際学力調査の内容が詳しく分かる!

   国際学力調査と国内学力調査のくわしい内容が明らかになっている。
 「福分堂教職ネットマガジン」で明らかになっている。
 報告されているのは、吉崎静夫先生。日本女子大学教育学科教授。
 https://kyo-shoku.net/
 このマガジンを読んでいると(有料)、さまざまなことが分かってきた。
 主宰の村岡さんは、吉崎先生の報告を次のようにまとめておられる。

 △ △ △
 学力向上の取り組みについて、幅広くお話いただきました。
 まず衝撃を受けたのは、国際学力調査で明らかになった日本の問題は、順位などではなく、1割以上も存在するレベル1以下の存在だということ。これはセンター試験の結果が正規分布を描かなくなったというニュースと軌を一にする問題でしょう。
 それから「学力向上に大切なことを一つあげるとしたらそれは学習規律」と、PISAの分析官も言っていたということも驚きでした。これは、野中信行先生がおっしゃっていることと同じだと思いました。そして、そうした基盤の上での「ひと工夫」が大切だということ。
学力向上を目指す授業作りの構造がよくわかるお話でした。
 △ △ △

 この中で指摘されている2つのこと。
 1つは、日本の問題。レベル1以下の子供たちが12%もいるということ。
 これはフィンランドや韓国などの国が4%だからその3倍もいることになる。
 レベル1以下というのは、知的生活ができないレベルになる。
 2つ目は、学習規律の問題。
 学力が高い国が共通にあり、学力向上に大切なことを1つあげるとしたらということでPISAの分析官が答えていることがこれである。
 まさに私が強調してきたことになる。
  ★
もう一つ吉崎先生が、報告されているのは全国学力・学習状況調査の結果、高い学力を示したのは、秋田、福井、富山の3県のこと。
なぜ、この学力が高いと言われる御三家がそのような結果を出しているのかの分析が示されている。
 ★
 詳しい内容が報告されている。
 どんな学力向上のためにどんな手立てを打っていけばいいか、これは必見である。

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徒然なるままに

 ひげそりの外刃を買い替えた。
 少し切れ味が悪いと思っていたから。
 替えてみたら驚いた。
 まったく切れ味が違う。
 こんなにスムーズに切れるなんて……。何ということであろう。
 今までだって結構切れていたのである。
 それがこんなに違う。
 慣れって恐ろしいなと思った。
 今良かれと思ってやっていることでも、「外刃」を替えるだけでうまく変わることだってあるのかもしれない。
 そんなことを思ったりした。
 ★
 ジョギングをする。
 マラソンを走った経験から言えば、走るときのコツは「息をはくこと」。
 「ハッ、ハッ」と意識すればいい。
 吸うことは意識する必要はない。はけば自然に息は入ってくる。
 そう考えていけば、疲れたときとかもフゥ~~と大きく息をはき出す。
 ポイントは、アウトプットなのだ。
 もちろん、インプットも必要だが、決め手はやはりアウトプットなのだ。
 このことを意識して、自分のことを振り返ってみる。
 ★
 佐伯泰英の「愛憎」(吉原裏同心15)が出た。
 居眠り磐音江戸双紙<帰着準備号>と名付けた「橋の上」も出ている。
 すぐに買って、すぐに読む。
 と言っても、夜の読書の時間だが…。
 この時間は、何とも癒やされる。
 佐伯の連続物で読んでいるのは、「居眠り磐音江戸双紙」「密命」「酔いどれ小籐次留書」「鎌倉河岸捕物控」と「吉原裏同心」になる。
 この連続物は、朝の連ドラを見ていく心境と同じだ。
 読んでみれば何のことはない。
 何か学ばされるとか、勉強になるというものではない。
 でも、人はコーヒーを飲むとか、散歩をするとか、夕焼け空にうっとりするとか…
そんなことでほっとする時間をとる。
 その一つ。
 考えてみれば、私はどんなに忙しくても、このほっとする「自分の時間」の確保をものすごく大切にしてきたのだと思う。 
 
 

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武器を手渡したい!

   池田修先生のお薦めの瀧本哲史著「僕は君たちに武器を配りたい」(講談社)を読んだ。
 (ついでに瀧本さんの「武器としての決断思考」(星海社)も読んだ。)
 私が知らない現実をさまざまに知ることができた。
 この瀧本さんは、京都大学客員准教授、エンジェル投資家という肩書き。
 京都大学の人気講師ということ。
 この本の意図は次の通り。

 △ △ △
 日本は、いったいどうしてこのような事態になってしまったのだろうか?こういう事態を引き起こした犯人は、いったい誰なのだろうか?
 そう憤る人も多いことだろう。しかし怒ったところで、状況が好転するわけではない。
 私が本書を執筆することにしたのは、こうした厳しくなる状況の中で、一人でも多くの学生や若い人々に、この社会を生き抜くための「武器」を手渡したいと考えたからである。日本がこのような経済的に厳しい状況に陥り、若者の未来に希望が感じられない世の中になったことをいつまでも嘆いていても仕方がない。それよりもなすべきことは、このような厳しい世の中でもしたたかに生き残り、自ら新しい「希望」を作り出すことである。
 △ △ △
  ★
 この本を読みながら、初めてブラック企業というのがあるのを知った。
 私の弟の息子がこれに引っかかった。私の知り合いにも何人もいる。
 テレビで良く登場した不動産会社。
 そこに就職し、2年ぐらいで辞めた。
 そこは人間の生きる場ではなく、使い捨てになる職場だ。
 まともな人間ならばとても続けていけないところ。
 この「ブラック企業」に学校もなっていかないのだろうか?
 そのように想像してみた。
 しかし、危ういなあと思う。
 すでにそのような事態になっているところもある。
 このまま進んでいったならば、大変なことになるなあと思う。
 ★
 「武器を手渡したい」ということ。
 この言葉に惹かれた。
 瀧本さんは、「武器」についてつぎのように書く。

