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2010年1月

数え切れないほど沢山の 平凡なことがあった

  15年前に受け持った子供のお母さんから手紙をいただいた。

 手紙には、次のようなことが書かれたあった。

「……

 子供達は先日二人でトルコ旅行に行ってきました。その留守に主人と富弘美術館に行ってきました。

 そこで観覧者のノートに『小学校の先生が読んでくれた本……十年たってやっとくることができました」と、書いてありました。

 野中先生のこと思い出しました。

 授業参観で富弘さんを子供たちにさせましたね。いろんなことを思い出しました。

 ちょっとうれしい事だったので   お知らせまで…」

 うれしい手紙であった。

 私が子供達に授業参観で行った富弘さんの授業を覚えてくださっていたのである。

 その手紙には、富弘美術館のしおりが挟まれていた。

 そのしおりに、私の大好きな富弘さんの詩が載せてあった。

 今日も一つ

 悲しいことがあった

 今日もまた一つ

 うれしいことがあった

 

 笑ったり泣いたり

 望んだり あきらめたり

 にくんだり 愛したり

 …………………

 そして これらの一つ一つを

 柔らかく包んでくれた

 数え切れないほど沢山の

 平凡なことがあった

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また、再版のことについて

   「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」(学事出版)の再版について、前回のブログで書いた。

 北海道の石川晋さんが、このことを次のようにブログで書いてくれていた。

 野中信行さんの『「困難な現場を生き抜く教師の仕事術』再販

 
 野中さんが、自費で! 「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」を再販するという。

 その後野中さんの本は次々と出たけれど、この本が、堀裕嗣さんとぼくと野中さんとを引き合わせた本であり、北海道の仲間と野中さんを引き合わせた本である。

 野中さん自身の人生を変えることになった一冊でもある。

 読んでいない方、この機会に手に取ってほしい。
 限定300冊である。

http://nonobu.way-nifty.com/blog/2010/01/post-9956.html

 野中さんは、ぼくと堀さんとが今年展開する二人会のゲストとして、北海道(札幌)にも5月16日に来られる。

 二人会の案内はまた改めてするが、他にも、桃崎さん、上條さん、池田修さんと、そうそうたるゲストをお呼びすることになる。
 ★
 石川晋さんが言われるとおり、まさに私の人生を変えた本である。
 5月16日(日)には、確かに堀裕嗣さんと石川晋さんの「ふたり会」にゲストで招かれることになっている。
 テーマが、「<3・7・30の法則><味噌汁・ご飯授業>」~日常実践を充実させる視点~である。
 学級経営と授業を、日常実践という観点から徹底的に話し込もうという試みである。
 よくこんな企画を思いつくものである。
 
 わくわくする企画であるが、提案する側にとっては、しんどいものだ。
 ★
 石川晋さんのブログでは、今回の本、300部限定になっているが、200部である。
 反響が大きく、いつ出るのか、注文はどこにしたらいいのか、という問い合わせが来た。
 学事に確認をしたら、2月5日になる予定である。
 また、注文は、学事の方へしてもらった方が一番はやく手元に着くらしい。
 よろしくお願いします。
 http://www.gakuji.co.jp/howto.html

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「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」の再版について

   第一作の本である「困難な現場を生き抜く教師の仕事術」(学事出版)の絶版が続いていた。

 再版はないのかという要望が続いていて、どうにかならないものかと思っていた。アマゾンでは、1万円前後のプレミアがついていて、困ったものであった。

 出版業界は、大変な状況であり、しばしの要望では再版はできない。

 そこで今回、思い切って自費で、200部限定で再版することにした。

 来週には完成し、学事出版で買うことができる。

 

 この本は、私の一作目の本で、愛着のあるものである。

 こんな内容が、ほんとうに世に問うものになるのかと、恐る恐る出したものである。

 この中で、初めて「3・7・30の法則」を提起している。

 少し古くなっている内容も確かにある。

 あれから7年目なのだ。

 しかし、以前として大事な問題も提起していると思っている。

 どうぞ、読んでいただきたい。

 ★

 この本を出したときの書評で、ブログに次のようなことが書かれたことがあった。

 「いやいや、おもしろい」と唸ったものである。

 この時の書評は、お気に入りにいれて保存している。

 ここで貼り付けておきたい。読んでみてほしい。

 

