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「子供」か「子ども」か?

   私がブログで書いている「子供」にコメントがついた。
 「子ども」ではないかというコメントである。
 もちろん、意識して「子供」の方を使っている。
 少しこのことについて書いておきたい。
 「子供」を使い始めたのは、明治図書版「新卒教師時代を生き抜く心得術60」の本以降である。
 それまでは、「子ども」を使っている。ほとんど意識なく使っていたのである。
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 意識するようになったのは、横藤雅人先生の「アンテナ」を読んでからである。
 横藤先生が教頭時代に職員に出されていた通信である。
 そこには、「子供」が正しい使い方であることが書かれていた。
 そこで、私もさまざまに調べたのである。
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 フリー百科事典「ウィキペディア」には、表記についてということで、「子供・子ども・こども」のことが書いてある。

 教育や福祉などの世界では、「子供」という表記を避けて「子ども」または「こども」という表記が推奨されることがある。その理由として挙げられるものには、以下がある。

 1「子供」の「供」の字は、「お供」、すなわち子が大人の付随物であると連想させるため。
 2「子供」の「供」の字は、神に奉げる「供え物」の意味につながるため。
 3「子供」の「供」は当て字であり漢字に意味はないので、ひらがなにすべきである。
 4「子供」よりも「子ども」「こども」と表記した方が、ソフトで親しみやすい印象を与える(差別であるとは必ずしも主張しない)。
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 一方、「子供」という表記が差別的であるとの上の第1・第2の意見に対しては、言葉の歴史的変遷に基づく以下の反論がある。

 ■「こども」の語源は、万葉集において「子」の複数を表す「胡藤母」・「子等」である。このうち「子等」は上代から室町時代まで用いられた。
 ■院政期頃から「子等」に代わって「子共」という表記に増え始め、複数の「子」を表すのに「こどもたち」「子共衆」などと呼ぶようになる。つまり、この時代から、「こども」が複数の「子」ではなく単数の「子」を表す意味でも用いられるようになった。
 ■「子共」が「子供」と表記するようになったのは、近世に入ってからである。

 つまり、「こども」の原義は、「男共」「女共」などと同じく複数をあらわす接尾語「共」・「ども」に由来しており、「供」は単なる当て字に過ぎないため、付随物や供え物などを含意していない。

 このようなことで、「子供」と「子ども」についてはまとめてある。
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 また、教科書における表記については、次のようにウィキペディアは記している。

 国語教育においては、必ずしも「子供」という表記が避けられているわけではない。
 以下、2007年現在使用されている国語の教科書について述べる。

 小中学校の国語の教科書では、「子供」「子ども」両方の表記が行われており、少なくとも小学校では「子供」を用いている方が多数派である。中学校では、全5社中、「子供」が光村図書、教育出版の2社、「子ども」が三省堂、東京書籍の2社、両方見られるのが学校図書、とほぼ拮抗している。各社の教科書採択率を考えると、「子供」と記した教科書で学んでいる生徒の方が多数派であると考えられる。小学校では、5社(光村図書、教育出版、東京書籍、学校図書)が、六年配当の教育漢字である「供」を学習後は「子供」を用いている。(大阪書籍については確認していない)小学5年まではどの教科書も「子ども」を用いているが、それは未習の漢字だからであり、「子供」という表記を忌避しているわけではない。
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 文化庁から出している「言葉に関する問答集9」には、<問19  「子供」か「子ども」か>が載せられている。

 「こども」という語は、本来「こ(子)」に、複数を表す接尾語「ども」がついたものである。「宇利波米婆 胡藤母意保由…(瓜食めば、子ども思ほゆ…)」(万葉集5・802)と山上憶良の歌にもあるほど、古い語であるが、のち、「しにをくれぐれたどれ共、子どものあしにあめのあし、おとなのあしにをひぬひて」(浄瑠璃、賀古信教)のように単数複数に関係なく用いられるようになった。
 その表記としては、「子等、児等、子供、児等、小供、子ども、こども」などいろいろな形が見られたが、明治以後の国語辞典類では、ほとんど「子供」の形を採り、「小共」は誤りと注記しているものもある。その後、「子ども」の表記も生まれたが、これは「供」に当て字の色彩が濃いからであろう。
 昭和25年の「文部省刊行物の基準」では、「こども」と仮名書きを示し、「子供・子ども」を(  )に入れて、漢字を使って差し支えないが、仮名書きが望ましいものとしている。
 しかし、現在では、昭和56年の内閣告示「常用漢字表」の「供」の「とも」の訓(この訓は、昭和23年の内閣告示「当用漢字音訓表」にもあった)の項の例欄に「供、子供」と掲げられており、公用文関係などでは、やはり、「子供」の表記を採っておいてよいと思われる。
 なお、新聞・放送関係では、早くから、統一用語として「子供」を使うことになっている。ただし、実際の記事では、「子ども、こども」なども時には用いられることがあるようである。
 また、国民の祝日に関する法律(昭和23年7月20日、法律第178号)では、毎年5月5日を「こどもの日」と定め、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」と、その趣旨が述べられている。

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 さて、このような経過であり、私は最近は、「子供」という言葉を使っている。
 差別的な表現という言い方に対する反発の意味もある。
 「男の子も『さん』と呼ばないと差別になる」などという言い方に対する反発もずっとあって、その延長としてのものである。
 しかし、そんなにこだわっていない。
 文章の中で、漢字を使うのは、文章自体をかたいものにしていく恐れがあり、できるだけひらがなを使うことも意識している。
 「子ども」であっても別にかまわないのである。
 もはや広く使われている表現である。市民権を得ている表現である。
ほとんどの人は、きっと気軽に使っているのである。

 「子供」の「供」は、差別的な表現だから使ってはだめだという考えはおかしな考えである。
 また、絶対「子供」でなくてはならないというのも、あまりにも頑なであると考える。言葉も時代と共に変化するからである。
 だが、基本は「子供」であると私は押さえて、それは使っているわけである。
 
 
 
 

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