 △ △ △
 これからの日本を支えていく若い世代に「武器」を配ること。それが、いまの私の使命だと考えています。
 武器とは、この時代に必要な教養であり、実学のことです。
 みなさんは、ある意味、ゲリラのような存在です。
 中央政府が崩壊して、正規軍がいなくなってしまった。正規軍と自称している人たちも自分たちを守ってくれる保証はない。
 だから、自由と解放を求めて自ら戦場に立たなければならない。
 でも、戦った経験がないから、いきなり最前線に立ったらあっという間に全滅させられてしまう。
 戦場では、こういうときにしかるべき武器を供給して、その使い方をトレーニングする「軍事顧問」という職業が存在します。
 ………(略)
 なんらかの理由で自分の身を守らなければならない人間に、ボディーガードをするのではなく、適切な武器を選び、その使い方を徹底的にトレーニングする。
 つまり、いま私が行いたいのは、無力なゲリラである若者たちが、自分たちが弱者だえる日本社会というフィールドで戦えるように、「武器としての教養」を配ることなのです。(「武器としての決断思考」)
 △ △ △
 ★
 「武器」とか「戦場」とか「ゲリラ」とかの言葉は、教育の場には適さない。
 拒否される言葉でもある。
 それでも「武器を手渡したい」という言葉には惹かれる。
 このような考えればいいのだ、と思う。
 ★
 私も、新しく教師になっていく人たち、戸惑い悩んでいる若い先生たち…に学校というフィールドを生き抜いていく「武器」を手渡したい。
 そのように願っている。
 

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業務連絡です

 「崩壊クラス立て直し記」を欲しい方は連絡をしてほしいと書きました。
  要望に応えて、A先生の「授業のまとめ」(A4 5枚分)も作りました。
 連絡をした方には送付したつもりですが、もれている方がいるかもしれません。
 もう一度連絡をください。
 また、以前に立て直し記をもらった方で、「授業のまとめ」がほしい方は連絡をください。

  kazenifukareteAhkg.odn.ne.jp (Aのところに@入れてほしい)  
 
 

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学級崩壊の原因~西川純先生の記事を読んで~

 西川純先生(上越教育大学教授)が「日本教育新聞」に「学級崩壊の原因」(H23.6.6)という記事を書いておられる。
 大阪のN市の校長会でこの記事が出されて、M小学校の校長先生は、今日の朝の打合会で先生たちにも紹介したところだと言われて、私にその記事を見せられた。
 「西川先生が書かれているものだ!」
と思いつつ、読んでみた。
 重要な指摘がなされている。
  
 △ △ △   引用はじめ
 学級崩壊したクラスを見れば、傍若無人な行動をしている子どもに目がいき、その子が崩壊の原因のように見えます。
 が、違います。本当の原因は、崩壊しているクラスにおいても、そこそこ真面目にやっている「良い子」なのです。一番手のかかる子は、おそらく崩壊前から授業に集中できなかったし、逸脱行動をしていました。でも、そのころは周りの子は教師に従っていました。だから崩壊ではありません。そして、他の子がそこそこやっているので、手のかかる子も暴走しません。
 △ △ △ 引用終わり
  
  ★
  私は「クラスには2:6:2の法則(真面目な2割:中間派の6割:やんちゃな2割)がある」と言っている。
 やんちゃな2割の中の2,3人にクラスを引っかき回されている。
 でも、それで学級崩壊は起きない。
 中間派の6割がやんちゃな2割にくっついて教師の指示に従わない8割が形成されたとき学級崩壊は引き起こされていくと言っている。
 ★
 だから、大切でキーポイントになるのは「6割」の子供である。
 西川先生は、「そこそこ真面目にやっている『良い子』」と言われている。
 この子供たちが決め手になる。
 この視点を持っているかどうかで局面が大きく違ってくる。
 ★
 だが、教育委員会関係、学校の現場は、まだこの視点をほとんど持っていない。
 学級が荒れていったり、崩壊していったりするのは、2つのことだと思っている。

  ①2,3人のやんちゃが起こしている。
  ②担任の授業への取り組みのまずさがそれを招いている。

 だから、学級が荒れてくると、①への対策を担任も、周りの教師も、管理職もさかんに行っている。
 管理職は原因は②だと思い担任に「教材研究をもっと必死にやりなさい。授業だ、授業だ」と叫んでいる。
 この構図がどこの学校にも広がっている。
 そして、さして効果があがらない。
 自分たちがまちがった手立てを打っているとは気づいていないのだ。
 西川先生は書いている。
  ★
  △ △ △   引用始め
 普通の子たちが教師の指導に反する行動をするのは勇気のいることです。では、その子たちはなぜ、教師に反抗できるのか?
 それは、そのクラスのオピニオンリーダーたる、そのクラスの「良い子」たちが教師を見捨てるから、安心して教師の指導に反する行動をするのです。そして、その原因は、そのレベルの子が教師を見捨てるような行動を教師がするからです。
 学級崩壊の本体は「良い子」の崩壊で、傍若無人な行動をしている子どもではありません。しかし、多くの教師は後者の子を何とかしようとするから効果がないのです。それは本体ではなく、影です。本体の方を何とかしなくてはなりません。
 △ △ △ 引用終わり
 ★
 私が見てきた崩壊クラスでは、真面目派の2割は最後まで席について一応先生に従って学習をしようとしていた。しかし、その2割も担任を支持しているかというと、もはやその段階は越えている。ただ、親の圧力などで席にだけは座っているに過ぎない。
 その段階では中間派の6割はもうすでに羽目を外してやんちゃといっしょに担任の指示には従わない。
 西川先生は、問題の担任の行動を次のように指摘している。

 △ △ △ 引用始め
 多くの教師には意外だと思いますが、学級崩壊を立て直すのは、実はそれほど難しくありません。というのは崩壊の原因である「良い子」は学級崩壊が自分に不利であることを十分理解しています。そして、普通の子どももそれを理解しています。だから、ちゃんと謝って「良い子」から見捨てられるような行動をやめればいいだけのことです。
 では、見捨てられる行動とは何か?それは方針が定まらず、その場その場でぶれた指示を乱発するからです。
 「良い子」は、教師の言ったことに従った行動をして、周りの子どもにもそれを促します。ところが、次に教師は前の指示と逆な指示をします。「良い子」は「えっ?」と思いつつも、それに従った行動をして、周りの子どもにもそれを促します。ところが、次に教師は…。それが続けば、「もうやってられない」と思うのは当然だと思います。
 △ △ △ 引用終わり
 ★
 実に的確な指摘をされている。
 私は、いま学級が荒れないためには、最初の1ヶ月で教室の「空気」と「時間」を統率する必要があると主張している。
 「空気」の統率を1つだけ絞るとすると、「教師の指示に従うこと」になる。
 クラスが教師の指示に従って即座に動いていく状態を1ヶ月の間に作り上げること。
 これが第一の課題になる。
 そのためには、西川先生も書かれているように、指示が一貫していなければいけない。 だから、「時間」の統率なのだ。
 朝から帰りまでスムーズに流れていく学級の「時間」を設定していかなくてはならない。
 

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このような視点で授業を作り上げています!

