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2011年6月

話している会話が理解できない!

    ちょっと驚いたことに遭遇した。
 月曜日の午前11時30分頃のことだ。
 女房と二人で横浜西口に買い物にでかけていた。
 相模鉄道の星川というところで2人の若者が乗ってきた。
 20歳前後であろうか。
 その2人、並んで座らないで、わざわざ向かい合わせに座って大きな声で話し出した。
  どこにでもこの手の礼儀知らずの若者はいる。
 耳を傾けているわけではないが、車両中に広がる大きい声で話すので自然と聞こえてしまう。
 2人とも携帯電話を見ながら、会話をしている。
 ところが、驚いたことにこの2人の若者の話すことが理解できない。
  切れ切れの会話。単語だけを並べた会話。
 まったく何を話しているのか分からない。
 方言を使っての話でもない。
 一瞬、顔を見たが日本人である。
  今まで、何度も電車の中で会話している高校生の近くにいたことがある。
 彼等は、単語だけを並べた会話であったが、一応何を話しているのか理解ができた。
 ところが、今回の2人の会話は、まったく意味不明な会話なのだ。 話している若者2人には、通じている。しかし、私にはまったく分からない。ただ、叫んでいるだけの会話である。
 初めての経験だったので、ちょっと驚いた。
  これは何なのだろうか。
 ★
 若者言葉がもはや理解できなくなっているのだろうか。
 たとえば、女子高生たちが使う次のような会話は、もちろんまったく理解できない。
 
「まったく、さっきのチョベリガンブロン、まじSKYじゃない!? BMだし、MMだよ~。もう気分はチョベリバ!」

  これは「女子高校生用語」。女子高校生どうしなら意味が通じるようだが、私はほとんど理解不能。
 
  おそらく、このように自分たちだけで通じる会話を彼等2人もしていたのであろう。
 同じ日本語でも、互いに理解できない言葉を使う人種が登場してきているのだろうか。そのように思えたのである。
 
 

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地名当てゲームと都道府県カルタ

   地理への興味を子供たちへ持たせるために、どのような試みをされているのであろうか。
 ポイントは地図帳への興味をどのように子供たちに喚起するかにかかっているように思ってきた。
 しょっちゅう地図帳を開いていく子供たちがいるというイメージである。
 私は、そのために2つのことを意識して実践してきた。
 1つは、地名当てゲーム。
 2つ目は、都道府県カルタ。
 この2つは、4年生から始めるのがいい。
 ★
 地名当てゲームというのは、私が作りだしたものである。
 といっても、たいしたゲームではない。
 ゲームは次のように行う。
 
 ①地図帳を出す。
 ②地図帳の適当なページを指定する。(九州地方とかなど)
 ③グループ机にする。得点は、1位が3点、2位が2点、3位が  1点とする。
 ④私が、そのページにある地名を言う。(たとえば、有田、佐世 保など)
  ⑤子供たちはその地名を探す。
 ⑥自分が探したら、自分の班の他の子供たちに教えなければ
    いけない。
  ⑦班の全員が、その地名に赤鉛筆で○をつけたら、全員が
  手を挙げる。(全員が手を挙げるが条件)
  ⑧順番に、1,2,3位と判定する。
 ⑨黒板に、正の字で得点を書いていく。
 ⑩5回戦ぐらいしたら終わり。今回の1位を発表。

 ★
 繰り返していけば、多くの地名に赤丸がつけられる。
 私は、中学1年の時、前の席の男の子とさかんにこのゲームをした。私が地名を言って、その男の子が探すのである。次には反対になる。
 この時のことを思い出してゲーム化したのである。
 ★
 ある時の個人面談の時、お母さんから言われた。
「父親が先日山口県のある田舎町に単身赴任で行くことになり、その場所について話していたら、息子が『その場所知ってるよ』と地図帳を持ってきて指し示すのです。赤丸がついていました。びっくりしてわけを聞くと、地名当てゲームを先生がやられているとのこと。息子は、地名についてほとんど知っているのにはまたまた驚きました。ほんとにありがとうございます。主人からもお礼を言うようにということでした。」
 その子は、地名博士などと呼ばれていて、ほとんどの地名に精通していた。
 ★
 2つ目のゲームは、都道府県ゲーム。
 これもカルタにしてよくやった。
 そのカルタのもとがなくなっていて、どうしたものかと思っていたら、友人から送ってもらった「たのしい授業」(6月号仮説社)にあった。
 「楽しく覚えられる<都道府県カルタ>」(林 秀一)
 私が使っていたのは、そのままではないが、この形式である。
 ★
 これはいろいろなゲームが考えられる。
 私は、百人一首の源平にした。
 
