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2010年12月

池田修先生の「学級事務職」の提案について

   京都橘大学の池田修先生が、「学級事務職を導入すべきである」と主張されている。
 それについては、ブログで次のように書かれてあるので、少し長くなるが、それを全部貼り付けておきたい。
 ★
<引用はじめ> 
 学級事務職を導入すべきであると再び主張したい

 学級事務職を導入すべきであるという考えを表明している。この考えは、誤解を生む可能性があることを理解している。それは学級担任の下働きで働く人を作る、差別的な構造を生み出すという考え方である。ありがたいことに、これをコメント欄で指摘して下さった方もいる。

確かに担任の仕事は、現状でも教員養成大学で教えられていないことからも分かるように、正統的周辺参加、つまりは見て学べ、盗み取れというような部分が多い。だから、誰か師匠を見つけて学ぶというような階層的な構造ができやすい。

これは、落語の弟子入りほどではないが、師匠の身の回りのあれこれを世話することを通して身につけて行くことのイメージである。

だから、授業の準備などのあれこれは、授業よりも低い立場にあり、それをやる仕事の人は、授業をする人よりも低い位置にいるという考え方である。

実際、大学生のボランティアやインターンシップ、教育実習等の場合はそういうこともあるであろう。事務と授業の出来る教員が、あれこれ教えて、全くの素人に事務が出来るように指導するのであるから。

だから、授業の方が上位で学級事務が下位であるという考え方が出るのも分からなくもない。また、一般的に日本の社会では一見、事務方が下位に置かれているように見えることが多い。しかし、これは本当であろうか。

学級事務の複雑さ、困難さ、面倒臭さというものを理解していない教員はいないはずだ。ここを丁寧にやらないと、子どもたちの教育活動に支障を来す。授業どころではなくなってしまうから、多くの教員はここを優先してこの仕事を遂行し、生活指導をし、残った時間で授業の準備をする。

教員の本務は授業である。これはそうであるはずだ。
しかし、この本務に辿り着くまでにやらなければならないことが多すぎる。これが本務を圧迫しすぎている。授業をする人でなければ出来ない仕事ではなく、他の人でもできる仕事。もっと言えば授業をする人よりも上手くできる人がいる仕事が、授業を圧迫しているのだ。

勿論、この学級事務を軽々とこなして、授業も、生活指導もきちんとやってしまう力量を持っている教員がいることも私は知っている。だがそれはその教員がかなり優秀なのであって、全体をそのレベルに求めるのは、現実的ではない。

更に言えば、実は授業は苦手だが、学級の事務をやるのは好きという教員、または教員免許取得者、取得予定者というのは実は多いと考えている。

私は、授業で使うプリントが38枚必要だったら40枚印刷して行くタイプである。
(ま、だいたいこんな感じかな。足りないよりは良いだろうし)
と。
ところが、これをぴたっと38枚印刷して揃えることに心地よさを覚える人もいるのである。リソグラフでは印刷テストで一枚余分にプリントアウトされるので、37枚印刷してその一枚を加えて38枚にして
(よしよし)
と喜ぶ人がいるのである。私には信じられないが、いるのである。

ところがこう言う先生の授業がうまくいくかと言うと、そうである場合もあれば、そうでない場合もあるのだ。授業は人間相手なので、その場での臨機応変や今までの指導の経過などが重要になってくることがある。もっと言えば、予定通りに進まないことがたくさんあるのだ。

突然のことに対して、臨機応変で対応するのが難しい先生はいる。それが子どもにからかわれているということも理解できずに、ムキになって対応している先生もいる。しかし、その先生は職員室での出席簿管理で間違いを見たことがない。授業のプリントが足りなくなったのを見たことがないのだ。

もちろん、逆の先生もいる。私だ。
会計が1円合わなくたって
(んなもん、1円ぐらい良いじゃん)
というタイプだ。こう言う奴は学級事務をするのは非常にまずいタイプである。書式、様式なんて別に良いんじゃないの。だいたい合っていればいいじゃん、というタイプだ。だから私が進路指導主任をしていた時も、数字や書式に関しては非常にみなさまに多大な迷惑を掛けている。

ただ、自分で言うのもの何だが、授業の方はまあいい方であろう。つまり、授業や生活指導、新しいものの企画立案、運営などには必要だが、私が職員室であれこれすると、職員室が混乱するタイプだ。

だが、職員室には必要不可欠だが、授業はちょっとねえ、という先生がいるのも事実なのだ。

さらに、もう授業はいいなあという先生もいる。
子どもとの深い関わりにはもう体力的にも、精神的にも厳しい。子ども相手ではなく、親相手、教員相手といういことで管理職もあるが、それはしたくないなあ。
でも、子どものために役に立ちたい。学校のために役に立ちたいという先生がいるのも事実だ。

学校のこと、子どものこと、授業のこと、指導のこと。これらが一通り分かっていて学級事務職をする人がいてくれたら、それはそれはとても助かる。そういう人が行う学級事務は二枚腰、三枚腰での対応がされていることが多い。

私が30代の前半のころ、一回退職された先生が嘱託として再雇用され、同じ学年に所属されていたが、実に痒いところに手の届く事務をして下さった。だから、私は安心して突っ走ることができた。
私も
(ははあ、こういうときはこういうことをすると良いのだな)
と勉強しながら、とてもありがたく、とても幸せな実践を重ねていたと思う。また、当たり前だがこれは子どもたちの安定した成長に繋がることであり、大事なことなのである。

学校は、いろいろな立場から、それぞれの長所を生かす形で子どもたちに関わることが出来るはずである。にも関わらず、現状では、エイヤッと子どもに直接関わる仕事以外の仕事を、いきなり大量に学級担任に任せたまま、毎日が動いている。