   大阪のN市に行った。
 N市の教育委員会の企画で、M小学校の4年生のクラスを訪れ、そのクラスの担任の先生が1時間、私が1時間授業をするというものだ。
 その後での研究会。
 この企画は、夏の研修会の懇親会で生まれたもの。
 懇親会に参加された2年目の幹事の先生たちの元気さに感激して、ぜひこの企画ができないものかと酒の勢いで話したもの。
 まさかほんとうに成立するものとは思わなかった。
 N市の教育委員会は、よくぞこんな企画を実現するものである。
 ★
 5時間目は、2年目のM先生の理科の授業。
 6時間目は、私の道徳の授業。
 活気のあるクラス。 
 5時間目の授業を見ているだけで、ワクワクする。
 この時間に半分ぐらいの子供の名前を覚えてしまう。
 私の授業は、「プラス思考を考える」。
 このクラスにはもってこいの授業だ。
 この授業での提案はつぎの4つ。

  ①全員参加の授業をつくること。
  ②活動のある授業にすること。(交流活動)
  ③本時の目標を絞ること。
  ④教育の技術を習得して、具体的に使っていくこと。
 
 実際に授業で実現できるかどうかは別にして、「このような視点を持って授業を作り上げています」という提案性をもったものであればいいというスタンス。
 ★
 かつては(今もそうかもしれないが)このような授業をする教師はほとんどが名人教師と言われていた先生たちであった。
 「すごい!」「どうしてあんな授業ができるのだ!」と唸らせる授業。
 私がそんな授業をできるわけがない。
 しかし、「味噌汁・ご飯」授業を主張してから気軽になった。
 きちんと提案の視点を持った授業ができればいいのである。
 ★
 6時間目。
 こんなにおもしろくて、楽しい授業はなかった。
 笑い、笑い、笑い。
 子供たちの授業感想のほとんどに「どうとくがこんなに楽しいと思わなかった」と書いていた。
 このクラスのM先生が、活気のあるクラス作りができているのである。
 ある1人の男の子は書いている。
 「最初はそんなこときにしていなかったんだけど、道とくの先生が教えてくれてそれもその教えてくれたのが名前でプラス思考とまでもおしえてくれて、ほんとうにうれしくてなにもいえませんでした」 
 

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だれでも 一度はここへ戻ってくる

 私の母校の小学校(赤松小学校)で勤めておられる先生からブログへのコメントをいただいた。(公開はしていない。)
 しかも、義兄の教え子でもあるということで、びっくり。
 義兄は、現在の体育の学習指導要領も作成した一人でもあるので、多くの先生が彼の教えに学んでいることであろう。
 ★
 私が通った小学校は、佐賀の中心にある学校だった。
 ここでの思い出は数多くある。
 私が1年生に上がる1年前は、二部制で、午前中が低学年、午後が高学年になっていた。まだ、校舎が足りない時代。
 1954年、昭和28年頃のこと。
 1クラス60人近く。
 15クラスぐらいが1学年だから計算すると4000人近くが赤松小学校には通っていたことになる。
 運動会は、自校の運動場ではできなくて、隣の佐賀商業高校のグラウンドを借りて行われた。
 ★
 私の3年下には、「佐賀のがばいばあちゃん」の島田洋七(徳永少年)がいた。
 この本の舞台は、赤松小学校であり、私が住んでいた町内である。
 こんな逸話が紹介されている。
 △ △ △
 2年生の運動会の日。
 誰もこない徳永少年が、一人教室で質素な弁当を広げているとき。
 「おう、徳永。ここにいたか」
 担任の先生。
 「あのな、弁当取り替えてくれんか?」
 「先生、なんかさっきから腹が痛くてな、お前の弁当には梅干しとショウガが入っているって?」
 「ああ、助かった。お腹にいいから、換えてくれ」
 ……
 先生の弁当は、卵焼きにウインナー、エビフライと、先生の弁当には、それまで俺が見たこともないような豪華な料理が詰め込まれていたのである。
  △ △ △
 こういうことが3年生でも、4年生でも、5年生でも…。
 「そして毎年、毎年、俺の担任は運動会になると腹痛をおこした。」と。
 6年生になったとき、初めて徳永少年はおばあちゃんにこの事実を告げる。
 ばあちゃんは、言う。
 「それがほんとうの優しさと。昭広のために弁当持ってきたって言ったら、お前もばあちゃんも気ぃつかうやろ?だから先生は、お腹が痛いから交換しようと言ったとよ」
 …
 そして、本には書いてある。
 「本当の優しさは、他人に気づかれずにやること」
 △ △ △
 あの大集団の運動会の中で、このような事実が展開されていたのである。
 60人近いクラス集団の中で、このような細やかな配慮を先生たちはやっている。
 しかも、毎年毎年連携をして行っている。
 なんとすごいことだろう。
 私は、この赤松小学校で、小林先生にも、谷口先生にも出会った。
 私の教師生活に大きな影響を与えた先生たちだ。
 ★
 その赤松小学校も、今はお堀を挟んだ隣の中学校跡地へ移転している。
 昔の小学校の跡地は、佐賀城が復元されている。
 私は郷里へ帰るたびに、この跡地へでかける。
 あの頃の思い出を探しに。
 詩人岸田衿子さんは書いている。

    小学校の椅子
    ながいながい一生の間に
    みじかいみじかい一瞬に
    だれでも いちどは
    ここへ戻ってくる
    みんながいなくなった教室
    さわるとつめたい 木の椅子に

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当たり前を積み重ねると特別になる

   「崩壊クラス立て直し記」に対して多くの方々から送付依頼がきた。
 子供たちの作文には、「算数の授業が楽しかった」「授業がおもしろかった」という内容が数多く書かれている。
 A先生はどんな授業をしていたのであろうか。
 当然知りたいことになる。
 実は、私は2年前にA先生に「どんな授業をされたのでしょうか?」と催促し、手紙をもらっていたのである。
 忙しさに紛れてそのままになっていた。
 今回改めてごそごそと引っ張り出して読み直してみた。
 これはまとめた方がいいなと思い直して、授業についてだけまとめた。
 A先生に送付して許可を得て、送付依頼があった人には改めて送付したい。
 ★
 A先生が授業の手立てとして、盛んに繰り返していることは次のことになる。

  子供をよく見ている。
  小さな事実を見つけてほめている。
  そして、叱った子供にはきちんとフォローしている。
  でも、絶対に子供たちにおもねったりしていない。

 ほとんどこれである。
 このことがどれほど大切であるか、よく分かる。
 このシンプルで、当たり前の行為を繰り返すことがクラスを立て直すための大きなポイントになっている。
 このことがどれほど子供たちの信頼を勝ち得るのかどうか、A先生は知っている。

 当たり前を積み重ねると特別になるのである。 
 
 

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「現場を生きる」というのは、そういうことだ!