  ①2人組の向かい合わせの机にする。順番に1,2,3,…と
    上位から番号をつけておく。
 ②47都道府県のカルタを2つに分けておく。(23枚と24枚)  時間短縮のため
 ③半分ずつにして互いの机に並べる。2人とも取れるように並べ  る。
  ④試合は、立ち上がる。
  ⑤両手は、机についておく。
 ⑥担任が読み上げる。
  ⑦分かったところで取っていいという約束。
 ⑧お手つきは、取った札を出す。次の勝者がそれを取っていい。
 ⑨札は2枚の残して終わり。
 ⑩多く取った方が勝ち。
 ⑪勝った子供は、上の位に上がる。負けた子供は、下の位に下が  る。(たとえば、2の位で勝負をしていたら、勝った子供は1  の位へ、負けた子供は、3の位へ)
   ※次のカルタの時には、この場所から始めるようにする。
  ★
 こういうゲームを社会科の時間の最初の5分間にするようにした。
 繰り返していけば、いつのまにか覚えてしまうものである。

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徒然なるままに

    女房と一緒に鎌倉へ紫陽花を見に行った。
 まずは、北鎌倉の明月院。
 月曜日なのに、人でびっしり。
 この人たちにびっくり。
 これでは、どこも人の多さに覚悟しなくてはならない。
 次に、鎌倉の長谷寺へ行く。
 江ノ電で長谷駅に降り立つと、そこからずっと長谷寺まで人の列。 長谷寺へ着き、紫陽花の散策路へ行こうとすると、1時間待ち。
 すぐに諦める。
 紫陽花を楽しむどころではない。
 それでも、初めてさまざまな紫陽花を見る。
 長谷寺では34種類の紫陽花がある。
 「エーゲ海」(紫陽花の名前)が良い。
 ★
 佐伯泰英ファンである。
 「密命 覇者」25巻が出た。
 すぐに買う。
 そして、ほぼ2日間で読み上げる。
 1ヶ月に2冊は、シリーズ本が出ている。
 熱海に住む佐伯さんは、毎日毎日私たちにこのシリーズ本を届けるために書き続けている。
 想像するだけでもゾッとする。
 私は、昨年の11月の1ヶ月をかけて、「新卒教師時代を生き抜く学級づくり3原則」(明治図書)を書き上げたが、これは大変なことであった。
 この経験があるので、佐伯さんの大変さがよく分かる。
 ★
 久しぶりに小説を読んでいる。まだ途中。
 長編なのだ。
 「なずな」(堀江敏幸著 集英社)。
 地方紙に街ダネの記事を書く40代半ばの「私」が、弟夫婦が事故と病気で入院したために、生後間もない姪の「なずな」を育てることになる物語である。
 「なずなが来てから私の身に起こった大きな変化のひとつは、周りがそれまでとちがった顔を見せるようになったことだ。こんなに狭い範囲でしか動いていないのに、じつにたくさんの、それも知らない人に声をかけられる」と「私」は述懐する。
 「生活とは、平穏のようでいて、毎日が別れの連続であり、二度と戻って来ない。一日一日が厳しくて、いとおしく、かけがえない。何かを始めるとしたら、こういうところから始めないといけないと思った」。 
 ★
 親しい友人のK先生の胸を借りて、国語の授業づくりをしている。 今回は、東書の5年「だいじょうぶ だいじょうぶ」「世界でいちばんやかましい音」光村3年「本は友だち」の授業づくり。
 これは、「味噌汁・ご飯」授業づくりの一環である。
 国語教育には素人の私が授業案を作っていって、国語の専門家のK先生にさまざまなコメントをつけてもらう。
 そして、1つの授業案に仕上げていく。
 これはとてもおもしろい試みだ。
 どうしてこんなことをやっているかというと、私たちが作った教材研究の方法でどのように授業づくりができるかどうかの実験である。
 どこにつまづきがあるか、どこに困難なところがあるか、自ら作りながら確かめているわけだ。
 コミュニティハウスの談話室を借りて3時間ほどこの時間に充てる。
 1時間百円。この安さがいい。
 朝の9時からだったり、昼の1時からだったりする。
 この談話室の表示は、「授業改善研究会」。
 誰がこんな昼間から、こんなことをやっているのかと、通りがかりのおばさんたちがさかんにドアの窓から私たちをのぞく。
 

