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2010年9月

「爆笑授業の作り方72」(中村健一編著)のお薦め

   山口の中村健一先生より本をいただいた。
「爆笑授業の作り方72」(黎明書房)。
 「はじめに」の中で、私の「味噌汁・ご飯」授業の紹介がある。

「私が尊敬する野中信行氏は、『味噌汁・ご飯』授業を提案されています。
 研究授業のような特別な授業(『ごちそう授業』)でなく、年間1000時間を超える日常の授業( 「味噌汁・ご飯」授業)を充実させようという提案です。
  本書も野中氏の言われる 「味噌汁・ご飯」授業を充実させるのに役立つことを目指しました。
 野中氏も言われるように、我々教師は年間1000時間を超える授業を行っています。それらの全てに力を入れて準備することは、不可能でしょう。
 『今日の授業は、ちょっと準備不足だったかな。子どもたちのつまらなそうな顔が耐えられないな』なんてことがありますよね。もちろん、私にもあります。
 しかし、この本にあるネタを使えば、退屈そうな子どもたちの顔が笑顔になります。そして、子どもたちがやる気になります。
 この本にあるネタを使って、ぜひ、毎日行っている普通の授業を楽しいものにしてください」
 
 ありがたいものである。
 読ませてもらって、とにかく笑った。噴き出すネタがいくつもあり、「これは教室に笑いを作り出す横糸だ」と思う。
 「日常授業のふりかけ効果」があると中村先生にメールを送ったら、「その言葉は、いいですね」と褒めてもらえた。

 構える必要などないのだ。日常授業を豊かにしていくためには、さまざまな方法があるのである。
 「日常授業に笑いを」起こしていくには、最適な本である。 
 

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日常のこまごまとしたことの大切さ

  朝日新聞の読書欄に次のようなことが載った。
「今年の甲子園で春夏連覇を果たした興南高校我貴屋優監督の言葉に、次のような印象深いものがあった。 
 『散歩でたばこの吸い殻を見て見ないふりをする人は、おれは関係ねえ、とカバーリングに回らない。誰が捨てたのでもいいから拾わないと、試合にならない』。カバーリングーつまり味方がこぼしたボールを他の選手がフォローできないチームは、試合に勝てない。監督は日常生活の中でも小さな習慣や姿勢が、大事な場面でプレーに出る、ということを繰り返し説いたそうだ。
 日常の行動がプレーに表れるということでは、2000年に慶大のラグビー部を大学日本一に復活させた上田昭夫総監督の言葉を思い出す。部員を指導するにあたり、まず部員寮の新聞を読み終えたら、必ずきれいに畳んでテーブルに置こう、と呼びかけることから始めたという。「小学生じゃあるまいし」とあぜんとする部員に向かって総監督はこう言ったという。「新聞は必ず次に他の人が読む。きちんと置くことは次の人への良いパスだ。自分が読んだあと放り出したままの者は、必ず試合でもパスが雑になる」
(「我貴屋監督らに学ぶ生活態度」校正業 大村茂)
 ★
 私も、若い頃指摘されたことと同じような苦い体験をしたことがある。
 仕事術をテーマにして、教師の仕事をしていたので、若い頃から仕事を早く終わらせることはお手のものであった。
 だが、仕事は早いが間違いが多い。多くのミスがあった。
 なぜ、そうなるのか。
 早くするための後遺症なのかと思っていた。 
 しかし、そうではなかった。
 日常のさまざまな場面で、終わりのところを実にいい加減に終えてしまうのである。
 たとえば、トイレにスリッパは、出てくるときに次の人のことを考えないでそのままの向きで出てきてしまう。
 お風呂に入って、出るときに次の人のためにきちんと後片付けをしてくるという意識がまったくない。入りっぱなし。
 ……
 恥ずかしいことに、こういうことが数多くあった。
 今でもえらそうなことは言えない。
 ★
 だが当時、日常のこまごまとしたことが、具体的な仕事の大切な場面にきちんと出てくるものなんだということが分かっていなかった。仕事は仕事、日常は日常というように区分けしていた。そこにつながりがあるなんて、とても思えなかったのである。
 ★
 初任の先生に、最初に教師の仕事を教えていくとき、日常のこまごまとしたことを伝える。
 職員室の自分の机は、私的な机ではない。公的なものだ。
 いつもこざっぱりと片付けておくこと。
 同時に、教室も私的な場所ではない。いつもこざっぱりと片付けをすること。
 公的なこと、私的なことの区別をきちんとすること。
 印刷室の使い方。
 使用したら、スイッチを切り、必ず紙を元に戻し、元あった状態に戻していくこと。
 社会人としての最低のマナーであるが、これがなかなかできない。
 若い頃、私もできていなかった。
 だが、今なら言えそうだ。こんなこまごまとしたことがとても大切だということを。 
 