 困難な現場を生き抜く教師の仕事術(学事出版)野中信行著

2006-01-14 00:06:07 | 教育書
2003年末に初版発行だから、私なんかがブログで戯言をぼやく1年も前にこんなテキストが公表されていたのだ。
感嘆するしかない。
読みやすく、もったいないことに、あっという間の2時間半で読了。
(ああ、他の読みかけの本が傍らに積まれているのに・・・。浮気だなぁ。)
ただ、教育者でないと、様々な状況が想像しにくく、このスピードでは読めないだろうな、とは驕りだが思った。

さて、表題(「教師の仕事術」)とは裏腹に、意外に「仕事術」なるハウツーは(私的には)心構え程度である。
「3、7、30の法則」なんて、当たり前すぎるし、そんなに紙面を要していない。
「学級経営論」も書かれているが、現状認識に直結しており、そこだけ取り出すことができない内容になっている。
もちろん、初任者レベル、困難校で青息吐息の人には、いい処方せんかもしれない。

私としては、それよりも、現場からの「教育施策批判」となっている点と、そこを生き抜くための「クールな思考を推奨している点」を賞賛したい。
また、様々な児童論を、多種な書籍の引用を用いつつ、著者なりの持論に仕上げている点はよいと感じた。
しかも、「減っていないんですよ学級崩壊」「児童変貌論」「教師は、聖職者か労働者か?」「変わりゆく教育の<現場>」「ひたすらつっ走る文科省」「特異性を見つけようとするマスコミ報道」などなど、各章のタイトルだけでもわかるが、現在の教育現場視点での「問題点の語り」が多く、現場人の私としては溜飲がおりる。
おおまかに言って、私の主張とほぼ同意、同系列である。
違いと言えば、私なんかよりも遥かに経験があり、それだけ今までに蓄積してきた「教育現場の変容」への知識が豊富であること。
これはでかいと感じた。

この手のものが普及しないのは、新しさがないからかもしれない。
この本もあと5年もすると時流に合わなくなるのかもしれない。
現在の現場をスライスして見せたという感が抜けない。
ここで、教材批判を加えたり、教育論に走ったりすると息が長い本になるのかもしれないが、そんなことは著者は百も承知で、読者へは余計なお世話なのだろうか?
「教育はサービス業ではなく、社会機構の必須機関である。」というようなことを、どこかのブログで読んだが、そうならば、こういった書籍は一般的に読まれるようになって欲しいものだ。

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やはり、褒めること、認めることが、子供を育てていく

  クラスの子供達を「叱る」ことが多い。

 こんな自覚症状がある場合、クラスの子供達の様子を振り返ってみなければいけない。

 「叱る」ことは必要である。

 時には、怒ることも必要だ。

 「褒めて子供は育てなければいけない」と、安易に使うべきではない。

 だが、しょっちゅう叱っていると、子供達は、それに慣れてくる。

 だから、教師が叱っているその場だけを繕う。

 そして、再び同じ事を繰り返す。

 クラスが荒れてくる先生達は、このようなことをしている。

 「叱る」ことは、子供達の抑制作用を起こす効果はある。

 「こんなことをしたら、先生にまた叱られるから止めておこう」と。

 しかし、しょっちゅうの場合は、ほとんど効果はない。

 「だって、先生、叱らなければ先へ進めないんです」

 と言われる。

 その先生と子供達の関係をそのように作ってきたのは自分であるという振り返りは、もうできなくなっている。

 「叱る」ということは、誰でもがやろうとすればできる一種安易な方法でもある。

 子供達をマイナスに見ることは、簡単であるから。

 ★

 この地平から一歩抜け出すには、見る視点を変えなければいけない。

 もちろん、「子供を見る視点」である。

 「褒めるために叱る」という立場に立って、子供達を見ていくことである。

 廊下に並ぶとき、おしゃべりをしていて、きちんと並んでいないとき、どうしているだろうか?

