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再び、報道ステーションの初任教師自殺の番組を見て

   テレビ朝日の報道ステーションで、学級崩壊の中で、自殺していった初任の先生で取り上げていた。
 私が、このブログで一度書いた木村百合子先生のことである。
 百合子先生がつけていた日記を実際に借りてきて、古館さんが紹介していた。
  ★
 日記の最後のページには、次のように書かれていた。

    おこってばかりいるうちに
    私の顔がかわいそう
    おこってばかりいるうちに
    私の人格かわいそう
    神様 私を愛してください
    神様 私を助けてください
    神様 私に助け手を与えてください
    神様 私を愛してください
 
 この日記には、鉛筆で強く消去するかのように殴り書きの線がつけられていた。
  このあと、百合子先生は、2004年9月29日 朝5時30分頃 近くの駐車場に車を乗り付け、車の中で自殺していった。
 4年生の担任。
 教師になって、4ヶ月のことであった。
  ★
 教師の教育研究会で、この百合子先生の思いを無駄にしないようにと話し合いがなされている。
 若い女性の先生が話していた。
「木村さんが感じていたことは多かれ少なかれ、みんな似たようなことを言われたり思ったりしていると思う」と。
 ★ 
 報道ステーションの解説者は、言っている。
「先生というのは、とても厳しい状態におかれている。
 普通の企業では、半年か1年ぐらい見習いの期間があって、そこで一人前になっていく訓練をしていくのだが、学校の先生は、すぐに一人前になることを求められる。
 学校に、初任の先生を育てる現場の仕組みや余裕があったらいいのにと思われる」
 ★
 両親は、いま公務災害に認定されるための裁判を起こされている。
 同僚の教師も、その裁判に出て、発言している。
 「私たちも一生懸命フォローしていた」と。
 お母さんは、訴える。
 「今の状態は、学校側はただ隠しているだけ。
  隠しているだけでは改善ができない。改善できたら、子供たちも先生たちも
  ずっと勉強しやすい状態になるのだと思う」
 ★
  学校は、何か隠している。
 周りの教師たちは、百合子先生にあんなに意地悪を言わないで、どうしてもっとフォローをしなかったのか。
 番組は、そのような構成で作られている。
  学校が、周りの教師たちが、結局百合子先生を殺していっているのではないか、そのように受け取れる内容である。
 ★
 今でもマスコミは、このような姿勢でずっと報道をしつづけている。
 いじめ報道も、まさにこの通りである。
 私は、決して学校や教師たちに肩入れしているわけではない。
 だが、このような姿勢である限り、永遠に問題は解決しない。
 学校は何か隠していると両親もマスコミも考えている。
 だが、裁判で出てくる内容は、「私たちもフォローをしていた」という言葉だけであろう。
 その言葉にはウソはない。確かにフォローはしていたはずだ。
 周りでどんなにフォローしても、問題は一向に解決しない。
 ほとんど現実は、そうなる。
 ここがマスコミなどは、分かっていない。
 問題の本質は、ほとんどの学校が初任者を育てるシステムを持っていないということである。
 初任者のクラス(初任者のクラスに限らないが)が、学級崩壊になったとき、隣のクラスも、管理職も、ほとんどどうにもできないのが現状である。
 一生懸命関わろうとするが、どうにもできない。
 それが現状なのだ。
 最初少し荒れてきたときには、いくらも手はある。
 ところが、周りは「授業だ、授業だ」ととんちんかんな指導をする。
 ますます荒れる。
  完全に荒れてしまったときは、その先生への手立てはもはやほとんどない。
 ★
 崩壊したときの手立ては、さしずめ2つ。
 1つは、担任を替えるということ。
 学級崩壊の90%以上は、担任を替えないとどうにもできない。
 崩壊は、担任と子供たちとの関係づくりの失敗という要素が大きいので、その担任では問題を克服できない。
 だが、学校は、替えるための教師を持っていない。
 どうしようもない現状である。
 2つ目は、担任を持っていない教師が、T・Tに入る。(ころころTTが替わるのは良くない。一人の人にすべきだ。その人が、多くの授業を持つなどの措置がいい)
 これも、限界がある。そのような時間に余裕のある教師が、学校にはなかなかいないのである。
  だから、ずるずると大変なままで担任を持たせる。
  ★
 現実には、初任者は、1年目からクラス担任をするということには賛成できない。
 まず、副担任をするというところから出発させるべきである。
 1年間、副担任をさせながら、さまざまな勉強をさせていく必要がある。
 中学校では、そのような措置を取っているところがある。
 このブログで何度も繰り返しているが、学級づくりの方法をまったく持たないままで、担任をしてもほとんど勤まらない。
 だから、初任者のクラスは、現在七、八割が荒れていく。
 だが、そんなことを言っても、現実的にはどうにもならない。
 現場は、教師の人数的な余裕などほとんどない。
 初任をクラス担任にする以外に手はないのである。
 初任の悲劇は繰り返される。
 ★
 今年担当している2人の初任者を受け持ちながら、私なりの学級づくりの方法に自信を深めている。
 その方法をぜひ新しく採用になる来年度の初任者に伝授したいと、明日の教室の糸井先生や池田先生に申し出ていた。
 その日が決まった。
 3月5日(土)。京都の橘大学で行う。
 午前と午後である。
 大学で唯一学級担任論の講座を持っている池田修先生の大学で、このような講座を持てることを誇りに思う。
 学生は、会費はない。もちろん、私も講師代はない。
 明日の教室を支えてもらった学生の方へのささやかな援助である。
 だが、このブログを見ている学生の方で参加したい方は、申し出ていただきたい。
 いずれ糸井先生や池田先生のブログで宣伝されるはずである。
 クラス作りに失敗したり、苦労したりしている先生方も、もちろん参加できる。
 もう一度やり直せばいい。
  新しい本(学級づくりなどについて)も、この日までには出版されていると思う。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