   平塚の松原小学校へ行った。
 3時間目は、2年生算数の「かけ算の導入」の授業をした。
 最初の5分間は、計算タイム。
 フラッシュカードを作っていって、「カードを出している間に答えを言えなかったら座りなさい」と言って、次々に1年生に習った繰り上がり、繰り下がりの計算を中心に問題を出した。
 クラスの計算の実力を見るためである。
 なかなかいい。反応もいい。
 この授業でねらったこと3つ。
 1つは、全員参加の授業にすること。
 2つめは、そのために「挙手発言」を最小限に抑えること。
 3つめは、授業の山場をノート指導のところにする。
 3つめのところで、時間が不足した。残念。
 ★
 挙手発言をさせないために、指名をどんどんしていった。
 担任の先生曰く。
 「奇跡が起きました。今まで一度もみんなの前で発言したことがない子供が発言しました」
 2年間担任している先生がそのように告げてくれた。
 簡単な問いかけで、その列を起立させて、一人一人答えを言う場面。
 一番後ろに座っていた女の子。
 確かに「3人です」と答えた。
 小さな声だったので、「ハイ、もう一度」と促した。
 そのとき、前に座っていた子供が、「先生!この子みんなの前で何も言えないのです」と答えた。すぐに察知した。
 「さっき確かに3人ですと答えたね。それでいいです」
 場面緘黙の子供であった。
 私は、何も知らないでいた。
 答えたとき、周りの子供たちはびっくりしたのであろう。
 その子は、もう一度の促しに言えなくて、ちょっとの間落ち込んでいた。
 だが、すぐに思い直して作業に取りかかった。良かった。
 ★
 4時間目は、初任の先生のクラス。
 野口芳宏先生の「うとてとこ」の授業をする。
 教室に行くと、雑然とした雰囲気。
 私が自己紹介をすると、さまざまな反応がかえってくる。
 Kくんが、さかんに私の言葉に反応する。
 「うとてとこ」と板書。「ノートに写します」
 さっと書かない子供がいる。
 「全員、起立!」「題名を書いた子供は座りなさい。題名を書いていない子供は書いたら座りなさい」
 Kくんが最後まで残る。
 「題名を読んでもらいます。1列目は起立します。」と言ったところで、2列目の後ろの子供2人も立つ。
 「先生は、1列目起立と言ったんですよ。あの2人は先生の話を聞いていませんでした」と一言。
 こういうやりとりをする。クラスの雰囲気がだんだんと集中してくる。
 授業の最後には、ものすごい集中。
 先生たちも驚かれていた。
 この授業の山場は、「1,2連と書いてきましたが、3連目はありますか?」という問いかけ。
 私は、この山場でがらりと態度を豹変する。
「これから言うことには絶対口を出してはいけません。相談もいけません。
 3連目はあると思う人はノートに〇、ないと思う人は×をつけます。その橫にわけ  をかきなさい。絶対にしゃべってはいけません。」
 何度も何度も、しゃべってはいけませんと付け加える。
 ★
 現役をやめて、もう4年目。
 きっと授業のテンポが落ちているはずだ。自分では気づかない。
 もともと授業はへた。
 でも、最近は居直って、こうして授業をしている。
 授業の講座を持つのである。
 それならば、授業をして講座にするというのが一番いいではないか。
 佐賀で体育の指導主事を10年していた義兄は、各地で呼ばれるとき必ず自分が授業をして講座を持った。
 説得力満点。
 ところがY市の指導主事が、授業をして示してくれたことは一度も見たことがなかった。
 さまざまなごたくは、いくらでも言うことができる。
 自分が主張することを授業で示していくこと。
 「現場を生きる」というのはそういうことである。
  
 
 

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明日は、平塚のM小学校で授業をする!

 「崩壊クラス立て直し記」へのメールが相次いだ。
  東京で市議をされているMさんからも早速の問い合わせがあった。
  メールでの知り合いである。
  すぐ送ると、涙ながら読んだという返信がきた。
  アイメイクサロンの店長さんからも問い合わせがきた。
「必ずクラスがまとまる教師の成功術」を読み、私のブログにたどり着いたというメールであった。
 美容家が、教育書を読んでおられるということだけでも「すごい!」と感心してしまう。
 何年前だろうか、九州の理容学校の理事長さんから「3・7・30の法則」を書いた本が絶版になっているので、手に入れる方法はないだろうかと問い合わせがあった。
 理容学校で「3・7・30の法則」を教えていきたいということだった。 
 これにも驚いたことがある。
 違う職種から学ぼうという貪欲さ。
 教師たちにこのような貪欲さがあるのであろうか、と心配になってしまうのだ。
 教育書だって読まなくなっている教師たちが、異業種の人たちからどのようにして学ぶのであろうか。
  ★
 さて、明日(14日)は、平塚のM小学校へ行く。
 7月にも一度お邪魔して、学級づくりの講演をしている。
 今回は、3時間目が2年生の算数の授業(かけ算の導入)、4時間目が3年生の国語の授業(野口先生の「うとてとこ」の追試)を行う。
 5時間目は、若手の一人の先生の授業(国語)を参観する。
 そして、放課後は授業についての講演になる。
 私の授業は、「味噌汁・ご飯」授業的なものになる。(まだ、私たちで研究の途上であるので、これがそうだと打ち出せない)
 さてさて、どんなものになるのか、楽しみでもある。
 
 
 

 
  
 
 

