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「55の次はいくつ?」と聞かれて答えられない高校生が10%いる!

  友人の秦先生のブログに次のようなことが書いてあった。
  (秦先生、またまた引用させてもらってごめんさない。)
 http://dousureba2.blog.so-net.ne.jp/
 百マス計算の創始者である岸本裕史先生が語られていることなのだ。 
  ★
  1985年、雑誌「子どもと教育9月臨時増刊号」(あゆみ出版)は、「学力の基礎」を特集していた。
あの岸本裕史氏はこんな風に書かれていた。
少し長いがそのまま引用させて頂く。
「『読み 書き 計算の今日的意義』
 〜普遍化する落ちこぼれ的状況〜
 教室風景は物語る
 長年教師をしている友人が歎いていました。
 『ことし、久しぶりに二年生を持ったのだが、全然先生の話を聞こうとしないんだよ。ぺちゃぺちぇとしゃべりちらしている子や、うろつきまわる子がいてね。
 静かに聞きなさいと言っても、いっこうに効き目がない。張りとばしでもしたらいうことは聞くんだろうが、それはしたくないしね。こんなこと、教師になって初めてだよ』
  確かに、黙らず・言わず・顔向けずの『三ずっ子』が年ねんふえてきているというのが、近ごろの教室風景です。しかも、高学年になってもその傾向は変わりません。中学生になれば、指名されても『知りません』『わかりません』というだけで、まじめに答える生徒の方が、いじめの対象になるといったことすらあります。(以下・・・20ページにわたり、学力問題への具体的な提起が記されている)」

あれ、と思うのは私だけだろうか。
この状況は、今も、そのまま全国の学校にしばしば見られる状況ではないだろうか。
1985年当時も、学力の基礎が問題になり、そうして2010年を過ぎた今も、同様に学力の基礎が問題になっているのである。
なぜなのか。
これまでも、心ある教師は学力の基礎を高めようと、踏ん張ってきたに違いない。
しかし、20年以上過ぎた今でも同様の現象が起こっているのである。
学級崩壊状態は、もっと深刻かもしれない。
 ★
 秦先生が指摘されている状況は、確かに今も続いている。
 この現象は、80年代の半ば頃から徐々に増え出し、それからずっと続いている。もっと深刻になって。
 学力の基礎が問題になっていたのは、私が教師になった40年前からずっと続いている問題である。
 ほとんど改善されないままに続いている。
 しかし、70年代は、「落ちこぼれ」「落ちこぼし」という言い方で問題化されていたのである。
 なんとかしようという機運は、まだまだ現場教師の問題意識のなかにあったのである。
 今は、「落ちこぼれ」「落ちこぼし」という言葉は語られない。
 では、そういう子供たちがいなくなったのか。
 ★
 そんなことはない。
 以前このブログでも指摘しておいたが、あきれるほどの深刻な事態が進んでいる。
  「高校中退」(青砥恭著 ちくま新書)には、次のような指摘がある。

 「生徒の学力は驚くほど低い。この高校では、定員割れすると中学からの成績がオール1でも入学できる。高校入学まで、小学校の低学年レベルの学力のままで放置されている生徒が相当数いる。そのため、教師は1から100まで数えさせるといった補習授業をするのである。順番に数えていけば数えることができても、では『55の次はいくつ?」と聞くと、10%の生徒はできない。SA高校の生徒にとって数字の理解は30までで、それ以上の数を概念として理解することはむずかしいようだ」
 
 いわゆる底辺校と言われる高校の実態である。
 「できる子供」と「できない子供」の格差はますます広がっている。
 ★
 現場教師は、低学力の子供たちへ向けて切り込んでいく方法論をほとんど持たなかったのである。
 場当たり的に済ましてきたのだ。
 私も同じである。
 あるいは、ほとんど関わらずにきたのである。
 決して怠けていたわけではなく、方法論を持たなかったので、どのように関わっていいのか分からなかったと言っていい。 
 ★
 この問題をどのように考えればいいか。
 私は、現場教師が「日常授業」を問題視する視点を持てなかったところに大きな問題点があるのだと、考えるようになった。
  だからこそ、「味噌汁・ご飯」授業を提唱したのである。
 ★
 秦先生は、次のように指摘している。

「これは、私の仮説だが、結局は、今までの教育界が、
・普遍的なシステムとしての「読み、書き、計算」の方法論を構築しきれなかったということだと思う。

では、これから先、どうすればよいのか。
私は、誰かがコーディネートし、これまでの方法論を再評価し、
編集し直すことが必要だと考えている。
まずは、「編集すること」が大切だ。
余分な部分を捨て、基本となる型を構築することだと思う。
特に、インターネット時代になって、誰もが意見を述べ評価することができるようになった。
例えば、amazonでは買い物をしなくてもその商品について是非を☆の数で評定し、必要ならコメントをつけることもできる。
読み・書き、計算の方法論もそのようにして評価すればよいと思う。
最も、有効で成果の上がる方法を実践を通してみんなが認め合えば、
それが普遍的な方法として生き残る可能性は高い。
学力の基礎=「読み 書き 計算」となるかについては、議論のあるところだろう。
しかし、とりあえずそれに限定してでもやってみる価値はあると思う。」

 

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