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自分の「役割」に気付くということ

 人間は、役割を持って生まれてきていると、このブログで書いた。
 実は、「野中信行のブログ教師塾」(学事出版)でこのことは書いていたものである。
「…私は、人間は『役割』を持って生まれてきていると考えている。どんな人間も、この『役割』がある。
 広い宇宙の、小さい地球の、そのまた小さな日本の、……中で、奇跡的に存在する私たち人間は、みんな『役割』を持って生まれてきている。
 『自分の才能をどのように見つけたらいいか』『自分の個性を発揮するためにはどうしたらいいか』そして『自分探しをする』
 こういう考え方では、早晩行き詰まる。自分のことしか考えていないからである。
 自分には、どんな役割があるのだろうか、と考えるところから、自分の人生を本当に生きることになる」
 ★
 また、7月に行った高知の龍馬記念館を訪ねて、次のようにも書いた。

「上士と下士という身分差別が激しいこの土地柄で、よくも龍馬が育っていったものである。
 この龍馬の存在は、この土佐の土地柄の中で生きながらえただけでも、不思議なことである。
 龍馬記念館で、司馬遼太郎が龍馬について書いていることが目に付いた。
 
 
 天に意志がある。としか、この若者の場合、思えない。天が、この国の歴史の混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき、惜し気もなく天に召しかえした。

 「龍馬がゆく」の著者は、うまいことを言うものである。
 おそらく、龍馬は、薩長同盟、大政奉還という大事業を為すために天が使わした若者であった、のであろう。」

 おそらく、坂本龍馬は、自分の役割をはっきりと自覚していたのである。
 ★
 もうひとつだけ、思い出すことがある。
 黒澤明監督の「生きる」という映画を見られたことがあるだろうか。
 1952年の映画である。
 もうかなり古い映画になる。
 でも、この映画は、世界中で評価され、黒沢映画の代表作とまで言われる名作である。
 黒沢作品と言えば、「七人の侍」「乱」などの戦国時代の侍映画を想像する。
 でも、この作品は全く違う。
 主人公は、町役場で働いている定年間際の公務員。
 町役場の公務員ということから連想される通り、主人公は、何の目的もなく、ただ目の前の仕事を無難に処理していくだけで、何十年も過ごしてきたのである。
 「自分は何のために働いているのだろう」「自分は何の役割を持っているのだろう?」なんて、考えもしない。
 ところがある日、自分が癌であることを知ってしまう。
 残された人生はあとわずか。
 それを考えたとき、主人公は大きな疑問を抱え込む。
 「一体自分は、何のために生きてきたんだろう?」
 役所をさぼって、ひたすら街で遊び回ったり、お酒を飲んだりしても疑問は解決できない。
 そんな時、主人公は、役所のつまらない仕事を辞め、おもちゃ工場に女工として転職した若い女性に惹かれる。
 別に好きになったわけではない。彼女はどうしてそんなに活力に溢れているのだろうか?
 そこに問題の糸口あるのだと思う。
  象徴的な場面がある。
 あるとき、その女工さんが主人公に、自分が働く工場で作ったウサギのおもちゃを嬉しそうに見せる。
「これ作ったら、日本中の赤ん坊と仲良くなった気がして…」
 そこで主人公は気づく。
 そのとき役所に、工場の建設で近所に憩いの場がなくなってしまったという陳情書が来ていた。
「住んでいる子供たちのためにも、何とか公園を作ってくれませんか?」
 そして、主人公は、役所のあらゆる部署をかけずり回り、官僚仕事で重い腰をあげない上層部を鬼気迫る勢いで説得し続け、本当に命を賭けた執念で、公園の建設を実現させる。
 最後は、満足そうに、完成した公園でブランコを揺らし、主人公はその生涯を全うしていく。
 ★
 黒澤監督が、この映画を通して描こうとしていることははっきりしている。
 人間には、きちんとした「役割」があり、その役割に気付き、自分の役割を果たしていくことの大切さである。
 監督自身も、そういう自分の役割を自覚していたのであろう。

 

 
 