そして、精神的に追いつめられて職を休んだり、辞したり、死に至らされてしまう先生までもいる。

違う。これではダメだ。
先生の数を増やせば良いという問題でもない。

専門の仕事として授業。
専門の仕事として学級事務。

ここをきちんと分ける。日本の教育は、事務、事務職を蔑ろにしすぎている。そしてそれは、教員の授業の専門性も蔑ろにしていることになる。

それぞれの専門的力量を発揮して、学校教育で子どもを大人に育てる仕事を作り出すべきである。学級事務職を導入すべきであると再び主張したい。

  <引用終わり>
 ★
 私は、一昨年の夏に、アメリカカリフォルニアのサン・ノゼを訪れた。
 サンフランシスコから車で1時間ぐらいのところにある街である。
 シリコンバレーとして有名な街でもある。
 この街にある日本人学校(補習校)での研修に招かれたのである。
 補習校というのは、日本では塾をイメージした方がいいのかもしれない。
 日本からこの街に訪れている企業の方々の子弟が、昼間は現地校へ通い、現地校を終えて、この日本人校へ通ってくるのである。
 幼児から中3までの生徒たちであった。
 先生たちは、日本のカリキュラムと並行して教える形で授業を進められていた。
 私は、そこで先生たちに2日間講座を設けたわけである。
 補習校といっても、それぞれの教室での設備は整っていて、教材も整っていた。
 特に注目したのは、先生たちは、10数名であったが、先生たちをバックアップするスタッフが同じくらいの数だけ整えられていた。
 ここで池田修先生が提唱されている「学級事務職」が、この補習校では、もはや実現されていたのである。
 先生たちは、教えることに専念すればいいというシステムが確立されていた。
 とても羨ましいことでもあった。
 ★
 池田修先生が主張されていることが、この学校では当然のごとく実現されていた。
 学級事務職の導入は、日本では突飛な提案だと思われるだろう。
 それは何だろうか。
  教えることと事務が、教師の仕事として当然であるとする伝統や習慣があるのであろう。
 それは、もはや打破していかなくてはならない。
 そうしなければ、日本の教師は、教師の仕事を、このまま続けていくことはできない。
 これから長い時間をかけて、日本の教師の仕事を「教えること」に限定していく風土を作り上げていく必要があると考えている。
 スーパーマンみたいに何から何まで全て抱え込んでいる、日本の教師の仕事を一つずつ引き離していく試みである。
 アメリカやヨーロッパ、北欧諸国がすでに実現している、教師の仕事を「教えること」だけに限定していく試みを日本でも実現していく見通しを描いていく必要がある。この仕事を誰かが始めていかなくてはならないはずである。
 ★ 
 池田修先生は、先日の私へのメールで次のように書かれている。

 今日の先生のブログと関連して、私もあれこれ話しています。

http://togetter.com/li/75770
http://togetter.com/li/81822

これはツイッターというもので私が呟いたものに関して
みなさんからあれこれコメントを頂いたものを、
他の方がまとめて下さったものです。

私は、ここにあるように学級担任の仕事がこれだけ忙しくなっているのは
そもそも学級担任が二つの仕事をしているからだと主張しています。
担任は、程度の差こそあれ子どものことで忙しくなるのは
しょうがないというか、当たり前と思っていると思います。

しかし、事務で疲弊する自体になっていると思っています。
もちろん、雑務はさっさとやってしまってということもありますが、
そういう主張をする人は、自分が若かった頃の事務量と今の若者の事務量の違いや
社会の批判的(非難的)な目のなかったときと、今ととの違いが分かっていない
のではないかと思うのです。

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石川晋さんのベスト10

   2010年が去ろうとしている。
 北海道の石川晋さんが、今年も音楽ベスト10を発表している。
 http://suponjinokokoro.blog112.fc2.com/blog-entry-548.html
 晋さんが薦める「ベスト3」は、いつも買うようにしている。
 といっても、音楽に縁遠い私にとって、しっくりくるものはなかなかない。
 今まで晋さんが薦める中で、一番うけたのが「letters」(川江美奈子)。
 これは良かった。
 音楽に縁遠いといっても、片寄っているだけである。
 10年ぐらい毎日聴いているのは、「フジ子・ヘミング」。
 全てのCDを持っていて、毎日仕事中のバックミュージックとして聴いている。
 もうフジ子さんのピアノは、私に染みついている。
 特に、固いイメージがあったリストをこのように聴けるようにしたのは、フジ子さんの功績ではないだろうか。
 ★
 さて、石川晋さんの薦める今年のベスト3は、次のようになる。 

 3位 チャットモンチー”AWA COME”
 故郷徳島で作ったという一枚。緊張感から解放された一枚、遊び心も満載。随所に彼女らの出自を掘り起こすような歌詞や音が埋め込まれている。ラストの“また、近いうちに”は、胸にぐっとくる。福岡と高橋は、鳴門教育大学を出、教師を目指したという。バンドの夢を追い上京する田舎娘たちだったのだろう、と。帰れない場所、冷たい場所…。「昔よりも 好きになれた/私の故郷」「昔よりも 分かり合える/私の故郷」は、実感だろう。草間彌生を思い出す。チャットモの代表作といったものではないのだが、とても引きつけられる一枚だった。

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(2010/10/27)
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2位 BUMP OF CHICKEN”COSMONAUT”
 3年、待ちこがれたバンプの新作は、12月に出た。これは、圧巻の一枚である。説明の必要もない、聞けば納得の一枚。しかしなあ、宇宙飛行士をタイトルに掲げながら、歌詞の「宇宙」は、以前以上に、小さな世界になった。もともと彼らは、小さな小さな宇宙を抒情的に歌い上げることに長けているバンドではあるが、少し複雑な気持ちになる。いずれにしても、圧倒的な傑作である。

