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自分の「役割」に気付くということ

 人間は、役割を持って生まれてきていると、このブログで書いた。
 実は、「野中信行のブログ教師塾」(学事出版)でこのことは書いていたものである。
「…私は、人間は『役割』を持って生まれてきていると考えている。どんな人間も、この『役割』がある。
 広い宇宙の、小さい地球の、そのまた小さな日本の、……中で、奇跡的に存在する私たち人間は、みんな『役割』を持って生まれてきている。
 『自分の才能をどのように見つけたらいいか』『自分の個性を発揮するためにはどうしたらいいか』そして『自分探しをする』
 こういう考え方では、早晩行き詰まる。自分のことしか考えていないからである。
 自分には、どんな役割があるのだろうか、と考えるところから、自分の人生を本当に生きることになる」
 ★
 また、7月に行った高知の龍馬記念館を訪ねて、次のようにも書いた。

「上士と下士という身分差別が激しいこの土地柄で、よくも龍馬が育っていったものである。
 この龍馬の存在は、この土佐の土地柄の中で生きながらえただけでも、不思議なことである。
 龍馬記念館で、司馬遼太郎が龍馬について書いていることが目に付いた。
 
 
 天に意志がある。としか、この若者の場合、思えない。天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき、惜し気もなく天に召しかえした。

 「龍馬がゆく」の著者は、うまいことを言うものである。
 おそらく、龍馬は、薩長同盟、大政奉還という大事業を為すために天が使わした若者であった、のであろう。」

 おそらく、坂本龍馬は、自分の役割をはっきりと自覚していたのである。
 ★
 もうひとつだけ、思い出すことがある。
 黒澤明監督の「生きる」という映画を見られたことがあるだろうか。
 1952年の映画である。
 もうかなり古い映画になる。
 でも、この映画は、世界中で評価され、黒沢映画の代表作とまで言われる名作である。
 黒沢作品と言えば、「七人の侍」「乱」などの戦国時代の侍映画を想像する。
 でも、この作品は全く違う。
 主人公は、町役場で働いている定年間際の公務員。
 町役場の公務員ということから連想される通り、主人公は、何の目的もなく、ただ目の前の仕事を無難に処理していくだけで、何十年も過ごしてきたのである。
 「自分は何のために働いているのだろう」「自分は何の役割を持っているのだろう?」なんて、考えもしない。
 ところがある日、自分が癌であることを知ってしまう。
 残された人生はあとわずか。
 それを考えたとき、主人公は大きな疑問を抱え込む。
 「一体自分は、何のために生きてきたんだろう?」
 役所をさぼって、ひたすら街で遊び回ったり、お酒を飲んだりしても疑問は解決できない。
 そんな時、主人公は、役所のつまらない仕事を辞め、おもちゃ工場に女工として転職した若い女性に惹かれる。
 別に好きになったわけではない。彼女はどうしてそんなに活力に溢れているのだろうか?
 そこに問題の糸口あるのだと思う。
  象徴的な場面がある。
 あるとき、その女工さんが主人公に、自分が働く工場で作ったウサギのおもちゃを嬉しそうに見せる。
「これ作ったら、日本中の赤ん坊と仲良くなった気がして…」
 そこで主人公は気づく。
 そのとき役所に、工場の建設で近所に憩いの場がなくなってしまったという陳情書が来ていた。
「住んでいる子供たちのためにも、何とか公園を作ってくれませんか?」
 そして、主人公は、役所のあらゆる部署をかけずり回り、官僚仕事で重い腰をあげない上層部を鬼気迫る勢いで説得し続け、本当に命を賭けた執念で、公園の建設を実現させる。
 最後は、満足そうに、完成した公園でブランコを揺らし、主人公はその生涯を全うしていく。
 ★
 黒澤監督が、この映画を通して描こうとしていることははっきりしている。
 人間には、きちんとした「役割」があり、その役割に気付き、自分の役割を果たしていくことの大切さである。
 監督自身も、そういう自分の役割を自覚していたのであろう。

 

 
 

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