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取り組み主義とサービス主義を克服しよう

   「精神疾患の教員休職は、大都市圏 高い割合」と、朝日新聞は伝えている。(2010年12月25日)
 2009年度中に休職した全国の教員は、5458人であり、過去最高を更新した。
 朝日は、さらに都道府県別に出現率を出していた。
 
 ①沖縄1.14 ②大阪府0.94 ③東京都0.90 ④広島県0.86
 ⑤大分県0.79 ⑥北海道0.78 ⑦福岡県0.76 ⑧神奈川県0.72
 ⑨高知県0.68 ⑩熊本県0.67
 
 トップ10は、このようになっている。
 このことから分かることは何か。
 1つは、全国学力テストで下位に位置していた県が5つあるということ。
 ここでのてこ入れが教育委員会段階であるのかもしれない。
 2つは、教育管理の問題であろう。
 東京、大阪、広島は、県教委の教育現場への管理が厳しいと久富善之氏がコメントしている。
 3つ目で気になるのが、組合が強いところだということ。
 これが何らかの形で影響しているのかもしれない。
 ★
 マスコミの情報を鵜呑みにしてはいけないので、きちんと文科省の情報を探す。
 「病気求職者数等の推移」がある。
 それによると、平成12年度に精神疾患で休職した数は、2262人、平成21年度では、
5458人になっている。10年間で、2.4倍に膨れあがっている。
 これはすごいことである。
 休職者のことである。
 そうすると、現在教職員で鬱病などにかかる先生たちが5人に1人ぐらいだと言われているが、休職しないまでもそれに近い先生たちは、膨大な数になるに違いない。
 ★
 いまの教育問題の中心は、先生たちをどうするかなのだと主張してきた。
 ここ20年ぐらい「子供が楽しい学校づくり」というキャッチフレーズを掲げる学校のブームであったが、そのかげで先生たちはどんどん追い詰められてきた。
 このままで推移すれば、子供をどうするかと考えていく前に、先生たちが疲弊していくのである。
 その危機感がとても薄い。
 先生たちは、怠けている。
 他の職種は、もっともっと厳しい環境におかれているのに、先生たちは、甘い環境にぬくぬくとしている。もっと厳しさがほしい。
 このようなことを言われて、どんどん教育管理を強めてきた。
 結局、出てきたのは疲弊していく教職員だったのである。
 ★
 学校は、いま「取り組み主義」と「サービス主義」の2つに振り回されている。
 すべての組織で、評価が重視されるようになった。
 業績評価や数値目標などの言葉も、一般的になっている。
 PlanーdoーSee がPlanーdoーcheckーaction と形を変えて、指導主事の先生たちはさかんに指導を繰り返しているのである。
 しかし問題は、checkーactionではなく、planそのものを考え直さなくてはならなかったはずである。
 planが一向に問われることなく、ただただ評価を繰り返していってもほとんど意味がない。
 愛知小牧市の教育を変えた副島孝先生(小牧市教育長であった)は、その著(『学び合う学び』と学校づくり」<プラネクサス>の中で、「私を支えた2つの言葉」が書かれている。
  その中での支えた2つの言葉。
 1つは、「成果はやったことではなく、できたこと」
 2つ目は、「教育はサービスではなく、保障だ」
 1つ目は、取り組み主義の問題を指摘されている。
 2つ目は、学校がサービス産業化していることを指摘し、その克服を目指されている。
 教育のトップが、この2つを考え、その克服を実践されている。
 その成果が、小牧市の教育である。
 今の教育がぶつかっている問題に果敢に挑戦され、きちんとした方向を示された。
 この成果は大きいのである。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

大人であっても、
泣きごとや、逃げ、そんな時期もあっていいのかと思います。
それを許さない社会が人を追い詰めて行くのだと思います。
先生のおっしゃる、>保障、、安心できる場所。社会が、職員室がそういう気持ちで動いてくと子供にも良いのではと思うのです。

投稿: O区シンサイ | 2010年12月28日 (火) 09時32分

病気休養者が多いことで有名な県で働いています。文科省の是正指導が入ったり,組合と管理職がもめたりなど,話題はことかきません。具合が悪くなり,退職を余儀なくされてしまう先生が多くなるのも,当然のことです。
自分だけはそうならないようにと頑張る(?)から,そこにまた新たな歪みが生まれてしまうのでしょう。

「自己申告」による目標管理=教職員管理をいち早く取り入れたのもうちの県です。
自己申告に縛られている自分に嫌気が差すこともたびたびです。
子どもたちと学級のことを考えて,本当に自分がやりたい取組みを,時には失敗することもあるけれど,思う存分実践できた昔が懐かしいです。

今日はちょっと後ろ向き・・・です。

投稿: BOKU | 2010年12月29日 (水) 10時25分

あけましておめでとうございます。
病休まではいきませんが、
色々な症状が体に出て、それらがストレスから来るものと言われ
悩みながら、病気とつきあい、仕事をしています。
休めばいいという人もいます。
でも私はこの仕事が好きだし、ほんの一時でも
去りがたいなという思いが強いです。

「どれだけできたか」
「目標にどれだけ迫れたか」を
うちのお上はとにかくマシンガンのように尋ねてきます。
何パーセントと数字に表すように言われることも。
でも、率直に言って、planの段階で
「それはどうなの?」「意味があるの?」
というような目標であることも多いです。
言えばつぶされ、言わなくてもつぶされ…
大好きだけど、現場はつらいです。

投稿: Saki.U | 2011年1月 2日 (日) 20時04分

取り組み主義とサービス主義は蔓延しています。

取り組み主義は、全校でこういう取り組みをしているということが最優先されます。そのことによってどんなことができるようになったのかということについては問われることなく、ただ全校で取り組んでいるという事実だけが重要視されています。その取組みによって教師一人一人の裁量が制限されてしまい、形式的な活動になってしまうことも多々あります。

だから、むしろアウトプットの場をつくるのが、よいのではないかと思います。発表の場です。歌を上手にしたいなら合唱大会をするとか、短なわを上手にしたいなら短なわトライアルをするとか、そういうことです。そういう場が用意されていれば、自然とできることも増えてくるでしょう。
また、指導が上手な先生も自然と見えてくるので、教師同士の教え合いも起こってくるでしょう。

サービス主義の蔓延については、アンケート主義が最たるものだと思います。学校評価では、保護者からはもちろん、児童からのアンケートもとっています。児童の取り組みは関係なく、「先生の教え方は分かりやすいですか?」というアンケートをとることに何の意味があるのか。そういうアンケートをとるということは、分かりやすく教えてくれるサービスをちゃんと受けられていますかと聞いていることになりますよね。もはや教師はファミレスの店員と同格になりつつあるのではないかと不安になります。

まあ、我々若手教員にはこういう現状に抗う力はないので、うまく乗り切る手段を考えていくしかないのですけどね。

少なくとも気分よく働ける現場にはなっていないと思います。

投稿: 久保田 | 2011年1月16日 (日) 21時22分

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