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いや、多数派の教師の授業がもうそうなっている!

  現代教育科学3月号の向山洋一先生の連載を読んだ。

 学級崩壊について書いてある。

 おもしろかった。

 ぜひ、探し出して読んでみられるといい。

 もしなくて、どうしても読みたいという方は、私へメールをされたらいい。

 ★

 学級崩壊したクラスに、サポートに入ったベテランの女教師から見た、崩壊学級の授業の様子に、向山先生が、コメントをつけている。

 ☆

 やっと授業に入る。

 教科書があるのに、拡大コピーをして黒板に貼る。

 それを先生が読み、説明をずっとして、黒板に書いていく。

 ノートを出している子もいれば、教科書だけの子もいる。

 時々先生が、「いいですか!わかりましたか!」と強い語尾で言う。

 「は~い」という子はいいほう。ほとんど無言。

 1.2×3

 の計算の仕方だ。

 ☆

 これに向山先生が、次のようにコメントをつけている。

 「教師は『黒板を読む』

 教師は『説明をずっとする』

 教師は『説明を黒板に書いていく』」

 これは、授業の体をなしていない。

 「子どもは『ノートを出している子もいるし、出していない子もいる』

 「教師は『わかりましたか』と強い口調で子どもに言う。

  子どもの多くは無言である」

 悲惨ともいえる「授業」だ。

 この教師は、教師生活十数年の中堅教師なのである。

 「授業の基本」、今はやりの言葉で言えば「授業の一丁目一番地」さえ、全く身につけていないのである。

 学級が荒れる教室の担任のほとんどは、このような状態なのだ。

 ★

 向山先生は、現場を離れて10年ぐらい経っておられるのであろうか。

 私が、今現場で目にしている状況は、これ以上に深刻である。

 学級が荒れる教室の担任だけでなく、多数派の教師達が、大旨こんな授業をしている。

 ベテラン女教師のメモ書きが続く。

 ☆

 いっぱい説明をして、次の問題に行った。

 子どものノートを見る。

 筆算だけの子。教科書に答えだけ書いている子。式、計算、答えの三点セットで書いている子もいた。

 まちまちだ。

 ちなみに先生の板書は答えがない。

 答え方の基本型を書いていないから、三問目をやりなさい、と言ったとき、「どう書くんだよ!わかんねえよ!」の声が数名。

 子どものノートに○をつける場面は一度もなかった。

 一時間中、活躍せず、板書を写したり、いたずら書きをして終わった子もいる。

 ☆

 向山先生は書いている。

 「教室の全員の学習に責任を持つのが教師の仕事だ。

  『できない子』『やってない子』『途中までの子』など、さまざまな学習状態がある。

 そうしたことをふまえて『一人残らずに』に、責任を持つのが教師の仕事だ。

 この教師には『教師の責任感』が全くない。つまり、『教師の仕事』がわかっていない」

 ★

 向山先生流に言えば、多数派の教師達が、「教師の仕事」が何であるか分かっていないと言うことができる。

 教育の現場は、もうそこまで来ている。

 私は、初任者の授業を2年間見続けてきている。

 その仕事の合間に、現場の先生達の授業をのぞき見してきている。

 決定的に欠落していこうとしているのは、次の点である。

 1,全員参加の授業が作れていない。

 2,学力保障をしていこうという視点がない。

 3,授業の基礎的な技術が身に付いていない。

 ★

 私が提唱している「味噌汁・ご飯」授業は、この3点の条件を含み込むものとして意識しているのである。

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