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あの日のこと~JJ先生の報告~

  池田修先生のブログにも紹介されているが、石巻のJJ先生がブログに連載で「あの日のこと」を報告されている。
 読みながら、緊張する。

  http://sasakinet.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-f30e.html

  ぜひ、読んでほしい。

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「55の次はいくつ?」と聞かれて答えられない高校生が10%いる!

  友人の秦先生のブログに次のようなことが書いてあった。
  (秦先生、またまた引用させてもらってごめんさない。)
 http://dousureba2.blog.so-net.ne.jp/
 百マス計算の創始者である岸本裕史先生が語られていることなのだ。 
  ★
  1985年、雑誌「子どもと教育9月臨時増刊号」(あゆみ出版)は、「学力の基礎」を特集していた。
あの岸本裕史氏はこんな風に書かれていた。
少し長いがそのまま引用させて頂く。
「『読み 書き 計算の今日的意義』
 〜普遍化する落ちこぼれ的状況〜
 教室風景は物語る
 長年教師をしている友人が歎いていました。
 『ことし、久しぶりに二年生を持ったのだが、全然先生の話を聞こうとしないんだよ。ぺちゃぺちぇとしゃべりちらしている子や、うろつきまわる子がいてね。
 静かに聞きなさいと言っても、いっこうに効き目がない。張りとばしでもしたらいうことは聞くんだろうが、それはしたくないしね。こんなこと、教師になって初めてだよ』
  確かに、黙らず・言わず・顔向けずの『三ずっ子』が年ねんふえてきているというのが、近ごろの教室風景です。しかも、高学年になってもその傾向は変わりません。中学生になれば、指名されても『知りません』『わかりません』というだけで、まじめに答える生徒の方が、いじめの対象になるといったことすらあります。(以下・・・20ページにわたり、学力問題への具体的な提起が記されている)」

あれ、と思うのは私だけだろうか。
この状況は、今も、そのまま全国の学校にしばしば見られる状況ではないだろうか。
1985年当時も、学力の基礎が問題になり、そうして2010年を過ぎた今も、同様に学力の基礎が問題になっているのである。
なぜなのか。
これまでも、心ある教師は学力の基礎を高めようと、踏ん張ってきたに違いない。
しかし、20年以上過ぎた今でも同様の現象が起こっているのである。
学級崩壊状態は、もっと深刻かもしれない。
 ★
 秦先生が指摘されている状況は、確かに今も続いている。
 この現象は、80年代の半ば頃から徐々に増え出し、それからずっと続いている。もっと深刻になって。
 学力の基礎が問題になっていたのは、私が教師になった40年前からずっと続いている問題である。
 ほとんど改善されないままに続いている。
 しかし、70年代は、「落ちこぼれ」「落ちこぼし」という言い方で問題化されていたのである。
 なんとかしようという機運は、まだまだ現場教師の問題意識のなかにあったのである。
 今は、「落ちこぼれ」「落ちこぼし」という言葉は語られない。
 では、そういう子供たちがいなくなったのか。
 ★
 そんなことはない。
 以前このブログでも指摘しておいたが、あきれるほどの深刻な事態が進んでいる。
  「高校中退」(青砥恭著 ちくま新書)には、次のような指摘がある。

 「生徒の学力は驚くほど低い。この高校では、定員割れすると中学からの成績がオール1でも入学できる。高校入学まで、小学校の低学年レベルの学力のままで放置されている生徒が相当数いる。そのため、教師は1から100まで数えさせるといった補習授業をするのである。順番に数えていけば数えることができても、では『55の次はいくつ?」と聞くと、10%の生徒はできない。SA高校の生徒にとって数字の理解は30までで、それ以上の数を概念として理解することはむずかしいようだ」
 