 クラスを荒らしていく教師は、その場で、うるさい子供達を叱りつけている。

 そうすると、その場は静かになる。

 そこで、出発している。

 ちゃんとできる教師は、「もう一度やり直し」と声をかける。

 今度は、静かにできる。

 そこで、きちんとできている子供達を褒めていく。

 4月ごろのやりとりだ。

 なんでもない、目立たない、ちょっとした行為。

 もう一度やり直し(ちょっと叱る)→褒める

 このようなことを何度か繰り返していくうちに、問題なく並べるようになる。

 しかし、しょっちゅう叱る教師のクラスは、ずっと同じことを繰り返している。

 その場だけを取り繕うだけだからだ。

 ★

 こんな何でもないことを持ち出したのは、このちょっとしたことの違いが、子供達を大きく変えていくことにつながるからである。

 こんな簡単な、言われてみれば当たり前のこと。

 しかし、この当たり前のことを積み重ねると、クラスは大きく違ってくる。

 力量のある教師とない教師の違いは、この微差力の違いである。

 力量のある教師は、日頃特別なことをしているわけではない。

 しかし、このちょっとした違い(微差力)を知っていて、実践しているからである。

 ★

 叱ることは、必要である。

 しかし、叱ることは、ほとんど子供達を育てることにはつながらない。

 やはり、褒めること、認めることが、子供を育てていく。

 言い古されてきたのかもしれないが、教師は、この当たり前のことが実践できるようにならなければいけないと、最近強く思う。

 

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「ごちそう」授業づくりから「味噌汁・ご飯」授業づくりへの転換を!

  相模原野口塾に参加した。

 会場びっしりと椅子が並べられて、大入り満員。80名ほどの人たちであった。

 断った人たちも何人もあったとのことで、まさに盛況。

 北は北海道から秋田、新潟、南は、愛媛、岡山など。

 私の知り合いの先生も何人もいて、うれしい再会であった。

 終わってからの懇親会に残った人たちも39名。これもすごい人数であった。

 野口芳宏先生も、相変わらず元気で、野口節は冴え渡っていた。

 模擬授業「あとかくしの雪」は、最高におもしろかった。

 一度どこかで読んでいたのではあったが、これを授業として扱われたのは初めての経験であった。

 横藤雅人先生もまた、北海道から参加されていた。

 ほんとうなら私が受け持つ講座をもってもらった。

 「織物モデルの教育論<縦糸・横糸で織りなす学級経営>」

 縦糸・横糸の提唱者である。

 みごとな提案であった。

 横藤先生とは、その後二次会、三次会と話し続け、横藤先生が泊まっている八王子のホテルに私も泊まった。

 ★

 私も1講座持たせてもらった。

 「野中流『味噌汁・ご飯』授業」である。

 講座の最初は、インターネットで検索した「中部電力・学校の先生向け情報・有田和正の授業力アップ術入門」を引用した。

 有田先生の授業の定義である。

「授業は、『これだけは何としても教えたい』という内容を、『学びたい、調べたい、追究したい』というものに転化することである。

 教師の何としても教えたいもの(ねらい)を、子どもが、学びたいと思い、学ばなければ授業とはいえない」

 うんうんと頷ける定義であろう。

 そのために、教材研究をするには、「何を教えたらよいか」そのエネルギーをつかむことが必要。

 1 教科書最低20回読む。

 2 参考資料を読む、指導書も読む。

 3 1つの資料に20冊から30冊の本を読んでいく。

 有田先生は、このようにして教材研究をされていたのだと、よく分かる内容である。

 このように教材研究をして、1つの授業を作り上げていく。

 教師が授業の力量をつけていくには、どうしても必要である。

 

