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「水」を求めている!

   初任者指導をしている時に、ある高学年のクラスに一日入ったことがあった。
 そのクラスの先生がお休みになり、どうしても私しか余裕がある教師がいなかったから頼まれたのである。
 そのクラスに入って朝の会が始まっても、日直は出てこない。
 「早く始めなさい」
と指示をしても、日直はぐずぐずしてやっと出てきた。
 日直が進めることもぐずぐずしていて、なんとももどかしい。
 ★
 結局、そのクラスは崩壊寸前の状態であった。
 3月のある日のことである。
 すぐに私は担任の先生は大丈夫だろうかなと、そのことが心配になった。
 こんな状態では、きっと担任の先生の心がやられている恐れがある。
 授業中、廊下を通るときにはこんなにひどい状態になっているとは気付かなかった。
 一応、席に着いて座ってはいたのである。
 子供たちの問題は数多く発生していたのであるが、こんなにひどい状態とは周りも気付かなかったのであろう。
 ★
 何が問題だったのか。

 1 私が出す指示にすぐ動いていく子供が3,4人。あとはほとんどすぐに行動できない。指示に対する反応が極端に遅い。
 2 整列ができない。2列に並んで歩くという基本的なことができない。
   給食を取りに行くときでも、2列に並んでいけない。ほとんどばらばらになる。
 3 授業中、5,6人の男の子たちが思ったことを勝手にしゃべり出す。授業がしばしば中断する。
 
  挙げていけばきりがないが、1時間の授業を終えればぐったりなるという状態。
 やんちゃがいっぱいいる1年生の最初の状態に似ている。
 私も、そういう1年生のクラスを受け持ったことがあるが、その時の状態にそっくりである。
 ★
 学級にルールが生きていない。
 力が強い子供が、やりたい放題である。
 この学年は、前学年のときに1クラスが学級崩壊になっており、その流れを引きずっていたのであろう。
 「群れ」のままで1年間を過ごしている。
 「集団」になることがついにできなかったのである。
 ★
 こんなクラスが増えているのではないだろうか。
 このクラスは、決して学級崩壊にカウントされることはない。
 しかし、状態はほぼ崩壊状態なのだ。
 「群れ」のままで1年間担任はよたよたと何とか凌いでいく。
 おそらく、こんなクラスが増えている。
 初任者だけではない。
 中堅教師も、ベテラン教師も、「クラスがうまくいかなくなった!」とぼやきながら「早く1年終わってくれないかな!」と願いながら何とか凌いでいく。
 学校の現場は、こういう声で溢れている気がする。
 ★
 教師たちは、「水」を求めている。
 自分の壺に「水」が入ることを求めている。
 意識していないで、無意識な状態もある。
 壺の中は、干からびている。
 どうしてその「水」を自分の壺に入れていけばいいか分からない。
 私は、長い間現場で生活しながら普通の先生たちの様子をそのように表現している。
 もちろん、私もその「普通の先生」の一員であったから。
 ★
 だが、教育界はなかなかその教師の要求に応えていくことができなかった。
 教育界で論議されてきたのは、「その壺の形が悪い。壺の形を工夫しなければいけない」「壺の色が悪い。色を変えていかなくてはいけない」「壺への水の入れ方が悪い。」「もう壺自体が時代に合わなくなっている。壺を他の入れ物に変えていかなくてはならない」……ということである。
 教育の未来を作るためには、全て必要な論議である。
 それはなされなくてはならない。
 でも、多くの現場の教師たちが求めているのは自分の壺に入れる「水」である。
 水がなくて、干からびている。
 どんどんその干からび方はひどくなっているように思う。
 
 
 
 
 

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