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教員採用前一日研修の話がトントン拍子に進む

   学生の「教員採用前一日研修」を「明日の教室」の糸井先生、池田先生、佐瀬先生、川本先生に提案したら、話がとんとん拍子に進んだ。
 3月の日程調整の段階である。
 京都、大阪は、一度にできるだろうが、東京でも開いてほしいと佐瀬先生がコメントされている。
 ★
 この提案は、以前から思っていたものである。
 今、新採用される教員は、主要都市圏では数多くなっている。
 横浜では、今年は約700名ぐらい。最近数年間は、これくらいの採用がある。
 だから、横浜では、5年未満の若い先生たちが、16000人の教員の中で3分の1を占めるようになっている。
 地方では、5年後ぐらいから新採用が増えていくのであろう。
 この若い先生たちの多くのクラスが荒れ、そして教師を辞めていったり、病休に入っていく。
 その原因の多くが、学級を担任するということが分かっていないことにあると、私は考えてきた。
 もう一つは、ほんとうは「学級づくり」が大きな課題なのに、本人も周りも「授業づくり」を過度に考えていく傾向がさらに強まっているように思えてならないことである。
 朝日新聞の連載にあった自殺した新採教師も、そうであった。
 この勘違いは、多分決定的な問題であると思ってきた。
 今年、私は2人の初任者のクラスを見ながら、その思いを強く持った。
 ★
 このブログで何度も書いているが「学級づくり」は、初任者に誰も教えていない。
 だから、教師になるということは、どういうことか、子供たちと関わるためにはどうしなければいけないのか、クラスの仕組みはどのように作らなければいけないのか、「群れ」であるクラスを「集団」へ変えていく手立てはどういうものかなどをきちんと知る必要がある。
 私の方法は、確かにハウツーであるが、なぜそうしなければいけないのかをきちんと含んでいると思っている。
 ★
 もう一つ、大事なことがある。
 この学級づくりの方法を知ったからといって、教師としてうまくいかない場合がある。
 最も大事なことが、この方法ではなく、教師としてのスタンスにあるからである。
 教師としての夢や抱負を言うのではない。
 子供たちへの思いや願いを言うのではない。
 そんなものは、それぞれが勝手に思っていればいい。
 そんなものは、教師としての条件を決定づけない。
 ここを初任者は勘違いをする。
 このスタンスとは、仕事に対する姿勢や態度である。
 このスタンスが基盤にあって、そこに方法やスキルが乗っかってくる。
 ちょっと難しくなるが、このスタンスとは、「責任感」と「向上心」だと思っている。
 任された仕事を責任をもって成し遂げられるか。
 より良くするためには、どうしていけばいいかという気持ちがあるか。
 この責任感や向上心に比べれば、教師としての夢や抱負、子供たちへの思いや願いなどたいしたことがない。
 そんなものは、教師の仕事に忙殺されれば簡単に消えていくからである。
 初任者は、何ヶ月かすると「子供が嫌いになりました」とほとんどがなる。
 そこからがほんとうの勝負になる。
 
 
 
 
 

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暴力行為は、まだ増え続けている

 文科省から平成21年度の「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」が発表された。
 不登校については、8月5日に発表、暴力行為、いじめなどについては、9月14日に発表された。
 この調査結果は、あくまでも報告があった数である。
 だから、報告しなかった数がかなりあると踏んだ方がいい。
 一番正確な数は、不登校の数だと思われる。各学校は、かなり正確に報告しているはずである。
 現場にいる頃は、30日以上欠席している児童は、正確な数を報告していた。
 しかし、暴力行為といじめは、正確ではないと思われる。
 これはあくまでも目安であろうと思った方がいい。
 ★
 新聞報道は、民主党の代表選に隠れて、あまり大々的に報道されなかった。
 調査結果の主な特徴は、次のようになる。

 1,小中高の暴力行為の発生件数は、約6万1千件、前年度よりも増加している。
   小中においては、過去最高の件数になる。
 2,いじめは、約7万3千件で、前年度よりも約1万2千件減少している。
 3,不登校は、小中で122432人。高校で、5万2千人。小中は、4500人ぐらい減少。高校は、約1千人減少。
 4、小中高で自殺した生徒は、165人。

 やはり、注目は、暴力行為が増加しているということである。
 ★
 暴力行為で、多い都道府県は、次のようになる。(1000人当たり)
 
 1位 香川10.7 2位 神奈川9.7  3位 奈良9.2  4位 京都9.1 5位 岡山8.4 6位 大阪7.9 7位 高知7.7 8位 和歌山6.4 9位 兵庫6.0 10位 徳島5.8

 関西、四国に集中している。
 関東では、いつも神奈川である。
 学校が大変であるということになる。
 
 少ない県をあげれば、次のようになる。
 
 1位 福島0.6 2位 秋田0.7  3位 福井0.8 4位 佐賀1.0 4位 鹿児島1.0  6位 宮崎 1.1 7位 山形1.2 8位 愛媛1.4 熊本1.4 10位 群馬
1.6

 東北、九州が多い。落ち着いた学校が多いということであろう。
 
 
 
 