 いわゆる底辺校と言われる高校の実態である。
 「できる子供」と「できない子供」の格差はますます広がっている。
 ★
 現場教師は、低学力の子供たちへ向けて切り込んでいく方法論をほとんど持たなかったのである。
 場当たり的に済ましてきたのだ。
 私も同じである。
 あるいは、ほとんど関わらずにきたのである。
 決して怠けていたわけではなく、方法論を持たなかったので、どのように関わっていいのか分からなかったと言っていい。 
 ★
 この問題をどのように考えればいいか。
 私は、現場教師が「日常授業」を問題視する視点を持てなかったところに大きな問題点があるのだと、考えるようになった。
  だからこそ、「味噌汁・ご飯」授業を提唱したのである。
 ★
 秦先生は、次のように指摘している。

「これは、私の仮説だが、結局は、今までの教育界が、
・普遍的なシステムとしての「読み、書き、計算」の方法論を構築しきれなかったということだと思う。

では、これから先、どうすればよいのか。
私は、誰かがコーディネートし、これまでの方法論を再評価し、
編集し直すことが必要だと考えている。
まずは、「編集すること」が大切だ。
余分な部分を捨て、基本となる型を構築することだと思う。
特に、インターネット時代になって、誰もが意見を述べ評価することができるようになった。
例えば、amazonでは買い物をしなくてもその商品について是非を☆の数で評定し、必要ならコメントをつけることもできる。
読み・書き、計算の方法論もそのようにして評価すればよいと思う。
最も、有効で成果の上がる方法を実践を通してみんなが認め合えば、
それが普遍的な方法として生き残る可能性は高い。
学力の基礎=「読み 書き 計算」となるかについては、議論のあるところだろう。
しかし、とりあえずそれに限定してでもやってみる価値はあると思う。」

 

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あれから3ヶ月が過ぎた!

 あれから3ヶ月が過ぎた。
 テレビでは毎日この話題でもちきりだが、被災の状況は一向に改善に向かわない。
 いらいらする被災者の姿が映し出される。
 ★
 そんな中で、カタルーニャ国際賞を受けた村上春樹のスピーチが入ってきた。
 もちろん、3/11の大震災のことについて語っている。
 村上春樹が、今回のことについて何を語るのか。
 やはり、一番聞きたい一人だったに違いない。 

http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html?toprank=onehour

 ★
 村上は語る。
「我々日本人は核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発言に代わる有効エネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が『原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ』とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。
 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的なメッセージが必要だった。…………」 

 ★
 テレビには、亡くなってまだ見つかっていない息子を毎日探しに千羽鶴を持って駆けつけてくる母親の姿を映し出していた。
 「ここへ来るのは今日限りにしたい」
 区切りである。
 宮古市の津波で、両親と妹を失った4歳の昆(こん)愛海(まなみ)ちゃんは、避難先の親戚の家の炬燵で、長い時間かかって一人で帰らないママへ手紙を書いた。
 そして、疲れてしまったのか、鉛筆を握ったまま寝てしまっていた。3月31日付けの読売新聞である。