 これは、「ごちそう」授業をつくるための方法である。

 「これだけは教えたい」内容があり、それを深い教材研究のもとに、子供が「学びたい、調べたい、追究したい」という意欲に転化していける授業づくりである。

 でも、普通の教師は、1年間に数時間、このような追究ができるかどうか。

 それよりもなによりも、1000時間ほどの「日常授業」をしている。

 有田先生の授業の定義は、この「日常授業」を含めたものではない。

 その定義は、日常授業は授業ではないと、言うことになる。

 ★

 私は、この日常授業もまた、授業として定義したい。

 それを「味噌汁・ご飯」授業として命名している。

 だから、1000時間ほどの「日常授業」の上に、数時間ほどの「ごちそう」授業が乗っかっていく。

 それが、普通の教師の1年間の授業であろう。

 ★

 いま、この「日常授業」がとても危機に瀕している。

 およそ「味噌汁・ご飯」授業にならない。

 どんな授業をしているのか?

 「その日暮らし」授業をしている。埋め草のように授業は進む。

 ・授業時間があるから授業をしている。

 ・先生が思いつきで発問し、数人の子供が答える。それで先に進む。

 ・発問なのか、指示なのか、説明なのか、はっきりしないまま授業は進む。

 こんな感じだ。

 ★

 こういう問題提起をしながら、「味噌汁・ご飯」授業を提起していった。

 ただ、この提起も1つの試案にしか過ぎない。

 現場の先生達に、実践をしてもらわなくてはならない。

 ただ、強調しておきたいのは、今まで「ごちそう」授業づくりに盛んに勢力を使ってきたそのベクトルの方向を、「日常授業」の方へ振り向けていくこと。

 「その日暮らし」授業を改革していこうという方向を現場の中心に据えていくことだと、考える。

 

 

 

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さよならを繰り返して

  全校集会の時に、2年生の男の子N君が、

「野中先生、ぼく明日転校するよ」

と、知らせにきた。

「N君、転校するの。さびしくなるね。どこに行くの?」

 そのN君のクラスでは、先日国語の授業をしていた。N君は、その時、とても活躍したのであった。

 その授業の最後に、「今度は、みんなに怖い話、汚い話、おもしろい話をしてあげることにしますね」と約束しておいた。

 N君の転校で、ふっとその約束事が思い出された。

 「今日しかないのか。N君に思い出を作ってあげよう」

と、担任の先生と交渉し、4時間目に時間がもらえるようになった。

 ★

 こんな時間が大切である。

 N君との思い出に、うんと怖い話、うんと汚い話をしてあげよう。

 N君は、小学校の低学年の思い出として、きっと思い出してくれるにちがいない。

 「野中先生っていたなあ。何の先生だったんだろう?ぼくが転校する日に、怖い話や汚い話をしてくれたなあ。こわかったなあ」

 小さい頃の快い思い出。

 人生は、断片である。

 その断片一つ一つによって、あるとき、ふっと救われることがある。

 ★

 最初に、汚い話「へびとう○○」。

 これでしばし笑わせて、怖い話。定番である。

 「あの公園の向こうにビルがあり、その向こうに小さな畑があるのです。

 その畑を毎日元気に耕している87歳のおじいさん。今は白菜とキャベツを育てているのです。

 夏には、トマトやキュウリを育てています。

 そのおじいさんを野中先生は知っているのです。

 そのおじいさん、実は30年前、この学校の夜の管理人をしていました。

 『先生、この学校は怖いよ』と言われるのです。

 ………」

 クラス全体がし~~~~~~となる。

 ★

 話し終わって、N君に、「元気でね」と伝える。

 追いかけてきたN君、「野中先生も、達者でね!」

 こうしてさよならを繰り返し、繰り返し、子供は、また新しい出会いをしていく。

 

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相模原の野口塾についての業務連絡

 事務局の方から連絡がありました。

 ブログでも呼びかけてほしいという連絡です。

 定員ぎりぎりの75名を越えて、もう1名も入れないという連絡です。

 参加者が、北海道、秋田、岡山、愛媛などからあるということで、事務局は緊張しているという連絡です。

 よろしくお願いします。

 ※横浜線・京王線でおりる駅は、橋本駅です。橋本駅北口駅前に

   会場の「ソレイユ相模原(サティ内)」があります。

  

  

 

 

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 キーワードは、「見える」化だ!