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業務連絡~「崩壊クラス立て直し記」を送ります~

   私の知り合いの先生から「2009年2月1日の崩壊クラス立て直し記」を送ってもらえないだろうかとメールで連絡がきた。
 その知り合いの先生は、崩壊クラスへ入り、これから立て直しに着手することになっているということだ。
 大変なことである。
 ★
 この「崩壊クラス立て直し記」を改めて読み直してみた。
 この実践の記録は、私のかつての同僚の実践である。
 もう教師は辞められ、非常勤として勤めておられたときのものである。
 報告するためにメモされてあったものではない。
 しかし、私の親しい校長にその記録を見せられ、「これはすごい!」ということで私のところへ回ってきた実践記録だ。
 その実践記録に、私のコメントをつけて21ページの「崩壊クラス立て直し記」というものになった。
 読み直してみて、私は改めて感動した。
 私のブログの昔から読者の方は、もうすでに2009年に手にされている。
 だが、新しい読者の方がいるはずだ。
 これはぜひとも届けたいと改めて思った。
 ただし、最初の「1 分析・考察の視点」はいくらか古くなっている。
 訂正をするところもある。
 橫藤先生がこの頃はまだ教頭の時代である。
 この頃よりいくらか私の視点は進化している。
 だけど、このままで送付したい。
 私の下記のメールに連絡いただければ添付資料として送ります。(ワード文書)
 21ページ分です。
 ただ、この中には子供たちの作文もあるのでくれぐれも取り扱いには注意をしてほしい。 
  
   

  kazenifukareteAhkg.odn.ne.jp (Aのところに@を入れてほしい)
 

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私たちはここから再出発する必要がある~「生徒指導10の原理・100の原則」を読み終えて~

   堀裕嗣先生が「生徒指導10の原理・100の原則」(学事出版)を出した。
 「学級経営10の原理・100の原則」(学事出版)に引き続いての出版である。
 画期的な提案がなされている。
 1980年代の初めに出てきた向山洋一先生の「法則化運動」が終わって以来、教育界は停滞の時期を過ごしてきている。
 だが、堀先生の一連の提案は、時代の停滞を切り開いていくものとして大きく評価したい。(これからも重要な著作が提案されていく)
 ★
 「生徒指導10の原理・100の原則」だ。
 この本は、まず10の原理をあげている。
 そして、具体的に個々の原則を100挙げている。
 この本はどこが画期的な提案か?
 それは10の原理のなかの7「マクドナルド化の原理」にある。
 「マクドナルド化とは」、次のような説明になる。
 
 △ △ △ 引用
 このように、顧客に嫌な思いや疑問を抱かせることなく、本来サービスを提供する側がすべき労働を顧客の側に分担させたり、対立や障壁を避けながら目的を達成したり、徹底した効率化によって全国どこでも均一化したサービスを提供したりする社会を、ジョージ・リッツァは<マクドナルド化>と呼びました。(『マクドナルド化する社会』早稲田大学出版部、2008年)
 実はこうした<マクドナルド化>の原理は、昨今、学校教育にも意識的・無意識的に導入されています。
 △ △ △  引用終わり
 
 そして、次のように展開する。

 △ △ △  引用

 私は1966年生まれですが、私の中学生時代は校内暴力の真っ只中で、廊下には竹刀をもった生徒指導の先生がいたものでした。何か悪いことをしたときにも、自分の話などはほとんど聞いてもらえず、とにかく怒鳴られる……そういう指導を受けてきたものです。別に当時の先生方に恨みはないですし、それが良かったとは思っていますけれども……。(笑)
 実はこのことは、私の受けてきた教育からいま私たちが行っているような教育へと、時代がシフトしてきたことを示しています。つまり、「中学生らしい生活態度」や「あるべき学生の姿」のような理念を前面に押し出し、「こうあるべきである!」といった指導から、生徒たちに嫌な思いや疑問を抱かせることなく、周りに迷惑をかけたり周りから非難されるような生活態度を改めさせていく指導へ、というシフトです。
 教師の指導姿勢として考えれば、要するに「これが正しい」というメッセージをひたすら投げかける指導姿勢から、<マクドナルド>のようにそうとは気づかせないままに目的を達成する指導姿勢へと変化してきているわけです。東浩紀は前者を「規律訓練型権力」、後者を「環境管理型権力」と呼びました(『自由を考える』東浩紀・大澤真幸、NHKブックス、2003年)。そして私も、こうした教師の指導姿勢のシフトについて、方向性としては間違っていない、と感じています。ただし、私は「管理」という言葉が教育に導入するときにはちょっときつい言い方だと感じていますので、同様のことを「規律訓練型権力から環境調整型権力へ」という言い方をしています。
  
 △ △ △  引用終わり

 子供たちへの教師の指導姿勢がこのように変化していることは誰でもが認めるところであろう。
 その流れをはっきりとこのように言葉化している。
 今でもこの「規律訓練型権力」を使って指導している教師たちは多い。
 私もまた半分以上はこの権力を使い、指導してきた。
 教師である以上、この規律訓練を捨てることはできない。
 学校という制度そのものがこの規律訓練で成り立っているからである。
 だが、この権力で成功している実践は、ほんの一部のスーパー教師だけのものにしか過ぎない。
 この権力を使っているベテラン教師たちの学級崩壊が、大きな現象として現れていることからしてももはや成り立たなくなっていることも事実なのだ。
 私は、「個別対応の時代」へのシフトとして「包み込み法」などの提起をしてきている。
 もはや今までの方法では通じなくなっているのである。
  それはなぜか?
 子供たち(生徒たち)が大きく変貌しているからである。
 堀先生は、その子供たちを次のように紹介している。

 △ △ △  引用
 清掃時間に箒をもって、教室入り口で廊下にいる友達とおしゃべりに花を咲かせている。「ちゃんと掃きなさい」と注意すると、「あっ、いけない」という表情をして床を掃き始める。でも、数分後、またその子を見てみると、今度は窓際で掃除当番の子とおしゃべりしている。「おいっ、さっき注意したばかりじゃないか」と注意すると、「すいませ~ん」と言って掃除を始める。今度は目を光らせているのでなんとか最後まで掃除をやりとげる。掃除の反省会でも、「今度からおしゃべりをしないで掃除に集中したいと思います」などと平然と言う。なのに次の日の清掃の時間には、また廊下の友達とおしゃべりをする。担任が橫に行って顔をのぞき込むと、一瞬ポカンとした表情のあと、「あっ、すいません」などと言って床を掃き始める…。
 みなさんの学級にこんな生徒はいないでしょうか。おそらく、たくさんいるのではないでしょうか。指導が<落ちる>のに<通らない>、こうした生徒たちが、いま学校で多数派を占めているのではないかとさえ思われるほどです。
 いわゆる<脱・社会生徒>の登場です。
 △ △ △ 引用終わり