 「ままへ。いきてるといいね おげんきですか」

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「関係づくり」とは、「距離」の取り方の問題になる

   S小学校へ行った。
 親しい知り合いのO先生から来てほしいという依頼を受けての訪問である。
 若いメンターチームの先生方へ学級づくりについての話をしてほしいということであった。
 5,6時間目に1年生、それから6年生の授業も見てほしいということ。
 1時間だけ授業を見て、とやかく言っても仕方がないと思い、「私が授業をやります」と授業を引き受ける。
 このS小学校は、私が5年間勤務した学校でもある。
 10年以上前のことだ。
 離任式以来の学校訪問になる。
 ★
 授業は、初任者指導の示範授業のつもりである。
 1年生の先生のところは、国語の音読の授業。
 5時間目の前に授業をやるところを決める。
 いい加減である。
 だが、私は「味噌汁・ご飯」授業を提唱しているのである。
 即座に教材研究をして、すぐ授業に移していくことができなくてはならない。
 6年生は、道徳の授業。
 飛び込みの授業なのだ。
 いかに子供たちを引き入れて、笑わせるかが勝負。
 ★
 そのクラスの担任の先生に授業を見せるという心づもりが、多くの先生方が見に来られた。恐縮する。
 その後、1時間ぐらい学級づくりについての話をする。
 6月頃から荒れが目立ってくるクラスに対して、どのような手立てが必要なのかの話である。
 荒れが始まっている学級に対して、どのような手立てで回復をさせていくかは大きな課題である。
 今までの教育界は、このような手立てさえも明確に示してこなかったのである。
 ほとんどが「授業だ!」「教材研究だ!」と指導していく。
 確かに一日の大半が授業で成り立っているから、授業が楽しく、おもしろくなれば子供たちも落ち着いてくるであろうと思われることは予想がつく。
 だけど、このような指導ではほとんど効果はない。
 ますます学級は荒れていく。
 ★
 6月頃の荒れは、担任がかなりの覚悟を持って立て直していけばまだまだ間に合う。
 ところが、11月頃の荒れは、ほとんど手の打ちようがなくなる。 担任の交代が一番の得策になる。
 決め手は、担任と子供たちとの「関係づくり」である。
 担任交代で、この「関係づくり」を変えていくことである。
 ★
 「関係づくり」とは、「距離」の取り方の問題になる。
 初任の先生たちのクラスの七、八割が荒れていくのは、この「距離」の取り方がうまくできないからである。
 初任の先生たちは、すぐに子供たちとの距離を近づけようとする。今までそれしか親しくなる方法は知らないからである。
 しかし、これでは失敗する。
 「教師であるということ」は、距離を近づけるだけでなく(横糸を張ると言っている)、距離を離して子供たちを見つめる(縦糸を張ると言っている)という2つのことができなくてはならない。
 どちらかに片寄ってしまったら、子供たちとの関係は破綻する。 「教師であるということ」は、やわなことではない。
 教師は、2つの距離の取り方を身に付けておかなくては成立しない職業なのである。
 ★
 夜、懇親会が行われた。
 校長先生も、副校長先生も出席された。
 楽しい懇親会だった。
 懇親会に集まってこられた先生方と話をしていると、はっきりすることがある。
 2年目の先生方と1年目の先生方の違い。
 2年目の先生方には、もう教師としての風格(?)が備わっている。
 1年目の先生方は、どこか頼りなげな感じを受ける。
 2年目の先生方は、1年目に子供たちとのやりとりの中で、「距離の取り方」を経験的に覚えていったのである。
 

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教職ネットマガジンが創刊される!

   私の知り合いが「教職ネットマガジン」を立ち上げられる。
  http://kyo-shoku.net/
  私も関わっている。
 私は、「学級経営リフォーム術」というコーナー。
 野口芳宏先生は、「言語技術を身につける国語教育」のコーナー。
 もう2回の動画撮影は終わっている。
 こういう分野に登場するのは、初めてのことになる。
 次のような創刊の言葉である。
 ★

「福分堂教職ネットマガジン」6月8日創刊です。
 先生と、先生を目指す学生さんのためのデジタル教育雑誌「福分堂教職ネットマガジン」、いよいよ今月8日(大安)に創刊の運びとなりました。創刊を前に、やはり大安の本日より、本誌の内容をご紹介する「創刊準備号」をお届けいたします。
 創刊号では以下の記事を予定しています。

•「学級経営リフォーム術」野中信行先生
•「言語技術を身につける国語教育」野口芳宏先生
•「『考える力』の授業」関西大学初等部
•「今月の授業」千葉県柏市立光が丘小学校
•「私のあしあと」神奈川県横須賀市立鴨居小学校
•「ワークショップ研修の方法」
 これまで紙の書籍ではなかなかお伝えできなかった、授業の様子や識者のことば、ノウハウなどについて文章と動画で提供して参ります。各記事の内容については、明日からカテゴリーごとにご紹介して参ります。創刊日までじっくりとご覧いただき、ご購読を検討いただければ幸いです。さらに上記以外にも充実のコンテンツを予定しています。どうぞご期待下さい。
 また、これまで「むらちゃんのブックブログ」に掲載しておりました書籍紹介は、このネットマガジンに移管し「今週の一冊」として継続して参ります。この記事は、原則としてご購読者以外の方でもご覧いただけます。

 有料記事の閲覧、お試し会員へのご登録、購読の申し込み等は、すべて8日より可能となります。それまでは、どうか創刊準備号をお楽しみ下さいますようお願い申し上げます。

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6/4 東京明日の教室が終わった!

