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「どんぶり勘定」的学級経営の克服を!

   平塚の教育研究所での研修会へ行った。
 「教師の仕事術・学級経営力を高める」というテーマで3時間の講演。
 いつものように学級経営、学級づくりの大切さを力説する。
 この頃、やっとこのことが市民権を得てきたように思う。
 ★
 学校の一日は、ほとんど授業によって成り立っている。
 だから、この授業を充実させれば子供たちは落ち着いた学校生活を送ることができる。当然、学級が荒れてくれば一生懸命教材研究をして、子供たちに楽しい授業、おもしろい授業をしていけば子供たちは落ち着いてくる。
 今までこのように考えられてきた。
 誰もが納得することである。
 でも、私は違うと言い続けてきた。
 子供たちが教室の中で落ち着いた生活を送れるのは「授業」ではなく、「教室」の組織の有り様であると。
 まず、多くの子供たちが望んでいくのは、教室が「安心・安全な居心地の良さ」であるかどうかである。
 これを保障してくれるのは、教師のリーダーシップ、教師と子供たちとの良好な関係、教室のきちんとした仕組みになる。
 まず、これを確立することが教室を「落ち着いた状態」にしていく基盤である。
 これを1ヶ月で確立する。
 これが生命線だ。
 ★
 多くの教師たちが、このように考えたことがない。
 今まではこのように考える必要がなかったからだと言う。
 子供たちに恵まれたきたからに過ぎない。
 しかし、多くの教師たちは、今までのその方法(私は「どんぶり勘定」的学級経営と言っている)が通用しなくなっているはずである。
「おかしいな、今までは回っていたのに、なんかうまく学級が回っていかなくなった」とつぶやいている。
 中堅、ベテランの先生たちがつぶやいている。
 学級崩壊にまで進んでいくことはないが、2,3月には教室がよたよたする。
 2学期頃には、「早くこのクラスが終わらないかな。」と指折り数える。
 ★
 発想の転換が必要なのである。
 子供たちの有り様が深刻になっている。
 これが根底にある。
 だけど、まだまだ何とかなる。
 「どんぶり勘定」的学級づくりを改めて、「マネジメント」感覚のある学級経営を推し進めていくことである。
 まず「授業」ではない。
 土台としての学級づくりをはっきり確立して、その上に「授業」を乗せていく。
 このような筋道を確立することである。
 ★
 ある熱心な初任者指導の先生が担当している初任者のクラスが、2つとも学級崩壊の憂き目にあっている。
 
 始業式の最初からがんがんと「授業」への指導をされている。
 その先生は、「授業」こそが最も大事なことだと思い込まれている。
 しかし、初任者はその期待に応えられない。
 当たり前である。
 そんなにすぐ「授業」がうまくなるはずはない。
 初任者は、初任者指導の先生が来られる日はお腹が痛くなる。
 大変なストレスを抱えている。
 そして、学級がおかしくなる。
 もちろん、初任者指導の先生だけの問題だとは思わない。
 しかし、初任者を育てるという方法論を持っていないことだけは確かなのだ。
 ★
 私は、初任者指導の仕事を3年間してきた。
 そこで感じたことは、教育委員会も、初任者指導の先生たちも、ほとんど初任者を育てるという方法論を持っていないことである。
 ただ、初任者を何とか育てていこうという気持ちがある学校だけが、なんとか初任者への手立てをさしのべている。
 上越の西川純先生は、今の初任者指導の実態を丁半のばくちにたとえられていた。
 その初任者を包み込んで育てる学校へ赴任するか、それができない学校へ赴任するか、丁半のばくちである。
 私もその通りの実態であると納得する。
 そこで、何ができるのかどうか、私は深く考える。
 
 

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