New Album「COSMONAUT」
(2010/12/15)
BUMP OF CHICKEN

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1位 サカナクション”kikUUiki”
 ロックとテクノと歌謡性と…。今作が彼らのとりあえずのところの完成形と見て間違いないだろう。ライブも見たが、素晴らしいパフォーマンスだった。山口一郎の詩世界は、若手のミュージシャンの中では久しぶりに伝統的な文学の匂いを感じる。コミックの匂いがするバンプの藤原基央とはおもしろい対比になっていると思う。純文学的なものと大衆的なものとのバランスを明確に意識している、その進み方自体が、とてもおもしろくて新しい。それにしても、最終曲“目が明く藍色”は、近年のベスト1である。

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(2010/03/17)
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取り組み主義とサービス主義を克服しよう

   「精神疾患の教員休職は、大都市圏 高い割合」と、朝日新聞は伝えている。(2010年12月25日)
 2009年度中に休職した全国の教員は、5458人であり、過去最高を更新した。
 朝日は、さらに都道府県別に出現率を出していた。
 
 ①沖縄1.14 ②大阪府0.94 ③東京都0.90 ④広島県0.86
 ⑤大分県0.79 ⑥北海道0.78 ⑦福岡県0.76 ⑧神奈川県0.72
 ⑨高知県0.68 ⑩熊本県0.67
 
 トップ10は、このようになっている。
 このことから分かることは何か。
 1つは、全国学力テストで下位に位置していた県が5つあるということ。
 ここでのてこ入れが教育委員会段階であるのかもしれない。
 2つは、教育管理の問題であろう。
 東京、大阪、広島は、県教委の教育現場への管理が厳しいと久富善之氏がコメントしている。
 3つ目で気になるのが、組合が強いところだということ。
 これが何らかの形で影響しているのかもしれない。
 ★
 マスコミの情報を鵜呑みにしてはいけないので、きちんと文科省の情報を探す。
 「病気求職者数等の推移」がある。
 それによると、平成12年度に精神疾患で休職した数は、2262人、平成21年度では、
5458人になっている。10年間で、2.4倍に膨れあがっている。
 これはすごいことである。
 休職者のことである。
 そうすると、現在教職員で鬱病などにかかる先生たちが5人に1人ぐらいだと言われているが、休職しないまでもそれに近い先生たちは、膨大な数になるに違いない。
 ★
 いまの教育問題の中心は、先生たちをどうするかなのだと主張してきた。
 ここ20年ぐらい「子供が楽しい学校づくり」というキャッチフレーズを掲げる学校のブームであったが、そのかげで先生たちはどんどん追い詰められてきた。
 このままで推移すれば、子供をどうするかと考えていく前に、先生たちが疲弊していくのである。
 その危機感がとても薄い。
 先生たちは、怠けている。
 他の職種は、もっともっと厳しい環境におかれているのに、先生たちは、甘い環境にぬくぬくとしている。もっと厳しさがほしい。
 このようなことを言われて、どんどん教育管理を強めてきた。
 結局、出てきたのは疲弊していく教職員だったのである。
 ★
 学校は、いま「取り組み主義」と「サービス主義」の2つに振り回されている。
 すべての組織で、評価が重視されるようになった。
 業績評価や数値目標などの言葉も、一般的になっている。
 PlanーdoーSee がPlanーdoーcheckーaction と形を変えて、指導主事の先生たちはさかんに指導を繰り返しているのである。
 しかし問題は、checkーactionではなく、planそのものを考え直さなくてはならなかったはずである。
 planが一向に問われることなく、ただただ評価を繰り返していってもほとんど意味がない。
 愛知小牧市の教育を変えた副島孝先生(小牧市教育長であった)は、その著(『学び合う学び』と学校づくり」<プラネクサス>の中で、「私を支えた2つの言葉」が書かれている。
  その中での支えた2つの言葉。
 1つは、「成果はやったことではなく、できたこと」
 2つ目は、「教育はサービスではなく、保障だ」
 1つ目は、取り組み主義の問題を指摘されている。
 2つ目は、学校がサービス産業化していることを指摘し、その克服を目指されている。
 教育のトップが、この2つを考え、その克服を実践されている。
 その成果が、小牧市の教育である。
 今の教育がぶつかっている問題に果敢に挑戦され、きちんとした方向を示された。
 この成果は大きいのである。

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心細いことは悪いことだとは思わないもん

   忘年会での紹興酒がきいたのか、翌日なかなか起きられなかった。
 7時過ぎにごそごそ起き出して、ボッーとしてテレビを見ていると、川の学校を設立した野田知佑が出ていた。
 カヌーで世界中の川を巡った野田である。
 川の学校の校長先生をしていた。
 子供たちを集めて、川の学校を開いている。
 子供たちに話している場面から始まっていた。
「規則はない。勝手に自分で責任を持ってやりなさい」
と話していた。
 ★
 雨の日。みんな思い思いに部屋でくつろいでいる。
 1人の男の子が、野田のところへにじり寄っていく。
 質問をしたいのである。
「あの~~~世界中の川でカヌーをするとき、心細くないのですか?」
と聞いた。
 野田の答えが良かった。
「そりゃあ、心細いよ。でも、心細いことは悪いことだと思わないもん」
 ★
 心配なこと、不安なこと、孤独なこと、…そんなことは人間にはつきもの。
 悪いことではない。付き合えばいいのだ。
 そのように野田は言う。
 いいことを言うなと思った。
 こんなことを真正面から子供に語れる大人がいなくなったのだと、つくづく思った。
  
 
 

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冬休みが始まる!

