「演じる」ということの意味
先日のブログに「演技力」について書いた。
これはなかなかうまく伝えられないなという思いになった。
★
かつて何かのテレビ番組に、劇作家平田オリザさんが出演されていた。
「演じる」ということを強調された。
「ある中学生の男の子だったか、『僕はもういい子を演じるのに疲れてしまった』という言葉を聞いたことがある。普通なら同情するところだが、私は『いい子ぐらいずっと演じろ。そんな弱いことでどうするんだ』と思った」というようなことを言っていた。
私も、その通りと思った。
オリザさんは、「演じる」というのは人生のさまざまな場面で要求される、「演じることこそが人生なのだ」ということを強調された。
そんな記憶がある。
★
「演じる」という言葉には、「欺瞞」とか「偽善」という匂いがつきまとう。
だから、どうしても否定的にとらえられてしまう。
だが、実際は普通に演じているのだ。
「演じている」と意識的でないだけ。
★
人間は、基本的には3つの顔を持っている。
これは驚かれるかもしれない。
私の持論になる。
職場で見せる顔。家族に見せる顔。一人になったときの顔。
それぞれ違う。
違って当たり前だとも思う。
一人になったときの顔が「素」の顔というのであろう。
だが、この顔が一番本当の顔だと言われたら、ちょっと違和感を感じる。
私は、この3つの顔がその人の顔だと思っているから。
他と関わり合うとき、人は必ず「演じる」ことになる。
無意識にそうしている。
「いや私は演じてなんかいない。素のままに振る舞っている」という人がいるのであろうが、人はそのようには振る舞えない。
★
職場ではあれほど優しそうに見えた人も、家族にはとても横暴に振る舞っていたりする。
また、反対の場合もある。
「あの人は、私たちの前では優しそうに振る舞っているが、あれは欺瞞だよ。ほんとうは実に横暴なんだから。」と指摘する人がいる。
やはり違和感がある。
職場で見せている顔は、社会的な集団の前で見せる、その人の1つの顔だ。
横暴に振る舞う顔は、家族の中で見せる1つの顔だ。
やはり、違ってくるのが当たり前。
★
「あの子は、学校ではいい子だとみんなは評価するけど、うちに帰れば大変なわがままだよ。それがあの子の本質よ」というようなことを何度も聞いたことがある。
一面的な評価をしてはいけないということ。
それはそれでいいのだけれども、「学校で見せる顔も、その子の1つの顔だよ」と私は思ってきた。
いわゆる社会的な集団の前で見せる顔だ。
家では、わがままな姿を見せるのは誰でもある。
家でもいい子なんて、とてもできることではない。
★
だから、親は「うちの子は家では元気に言いたい放題なんだけど、学校ではどんな顔を見せているんだろう」と思わなければいけない。
家で見せる顔と学校で見せる顔は当然違ってくるから。
違って当たり前だ。
ところが、このように思えない親がいっぱい。
家で親に素直に従っている子供が、学校でも素直にしていると勘違いをする。
学校で事件を起こすと、「うちではあんなに素直に聞き分けのいい子なのに、どうして学校であんな事件を起こすんだろう?きっと周りの子供に引きずられて、いやいやしてしまったんだ」と思う。(ほんとうは首謀者なのに)
こんな親がいっぱい。
まったく、人間認識が欠けている。
★
自分を振り返ってみたらいい。
職場で見せる顔と家族に見せる顔と一人の顔と同じはずはないであろう。
そこに共通するその人の顔はあるだろうが、絶対に違っている。
違って当たり前。
人は、どうしてもそのように振る舞ってしまうという本質を持っていると、私は考えている。
人は、他との関わりを持つとき、一つの顔を「演じる」。
自然にそうなる。
★
「教師」というのも、学校という場所で演じる私の顔だ。
「生徒」に向かってものごとを教えていく「役割」を持っている。
だが、私は家に帰れば「夫」の顔(役割)になり、「父親」の顔(役割)になる。
それぞれの役割を演じる。(そう振る舞っていない人も多いが)
そして、部屋にこもれば、一人の顔だ。
きちきちと分けて考えることではないが、つまりはそういうことになる。
★
「演じている」のであるから、「演じる」ことを意識的にしたい、というのが私の主張点になる。
「叱る」ことも演じる。
「フォロー」することも演じる。
笑いを起こすことも演じる。
要するに、「教師」することを演じることになる。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 「自己流」で身に付けた力量で対応できなくなっている!(2019.03.16)
- 『教師1年目の教科書』が重版になる!(2019.03.13)
- 再び横浜野口塾のお知らせです(2019.03.10)
- つれづれなるままに~飛行機ができてきた~(2019.03.09)
- 『教師1年目の教科書』(学陽書房)が発売される(2019.03.05)
コメント