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数え切れないほど沢山の 平凡なことがあった

  15年前に受け持った子供のお母さんから手紙をいただいた。

 手紙には、次のようなことが書かれたあった。

「……

 子供達は先日二人でトルコ旅行に行ってきました。その留守に主人と富弘美術館に行ってきました。

 そこで観覧者のノートに『小学校の先生が読んでくれた本……十年たってやっとくることができました」と、書いてありました。

 野中先生のこと思い出しました。

 授業参観で富弘さんを子供たちにさせましたね。いろんなことを思い出しました。

 ちょっとうれしい事だったので   お知らせまで…」

 うれしい手紙であった。

 私が子供達に授業参観で行った富弘さんの授業を覚えてくださっていたのである。

 その手紙には、富弘美術館のしおりが挟まれていた。

 そのしおりに、私の大好きな富弘さんの詩が載せてあった。

 今日も一つ

 悲しいことがあった

 今日もまた一つ

 うれしいことがあった

 

 笑ったり泣いたり

 望んだり あきらめたり

 にくんだり 愛したり

 …………………

 そして これらの一つ一つを

 柔らかく包んでくれた

 数え切れないほど沢山の

 平凡なことがあった

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