  歯医者へ行った。

 3年ぶり。健康チェックをしてもらうためである。

 予約時間の11:30ぴたりに始まった。

 「野中さん、お久しぶりですね」と、先生から言われた。

 「ご無沙汰しております」と、恐縮して答えた。

 確認をしてもらい、「虫歯がなく、とてもきれいに磨けています」と褒められた。

「今日は、ちょっとだけ裏の歯に茶渋がついているのを取ることにしましょう」と、

歯をカメラで撮って、茶渋のついているところを3枚見せられた。

「ここの茶渋を今から取っていくことにしますから」

 手際よく、さっさと作業を済ませ、

 最後に、また写真を撮って、

「茶渋の付いていたところが、このようにきれいになりました」

と、結果を見せられた。

 そして、最後に、看護士さんから「虫歯もなく、素晴らしい磨き方です。続けて磨いてください」と褒めてもらった。

 ★

 3年前と、対応も、処置も、ずいぶん変わった。驚くばかり。

  1.  予約時間ぴたりに始まる…時間に厳格になった。
  2.  きちんと名前を呼んで、対応してくれた。
  3.  磨き方を褒めてくれた。
  4.  写真で、茶渋がついているところを見せてくれた。
  5.  処置をした後の結果も、きちんと見せてくれた。
  6.  最後にまた、褒めてくれて終わりになった。

 すべてよく患者の気持ちに寄り添って対応をしてくれていることになる。

 気持ちが良い。

 「今度からは、半年に1回は来るようにしよう」という気持ちになった。

 サービスのあり方が大きく変わっているのである。

 学校のことについて考えた。

 もちろん、学校は、サービス業ではない。

 しかし、このような変わり方に対して、学校だけが今までのままでいいはずはないなと思う。

 ★

 私は、初任者指導教員の仕事を始めて、学校についてのさまざまなことが見えてくるようになった。

 その過程の中で、教師も大きく変わってこなければいけないな、と思ったことがある。

 1つは、保護者や子供への対応の仕方についてである。

 2つめは、教室環境のあり方についてである。

 キーワードは、「見える」化だ。

 1つめは、子供達の学力をきちんと「向上的変容」の形で、保護者にも、子供にも「見える」形で示していく必要があることについてである。

 これについては、すでに現役の頃、取り組んでいたことがある。

 私は、5月はじめの家庭訪問で、それぞれの家庭に子供達の学習の様子をプリントにして持って行くことにしていた。

 4月いっぱいに、それぞれの基礎学習テストを繰り返して、結果を出していたのである。

 それを持って行って説明した。どこが優れているのか、どこが課題なのかをきちんと説明したのである。

 これが学習の「見える」化の始まり。(第1次の「見える」化

 次に、7月の親子一緒の個人懇談会である。

 ここで、3ヶ月間の間に、どうなったのかを示すのである。

 第2次の「見える」化である。

 私は、この3ヶ月の間に、特に進歩が見えやすいものに意識して取り組んだ。

 ・発言をするようになる

 ・音読がうまくなる

 ・漢字が書けるようになる

 ・計算がうまくなる

 大池小では、これらは授業でも重点研として取り組んでいたので、効果的であった。

 懇談会では、親子の前で、

「発言が4月から比べてできるようになりました。よく手が挙がります。また、漢字がよく書けるようになりましたね。がんばって練習したからだと思います。

 お母さん、○○さんを褒めてあげてください。よくがんばっています」

というように話すのである。

 語るだけではだめだ。事実として、その結果を数字等で示していく。

 「見える」化である。

 褒められた子供もまた気持ちいいものである。また、これからもがんばっていこうという気持ちを強める。

 ★

 私は、家庭への連絡の仕組みを次のように実践していた。(横浜は2学期制)