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 第2回明日の教室東京分校に登壇 そして1つの提案

 18日の土曜日は、明日の教室東京分校の第2回目に登壇した。
 京都明日の教室の常連であった佐瀬先生が、東京で始められたものである。
 第1部 日常実践を充実させるための仕事術
 第2部 学級づくりをどうしていくか
 第3部 授業のどこを改革していくか
 3時間の講座である。
 私の最新の考えを本音で提起したものである。
 三連休の一日目なのに、50名近くの方が参加していただき、とても盛り上がるものになった。
 遠く仙台や、大阪や、名古屋からかけつけてもらい、ほんとうに感謝している。
 ★
 橘大学の明日の教室も、いつも池田ゼミ関係の学生の方が諸々の下支えをされている。
 今回の東京も、千葉大学の学生の方が、下支えをされていて、スムーズに回っていた。
 おそらく、学生の方の支援がなければ、こんなにスムーズには進行していかないと思っている。ありがたいものである。
 今、ふっと思いついたのだが、この「明日の教室」に参加されている学生の方を中心に教師に採用されていく前の一日を「学級経営講座」として私に講座をもたせてもらえないかという提案である。1月か2月か3月の一日になろう。できれば、午前、午後ということがいい。
 今回私が担当している初任者に助言した全てのことを、この講座で提案したいということである。実践的なことだ。
 大阪でも、川本先生が明日の教室を始められている。
 3つの「明日の教室」に参加されている採用前の学生の方へのせめても感謝の気持ちである。
 ★
 なぜかというと、採用されたけれども、採用されるまでにどのような勉強をしたらいいかという質問を各地でさかんにされる。
 本を読むことを進める。
 しかし、本は限界がある。
 もっと、学校現場を想定して、教師になるということはどういうことか、どのような具体的な手立てが必要なのかなどを知る必要がある。
 初任者の七八割のクラスは荒れる。
 それにはきちんとした理由がある。
 その理由が、私にはつかめてきた。
 克服できるのだ。
 実際に私が担当している初任者の先生は、みごとなクラスを作り上げている。
 その方法を教えようという試みである。
 ★
 参加される学生の方は、旅費(宿泊費?)だけ。私も手弁当で参加する。
 どうですか。糸井先生、池田先生、佐瀬先生、川本先生 検討してください。
 
 
 
 
 

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そんな<場所>に帰っていかなくてはならない

  
 北海道の堀先生が、ブログ「気概と丁寧さとしつこさと…」の中で以下のように呟いている。
 ★
 
 やるべきことがはっきりしていて、丁寧に教えれば、いまどきの子でも、できない子と呼ばれるような子でもできるようになるという証拠である。問題は教える側の「一人も置いていかない」という気概と、授業の丁寧さと、もう一つはしつこさである。

 できれば小学校の算数にこの3つが欲しいなと思う。せめて九九や通分には同じような気概と丁寧さとしつこさが欲しい。最近の九九や通分の習熟率の低さには深刻なものがある。できるだけ小学校の悪口は言いたくないのだが、ここ10年くらいで目に見えて深刻化しているのを肌で感じる。

 ゆとり教育のせいなどではない。子どもの変容のせいでもない。ここに気概と丁寧さとしつこさを発揮しなければならないというコンセンサスが、この10年間、小学校で落ちてきていたのだと思う。義務教育のシステム改変でも行わない限り、その後の学年でこの遅れを取り返すことは不可能に近い。

 正直、ぼくは国語科でよかったなと思うことがある。数学科の教師たちにはどこか諦めが感じられる。そんな諦めの表情をもう10年近く見続けているような気がする。
  ★
 
 私は、小学校の現場を生きてきたが、ここでの指摘はその通りであり、教師としての気概がなくなっていることがとても気になっていた。
 これが顕著になったのは、新しい学力観が導入されてからのことである。
 「支援だ、支援だ」「個性を大切にしよう」と盛んに叫ばれ、教師は、どんどん指導することを控えていった。
 それまでは、かけ算九九は、指導すべき必須の事項で、首根っこをつかまえても教え込まなくてはならない使命が課せられていた。
 だから、どの教師でも、必死になって指導した。
 しかし、「基礎学力は、個々の子供によって違う」などと指導され、教師たちは、「そんなに無理して教えることもないんだ」と受け取っていったのである。
 それ以来、教師たちの中にあったコンセンサスが一気に崩れていった。
 「漢字を覚えること」しかり、「音読をすること」しかり、…ほとんどが取り組み主義に終わるようになった。
 易きに流れたのである。
 子供たちが、どのような結果になっているかどうかが問われなくなっている。
 それ以来、もう15年ぐらいの月日が経っている。
 ★
 教師の喜びとは何だろう?
 教師のおもしろさ・楽しさとは何だろう?
 これを問うことが教師たちから抜けていって、多くの教師たちが、ただ「教師している」気がする。
 仕事だから。生活がかかっているから仕方がない。ほんとうなら辞めたい。
 そんな声が聞こえる。
 教師は、本来子供たちの喜びに寄り添って、それを自分の喜びとして過ごしていく存在である。
 「先生、嫌いだった算数が好きになったよ!」
 「先生、走るのがちょっとだけ速くなった気がする!」
 「かけ算九九を全部言えるようになってうれしいなあ!」
 ……
 教師は、このような<事実>を教室の現場で必死に作り上げる。
 それが私たちの仕事であったはずだ。
 いつからこのことが忘れ去られていったのだろうか。
 ★
 2年生の初任者のクラスで、繰り上がり(36問)、繰り下がり(36問)テストをした。
 初任者が教室を空ける時間に、私が代わりに受け持った時間である。
 ちょっと悲惨な結果である。
 もう算数嫌いは始まっているが、これではこれからのかけ算九九も容易ではない。
 初任者と話し合って、カード方式で対応しようということになった。
 100円ショップで、英単語カードを買ってきた。
 そのカードに36問の計算を全部書いて、できていない子供たちに渡した。
 「計算の仕方は、1年の時に教えているので、この答えがすぐ出てくるように覚えなさい」
 ちょうどいい具合に15分の計算タイム(モジュールのような)がある。
 この時間を使える。
 私が、どのようにやるか示範授業をした。
 フラッシュカード(5分)、二人組でまず一人が問題を出し、もう一人が答える。(それぞれ5分ずつ)×2
 カードに○が3つ付いたら合格で、カードを引き抜く。
 だんだん少なくなって、全部なくなったら合格。
 昨日で3人合格。
 掲示板に、「○○さん、くりさがり合格」とはりだす。
 「とにかくみんなが、カードを持っておぼえるのに夢中になるムードを作ろう!」と初任者の先生と話し合う。
 ★
 私が高学年を受け持っているとき、かけ算九九がうまく言えない子供たちに適用した方法である。
 給食の待ち時間の10分間をその時間に当てた。
 その時間しか空き時間はなかった。
 だが、確実に彼等はマスターしていった。
 それで九九が言えない子供を一掃していった。
 ★
 教師は、教師本来の仕事に帰っていかなくてはならない。
 教師は、やさしさとか、感動とか、思い出とか、喜びとか、子供と共有できる、そんな<場所>に帰っていかなくてはならない。  

