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命は、時間である

 火曜日の勤務は、午前中で終わりである。

 鶴ヶ峰という駅から自宅までの30分ぐらいを歩いて帰る。

 いつもの時間。

 途中で、スナックがある。

 最近は、昼間も営業をやっている。

 いつも歩いて帰るとき、そのスナックから歌声が聞こえる。

 演歌である。

 「ああっ、これが『ひるおけ』っていうのか」

 と思いつつ、歩き去る。

 きっと、中年のおじさんやおばさんたちなのだろう。

 

 ふとテレビの音に目を覚まして、聴き入る。

 ソファーでうとうとしていたのである。

 日野原重明さんが出ていた。98歳の現役医者である。

 「子供達に話をしたとき、命の話をしたのですよ。命はどこにあるの?と聞いたら

 みんな心臓を指すのですね。ちがう、ちがう、その心臓は、ポンプの役割をしているだけだよと言ったんです。

 命は、時間だよと。この時間を人のために大切に使わなくてはならないよ」

と、こんな話だったと思う。

 なるほど、「命は、時間である」と。

 時間は、人々に平等に与えられたものである。

 それは、命であるのだ。

 ★

 「ひるおけ」にうつつをぬかしているおじさんやおばさんたち。

 日野原さんとは、もっとも遠いところを歩いている。

 人生は、二度とないのに、命を無駄にして生きている。

 おおきなおせわだと言われるだろうけど……。

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