   今年最後の勤務を終えた。
 4年生のクラス。
 朝学校へ行くと、職員室のところでA君に会う。
 A君が、「野中先生ちょっと」と言う。
 「何だよ?」と言うと、給食室の隅っこへ私を連れて行き、
 「これ、知ってる?お楽しみ会で使うんだよ。目の所へ貼って使うんだよ」と。
 何か秘密の隠し事をしているように、こそこそと話し、私にその物を見せてくれる。
 楽しみでいっぱいなのだ。
 靴箱で、4年2組の子供たちを見ていると、段ボールをいっぱいに抱えて持ってきている。
 24日のお楽しみ会を待っているのである。
 ★
 みんなでお化け屋敷をやるという。
 明るい教室を暗くするのに、さまざまな段ボールを貼り合わせて作っている。
 もう2週間前から準備を始めている。
 だが、一向に教室は暗くならない。
 私は、視聴覚室に行き、暗幕をはずして教室へ持ち込んだ。
 放課後、初任の先生と教室のドアに暗幕を張り巡らせた。
 これで少しは、お化け屋敷みたいになるかもしれない。
 24日に子供たちが朝教室へ入ったら、驚くであろう。
 ★
 学級づくりの三原則は、「関係づくり」「仕組みづくり」「集団づくり」である。
 この中の「集団づくり」は、まだまだ多くの開発すべき手立てが残っている。
 この集団づくりの中には、学級集団がいかに楽しみでわくわくする企画を考え出していくかということが含まれる。
 この企画を実現するために準備したり、企画を練ったりする過程を通して、学級はどんどん「集団」化を図っていく。
 私のクラスでは、会社活動(係活動)を活発にした。
 ビデオ会社を作ったところがあった。
 私のビデオを貸し出し、それでドラマ作りを始めた。
 給食の時間に、教室で、そのドラマを放映する。
 これがおもしろかった。まったくの彼等独自の作成なのである。
 もう、学級が、授業と行事をこなしていけばいい時代は過ぎ去っている。
 あえてそのように言い切っている。
 本末転倒ではないかと訝しく思う方もあると思うが、あえてそのように思っているのである。
 ★
 冬休みが始まる。
 精神科医の中井久夫さんは、医者が自宅に帰って患者のことを思うことがあれば、その医者は、患者の担当を替わらなくてはいけないと言われた。
 この指摘はとても重要なことだ。
 教師は、学校の仕事も、子供たちのことも、全部忘れて、自分のために、自分の家族のために過ごしていく時間を確保しなくてはならない。

 一人の自分に戻る時間。
 私は、夏休みに学校の校長の名前を忘れて恥をかいたことがあったが(笑)、そのくらいに徹底していくことである。 
 
 

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「野中信行が答える若手教師のよくある悩み24」(黎明書房)の刊行

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1月12日に刊行予定の本である。    
「野中信行が答える若手教師のよくある悩み24」(黎明書房)の「まえがき」に私が意図した悩み相談の内容を次のように書いている。  
 
 ★
  …………………………
   やはり、「学級づくり」が、若い先生たちの悩みの中心になっていることが分かります。そこに、「困った子供」がいるのです。
 改めて読み直して、若い先生方の悪戦苦闘の様子が手に取るように分かりました。
 そして、「忙しさ」と「問題対応」に迫られています。
 私は退職した人間ですが、これから日本の教育を担っていく若い先生たちの行く末がとても心配になりました。
 今、多くの先生たちの中から、子供たちと関わる「楽しさ」「おもしろさ」「喜び」がなくなっていっています。そこがとても心配です。
 だからこそ、相談の解答として、私は、執拗にそこにこだわっているのです。
 私たち教師は、「先生、かけ算九九が全部言えるようになったよ」「鉄棒の逆上がりができるようになったよ」…という子供たちの喜びを我がことの喜びとして受け取るところに、教師としての生き甲斐があるはずなのです。これが教師としての原点です。
 そこを忘れたら、私たちの仕事は、ただ事務作業のようなものに成り果てていきます。
 もちろん、相談者の先生たちは、そのために悪戦苦闘をしているわけです。
 教師としての原点を忘れないようにしよう。そのための仕事を積み上げていってほしいと願っています。
 ★
 もともと本にすることを意図して書いたものではない。
 言わんとすることは、シンプルないくつかのことにしか過ぎない。
 だが、そのシンプルなことに現場の教師たちの悩みが集中しているのだと、今つくづく思っている。
 読んでいただければありがたい。
 セブンネットショッピングで先行予約受付中である。                                                
 「野中信行が答える若手教師のよくある悩み24」
 http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1103003447/subno/1


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インプットだけでなく、アウトプットなのだ!

  4年生の初任者のクラス。
 朝の会の今月の歌。学校全体で取り組んでいるのである。
「お経みたいだよ」と思われるような歌い方。
 毎日毎日歌っているので、もう飽きてきているのだ。だらだらとしている。
 放課後の反省会で、これを問題にした。
 どうしたらいいんでしょうか、という問いかけ。
 ★
「インプットだけで、アウトプットがないからあんなだらだらとした歌い方になるのだよ」
と、私は指摘した。
 要するに、毎日ただ歌うだけだから、あんな歌い方になってしまう。
 ただ歌うだけのインプット状態では、だれてしまう。
 誰かに聴いてもらうというアウトプット状態を作ったとき、子供たちはインプットに
 力がこもる。
 どうしたらいいんでしょうか。
 発表をする場を設ける必要がある。
 たとえば、「今日は、1班に前に出て歌ってもらいましょう」という時間を設ける。
 また、授業参観が終わった後に、練習している歌を聴いてもらえる時間を設けたらいい、と助言する。
 ★
 ちょうど12月の授業参観と懇談会がひかえていた。
 それへ向けて練習をすることになった。
 翌週にクラスを訪れてみると、お経みたいに歌っていた姿が見違えるように変わっていた。
 これはすごい。
 明日は、授業参観。
 その練習をした。
 授業が終わって、さっと前に行く。教卓を端に運び、整然と並ぶ。そこへ曲が流れる。
すぐに歌い出す。
 「歌い出すまで遅すぎる!」と私が注文を出す。
 また、練習をする。スピードが大切だ。
 合唱を聴かせるときには、歌の内容だけではなく、並ぶまでと終わった後が大事だ。
 45秒で、歌い出すようになった。これでいい。
 ★
 翌日、授業参観と懇談会があった。
 私は休みなので、その様子を初任者から聞いた。
 保護者は、子供たちのその姿と歌の様子に大感激をされていたという。
 涙を流しておられる保護者もいたという。
 懇談会のとき、授業での子供たちの様子と合唱をおおいに褒めてもらえたという。
 初任者だと心配されていた保護者たちも、この子供たちの姿を見て、おおいに安心されたのであろう。
 ★
 授業参観は、特別な時間である。
 この時間はいわゆる普通の授業をしないことである。
 保護者は、我が子がどのようにしているのかを見に来る。
 我が子が活躍している場面を見せる。
 全員が発表している場面を作る。全員が活動している場面を作る。
 それこそアウトプットを前面に出した授業を心がける必要がある。
 