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学級づくりの方法は最低3つ、付け加えるならあと2つ

 吹き抜ける風が、季節の変わり目を告げている。
 やっと、この猛暑をくぐり抜けることができそうだ。
 「ふうっ~~~~~」と、大きくため息をつく。
 ★
 9月を迎えて、締め切り間近な「縦糸・横糸の教育学」本の原稿を仕上げる。
 横藤先生と2人で書き上げるものである。
 学陽書房から来春出版される予定である。
 私にとっては、横藤先生が提唱された「縦糸・横糸」の考え方は、素晴らしい贈り物と言っていいほどのものであった。
 私が考えている「学級づくり」の方法に大きな一歩を付け加えてもらった。
 ★
 昨年の夏の授業づくりネットワークの大会の私の講座で、岐阜の長瀬拓也先生から質問を受けた。
 「野中先生は、1年間の学級づくりをどのように考えられておられますか?」
 その時は、適当に答えたと思う。
 しかし、迷っていたのである。
 1年間の学級づくりは、見通しをもって計画的に、継続的に進めなくてはならない。
 たとえば、学級づくりで大きな問題提起をされた戸田正敏先生は、1年間の学級づくりを次のように提起される。(「自立した子を育てる 学級づくりステップ組織術」明治図書)
 1 「学級づくり」・導き段階
 2 「学級づくり」・寄り添い段階
 3 「学級づくり」・見守り段階
 今でも名だたる実践家は、このような計画をもって、学級づくりに当たっていると思う。
 だが、そのような方法は、あまりにも普通の現場教師と距離が離れすぎている。
 先進的な方法を提起していくのは、大切なことだが、私はほとんど興味がない。
 それよりもなりよりも現場の教師たちを少しでも揺り動かしていく方法論を考えたい。
 そのためには、現場教師たちの多くが取っている方法をどのように繰り込んで、それにどのように付け加えていけるかどうかだと今まで考えてきた。
 就かず離れずである。
 現場の多数派の教師たちは、ほとんど計画的、継続的に学級づくりを進めていない。
 実態は、学期の最初に係・当番を決め、1年間の学校行事と学年行事に従いながら、その間で授業をしていくということになっている。
 学級経営案も提出されるが、ほとんど校長へ提出される作文である。
 そのようにほとんど進めていない。
 今も綿々と進められる学級経営案の方法は、破産している。
 企業経営に当てはめるならば、ほとんどのクラスが倒産していることになる。
 それでも成り立っているのは、公教育という制度で守られているからに過ぎない。
 ★
 1年間の見通しを持った計画的、継続的な学級づくりは、ほとんど無理になっている。 そのような認識を最近持っている。
 今、学級で最も必要なのは、「群れ」を「集団」へかさ上げしていく手立てであり、方法論である。
 この手立てが取られ、実際に学級が「集団」化していけば、もう普通の学級では充分な学級運営と考える。 
 「集団」化していくには、準備段階がいる。土台づくりと言っている。
 学級の子供たちが教師のリーダーシップで統率される必要がある。
 そして、1ヶ月で学級の土台づくりがなされなければいけない。
 だから、学級づくりの方法は、最低条件として3つなのだ。
 
 1,関係づくり(縦糸・横糸の教育学)
 2,仕組みづくり(3・7・30の法則)
 3,集団づくり(群れから集団へ)
 
 もう少し付け加えるならば、次の2つになる。
 4,交流づくり(会社活動など)
 5、秩序づくり(教室の「見える」化を図る)

