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事前の指導案検討会と指導案のこと

  いつもお邪魔する「すぷりんぐぶろぐ」を読んでいて、なるほどと頷く指摘があった。 http://blog.goo.ne.jp/spring25-4/ 
 事前の指導案検討会のことである。
 私もこの検討会が、大変苦手であった。
 この検討会では、みんなそれぞれが勝手なことを言い合うわけである。
 若い先生の指導案に、ベテランの先生がいろいろ注文をつけたら、それは変えざるをえない。
 もちろん、大きな公開授業研などの場合なら、それは事情が違ってくるのであろうが、問題は校内の授業研究会である。
 苦労して考えてきた指導案に、その場で読んで、いろいろ意見を言い合うのは時間の無駄であると私は思ってきた。
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 スプリングさんも、次のように言われている。

  何か大きな研究指定にもなっていて、観点やら方法が規定されて

  いて明確ならばなんとかなるかもしれないが、通常の校内研究あ

  たりではそんなにキツイ縛りがないのが普通だろうし、どうしたも

  のかといつも思っている。

 ところが、事前の指導案検討会を止めようという提案は、なかなか通らない。
 スプリングさんも、次のように言われる。 

  実際、そんなこともあって、どこの職場でも縮小方向で進んできた。
  

  本人の意志、提案を尊重することが大事ですよ、事前検討より授

  業後の研究協議を充実させましょうよ…とそんな言い方をしてきた

  けれど、それにしても時々どうしてそんなに抵抗があるのだろうと

  思ったりもする。

 きっと自分一人で検討した指導案は、不安なのだろう。
 みんなで検討してもらえば、それだけで「みんなの指導案」になる。
 それで少しは安心できる。
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 私は、最後の勤務校では、重点研推進委員長をしているとき、事前の指導案検討会を模擬授業で行いましょうと提案して、それが通って行った。
 年配の先生たちには、最初とても抵抗があるものだったが、周りがやっているうちに慣れてくる。そのうちに、普通のことのようになってきて、先生がたにはとても評判良いものに変わっていった。
 ★
 それよりも私がもっと気になっているのは、指導案である。
 ものすごい指導案になっている。
 校内の指導案程度でも、こんなに書くのかというほどに膨大な指導案になっている。
 どこかの公開授業研の指導案をモデルにしているのであろう。
 その膨大な指導案の授業は、まったくたいしたことがない。
 授業は、指導案に負けている。
 ほんとうなら授業をどうしていくかが問題なのに、指導案を書き上げるだけでへとへとになっている。
 指導者が悪いと、このような逆転現象が起きる。
 ある県で有名な学校は、公開授業研なのに、紀要も、指導案もないという。
 ただ、授業を見てほしいということなのだ。
 この姿勢はすばらしい。
 まあ、そこまで徹底しなくても、単元名と単元目標、指導計画、本時の目標、本時展開で充分。あとは、その学校のテーマについて書いていけばいい。
 ★
 私が提案している「味噌汁・ご飯」授業は、そうした無駄な内容をすべて排除して、残るものだけを残していこうという試みである。
 何せ「日常」に耐えられる授業の提案なのだから。
  

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