 
 

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徒然なるままに

  冷たい雨の中を横浜そごう美術館に「再興第95回院展」を見に行った。
 昨年までは、平山郁夫さんの作品が掲示されていたのだが、今年は平山さんが亡くなったので、寂しい限りだ。
 この院展のレベルは高く、素晴らしい作品が並んでいる。
 ただ、核となる平山さんの作品がないと、やはり物足りない感じになる。
 私は、ずっと日本画の故高山辰雄さんの作品が好きだった。
 高山さんが東京で個展を開かれたとき、とんでいったことがあった。
 その迫力に圧倒された。
 今でも思い出す。
 バラの絵が数枚あって、その迫力にただただ呆然となる感じであった。
 だから、それ以来絵を見るときには、その絵の前に立って、その絵が迫ってくるものに任せておけばいいと思うようになった。
 ★
 カワセミのかっちゃん。
 私が名付けたものだ。
 帷子川(かたびらがわ)の遊歩道沿いにいつもいて、私たちを楽しませてくれている。
 散歩の道すがら、同じ場所にいる「かっちゃん」の様子を見る。
 向こうも見慣れたのだろう。もはや逃げることもしない。
 そのかわりに、何度も水に飛び込んで、魚を捕まえる芸当をやってくれる。
 「かっちゃん、うまい、うまい!」
 とほめてあげるのだが、もちろんカワセミは分からない。
 カワセミは、その日の糧を得るのに必死なのに、いい気なものである。
 今日の冷たい雨の中。
 かっちゃんは、あの場所で、やはり魚を捕まえに水に飛び込んでいるのだろうか。
 ★
 佐伯泰英の密命「切羽」(第24巻)を3日で読み終える。
 読み出したら、ちょっと止められない。
 大鳥小の小林校長先生に薦められて読み始めたものだが、虜になった。
 佐伯泰英は、「居眠り磐音江戸双紙」から入り、「酔いどれ小籐次留書」「鎌倉河岸捕物控」と読み進んできた。
 今では、シリーズ物が新しく出たとなったら、すぐに買いに行くほどである。
 藤沢周平の世界が好きで、ずっと読み進んできた。
 時代物が好きである。
 江戸時代に憧れていて、もし可能ならば、あの江戸の町を歩いてみたいのである。(笑)  
 
 
 
 

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「新卒教師時代を生き抜く心得術60」が10版になる!

   明治図書からうれしい連絡があった。
 「新卒教師時代を生き抜く心得術60」(明治図書)が10版になった。
 1万部近くの部数になったのだと思う。ありがたいことである。
 この本と合わせて、2月の下旬には、学級づくりの本を出す予定である。
 この2冊で、荒れる初任者の時代に切り込んでいこうと決意を新たにしている。
 ★
 来年の2月26日(土)に、東京の明日の教室で、来年度採用の初任者向け研修会を開くことが正式に決定した。
 正式には、来年1月に公開される。(このブログでも公開したい)
 ぜひとも、東京、横浜、千葉などの来年度採用の初任者は来てほしい。
 どうしても伝えておきたい、今まで誰からも教えてもらえなかった内容を全部伝えたいと願っている。
 3月1日(火)には、大阪N市での来年度採用初任者講座がある。
 こんなに早く初任者講座を開くのは、全国で初めてのケースであろう。
 そこに私が呼ばれる。光栄なことである。しかし、これは教育委員会内部の研修会なので他の方々は参加できない。
 3月5日(土)は、京都明日の教室の来年度採用の初任者講座である。
 このブログを目にしている全国の来年度採用の初任者の皆さん、この京都に集まってもらいたい。正式には、京都明日の教室から公開されるであろう。
 このブログでも、詳しい内容を伝えたい。
 全力を尽くして、初任者の方々がどうすればいいのかを具体的に伝えていきたい。
 3月28日(月)は、愛知県K市での来年度採用初任者講座である。
 これで3年目を迎える。
 順調に初任者の方が育っていると聞いている。うれしいことである。
 ★
 黎明書房から本が出版されることになった。
 1月12日刊行。
 「野中信行が答える若手教師のよくある悩み24」(黎明書房)である。
 これは、授業づくりネットワークで出されているメールマガジンに2年間ばかり悩み相談という形で掲載した内容をまとめたものである。
 山口の中村健一先生の編集だ。
 健一さんがいなければ、この本は成立しなかったのだが、2人でこの本を出版するという運びになった。うれしいことである。
 詳しい内容は、刊行されてからお伝えしたい。
 

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とんでもないこと!怒りがおさまらない

   愛知の玉置先生のブログを読んでいたら、次のような記事に出くわした。
 
  ★
 読売新聞ニュースで「小学1、2年の35人学級の実現を見送る」という記事を見た。

 政府は13日、2011年度予算に向けて文部科学省が要望していた「小学1、2年の35人学級」の実現を見送る方針を固めた。民主党は先の参院選公約で「少人数学級の推進」を掲げたが、教職員人件費の拡大に歯止めをかけることを優先する。

