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{大事なこと}教員養成について

  西川先生から再びメールをもらった。
 「補足のメモ」が書かれていた。
 読ませてもらった。
 このブログで先日紹介した西川先生の「教職大学院」と今回の「教員養成について」の2つを読めば、現在の教員養成と免許制度の問題点と今後の方向が明確になる。
 私も今回の西川先生の2つからずいぶんと学ばせてもらった。
 ありがとうございました。
  早速、今回の「教員養成について」を掲載したい。

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  [大事なこと]教員養成について 05:57   
 数日前の私のメモ(http://bit.ly/qvbBbD)に野中先生より丁重な紹介があった(http://bit.ly/o7IkSo)。光栄なことです。同時に、野中先生の補足のコメントをいただいた(http://bit.ly/q6Zxu6)。大事な指摘だ。私なりにメモりたいと思いました。

 まず野中先生の懸念は正しいと思います。特に現状の経済状況では。私なりの対処療法としては、かつての育英会のように教員として採用された場合は奨学金の返還は免除される、というようになれば本気で教員になりたい人の志望者数の減少を留められると思います。

 さて、本題です。教師が専門職であるならば、長期の学習は必要です。当然、医者と同じように6年制の養成も考えられるでしょう。そして、現状はその方向に進むことは確かです。それが5年後になるか、10年後になるか、20年後になるかは今後の政治情勢によって変わりますが、長期的には4年以上の養成になることは確かだと思います。

 では、現状で教職大学院のような教育課程が必須かと言われれば、そんなことはありません。4年の大学卒業で教師になり、素晴らしい実践をされている方は山ほどいます。ただ、現状の若い人の場合、それは丁半博打のようなものです。何故か?それは学校現場の教育力が圧倒的に低下したからです。そして、それに対応した様々な教師の自己防衛反応が起こりました(http://bit.ly/nonzJW)。

 現状で若い教師が学校現場に行ったとき、その初任校が教育力を持っているか、無いかで、その教師が教師を続けられるか否か、また、教師としての健全なスタンスを維持できるか否かが決定されます。それでは可哀想すぎる。野中先生をはじめとする様々な教師や教師集団が若い教師に手をさしのべています。上越教育大学の教職大学院が協働を基本コンセプトとしているのも、大学なりの手だてなのです(http://bit.ly/qzERIc)。

 もちろん官製の研修も制度化されています。しかし、そのような若い教師を救うために大事なことは「知識・技能」だけではないのです。なによりも「繋がり」だと思います。どんなに山ほど「知識・技能」を伝えても、若い教師の直面する悩みは様々です。その悩みを解決するのは当人しかありません。しかし、一人で立ち向かうのは若い教師には辛すぎます。相談に乗る人が必要です。何よりも愚痴を聞いてくれる人が必要です。私が新任の学校には、私の愚痴を延々と聞いてくれる先輩が、全職員が十数人の職場で片手はいました。毎日、職員室の横のお茶飲み場で馬鹿話をしましたし、毎週、誰かが酒を驕ってくれました。でも、現状の若い教師がそれをどれだけ享受しているでしょうか?

 実はつぶれているのは若い教師だけではありません。現状で指導力不足で分限を受けている人は四十代後半です。その人達は、それまでは指導できたのです。しかし、脂ののりきるべき年代で分限を受けています(http://bit.ly/q4wkMm)。理由は、同じく学校現場の年齢バランスの崩壊です。

 上越教育大学に25年も勤めていると、様々な県の現職派遣者に出会います。上越教育大学に派遣される教師は三十代後半の教師が多いです。しかし、最近十数年の傾向として、初任からずっと最若年のままで三十代後半になった教師が多くなったように思います。結果として、いつまでも若手意識が抜けず、中堅に脱皮できないのです。このような教師の場合、健全に若い教師とつきあう機会を保障しなければ成りません。上越教育大学の教職大学院は、それを保障しようと思っているのです。そして、多くの教師や教師集団が、自分と違う職場の若い教師に手をさしのべているのは、若い教師と繋がる必要性を感じているからだと思います。

 しかし、上越教育大学の教職大学院も、また、様々な研修団体も、全て「その人の職場」の補完・準備にすぎません。教師の職能は、自分の教え子たちとの関係の中で磨かれるものです。それから離れたものは、それがいかに優れたものであっても、畳の上の水練です。学んだものを、自分の教え子への実践に自らの頭で適用し、反省し、修正しなければ血肉にはなりません。そして、それは毎日積み上げていかねばならない。そのような毎日の積み上げには、日常の繋がりが必要です。それを最も確実に実現するにはどうしたらいいか?