 家庭訪問ー7月親子個人面談ー10月の前期通知表(あゆみ)ー12月個人面談ー3月の後期通知表(あゆみ)

 この一連の仕組みの中で、子供の向上的変容を伝えていくわけである。

 通知表(あゆみ)は、このような仕組みの中に位置づけないと、その効力を発揮することはない。

 この仕組みが、「見える」化になっているかどうかがキーワードなのである。

 ★

 2つめの「見える」化は、学級環境づくりである。

 先生達は、手を抜いている分野だ。

 私も、現役の頃は手を抜いていた分野であった。

 初任者指導の仕事をするようになって、各先生方の教室を回っていると、先生方が、手を抜いているのが「学級環境づくり」であることがよく分かる。

 絵を貼ったり、習字を貼ったりするのは、ただ空間を埋めているにすぎない。

 問題は、学級の1年間の歴史や取り組みの今がどのように学級環境として「見える」化になっているかどうかなのである。

 これからこの分野の研究は進んで行かなくてはならないと思う。

 教室は、子供達が生活する場なのである。

 

 

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無為な自由時間は貴重である

  5,6日と箱根へ行った。

 温泉に行って、ゆっくりしたいと思ったからだ。

 箱根も、駅伝が終わり、三が日が過ぎれば、ぐんと訪れる人たちも少なくなる。

 それでも箱根湯本は、にぎやかだ。

 私は、その湯本を過ぎて、塔ノ沢まで行く。歩いて15分程度。

 お土産売り場を眺めながら過ぎ去れば、すぐそこだ。

 泊まり客はぐんと少なくなる。

 ★

 もともと温泉は苦手であった。

 ところが、大池小の職員旅行で大分へ行ったとき、熊本の杖立温泉から始まり、黒川温泉、別府温泉、湯布院温泉…と入り、生まれて初めてこのような温泉経験をした。

 これは実に良い経験だった。

 こういうように温泉を楽しむということは、実に楽しいものなのだ。

 それからさまざまな温泉巡りをしたが、今まで一番すごい温泉は、佐賀の嬉野温泉だった。

 佐賀出身なので、ちょっと気が引けるが、ここの温泉の湯はすごい。

 他では、とても経験できないものである。

 ★

 さて、塔ノ沢の温泉である。

 三が日を過ぎているので、温泉客はほんの少し。

 お風呂も少しの人。

 ゆっくり、静かに楽しめる。

 露天風呂で、しばしの瞑想である。

 外山滋比古さんの「ライフワークの思想」には、次のようにある。

「自由時間を上手に使うというのは、やれゴルフだやれマージャンだと、ぎっしりつまったスケジュールをこなすことではない。まず、何もしないでボッーとする時間をもつことだ。充実した無為の時間をつくることである。これがやってみると、意外に難しい。たいていの人は、空白の時間を恐れる。よほど強い個性でないと、ぼんやりしていることもできないのである。本を読むのも結構だが、読まないのもまた、きわめて大切な勉強である。週に一度は、家族から離れて一人になってみるのもいいだろう。

 自分だけの空白な時間をつくることは、長い目でみれば、いちばんの精神的な肥料になる。自分のつちかった球根が芽をふき、葉をのばしたあと、どれだけ大きな花を咲かせるかは、過去にどの程度実りある空白があったか、充実した無為があったかにかかっている」 