 政府の「評価会議」(議長=玄葉国家戦略相)は11年度予算編成に先立つ「政策コンテスト」で、35人学級について、A~Dの4段階評価で上から2番目のB判定を下していた。しかし、その後の政府内の調整で、35人学級の実現に必要な教職員の定数増(6300人増)をいったん認めれば、将来にわたり人件費が膨らむ要因となり、文教・科学振興費を減らしにくくなるとの見方が強まった。

 35人学級を巡っては、文科省が「きめ細かい教育指導につながる」などの理由で、11年度から8年間で小・中学校を対象に段階的に実施するよう求めている。一方、財務省は「少人数化と学力向上の因果関係は必ずしもない」として40人学級の維持を主張している。(最終更新:12月14日(火)3時4分)
  ★
 「えっ」という感じである。
 とんでもないことだ。
 夏に、文科省関係からのこれらの記事を見て、これだけは実現するに違いないと、私はいくつかの講演で話したものである。
 これだけの実現は確実であったはずである。
 民主党は、自分たちの公約もあったものではない。
 余計な子ども手当などに多大な税金を費やし、教職員のせめてもの希望をこのように無残にも打ち砕いていく政策に、もはやどんな意味もない。
 現在の教育問題の核となるものが、どこにあるのかまったく分かっていない。
 今日一日中、私は怒りで胸くそが悪い。

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河野裕子が亡くなって4ヶ月が過ぎる!

   歌人河野裕子さんが、亡くなってもう4ヶ月ばかりになろうとしている。
 短歌には疎い私でも、河野のことは知っていた。
 同世代ということで、ある種の親近感があった。
 夫の歌人永田和宏さんも、私と同い年なのだ。
 
「抗がん剤の投与をあきらめ、退院して京都市内の自宅に帰ったのが7月。
 モルヒネでもうろうとするなか、目をつぶったまま、ふいにつぶやき出す。
 五、七、五、七、七。指折って。何首も、何首も」

 朝日新聞の惜別が、そう伝えていた。

「8月11日、朝から苦しい、苦しい、ともがいた。和宏さんが手を握ると少し眠った。目覚め、かすれ声でつむいだ。」
 
 手をのべて あなたとあなたに 触れたきに 息が足りない この世の息が 

  最後の一首になった。
 
 ★
 同世代が、こうして亡くなることがもう間近である。
 同じ歌人佐藤通雅は、自分の雑誌「路上」で、河野との別れをこう書いている。
 あまりにも印象深かったので記しておきたい。

 8月12日、河野裕子死去。河野をはじめて知るのは「幻想派」0号(1967年11月)。号を重ねるごとに河野は光っていった。1969年、「桜花の記憶」で角川短歌賞。やがて永田和宏と結婚。以来、永田家との遠くて近い交流が続き、今日まで来た。
 少人数のシンポジューム「コロキウム」をやった晩は、岩倉の家に泊まり、まだ小さい淳君や紅ちゃんとコマまわしに興じた。死去して2ヶ月、10月17日は「河野裕子を偲ぶ会」。会場の正面に掲げられている遺影。その下にあふれるコスモス。(もうこの世にいない、うそではなかった。)翌日、南禅寺の庭園へ。緑に囲まれる水の静けさ。(この京に、永遠にいない)午後の新幹線に乗る。静岡を過ぎる。富士はすでに夕雲のなか。東京で乗り換え、夜の闇を走る。ぶざまにも、日常へ帰っていく自分。天の河野は、おのが生涯を振り返り、「たった一度きりのあの夏」と再び歌っているに違いない。(10月19日)

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こんなことが日本の学校で進んでいる

   2年生の初任のクラスでは、かけ算九九への取り組みが進んだ。
 子供たちは、九九カードを持っていて、それで練習をする。
 九九を克服するというのは、「上がり九九」「下がり九九」「ばらばら九九」の3つが言えて合格になる。
 「上がり九九」だけで合格にしているクラスがある。
 これではまったくダメ。
 「上がり九九」が言えても、「下がり九九」が言えない子供はいっぱいいる。
 「上がり九九」だけで合格にしているクラスは、3年生でつまづきが出てくる。
 よくマスターしていなかった子供である。
 ★
 2年生のクラスは、かけ算九九完全制覇まであと4人。
 思ったよりも進んでいる。
 繰り上がり、繰り下がりの計算でつまづいていた子供が多くいたクラスなのに、かけ算九九ははやく進んでいる。
 方法は、2つ。
 1つは、家庭に協力を仰いだこと。
 2つ目は、克服の過程を教室の壁に一人ずつ張り出していったこと。
 だから、誰がどのくらい克服していったのかが全部分かるようになっている。
 薦めたのは、私である。
 こういうネックになる取り組みは、子供たちを煽ることを行った方がいい。
 クラス中が、その取り組みに夢中になる宣伝効果である。
 「おれ、7の段まで行ったよ」「私は、もうみんな終わった」…という会話が飛び交うようにするためには、それを煽るものが必要である。
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 私は、前回のブログの最後に次のように書いた。

 「開脚跳びができる、逆上がりができる、繰り上がり、繰り下がりの計算ができる、かけ算九九ができるなどのネックになるものに、教師たちがこだわらなくなって多くの時間が過ぎた。
 その結果がどのようになるのか、これから表れてくるのであろう」