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再び、声を大にして訴える

  北海道の堀先生のブログに、私の前回のブログについて書いてあった。

  野中さんが血気盛んに「学級づくり」の必要性を叫んでいる。もっともである。中学校に身を置くぼくらは、授業づくりと学級づくりが異なるということを身をもって実感している。この二つが異なると言った小学校教師に初めて逢ったのが野中さんだった。

  もう何年も前になるが、「そうだよねえ」と握手したのを覚えている。

  還暦を過ぎてもバリバリ働き、バリバリ提案し続ける野中さんには頭が下がる。やはり最後は健康の勝負なのだろう。

  小学校は中学校の生徒指導をシステムで動かす、学級をシステムで動かすという発想を学ぶべきである。中学校は小学校の授業づくりの在り方、授業技術の細かさを学ぶべきである。そう考えて、もう15年が経つ。小学校も中学校も、自らの古い慣習からなかなか抜け出せないでいる。そういうことだ。
 ★
 そういうことである。
 私も、まったく同感である。
 授業づくりと学級づくりが、異なるという考えを公言しているのは、恐らく堀先生と私ぐらいであろう。
 そういう意味では、少数派である。
 ★
 深刻なのは、学級づくりがとても大切なのだということをきちんと受け止められていない事実である。
 多くの先生方、あるいは授業関係者は、学校の日常は、ほとんどが授業で成り立っているのだから、授業の追求が、同時に学級をきちんと成立させていくことになると思っている。それが多数派だ。
 これは一般常識として今までずっと考えられていたものである。
 誰でもが普通に考えれば、そう思う。
 朝日新聞の連載での自殺した百合子先生もそのように思い込んでいたし、周りもそのように考えていた。それはとても悲劇的な結末を迎えていた。
 私は、一般常識で物事を考えないようにしているので、学級崩壊の事例を考える時にそのように考えなかった。
 しかし、私は、3年目を迎える初任者指導で、私の考えに確信を持つようになった。
 「問題は、授業である」という考えは、教師の側から考えられている発想にしか過ぎないということである。
 私は、初任者指導の立場で、子供たちの側から授業を見たり、学級づくりを見ていたりしていて私の考えが確信に変わっていった。一般の常識とは大きく違った。
 落ち着いた学級を作り上げるのはとりあえず「授業」ではないということである。
 ★
 教室で子供たちが落ち着ついていくのは、子供たちにとって、何をするかが明確で、スムーズに進んでいる時である。
 教室での「時間」がスムーズに流れていることが大切。
 だから、子供たちは、教室でスムーズに、スピード感があり、空白なく過ごせたら、まずは快適である。
 とりあえず「授業」ではないと言ったのは、教室の「時間」には、「授業」だけでなく、さまざまな活動が繰り込まれているからである。
 むしろ、そのさまざまな活動が、スムーズさを確保していく。
 朝自習、朝の会、朝会、集会、中休み、給食、掃除、……さまざまな活動が小刻みに続いていく。
 一方、初任者に「授業」で何度も言ったことは、「テンポ良く」行うこと、空白の時間を取らないことに尽きる。(それでもなかなかできないが…)とりあえず、内容ではなかった。
 授業は、短時間でうまくなることはできない。
 それは、授業は、それを成立させていくための基礎基本の技術を身に付けていかないと、うまくならないからだ。
 また、子供たちに授業の規律をきちんと身に付けさせなくてはいけない。
 これら全てが、初任者は分かっていない。
 しかし、子供たちは、よほど授業がまずくないかぎり(授業にならないかぎり)何とかついていく。教師が一生懸命教えていく限り、とりあえず何とかなる。
 ★
 子供たちが最も嫌うのは、スムーズ感がないことである。
 教室にきちんとルールが作られ、それを統御していく担任のリーダーシップで、トントントンと一日が流れていく感覚が、最も好ましい。
 だから、スピード、テンポ、リズムなのだ。
 初任者の教室が5月頃から荒れ出していくのは、スムーズ感がない教室に「もういやだ」という叫びが露出していくからである。
 荒れていく正体は、これである。
 
 

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声を大にして訴えたいこと

  初任者指導の仕事を続けてきて3年目になる。
 37年間の教師生活ではうまく見えなかったものがはっきり見えるようになってきた。
 ★
 私が本を出すきっかけは、学級崩壊の事態に遭遇したことによる。
 自分のクラスではなかったが、周りがどんどん学級崩壊に陥っていく事態になんとか声をあげなければいけないという思いであった。
 その原因の1つは、「学級づくり」にあると考えていた。
 だから、その視点から声を上げ続けてきたことになる。
 ★
 それでも初任者指導の仕事をしながら、2年目までは、初任者のクラスへ行き、(1週間に1回)、ほとんど授業のことについて助言をしてきたことになる。
 学級づくりについては、付け加えるぐらいに終わっていたと思う。
 結果は、どうも芳しくない。
 授業については、先生の力は向上していくが、クラス自体は、成長、向上していくということにはならない。
 これではだめだという思いに至った。
 「学級づくり」を本格的に教えていこう、と今年度は取り組み始めた。
 今年受け持った初任者は2人。
 4月3日の土曜日に臨時に会って、初任者としての心得とクラスの出発を伝えていった。机の配置、名前つけ、そして給食の準備、掃除の準備を一緒に作っていった。
 これは初任者を安心させることにつながっていった。
 ★
 教えていったことは、大きく3つ。
 このブログでも何度も書いてきたことである。
 