 私は、このような「生徒」たちの始まりを「生徒しない」現象として提起したことがある。(「学級経営力を高める3・7・30の法則」学事出版)
 80年代の半ばから進んだこの現象を、私は、子供たちの行動が「善悪」の価値観から「快・不快」の価値観へシフトしたのだと位置づけたのである。
 <脱・社会生徒>は、掃除をきちんとしなければいけないという「善悪」の価値観よりも、「今、おしゃべりをしたい」という「快・不快」の価値観を優先していく。
 それが無意識になされる。悪気はないのだ。体がそのように動いていくだけだ。
 今、このような多数派の子供たちを前にしている。
 ★
 この多数派の子供たち(生徒たち)を前にして、どのような指導が可能なのか。
 それが教師たちに突きつけられている。
 「生徒指導10の原理・100の原則」は、そういう時代を切り開いていく提案がなされている。
 私たちは、新たにここから出発していかなくてはならない。   

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富士山大噴火 その後のこと

 先日のブログで、木村政昭の「富士山大噴火」について取り上げた。
 今日(10/9)のテレビ朝日11:45からのスクランブルで「富士山噴火の可能性」について取り上げていた。
 しかし、木村の本については一言も取り上げられなかった。
 おかしなことだ。
 ここには木村を呼んでこなければいけないはずなのに、違う解説者が呼ばれていた。
 ★
 だが、現状はやはり深刻なことになる。
 3/11の大震災の後の3/15に富士山直下でM6.4の地震が起こった。
 これは大地震に連動して起こっている可能性がある。
 その後、箱根山で1週間の間に1050回の微動性の地震が起きていることも気になることになる。
 日本の活火山が大地震以後何らかの影響を受けているらしい。
 このような事実が紹介されている。
 ★
 もし富士山が大噴火を起こしたら、その灰は関東全域に10cmの灰を降らせる。
 304年前の宝永噴火では、その影響が2週間続いたらしい。
 たまたま手元に、歴史散策古今の庶民のくらし「都岡村の今と昔」がある。
 私が住んでいる町(横浜市)の歴史についてまとめてある本。
 そこに「宝永の噴火と農民」について書かれてある。
 
 △ △ △
 宝永4年(1707)11月23日午前十時頃、富士山の東南斜面から黒煙が立ち昇り、突然激しい大噴火が起きた。
 小田原では障子が激しく揺れ、周辺二十里には12月頃まで間断なく砂を交えた降灰があり江戸にまで達した。
 △ △ △
 
 この時の様子を祖母から聞いたと記述した私記がある。
 「いつもと同じように畑に出て一時の休息をとっていたところ、突然、静寂な村に地鳴りとドーンという音が響きわたった。地震だと感じ農具を放り出したまま、取るものもとらず、まっしぐらに家族の安否を気遣いわが家に戻った。
 暫くすると砂交じりの灰がさらさらと降ってきた。昼間なのに外は暗くなった。その内、一寸先も見えなくなり、これは何かの祟りと思い、神棚に灯明を掲げ、家族で般若心経を唱え無事を祈った。
 それから数日後、降灰も少なくなり満足に使えない我が家の井戸の清掃や屋根の黒砂交じりの灰を取り除いた。その後数人で川井村の高台に向かったが、富士山は噴煙で見えなかった。皆で富士に向いて合掌し無事を祈った…」と祖母から聞いた噴火の様子を記している。

 △ △ △
 この噴火で、横浜市域では20センチ以上の灰が降ったと報告されている。何日も続く降砂は、田畑はもちろんのこと、家屋敷・道路・水路にも被害が及んだ。…
 △ △ △
 304年前の状況だ。
 ただ、こういう大噴火に至らず、小規模の噴火で終わる場合も数多くあったらしい。
それを願うばかりだ。
 1000年に一度の大地震や津波に会い、また富士山の噴火に出会うとするなら、私たちは大変な時代に生まれたということになる。
 
  
 
 

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徒然なるままに

 4時30分からいつものように1時間散歩に出る。
 散歩といっても、「老人型インターバル走法」と名付けている走法で行う。
 決まっている距離を走り、決まっている距離を歩くことを繰り返すだけ。
 これだけでも1時間行うから、夏の間は汗だらけになった。
 週に4回は行う。
 さまざまな人と出会う。
 知らない人たちだが、挨拶を交わすようになった人は多い。
 ★
 走っていたら小さな男の子が叫んでいる。
 「お母さん、大きいミミズがいるよ!」
 立ち止まってじっと眺めている。
 先に行っているお母さんも叫んでいる。
 「何をしているの!早く来なさい。ミミズなんかいいの!」
 残念、残念。
 男の子は、生き物への問いかけをしているのに。
 お母さんは戻ってきて、
 「どれどれ、すごいね!良く見つけたね。」
 と一緒に眺めてあげればいいのにと思う。
 どんなに科学の多くの本を読んであげるよりも、本物に接するすごさが一番なのに。 私は傍らを走りながら「すごいね」と声をかける。
 ★
 夜、「日野原重明100歳」のNHKスペシャルを見る。
 今までの日野原さんの映像は、「凄さ」を強調する番組が多かったのだが、今回は痴呆症になった奥さんを巡る日野原さんのデリケートな部分の映像があってとても良かった。
 日野原さんは年寄りのスーパーマンであって、誰でもこのように生きようとしても生きられるものではないのだから。
 末期がんになった40歳過ぎの女性の患者のことが印象に残る。
 笑顔が素晴らしい人だった。
 日野原さんと一緒に映った写真を毎朝見て元気づけられると語っていた旦那さんの言葉が何とも良かった。
 歳をとるということが、周りの人たちに幸福感を与えるという社会。
 そんな社会を実現することが人類最後の課題になるのであろう。
 ★
 「女子学生、渡辺京二に会いに行く」(亜紀書房 渡辺京二×津田塾大学三砂ちづるゼミ)を読み出す。
 渡辺京二さんは、もはや80歳になったのである。
 「この人は誰?」と思われるのかもしれない。
 熊本在住の評論家、思想家。
 日本の中で注目する一人の思想家であろう。 
 私が昨年読んだ本の中で1冊をあげろと言われれば、必ずこの1冊をあげる。
 「逝きし世の面影」(平凡社ライブラリー、和辻哲郎文化賞受賞)。
 とにかくびっくりの本。
 江戸末期を訪れた外国人がどのように日本の民衆を見たのかを紹介しながら、渡辺さんの日本観が書かれている。
 ★
 北海道の堀裕嗣さんから原稿が送られてきた。
 明治図書から2月に発刊予定の本の原稿。
 どうして送られた来たのかというと、私が提唱している「3・7・30」の法則が下敷きになって書かれた本だからと言う。
 「3・7・30・90の法則」を堀さんは提唱されている。
 すぐに読み終えたが、圧倒された。
 今まで中学校の教師がこのような学級経営の本を出したことがない。
 おそらくこれを読む中学校の教師は、同じように圧倒されるであろう。
 私は「時代を切り開いていく書だ」と堀さんにメールを送る。
 読者の皆さん、しばし待っていてほしい。
  