 東京「明日の教室」に行った。
 主宰している佐瀬先生のお父さんが亡くなるということがあり、非常事態。
 何か手伝おうと思い、早めに荒川三中に行く。
 早く行って良かった。
 学校ではUSBが使えなくなっていて、パワーポイントが使えないピンチ。
 千葉大学の藤川先生のパソコンを急きょ貸してもらい、何とか乗り切る。良かった。
 会場は、60名の参加者。ぎっしりである。
 ★
 みなさんに最初話した。
「2月26日に初任者の会で初任者の心構えを話しました。それから今日6月4日までの間にご存じのように3月11日の大震災がありました。そのことでみなさんも、私も大きく変わったのだろうと思います。
 こういう大事件が起こると、今まで日常に隠れていたものが一気に表面に現れてきます。
 ここ2,3日に起こった劣化した政治家たちのドタバタ劇は、へたなヤクザ映画を見たような後味の悪さを残しました。
 東北の知事、市長、町長、村長たちがあんなに頑張っている姿があるのに、この政治家たちの姿は醜悪です。
 教師たちは、このような劣化した姿を晒してはならないと強く思います。
 先日、東北石巻の佐々木潤先生とハガキやメールでやりとりをしました。私は、佐々木先生に『今、先生たちには大きな課題が課せられたのではないか』と問いかけました。
 ご存じのように、日本の子供たちは、満たされてしまって、自分なりの目標を持つことを失ってしまっています。
 人への感謝、人への思いやりをなくして、ただただ自分の欲望を満足させるためだけにだらだらと毎日を過ごしています。
 しかし、今回の大震災はこの子供たちの状況を一変させました。
 東北の学校で給食が開始されて、パンと牛乳だけをもらって、おいしいと喜んでいる姿をテレビで見ました。あの目の輝き。
 あれは東南アジアやアフリカの学校で見せる子供たちの目の輝きと通じるものがありました。
 いずれ東北の子供たちには、亡くなった人たちの分まで生きなくてはならないという課題が突きつけられてきます。
 私は、そこに1つの希望があると思います。
 東北から日本を支えていく子供たちが育っていく可能性がある。
 (東北だけの問題ではないのですが…)
 教師たちは、そこへ道筋をつけてあげる、そんな教育の課題が出てきたのではないか…」
 ★
 講座の課題は2つ。
 学級の「荒れ」にどう対応するか。
 日常授業のレベルアップ~「味噌汁・ご飯」授業の実践~
 先生たちの手応えは十分。
 3時間30分の講座があっという間に終わった。
 
 

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時代が動いているな、という思い

   愛知での「教師力アップセミナー」のアンケート結果が出てきた。 結果は、鵜呑みにはできない。
 アンケートは、リップサービスの面が大きいからだ。
 私の手応えは、70点ぐらい。
 何しろ人数が多すぎた。
 模擬授業などをするには、30~40人程度でなければうまく伝わらない。
 それが、150人を超えた人数だったので大変であった。
 やはり、当日は戸惑った。
 ★
  それでもセミナーの感想は、よかった(92名)、まあまあ良かった(19名)と良好であった。ありがたいことである。
 私の手応えよりも違いすぎた。
 これは何であろうか。
 テーマは、「日常授業のレベルアップをしよう」~「味噌汁・ご飯」授業の実践~である。
 アンケートを見てみると、「味噌汁・ご飯」授業についてのコメントが多い。
「日常授業は70点の授業で十分」という提案へのコメントも多い。「味噌汁・ご飯」授業への共感は、最近ものすごいものがある。
 何か「時代が動いているな」という思いがする。
 ★
 と言っても、この「味噌汁・ご飯」授業は、まだまだ途中経過なのである。
 だから、この研究会は、まだ非公開にしている。
 それでいて、講座で話してほしいという注文を受ける。
 まだまだ途中経過であることを断りながら話さなくてはならない。
 6/4(土)の東京明日の教室も、定員60人がもういっぱいになった。
 今回の1つのテーマも、「味噌汁・ご飯」授業。
 今回は人数が少ないので、かなりくわしく、つっこんで話せそうだ。
 楽しみである。

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