 ①学級の仕組みづくり(3・7・30の法則)
 ②子供たちとの関係づくり(縦糸・横糸の教育学)
 ③「集団」づくり(群れを集団へ)

 担任(初任者)は、学級の仕組みづくりをしながら、子供たちと関係を作っていく。
 縦糸で教師と生徒の上下関係を作りながら、横糸で通じ合いの関係づくりをしていく。
 1ヶ月でクラスがまとまりだしたら、「集団」づくりへ着手していく。
 この流れになる。
 これがうまく機能したら、落ち着いたクラスができあがる。
 ただ、条件が必要だ。
 それも、3つある。

 ①スピード、テンポ、リズム
 ②空白の時間をできるだけ作らない
 ③北風方式から太陽方式へ
 
 この3つの条件は、先述した3つの「学級づくり」にはどうしても必要である。
 2つの初任者のクラスは、みごとに落ち着いたクラスを作り上げてきた。
 今のところは、申し分のない状態である。
 ★
 それでは、授業はどうしていたか。
 初任者の授業をしていた。
 うまい授業ではない。
 初任者は、ほとんど塾の授業のような進め方をする。
 授業のイメージは、そのことで作り上げられているから。
 このイメージを壊していくのは、多くの時間がかかる。
 私は、今まであまり授業については注文をつけていない。
 注文をつけても、初任者を戸惑わせるだけである。
 授業の方法を教えて、すぐにできるようにはならないからである。
 繰り返し、繰り返し挑戦してみて、やっと身についていく。
 そんなことよりなにより、学級づくりに力を注いでほしいという願いがあった。
 授業は、初任者ができる、それだけの授業で充分である。
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 でも、「学級づくり」は待ったなし。
 ここは絶対に手を抜けない。
 結局、今まで初任者のクラスが七八割荒れると言われてきたのは、この「学級づくり」がうまくできなかったことによる。
 このことが初任者指導をしながらはっきり分かってきたことである。
 初任者のほとんどは、「学級づくり」のノウハウを知らない。(臨採を続けてきた先生は、自己流の学級づくりは知っている)
 大学も、ほとんど教えない。
 初任者は、見よう見まねで、学年主任の先生のクラスの様子を観察しながら、自分のクラスを作っていこうとする。
 ここでもう一歩遅れる。
 また、それは外側から見ているので、実際のコツは学べない。
 猿まねにすぎない。 
 一方の子供たちは、初任者の先生だという考えはない。
 教室にいることが不快に感じたら、それを行動に表していく。
 かくて、クラスは荒れていくことになる。
 荒れていく先生に、周りは「教材研究をもっとしなさい」「授業の発問をきちんと絞っていきなさい」…などとさかんに助言をする。
 初任者も、その助言を受けてなんとか頑張るが、それ以上にどのように努力して良いのか分からない。へとへとになっていく。
 こんな光景が、あらゆる学校で展開されているのかもしれない。
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 私たちは、まったくとんちんかんな対応をしていたのかもしれない。
 私は、何度も言うが、落ち着きのあるクラスを作り上げるのは「授業」の役割ではない。「学級づくり」の役割である。
 授業は、実際の学力保障の役割を持つが、それ以上に子供たちを元気にしていく役割があると考えている。
 そうではないだろうか。
 「私は、今まで算数が嫌いでしたが、好きになりました」
 「私は、今までかけっこが苦手でしたが、走るのが速くなりました」
 「ぼくは、みんなの前で発言できるようになりました」
 「苦手だった漢字が書けるようになって、好きになりました」
 ……
 こんな事実が子供たちの中にできあがっていくと、それだけで子供たちは元気になっていく。
 これは、教師にしかできない仕事である。
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 「学級づくり」と「授業づくり」は、本質的にはまったく違う。
 こういうことが今までの教育界では、あいまいなままで、いい加減に済まされてきた。
 私は、声を大にして、今訴えているところである。
 
 
  
 

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事前の指導案検討会と指導案のこと

  いつもお邪魔する「すぷりんぐぶろぐ」を読んでいて、なるほどと頷く指摘があった。 http://blog.goo.ne.jp/spring25-4/ 
 事前の指導案検討会のことである。
 私もこの検討会が、大変苦手であった。
 この検討会では、みんなそれぞれが勝手なことを言い合うわけである。
 若い先生の指導案に、ベテランの先生がいろいろ注文をつけたら、それは変えざるをえない。
 もちろん、大きな公開授業研などの場合なら、それは事情が違ってくるのであろうが、問題は校内の授業研究会である。
 苦労して考えてきた指導案に、その場で読んで、いろいろ意見を言い合うのは時間の無駄であると私は思ってきた。
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 スプリングさんも、次のように言われている。

