運動会はどこを見たらいいか?
運動会に参加した。
朝方空模様がおかしかったが、何とか天気が持って、無事終了することができた。
私は、採点係。教室にいて、あがってくる得点を集計して、得点板に掲示する段取りをつけることが仕事である。掲示は、子供たちがやってくれる。
37年間の教師生活では、一度もやったことがない仕事である。
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その学校の運動会で、どこを見ればその学校の様子が分かるのか。
このようなことについても、いろいろ考えてきたことがある。
3つある。
1つは、高学年がどのように演技をこなし、どのように仕事ぶりをこなしているか。
2つ目は、競技、演技のテンポはどのようなものか。
3つ目は、応援団に呼応する全体の応援合戦の様子がどのようなものか。
とくに、3つ目でよく分かる。
応援団は、どこも練習して一生懸命である。
ところが、その応援団に呼応して応援していくその他大勢の子供たちの応援ぶりにその学校の状況が如実に出てくる。
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高学年のソーラン節は、すごかった。
はじめてこのようなすごいソーラン節を見た。
とくに、6年生が良かった。
全員が法被に身を包み、迫力のある踊りであった。
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その他大勢の応援ぶりはどうであったのだろうか。
赤が良かった。迫力があった。白も悪くはなかったが、どうも元気がない。
これには理由があった。
今まで5年間、ずっと白が負けていて、今年も白の子供たちは、赤には勝てないという思いがいっぱいであった。
それが、白の応援を元気がないものにしていた。
とくに、上の階から見ていると、その様子がよく分かるのだ。
案の定、挙げられてくる得点集計は、午前中で100点近くの差が開く。
これでは元気の出しようがない。
とにかく、どの競技も、赤が圧倒的に有利なのである。
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運動会は、赤と白しかない。いつも(5年間)赤しか勝っていないとするなら、これは大きな失敗をしていることになる。
せいぜい2年連続で同じ色が優勝するぐらいにしていかなくてはならない。
でも、そんなことはほとんど教師の側では、問題になっていない。
私は、それがおおいに問題であると思う。
教師の側は、赤が勝とうが白が勝とうがたいした問題ではないであろうが、子供たちにとっては、ものすごい問題である。
負けたチームはしょげかえる。勝ったチームは、勢いづく。
もちろん、勝ちがあり、負けがあるということでいい。
しかし、ずっと5年間も(今年も負けたので6年間)負けというのは絶対に教育的にも良くない。白(要するに2組になったら)になったら、運動会は、もう最初から負けだという思いを作ることになる。
私の知り合いの学校では、兄弟で赤白に分かれていて、運動会が終わり帰宅後、兄弟げんかになったという事例があった。よくあることである。
翌日、保護者が学校へ抗議電話をかけ、「来年から赤白は、兄弟同じにしてほしい」となったのである。
こんな抗議電話が、学校によくかかる。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、笑えない事例である。
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6年間も、赤(要するに1組)がずっと勝つ。
教師の側に意図的な配慮がないから、こんなことになる。
私は、学級編成の失敗だと考える。
学級編成基準に、運動がよくできる子供、リレーメンバーの項を入れていなくてはならない。
こういう基準を入れていないところは、だいたい1組つまり赤が勝つ。
それは、編成するときに、いつも1組、2組(2クラスの場合)と自然に分けていけば、1組から先に目立つ子供を配置していくことになるからである。
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校長先生に話したら、「子供たちの赤白を考える前に、配慮をする事項はいくつもあるんですよ」と笑いながら言われた。
なるほど、なるほど。
確かに、学級編成上、運動会の赤白なんかより考慮する事項は、やまほどあるからである。
でも、子供たちの視点から考えたら、そうは言えないと思う。
大切な問題である。
「どうせ白は負けるんだもん」「ずっと白は負けているから、今年も白は負けるんだよ」……こんな声を今回の運動会でよく聞いた。
この気持ちが、さらに白を弱くしていく。応援も盛り上がらない。
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私が職員ならば、絶対に反省事項に学級編成基準の変更を提案する。
更に、年ごとに赤、白を入れ替えるなどの方策をとる。(今年が、1組が赤ならば、来年は、1組が白…)
「子供を大切にする」とは、こういうことを子供の視点に立って考えていくことである。
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