 まず、教師が教材ではなく子どもに着目すべきだと思います。私が高校教師であったときのことです。職員室の隣の部屋にお茶飲み場があり、そこでお茶を飲むのが大好きでした。それは、馬鹿話の中にためになる先輩の話を聞くことが出来たからです。私が失敗したとき、落ち込んだとき、先輩教師から「俺も○○ということあったんだよな~。その時は、○○で・・・」とその先生の失敗談、そして解決の方法などを、クラスの様子がありありと分かるようなエピソードを聞かせてもらいました。先輩教師の教科は様々です。K先生の場合は英語、SUW先生の場合は数学、SUZ先生の場合は社会、SA先生は国語、F先生は体育でした。しかし、そのことに違和感を感じることはありませんでした。それは、先輩教師が語ってくれたのは教科学習の場面ではありますが、教科の内容ではなく、教科を学ぶ子どもの姿(そして教師の姿)だったからだとおもいます。

 これは中高の教師の場合は決定的です。なぜなら、教科内容で繋がろうとしたならば、学校に繋がれる教師が少なすぎるからです。その人が相性が悪ければ繋がることが出来ません。そもそも教科によっては、自分一人という場合も多い。だから中高で教師同士が繋がるとしたら生徒指導や特別活動が一般的です。しかし、教師の勝負の場、そして、もっとも悩むのは教科指導なのです。であれば、教科指導における子どもの姿を語るようにしなければ成りません。

 我田引水の誹りは甘んじて受けても、『学び合い』だと思っています。『学び合い』では教科指導を教科内容ではなく、子どもの姿を通してどのように改善するかを理論化したものです。さらに、それを最大限に実現できるのが異学年・異教科による合同『学び合い』です。

 今の教師は忙しすぎます。雑談する時間はありません。ところが、異学年・異教科による合同『学び合い』の場合、様々な教師がふんだんに雑談する時間を保障することが出来ます。そして、その雑談では、目の前でどんどん現れる子どもの姿という話題が生まれるので、雑談の種は尽きません。だから、職員室に戻ってからもそれが続きます。(その姿が見たければ、いつでもおいで下さい。お見せします。)

 多くの教師や教師集団が感じている、現状の教員養成・教員研修の問題意識はほぼ同じように思います。そして、様々なアプローチをしています。それらは全て正しいものだと思います。最善の一つの方法はありません。最善の方法は、様々な方法を柔軟に適用し続けることしかありません。その中で、その場、その人の最適解が見つかるのです。私は大学教師の一人として、協働をコンセプトとする上越教育大学の教職大学院と『学び合い』を多くの教師・教師の卵に提案しています。
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 この中に書かれている中で、最も共感するところは、つぎのところだ。
「しかし、上越教育大学の教職大学院も、また、様々な研修団体も、全て「その人の職場」の補完・準備にすぎません。教師の職能は、自分の教え子たちとの関係の中で磨かれるものです。それから離れたものは、それがいかに優れたものであっても、畳の上の水練です。学んだものを、自分の教え子への実践に自らの頭で適用し、反省し、修正しなければ血肉にはなりません。そして、それは毎日積み上げていかねばならない。そのような毎日の積み上げには、日常の繋がりが必要です。それを最も確実に実現するにはどうしたらいいか?
 まず、教師が教材ではなく子どもに着目すべきだと思います。…………」
  私も、先日初任のK先生のクラスを訪れて、次のように書いた。

 教師ができることは、そんな子供たち一人一人に「あなたはこんないいところがあるよ」「ここがとても伸びてきたね」「ここをもう少しがんばればすごく良くなるよ」…と認め、励ましていくことである。
 言葉だけではなく、褒めていく「事実」を作り上げることである。 その事実をもとに認めていくことである。
 これは、教師だけができることなのだ。
 教師論もいい。授業論もいい。学級経営論もいい。
 だけど、目の前の子供たちに、褒めていく「事実」を作り上げ、その事実をきちんと伝え、励ましていく。
 そんなことがもっとも教師として価値あることである。

 同じ地平のことを言っているのだと私は思う。
 
 

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