  何か大きな研究指定にもなっていて、観点やら方法が規定されて

  いて明確ならばなんとかなるかもしれないが、通常の校内研究あ

  たりではそんなにキツイ縛りがないのが普通だろうし、どうしたも

  のかといつも思っている。

 ところが、事前の指導案検討会を止めようという提案は、なかなか通らない。
 スプリングさんも、次のように言われる。 

  実際、そんなこともあって、どこの職場でも縮小方向で進んできた。
  

  本人の意志、提案を尊重することが大事ですよ、事前検討より授

  業後の研究協議を充実させましょうよ…とそんな言い方をしてきた

  けれど、それにしても時々どうしてそんなに抵抗があるのだろうと

  思ったりもする。

 きっと自分一人で検討した指導案は、不安なのだろう。
 みんなで検討してもらえば、それだけで「みんなの指導案」になる。
 それで少しは安心できる。
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 私は、最後の勤務校では、重点研推進委員長をしているとき、事前の指導案検討会を模擬授業で行いましょうと提案して、それが通って行った。
 年配の先生たちには、最初とても抵抗があるものだったが、周りがやっているうちに慣れてくる。そのうちに、普通のことのようになってきて、先生がたにはとても評判良いものに変わっていった。
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 それよりも私がもっと気になっているのは、指導案である。
 ものすごい指導案になっている。
 校内の指導案程度でも、こんなに書くのかというほどに膨大な指導案になっている。
 どこかの公開授業研の指導案をモデルにしているのであろう。
 その膨大な指導案の授業は、まったくたいしたことがない。
 授業は、指導案に負けている。
 ほんとうなら授業をどうしていくかが問題なのに、指導案を書き上げるだけでへとへとになっている。
 指導者が悪いと、このような逆転現象が起きる。
 ある県で有名な学校は、公開授業研なのに、紀要も、指導案もないという。
 ただ、授業を見てほしいということなのだ。
 この姿勢はすばらしい。
 まあ、そこまで徹底しなくても、単元名と単元目標、指導計画、本時の目標、本時展開で充分。あとは、その学校のテーマについて書いていけばいい。
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 私が提案している「味噌汁・ご飯」授業は、そうした無駄な内容をすべて排除して、残るものだけを残していこうという試みである。
 何せ「日常」に耐えられる授業の提案なのだから。
  

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9月になって

   横浜は、27日に授業が再開したところが多く、私は、31日から勤務ということになった。
 教室は、40℃ちかくの蒸し風呂状態。
 汗だらけで、授業を受けている。
 私は、一番後ろの机に座ることになっているが、じっとしていることができない。
 暑くて暑くて、じっとしていられないのである。
 だから、私も短パンに、Tシャツという姿になって教室へ行く。
 子供たちは、よく我慢している。
 他の市町村は、クーラーを教室につけている。
 横浜だけは、その動きがない。困ったものだ。
 夏休みを短縮して、授業を入れていっている状態。
 この動きははやくしていかなくてはならないはずであるが、その動きがないのである。
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 教室にクーラーが入らない理由は、電気代である。
 クーラーを入れることで電気代が加算され、その電気代を確保できないということであろう。
 しかし、工夫して算出されれば絶対にそういうことはないはずである。
 不思議なのは、学校PTAの保護者たちが、この事態を声にしないことである。
 日本の気候は、完全に亜熱帯化していることは間違いない。
 クーラーを教師に入れる入れないの論議は、温帯だったときのことである。
 もはや、そんな論議は無用である。
 40℃近くの教室で、まともな学習ができるかどうか、それが問われているのである。
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 今年の暑さは、気象観測が始まって113年ぶりの暑さという。
 明治以来いや日本始まって以来(それをどこにするかどうかだが)の暑さということになるのであろうか。
 ある気象予報士は、今年の暑さがこれからの夏の暑さのターニングポイントになっていくのかもしれないと報じていた。
 つまり、来年の夏も、この程度の暑さを覚悟しなければいけない。
 いやいや、これからの夏の暑さは、この暑さをずっと覚悟しなければいけないということかもしれない。
 何が変わるのであろうか。
 さまざまな物が変わっていくであろう。
 日本の都市も、東京から北へ都市移転も考えなくてはならないだろう。
 北海道が俄然注目されてくると思う。
 夏だけ北海道へ移住する人たちも出てくるだろう。
 仕事ぶりも変わる。
 夏の間、外で仕事していく仕事ぶりが変わっていく。
 学校では、夏休みを少なくして、授業を入れていく発想はとんでもないことになる。
 もう少し夏休みを多くし、完全に学校を閉鎖していく必要が出てくる。
 そんな時、私はまだ生きているのであろうか。
 多分、暑さでどこかで行き倒れになっているのかもしれない。(笑)
 
 
 

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