« 「入力型学習」と「出力型学習」ということ | トップページ | 問題の核心はここにあった~「その子育て科学的に間違っています」~ »

天に意志があるとしか、思えない

   高知へ行った。二泊三日の旅である。
 龍馬伝に影響を受けて、龍馬の故郷へ行ってみたいという思いからであった。
 高知は、ゆったりとした、いい街である。
 海が近くにある影響からか、朝夕の涼しさは格別で、関東の暑さから逃れてほっとする時間であった。
 ★
 高知龍馬空港へ降り立った時から、見る物聞く物全てが龍馬一色で、どこへ行っても「龍馬、龍馬」であった。
 龍馬伝が終わったら、どうするのであろうか、と余計な心配をしてしまうほどの盛り上がりよう。
 訪ねたのは、龍馬記念館、桂浜、龍馬の生まれたまち記念館。
 龍馬についての知識をいっぱい頭に詰め込んで、夢でも龍馬が出てくる勢いであった。
 ★
 上士と下士という身分差別が激しいこの土地柄で、よくも龍馬が育っていったものである。
 この龍馬の存在は、この土佐の土地柄の中で生きながらえただけでも、不思議なことである。
 龍馬記念館で、司馬遼太郎が龍馬について書いていることが目に付いた。
 
 
 天に意志がある。としか、この若者の場合、思えない。天が、この国の歴史の
 混乱を収拾するためにこの若者を地上にくだし、その使命がおわったとき、惜し気もなく天に召しかえした。

 「龍馬がゆく」の著者は、うまいことを言うものである。
 おそらく、龍馬は、薩長同盟、大政奉還という大事業を為すために天が使わした若者であった、のであろう。

   
 
 
 
 

|

« 「入力型学習」と「出力型学習」ということ | トップページ | 問題の核心はここにあった~「その子育て科学的に間違っています」~ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 天に意志があるとしか、思えない:

« 「入力型学習」と「出力型学習」ということ | トップページ | 問題の核心はここにあった~「その子育て科学的に間違っています」~ »