 
 

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業務連絡~教職マガジンです~

 私も登場している「教職マガジン」に、新しく「得意を一つ武器にして」として玉置崇先生が登場されている。
 玉置先生とは、名古屋に行けば必ずお会いする親しい先生である。
 野口芳宏先生の「教師道」も始まっている。

 https://kyo-shoku.net/
 
  
 
 

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業務連絡です~中村健一先生の講座をお知らせします~

   山口の中村健一先生の講座のお知らせです。
 「中村健一の安心のある学級づくり」(黎明書房)が評判を呼んでいます。
 
  
笑いあり涙ありの保育・学級・授業づくりを学ぶ会
~第4回・ぼくらの研修2011~

主催:教育サークル「未来の扉」
○テーマ/新年度に役立つ保育・授業・学級づくり
~誰でもできる教師のワザと考え方~
○日時/12月25日(日) 10:30~17:00
○場所/こどもみらい館 第2研修室(京都市営地下鉄丸太町 下車すぐ)
○講師/中村健一(山口県岩国市立平田小学校教諭)
“2012年からの「笑える」学級・授業づくり”~今からできること~

○申し込み: http://kokucheese.com/event/index/16106/   参加費1500円

講演者
中村健一 山口県生まれ。現在、山口県岩国市立平田小学校

授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。
「笑い」と「フォロー」をいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。
また、若手教師を育てることに力を入れ、多くの学生に向けて講演も行っている。
「笑い」のある教育で日本トップクラスの教師の一人である。
2012年度より『教師になるには』(一ツ橋書店)の執筆に参加予定。
著書に『子どもも先生も思いっきり笑える73のネタ大放出!』(黎明書房)
『教室に笑顔があふれる中村健一の安心感のある学級づくり』(黎明書房)
『子どもが納得する個別対応・フォローの技術』(学事出版)などがある。

 

 
 

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池田先生の学級担任論に触発されて

    京都橘大学の池田修先生が、ブログに学級担任論の授業を書いておられる。
 全文引用させてほしい。

 △ △ △
 今日の学級担任論では、春休みにする教員の仕事の説明から入る。小学校六年生を担当した先生が、四月から新五年生を担当するとして、春休みにどんな仕事をしているのかを考えさせて、解説する。

春休みは、ご案内の通り教員にとって一年間で一番忙しい時間である。今まで担当していた学年のまとめがあり、次に担当する学年の準備がある。これを一週間でしなければならない。

自分のクラスだけならまあまだいいが、学年のこと、学校のことをやっていくわけで、相当大変になる。今までの纏めは、ここをやっていかないと次の学年でクラスを分けるときに困る。また、一年間の方針を立てるということをやっていかなければ、四月からがスタートしない。

学生たちは、私が配った資料に愕然とする。
毎年、学級担任論で見られる光景である。

私の時代には、一年目の先生が学年主任なんて考えられない。
ところが、単級の学校だとこれがあるわけだ。
さらに、二年目から体育主任とかもあって、運動会の実施計画などを書かなければならない立場になることも、今はある。

目隠しをされて、走らされるのだ。
何をして良いのか分からない、どっちに向かって走っていいか分からないのに、走らされるのだ。一年目は、100走を目隠しをされて、毎日全力疾走させられている感覚だろう。

授業ができていないから子どもたちが荒れる。
確かにそれはあるだろう。
しかし、学級は生活集団と学習集団から成り立っている。もう少し言えば、生活集団の上に学習集団があるわけだ。

この生活集団を成立させなければ、学習集団は成立しない。
嘗ては、
「先生の言うことを良く聞いて、賢くなってきなさい」
と送り出してくれる親御さんに支えられて学校はあった。
しかし、いまはそんな家は少ないだろう。先生が、自ら先生の「偉さ」を証明し、子どもを児童の位置において、自分を先生と認めさせる過程が必要になってきている。

野中信行先生もよくおっしゃるが、実は授業はそんなに簡単にうまくはならない。勿論、最初からうまい先生もいるが、実際はなかなかうまくならない。3年、5年、10年と修行をしてうまくなって行くことが多い。この10年もの修行が許されるのは、学級が生活集団として成立しているときである。

私は学級が崩壊して先生を退職するという先生の話は聞いたことがあるが、授業がうまく行かなくて退職するという先生の話はあまりきかない。授業がうまく行かなというのは、実は学級が崩壊していることが多い。

学級をどう作って行くか。校務分掌をどう進めて行くか。その二つが、四月に一年目の先生の両肩にドシンとのしかかる。学級担任論ではそのことから授業をスタートしている。
 △ △ △   
 
 夏に郷里で甥に会った。
 ある大学で教師の免許を取っている。3年生。
 いずれ小学校の教師になろうというのであろう。
 これから何を身につけなくてなくてはならないか、30分ほど話した。
 それは、教室の「空気」と「時間」のこと。
 「時間」は、本を読み、知識として蓄えれば何とかなる。
 しかし、「空気」は知識ではだめだ。
 いまから意識して子供たちに負けないで教室の「空気」をリードできるようなスタンスを身につけなくてはならないと、そんな話をした。
 ★
 池田先生は、大学で学生たちにこのようなことを伝える講座を持っておられる。
 私が大学に望むことはこのことだ。
 私は、この夏学級が崩壊している、あるいは学級が荒れている初任の先生たちに出会った。何人も。
 どの初任の先生も、真面目で必死だった。
 いい加減に教師生活をおくっているわけではない。
 私と話していると、すぐ涙が出てきた。
 教室の「空気」をやんちゃたちに支配されてしまっている。
 それでも、なんとかこの先生たちが1年目を凌いでほしいとひたすら願った。
 日本全国には、このような先生たちがごまんといるのであろう。
 身がすくむような思いになった。
 ★
 1年目の先生たちのクラスが少し荒れていくことは仕方がない。
 だが、何とか若さとエネルギーで凌いでいく。
 そこに「覚悟」と「知識」を持たせていくことは今もっとも大切なことである。
 今までの私たちが想定している方法では全く通じない。
 それをこの夏したたかに感じさせられた。
 私に、何ができるか必死で考え続けている。
  

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数字にしてみれば、素人でも大変な事態であることが分かる!