  結果は、もう出ている。
 埼玉県の高校底辺校で展開されている様子をみれば、一目瞭然である。
  「ドキュメント 高校中退」(青砥 恭著 ちくま新書)である。

「生徒の学力は驚くほど低い。この高校では、定員割れすると中学からの成績がオール一でも入学できる。高校入学まで、小学校の低学年レベルの学力のままで放置されている生徒が相当数いる。そのため、教師は1から100まで数えさせるといった補習授業をするのである。順番に数えていけば数えることができても、では『55の次はいくつ?』と聞くと、10%の生徒はできない。SA高校の生徒にとって数字の理解は30までで、それ以上の数を概念として理解することはむずかしいようだ。一円玉、五円玉、十円玉をいくつか出して、『全部でいくらになる』と聞いてもわからない生徒もいる。『15325』と聞いても、高校3年生になっても読むことすらままならない」

 私は最後の勤務校へ転勤して、5年生を受け持ち、クラスの3分の1がかけ算九九がほとんどできない事態に立ち会ったことがあるが、そんな問題のレベルではない。
 こんなことが日本の学校で進んでいる。

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 なぜ、こんなことが起こるのか。
 もちろん、家庭崩壊をあげることは簡単である。
 このような学力崩壊を起こしている子供は、多分家庭もまた崩壊状況になっているのであろう。
 しかしである。
 学校に来ているのである。
 学校にきている限り教師の責任である。
 基礎基本は、絶対に逃してはいけない。
 ここへの教師の責任を曖昧にしたのは、「新学力観」である。
 私は、その渦中にいたので、はっきり証言できる立場にいる。
 「その子の個性を大事にする」「無理をして詰め込まない」などという甘い提言にまんまと唆されて、教師は、拘ることを放棄した。
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 しかし、「新学力観」が全面的に悪いわけではなかった。
 新しい提言を包み込んでいた。
 いま、生活科や総合が、ほとんど見る影がないぐらいに追いやられているが、私は必要だと思っている。
 ここで提起された最初に戻って考え直してみるべきである。
 大切な何かが問われている。
 それを広めていく人たちが、考え違いをした。
 私は、このブログで何度も書いているが、最後の勤務校で総合の研究授業をしたとき、(研究協力校になっていた)見ていた指導主事が言いはなった。
「先生が黒板の前に立ってずっと授業をしているところが問題である」「授業の最初は先生が発するのではなく、子供が発するべきである」などと指摘して、私の授業は良くないと切り捨てた。
 今こんなことを指摘する指導主事は、皆無であろう。
 だが、当時(と言ってもほんの9年前ぐらいである)こんなことを指導する講師はいっぱいいたのである。
 この講師たちが、今どんな顔をして指導に当たっているのか、ぜひとも聞いてみたいものである。
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 杉田久信先生の「学力5つのメソッド」(フォーラム・A)を読んでいると、まったく同感の記述があった。
 杉田先生は、「ゆとり教育・『新しい学力観』は総括されていない」という項目で、次のように指摘されている。
「子どもたちの成長を真に考えるなら、大切なのは子どもたちを社会的に自立させるということです。そして、そのために必要な、基礎学力を定着させ、生活力を鍛え・訓練することです。ゆとり教育や『新しい学力観』には、この鍛える・訓練するという発想がまったくありません。
 日本の教育改革は、このようにして『知識や基礎学力の軽視』『学校の規律や規範意識の軽視』を進め、それが社会規範の崩壊を助長し、少数の学ぶ子どもと多数の学ばない子どもを生み出し、アメリカで起きた教育荒廃の後追いをすることになったのです。
 日本は、これらの思想や考え方の総括を避けたまま、2011年度以降、ゆとり教育から実質的に脱却しようとしているように見えます。しかし、総括を避けたままでは、その成果も乏しいものになるでしょう。また、何年かすると、ゆとり教育と同じ考えが力をもってくるかもしれません。つぎの学習指導要領までに、ぜひ、これまでの施策やゆとり教育の総括をしてもらいたいと思います」
 杉田先生は、富山の五福小学校、山室中部小学校で校長として画期的な成果を生み出されている。その指摘には、重みがある。
 
 
 

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「跳び箱」教室の開設!

   4年生の初任者のクラスで、体育の跳び箱の授業がしばらく続いた。
 私も示範授業をしたりした。
 まったく跳び箱を跳べない子供がいた。
 今まで一度も跳んだことがないという。2人いた。
 あとは、今まで跳んだことがあったが、また跳べなくなってしまったという子供が数人。
 ★
 跳び箱には、向山式の方法がある。
 ところが、高学年の女子にはなかなか適用できなくなった。
 おしりを押してあげることが、男性の教師にはなかなかできなくなったからである。
 (私の親しい知り合いの先生は、その問題を克服する方法を考え出したということである)
 4年生の女の子には、大丈夫かなと思い、
 「跳ばせるためにおしりをちょっと押すけど大丈夫だね」
 と確認して押してあげた。
 まったく跳べなかった女の子は、15分で跳べるようになった。
 もう一人は時間切れ。
 ★
 そこで、苦手な子供たちを相手に、「跳び箱教室」を急遽開設。
 15分間だけの昼休み。
 もう一人の女の子も、3段、4段と跳べるようになっていった。
 跳び箱から落ちて顔を怪我し、跳び箱が怖くなって跳べなくなった女の子も、引っ張り出してもう一度挑戦させた。
 5段まで跳べるまでに回復した。
 ★
 自分ができないことを克服した子供たちの表情は、実にいい。
 私は、授業づくりと学級づくりは本質的にその役割が違うと主張している。
 授業づくりの役割は、もちろん学力の保障であるが、もう一つ「子供を元気にする」ことがあると付け加えている。
 子供たちにとって、自分ができないことができるようになり、分からないことが分かるようになる喜びは、私たちが考えるよりも大きいものである。
 子供たちを元気にする。
 ★
 15分間の跳び箱教室が人気で、苦手な子供たちが集まりだした。
 もっと続けてほしいという。
 跳び箱に恐怖心があった女の子に、「もう跳び箱大丈夫だから、こなくていいよ」と伝えると、「もっと跳びたい」と言う。
 あれほど嫌がっていたのに、この変わり様は何であろう。
 しばらく止められないことになった。
 ★
 跳び箱は、この開脚跳びができなければ、もはや先の運動にはつながらない。
 鉄棒は、逆上がりができなければ先の運動に進めないのと同じである。
 いろいろな運動(運動だけではないが)にはネックになるものがある。
 それを超えさせなければ、どうしようもない。
 「新しい学力観」が出された20年以上前から、無理をさせないで、個性にあった試みで良いという考え方が主流になって、開脚跳びやさかあがりができなくても、無理をしなくなった。
 だから、高学年になって逆上がりができない子供が、クラスの半数ぐらいになる場合がある。
 4年生ぐらいまでに克服させなければ、もはやどうしようもない課題である。
 跳び箱の開脚跳びの克服は、向山方式でやれば簡単だが、逆上がりは簡単ではない。
 だが、できないわけではない。
 逆上がりは、根本式の方法がある。
 私が開発した方法もある。
  ★
 開脚跳びができる、逆上がりができる、繰り上がり、繰り下がりの計算ができる、かけ算九九ができるなどのネックになるものに、教師たちがこだわらなくなって多くの時間が過ぎた。
 その結果がどのようになるのか、これから表れてくるのであろう。 