いつもブログを拝読させていただいております。
私は、教職ではありませんが、初任者の話を聴く機会も多く、
いつもブログを読ませていただくたびに、非常に参考になり、
また共感することが多く、学ばせてもらっております。

現在岐阜に住んでおりますが、
ぜひ、学生でなくても、教職でなくてもその講義に参加できるようであれば、ぜひ参加させていただきたいです。

よろしくお願い致します。

投稿: minamida | 2010年11月19日 (金) 16時12分

minamidaさん、コメントありがとうございます。
最近、教職以外の方がよく私の講演会にも足を運んでもらえるようになりました。
私の講演は、教職の方への限定した話なので、教職以外の方はつまんないのではないかと思うのですが…。
それでも、教育にこうして関心をもってもらっているわけです。
ありがとうございます。
3月5日は、新採用の教師向けに限定した講座です。
午前中は、心構えや実際にどのようなことを今から準備しておくのかという内容です。午後は、実際に作業をしながら準備したいこと、それから質問コーナーを設けたいと思います。
こんな内容ですよ。とても教職以外の方は厳しいですよ。
それでも良かったら、どうぞ。糸井先生や池田先生のブログに案内が出ます。
私の方でもブログに案内を出します。

投稿: 野中信行 | 2010年11月20日 (土) 08時10分

報道ステーションについて書かれたブログを検索してたどり着きました。

現場に立つ身として、本当にその通りだ…と思わずにいられません。
どんなに「授業力」と言われても、その土台となる学級づくりが上手くい
っていなければどうにもならない…というのも実感しています。

年齢的に若手と組むことが増えて、ますますその考えが強くなりました。

先生のご活躍を応援しています。また、勉強させて下さい。

投稿: kiki | 2010年11月20日 (土) 11時04分

大都市圏では、大量採用の時代に入っている。数名単位で新任が学校になってくる。そんな状況では、教師を育てる仕組みなどできるはずがない。
現場では、若手教員を「使いものにならない」「先輩の話を聞かない」「自信満々」と言っている。学校がチームになれない、ならない状況がある。若手の教員自身が自分自身で育つしかない状況である。そして、私の市でも、自殺する人は出ていないまでも、10名以上の新規採用者が、現場を去る。
無縁時代という言葉があるが、学校現場は無縁社会である。

投稿: miyatoshin | 2010年11月20日 (土) 13時51分

返信ありがとうございます。
3月5日、スケジュールに入れさせていただきました。
またご案内が出た際に、チェックさせていただきます。

分野は違えど、”教育”に関わるものとして、学ばせていただきたい。
そう考えております。また、学校という現場にとっての余所者として、今の学校や、若手の先生方のことを、もっとまっすぐにみたい。
そのうえで、自分にできることを考えていきたいです。

ありがとうございました。

投稿: minamida | 2010年11月21日 (日) 18時11分

はじめまして。
中学で教師をしているりんごと申します。
野中先生の本を読んだことがあります。
ブログもされていたんですね。

私も昨年新卒新任で担任を持ちました。
保護者のクレーム・やんちゃすぎる子ども、
そして何より周囲の教員からの協力が得られず、
うつ病・自殺未遂・休職に追い込まれました。

昨年の後遺症で、今も教師を辞めるか続けるかで悩んでいます。
担任としての資質がないのかもしれません。
担任恐怖症になってしまいました。

先生のおっしゃるとおり、新任には何らかの手だてが必要ですよね。
木村先生や私のような教師を出さないためにも。


先生のブログ、じっくり読ませていただきます。

投稿: りんご | 2011年1月10日 (月) 21時31分

都会に対し、田舎(鳥取です)は、採用ありません。

採用していないのにも関わらず、教諭と同様の仕事をふられます。
経験だとかと思っているのか知りませんが、研究会や、学校外出張等、講師にどんどんふってきます。

講師の高校の給料は、手取り17万。
講師ですから、毎年給料は同じで、あがることはありません。
事例も3月30日までとかしたり、非常勤だと3月24日までと記載されたりし、
万年同じです。
万年と書きましたが、10年講師をしても、講師のままでいる方が多数。

都会と比べ、採用がなく、共働きしなければ子どもを養っていけないような、
(ま、養えてない家庭は多々あるのですが)貧乏県ですから、
給料は悲惨です。

年収200万いかない非常勤、常勤でも300万ないです。

教育委員会は、使い捨ての駒としかみていないので、辞めてもらって結構、
みたいな感じ。

生徒が自殺しても、もみけし。

謙虚たれ、などと子どもたちに教えているのは、操作しやすくするため。

使い勝手のいい人間育成に努めているのが本音で、
県外出て行きたいと思うのがあたりまです。

故郷でめげずに頑張ることが美化されてますが、何もかも、報われることなく、
苦しみ、辞めていく教員、自殺未遂をする教員。

教員や教育委員会はは、自らが正しいと信じきっていますから、死ぬまで治りません。


貧乏県も弱い立場は、無惨悲惨、地獄絵図ばかりです。実際のところ。

投稿: 高校の講師です。 | 2014年8月 1日 (金) 19時31分

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