   経済にはまったくの素人なんだが、そうは言っておられない状況がある。
 基本的なことを確認する。
 ★
 日本は震災がなかったとしても、先進国最悪の財政赤字を抱えていた。
 ここ数年、92兆円規模の国家予算のうち、税収できちんと賄えているのは40兆円かそのくらい。
 残りの50兆円の調達はどうしているのか。
 いわゆる「霞ヶ関埋蔵金」の発掘か財政赤字(国債)を増やすしか手はなかった。
 埋蔵金も限界があり、年間10兆円も出れば万々歳で、そこで賄えない分はすべて財政赤字で穴埋めしていくことになっていた。
 つまり、日本は震災を抜きにして年間40兆~50兆円の赤字を出していたわけだ。
 ★
 そこに震災が起きた。
 日本はさらに10兆円単位での復興支援資金を捻出しなければいけなくなった。
 第1次補正予算では4兆円。それだけでは到底足りない。
 おそらく、15兆円~20兆円の財源が必要になる。
 さらに、今回は震災に加え、原発関係の問題を絡んでいる。
 こちらも東京電力だけで到底補償ができない。
 そこでも政府はお金を必要とするはずだ。
 これも国債の発行ということになろう。
 そのほかにも、エネルギー問題、防衛問題、少子高齢化問題や失業率など、日本が震災前から潜在的に抱えてきたものの、それでも「まだもう少し大丈夫じゃないか」と楽観視してきた問題が、今回の震災をきっかけに全部前倒しの形で顕在化するであろう。
 ★
 たとえば、少子高齢化の問題がある。
 もう数年前から団塊の世代が続々と退職している。(私もその一人だが)
 団塊の世代は、一学年につき250万人ほどいる。
 毎年250万人が年金をもらう側に回り、その状態が3,4年続く。
 つまり、一気に1000万人単位で年金受給者が増える。
 一方、2011年に新成人になった人数は、124万人。
 1学年250万人の団塊の世代に比べれば、約半数の人数しか働く側、つまり社会保障を支える側にいない。
 ちなみに2年前の成人式で新成人になったのは133万人、昨年が127万人で、今年が124万人。
 どんどん子供の数が減っている。
 さらに、2010年に生まれた子供の数は、わずか107万人。
 つまり、どんどん年金をもらう側は増加し、それを支える側は減っていく。
 これからどうなるのであろうか。
 ★
 医療費の問題がある。
 75歳以上の人が1年間に使う医療費は、一人平均85万円。
 65歳以下が一人19万円だということから考えると、今後医療費総額が跳ね上がっていく。
 一人85万円の医療費が,1000万人増えることになったらどうなるのか。
 8兆5000万円の増加になる。
 つまり、10年後には今より10兆円単位で医療費が増えていく社会に、日本はなる。
 少子高齢化の問題は、こういうことになる。
 ★
 これだけでもちょっと大変なことになるのが分かる。
 多くの人が「いずれなんとかなるだろう」と思ってしまっているが、何ともならない。
 数字にしてみれば、素人でも大変な事態になることが分かる。
 これが現実であることを私たちは認識をして、さまざまな事態を判断しなければいけないことになる。
  
 
 

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教育委員5人辞任意向~大阪府維新の会 条例可決なら~

 10/1の朝日新聞朝刊の一面に「教育委員5人辞任意向」~大阪府維新の会 条例可決なら~ という記事が出る。
 
 △ △ △
 条例案は、橋下徹知事が率いる大阪維新の会が提出。「グローバル社会に十分対応できる人材育成を実現する」として、ピラミッド型組織を目指す。政治と教育が一体化した戦前の反省に基づき、複数の教育委員が合議制で物事を決めてきた教育委員会制度を根本から問い直す内容だ。
 教育委員は一斉に反発。特に、一定の割合の教職員に最低評価をつけ、連続で最低評価を受けた教員を処分対象にするといった内容に、多くの委員が「これで教育がうまくいくはずがない」と主張する。
 △ △ △
 
 読売新聞には、9/30に次のような記事が出ている。
 △ △ △
維新の会提案4条例案、公・自・民が即日廃案に
読売新聞9月30日(金)22時25分
 大阪市議会の定例会が30日開会し、大阪維新の会(代表=橋下徹・大阪府知事)の市議団が提案した「職員」と「教育」の両基本条例案など4条例案が公明、自民、民主系の3会派などの反対で否決された。

 11月27日に想定される府知事・大阪市長のダブル選を前に先鋭化する維新の動きを、他会派が委員会での審議をしないまま「門前払い」した格好だ。

 地方議会では通常、開会日に議案審議のための手続きをとるが、他会派が反対理由を表明して即日廃案にするのは異例。

 採決にあたっての各会派の意見表明では、公務員の分限免職などを規定した職員基本条例案については「公務員を悪と決めつけ、独善的」(民主系)、教育基本条例案には「教育に政治が介入してはならないことは歴史が証明している」(公明)などと批判が続出した。
 △ △ △ 
 
 教育委員も、議員団も、良識的な判断をしている。
 私は大阪に何人も親しい知り合い、友人がいて、そこからさまざまな情報を得ているが、大阪が抱えている課題は大きい。
 大阪が抱えている、その大きな課題に気づいたのは、全国の学力テストだった。
 びっくりしたのは、大阪の結果が下の方にあること。下から何番目かの下位のグループに入っていることだった。
 40数年前に行われていた学力テストでは、多分(記憶では)上位トップグループに位置していたはずである。
 それが40年経った今、大転落してしまっている。
 もう一つ、私が教師になった1970年代の頃は大阪は民間の教育サークルのメッカで、集って大阪へ勉強しにいくという流れがあった。
 大阪は、全国の教師たちが憧れる教育先進地でもあったわけである。
 ところが、今民教連の衰退とともに大阪の教育も廃れていっている。
 私にしたら、とても寂しくて悲しいできごとである。
 なんとか大阪が元気を取り戻してほしいという願いがある。
 この実態をどうしていくか。
 大阪が抱えている課題は、とても大きいのだ。
 だから、維新の会がこのような条例案を提起してくる状況があるのだと、私は踏んでいる。
 しかし、このような過激な条例がいいわけはない。
 大阪府民の皆さんが、ぜひとも良識的な判断をしてほしいと願っている。 

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