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四人会の忘年会

 四人会で、忘年会を兼ねて一泊の湯河原旅行に出かけた。
 いつも宿泊する湯河原の旅館である。
 この旅館の展望露天風呂から眺める紅葉の様子は絶景である。
 これを楽しみにでかけたわけだ。
 ところが、当てが外れた。
 夏の暑さで、紅葉が遅くなるという予想が外れて、1週間前に絶景は終わったということ。
 それでも、宮崎の麦焼酎「百年の孤独」を持ち込んで、ちょびちょび飲みながら、180度に広がるパノラマを楽しむ。
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 四人会は、69歳、68歳、63歳、62歳の男の会である。
 材木関係の仕事、事務職、技術員、そして教員の私である。
 この4人が集まると、ずっと飲みながら延々と話が弾む。
 話題は多岐に渡り、話もとびとびになる。
 とにかく今の自分が興味を持っていることを話しまくるわけである。
 この4人で、10年間ぐらいをかけて、屋久島、沖縄、壱岐などの九州の島々を訪ね歩いた。
 それはそれは、おもしろい旅であった。
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 この4人は、ほとんど仕事を終え始めている。
 再任用で事務職をしているYさんも、もう来年の3月で仕事を終える。
 多分、私も初任者指導の仕事を来年の3月で終えることになるであろう。
 これから何をするか。
 その話題が主要なテーマであったはずだが、話がとんでしまって、なかなか
 その話に行き着かなかった。
 これもいつものパターンであって、珍しいことでもないのだが……。
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 次回は、ほんとにこれからのことを真剣に話さなければいけない。
 そんなことを思いつつ、今年も暮れていく。  
 
 

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学び合う学びと学校づくり 発信し続けた教育の本質

  2日の夜、メールを開けると、副島先生からメールが届いていた。
 本を送るから、住所を教えてほしいという内容である。
 副島先生とは、愛知県小牧市で教育長をされていた先生である。
 私は、この小牧市にもう2年間にわたって初任者指導に行っている。
 副島先生からのお招きである。
 来年も、3月28日に行くことになっている。
 4月1日の交付式の前に、初任者指導を行おうという試みである。
 多分、日本全国でこれを行っているのは、小牧市だけであろう。
 副島先生が教育長時代に研修体制を変えられる一環として、このような試みをされるようになったと聞いている。
 その教育長時代にホームページに出されていた「教育委員だより」が、本になるのだという。
 私は、このページから多くの学びを得た。
 必ず読むページであった。
 副島教育長が(もうお辞めになっているのだが)教育長時代に、この小牧市で何をなされたのか、この本から浮き出てくるのだと思う。
 日本の教育を変える試みがここで行われていたのだと、私は確信している。
 わくわくして読みたいと思う。 
 編集は、愛知県教育委員会海部教育事務所長の玉置先生である。
 かつて玉置先生は、この小牧市で校長をされていたことがある。
 ちょうど玉置先生のブログ(仕事日記)に、次のような記事が載っていた。
 http://www.k-net.or.jp/~kndm0037/
  ★
「学び合う学びと学校づくり 発信し続けた教育の本質」(副島孝著、玉置崇編、プラネクサス)が発刊された。
 編者として次のように書いた。(「はじめに」の一部から)

 すっかり習慣化してしまった「教育委員だより」の過去読みなどをしているうちに、このことは過去のことではない、社会がどのような状況となっても変わらない教育の本質が語られている、だからこそ、自分は何度も訪れて学んでいるのだと自覚しました。また小牧市が「学び合う学び」を重点に進めることに至った教育長の思い、その後の小牧市内小中学校の変容の記録は、どこの地域にとっても学校づくりのための良質な教育書となると確信しました。
 そこで副島先生に「私のほうで編集しますのでぜひ書籍にしてください」とお願いをしました。こうしてでき上がったのがこの本です。260号にも及んだ膨大な教育委員だよりを熟読・精選し、私なりの視点で章立て、項目立てをさせていただきました。林文通先生から素晴らしい写真の提供も受けました。編集者としての自信作です。この本が教育関係者の皆さんばかりではなく、広く多くの皆様に手にとっていただけますことを願っています。

 時間をいただき校長会議後には発刊をお知らせした。すでに義務教育課のみなさんは多数購入していただけたとのこと。ありがたい。とても良い本なので、ぜひ多くの方に読んでいただきたい。直販なので、プラネクサスサイトからぜひご注文を。
  

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