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こんなことが日本の学校で進んでいる

   2年生の初任のクラスでは、かけ算九九への取り組みが進んだ。
 子供たちは、九九カードを持っていて、それで練習をする。
 九九を克服するというのは、「上がり九九」「下がり九九」「ばらばら九九」の3つが言えて合格になる。
 「上がり九九」だけで合格にしているクラスがある。
 これではまったくダメ。
 「上がり九九」が言えても、「下がり九九」が言えない子供はいっぱいいる。
 「上がり九九」だけで合格にしているクラスは、3年生でつまづきが出てくる。
 よくマスターしていなかった子供である。
 ★
 2年生のクラスは、かけ算九九完全制覇まであと4人。
 思ったよりも進んでいる。
 繰り上がり、繰り下がりの計算でつまづいていた子供が多くいたクラスなのに、かけ算九九ははやく進んでいる。
 方法は、2つ。
 1つは、家庭に協力を仰いだこと。
 2つ目は、克服の過程を教室の壁に一人ずつ張り出していったこと。
 だから、誰がどのくらい克服していったのかが全部分かるようになっている。
 薦めたのは、私である。
 こういうネックになる取り組みは、子供たちを煽ることを行った方がいい。
 クラス中が、その取り組みに夢中になる宣伝効果である。
 「おれ、7の段まで行ったよ」「私は、もうみんな終わった」…という会話が飛び交うようにするためには、それを煽るものが必要である。
 ★
 私は、前回のブログの最後に次のように書いた。

 「開脚跳びができる、逆上がりができる、繰り上がり、繰り下がりの計算ができる、かけ算九九ができるなどのネックになるものに、教師たちがこだわらなくなって多くの時間が過ぎた。
 その結果がどのようになるのか、これから表れてくるのであろう」

  結果は、もう出ている。
 埼玉県の高校底辺校で展開されている様子をみれば、一目瞭然である。
  「ドキュメント 高校中退」(青砥 恭著 ちくま新書)である。

「生徒の学力は驚くほど低い。この高校では、定員割れすると中学からの成績がオール一でも入学できる。高校入学まで、小学校の低学年レベルの学力のままで放置されている生徒が相当数いる。そのため、教師は1から100まで数えさせるといった補習授業をするのである。順番に数えていけば数えることができても、では『55の次はいくつ?』と聞くと、10%の生徒はできない。SA高校の生徒にとって数字の理解は30までで、それ以上の数を概念として理解することはむずかしいようだ。一円玉、五円玉、十円玉をいくつか出して、『全部でいくらになる』と聞いてもわからない生徒もいる。『15325』と聞いても、高校3年生になっても読むことすらままならない」

 私は最後の勤務校へ転勤して、5年生を受け持ち、クラスの3分の1がかけ算九九がほとんどできない事態に立ち会ったことがあるが、そんな問題のレベルではない。
 こんなことが日本の学校で進んでいる。

 ★
 なぜ、こんなことが起こるのか。
 もちろん、家庭崩壊をあげることは簡単である。
 このような学力崩壊を起こしている子供は、多分家庭もまた崩壊状況になっているのであろう。
 しかしである。
 学校に来ているのである。
 学校にきている限り教師の責任である。
 基礎基本は、絶対に逃してはいけない。
 ここへの教師の責任を曖昧にしたのは、「新学力観」である。
 私は、その渦中にいたので、はっきり証言できる立場にいる。
 「その子の個性を大事にする」「無理をして詰め込まない」などという甘い提言にまんまと唆されて、教師は、拘ることを放棄した。
 ★
 しかし、「新学力観」が全面的に悪いわけではなかった。
 新しい提言を包み込んでいた。
 いま、生活科や総合が、ほとんど見る影がないぐらいに追いやられているが、私は必要だと思っている。
 ここで提起された最初に戻って考え直してみるべきである。
 大切な何かが問われている。
 それを広めていく人たちが、考え違いをした。
 私は、このブログで何度も書いているが、最後の勤務校で総合の研究授業をしたとき、(研究協力校になっていた)見ていた指導主事が言いはなった。
「先生が黒板の前に立ってずっと授業をしているところが問題である」「授業の最初は先生が発するのではなく、子供が発するべきである」などと指摘して、私の授業は良くないと切り捨てた。
 今こんなことを指摘する指導主事は、皆無であろう。
 だが、当時(と言ってもほんの9年前ぐらいである)こんなことを指導する講師はいっぱいいたのである。
 この講師たちが、今どんな顔をして指導に当たっているのか、ぜひとも聞いてみたいものである。
 ★
 杉田久信先生の「学力5つのメソッド」(フォーラム・A)を読んでいると、まったく同感の記述があった。
 杉田先生は、「ゆとり教育・『新しい学力観』は総括されていない」という項目で、次のように指摘されている。
「子どもたちの成長を真に考えるなら、大切なのは子どもたちを社会的に自立させるということです。そして、そのために必要な、基礎学力を定着させ、生活力を鍛え・訓練することです。ゆとり教育や『新しい学力観』には、この鍛える・訓練するという発想がまったくありません。
 日本の教育改革は、このようにして『知識や基礎学力の軽視』『学校の規律や規範意識の軽視』を進め、それが社会規範の崩壊を助長し、少数の学ぶ子どもと多数の学ばない子どもを生み出し、アメリカで起きた教育荒廃の後追いをすることになったのです。
 日本は、これらの思想や考え方の総括を避けたまま、2011年度以降、ゆとり教育から実質的に脱却しようとしているように見えます。しかし、総括を避けたままでは、その成果も乏しいものになるでしょう。また、何年かすると、ゆとり教育と同じ考えが力をもってくるかもしれません。つぎの学習指導要領までに、ぜひ、これまでの施策やゆとり教育の総括をしてもらいたいと思います」
 杉田先生は、富山の五福小学校、山室中部小学校で校長として画期的な成果を生み出されている。その指摘には、重みがある。
 
 
 

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