「只の人になって」~2ヶ月の報告記~
初任者指導を終えて、「只の人」になった。
もう2ヶ月が過ぎようとしている。
「教諭」という肩書きがなくなっただけだから、たいしたことはない。
「家で何をやっているのですか」とよく聞かれる。
家ではふらふらしているが、暇なわけではない。
一日はあっという間に過ぎていく。
まだまだ講演とかが結構あるので、その準備などに追われているけど、それもたいしたことではない。
そんなものはいずれなくなっていく。
★
まず、覚えたのが「ゴミ出し」のこと。(笑)
横浜では、曜日ごとにゴミ出しのゴミが違う。
これをきちんと覚えるまでにだいぶかかった。
紙に書いて、机のところに貼りだしている。
一日は、その「ゴミ出し」から始まる。
歓送迎会で言われた。
「先生、ゴミ出しなんかよりもっと学校へ行って初任者を育てて下さい」って。
★
次に心がけているのが、3度の食事の後片付け。
茶碗を洗い、拭いてもとの食器棚へ戻し、台所をきれいに片付ける。
食事は、女房が作ってくれる。
私が作ってもいいが、もうずいぶん食事を作るということから離れているので億劫になっている。
(現役時代、6,7年間の夕食は私が作っていたことがある)
この後片付けは大変である。
食べた食器を3度同じように洗い、同じように食器棚に片付けるという繰り返し。
要するに、この繰り返しなのだ。
食事を作るのはいいが、食器を洗うのは嫌いだという人は多い。 この繰り返しに耐えていくのは大変なことだなあと毎度思う。
★
食事づくりを復活していきたいとは思っている。
食事づくりも原則をマスターすれば、そんなに苦ではない。
いずれ誰でもが一人になる。
昔は、主人が先立って、後の始末を妻がつけた。
このようになる場合が多かった。
しかし、今は違う。
どちらが先立つかは分からない。
先に奥さんに先立たれて途方にくれる旦那を何人も見てきた。
これほど惨めなものはない。
そうならないために、家事の方法と基本的な食事の方法を身に付けておくことは定年後を過ごしていくためには必須のことなのだ。
★
もう一つ大事にしていることは、足の鍛えになる。
歳をとれば誰でもが足腰が弱る。
一旦病気にでもなれば、ほとんどが寝たきりになる。
これが大変だ。
「私はもうそんなにならないでぽっくり死ぬから大丈夫。おいしい物をたらふく食べて死ねたら本望だ」などとうそぶいてさんざん飲み食いしている人がいるが、実際に具合が悪くなったら大騒ぎをする。
ぽっくり死ぬなんて、現状ではほとんど無理なのだ。
寝たきりになる確率が高い。
ただそれをできるだけ避けていくためには、日頃からの足の鍛錬しかない。
歳を取れば、どうしても自然に足の筋肉が衰える。
自動車に乗り慣れている人は、老後は大変である。
★
一日でめざすのは、13000歩。
朝起きて食事を済ましたら、しばらくして30分家の中を歩く。
その場合、足にそれぞれ2キロの重りをつける。
11時から1時間は散歩。
夕方の4時から1時間はジョギング。
こんな過程になる。
だから、一日があっという間に過ぎていく。
★
「もう教育関係の仕事はしないのですか」とよく尋ねられる。
そんなことはない。
実際には、味噌汁・ご飯研究会の代表でもあり、最近は、教材の授業づくりをよくやっている。
これは楽しい時間である。
現役のときにもっとこんな楽しさを味わっておけばよかったとつくづく思っている。
そんなこともいずれなくなっていく。
ほんとうの「只の人」になる。
いつまでも肩書きか何かにしがみついて「只の人」になることを恐れている人がいるが、「只の人」ほど気軽な生き方はないのである。
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