 無為な自由時間は、貴重である。

 ★

 私は、明日8日から出勤である。

 皆さんと違ってゆっくりできたことを感謝したい。

 さて、今年も動き出している。

 相模原の野口塾は、1月4日時点での申し込みが40人を越えているそうである。

 多くの方々が集まりそうだ。

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新年あけましておめでとうございます

  あけまして おめでとうございます。

 一日は、穏やかな日よりで、風もなく、散歩をするのには最適。

 まずは歩き始め。

  生活を単純にして初日浴ぶ       長谷川 櫂

 今年も、こうして始まる。

 ★

 もらった年賀状の中に、教えた子供たちからのもの。

 一人の子ども。高校を卒業して、就職している。

 「先生、○○○に入社しました」と。

 6年生で受け持ったとき、ほとんど友達とのコミュニケーションがとれなくて、それでもさまざまな取り組み。

 卒業するときも、たいへん心配して……。

 でも、中学校で、どんどん自分を変えていって、高校に合格をした。

 そして、就職。

 これからも苦労するに違いないが、確実に社会へ足を踏み入れている。

 うれしくて、うれしくて……。

 あの6年生の時、あきらめなくて良かった。

 教師は、自分ができる精一杯の対応をすることなんだ、とつくづく思う。

 私たちの仕事は、未来に賭ける仕事である。

 ★

 私は、今年63歳になる。

 70歳を過ぎても、矍鑠として全国をとび回っておられる野口芳宏先生を考えれば、まだまだ何のことはない年齢である。

 もう一働きしなければいけない。

 私の先輩達は、退職して酒やぱちんこなどに傾いていって、ほとんど身を崩していった。

 あれほど地位や立場があったのに、只の人になるというのは過酷である。

 その中で、尊敬する一人の方は、今でも元気である。

 もう75歳を過ぎておられるのに、週に2日はボランティアででかけられる。

 養護学校の生徒のお世話を一日と地下鉄の改札でのボランティア一日。

 それから1年に5回ぐらいのフルマラソン。

 走ることがライフワークである。

 ★

 外山滋比古さんの「ライフワークの思想」(旺文社文庫)を読んでいる。

 私が30歳代の時に読んだ本だ。それを引っ張り出して読んでいる。

 「“余生”という。われわれのマラソンには、余生などというのがあってはならない。隠居を考える人生は碁や将棋でいう“終盤の粘り”に欠ける。もうだいたい勝負がついてしまった、と早いところで勝負を投げてしまうのが、どこか人生を達観しているようで“いさぎよさ”といったようなもので捉えられているのではないか。やはりわれわれは、最後の最後まで、このレース、勝負というものは捨ててはいけない」

「西田幾多郎は、日本が生んだもっともすぐれた哲学的天才であろうが、京都大学を60歳で定年になった。彼の業績のすぐれたもののほとんどは、それ以後、まとまったのだという。人生の常識からいえば半ばはとうに過ぎた年齢であるが、そのときになってから、自分のそれまでの学問的な仕事相互につながりを与えて、そこに『西田哲学』といわれる体系をつくりあげることに成功した。まさにヨーロッパ流のライフワークといわれる思想にかなった例である。

 ライフワークとは、それまでバラバラになっていた断片につながりを与えて、ある有機的統一にもたらしてゆくひとつの奇跡、個人の奇跡を行うことにほかならない」

 身につまされる言葉が並んでいる。

 ★

「人生七十として、十歳から四十歳が往路、四十歳から七十歳が復路である。その中間地点がマラソンでいう折り返し点だ。

 これを一日単位にすると、昼の間が往路、夕方帰宅してからが復路である。いずれにしても、前半は進み、後半は帰ることによって自分のゴールに向かう。

 ところが、サラリーマンの多くは、帰ってきても、前に進むことしか関心を示さない。前進だけがこれ人生と思っている。これではいつまでたっても、人生のゴールに入れない。

 折り返し点を回ってからは、これまでとは反対のほうに走ることが前進になる。若い人とすれちがって、どうしてそんなほうへ走るのかと聞かれたら『いや、私のゴールはこっちなんだ』というだけの自信がなければ、人生のマラソンは永久に完了しない」

 この言葉は、よく分かる。

 河合隼雄さんが、人生で大きな転機は、10歳と思春期と40歳だと言ったが、それは外山さんの往路と復路に当てはまる。

 ★

 新年の挨拶がとんでもないところへ脱線していった。

 そんなこんなで、こうして今年も始まる。 

   

 

 

 

 

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