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「なぜ、こういう生活ができたか?」

  兵庫県のM市に、講演のために行った。

 テーマは、「多忙化を乗り切る仕事術を考える」である。

 こんな時期に行くこと自体が、多忙化に拍車をかけるのではないかと危惧しながら伺った。

 2つの小学校の先生達が集合されていた。

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 私が最も忙しかった時のことからテーマに入っていった。

 40代のときである。

 教務主任を5年間務めた。主に、高学年の担任をしながら、初任者担当の仕事も兼ねていたので、めちゃくちゃに忙しかった。

 ところが、この時期、女房も教師をしていたので、帰りがどうしても7時、8時になることがあり、「それじゃあ、私が夕食作りをやりましょう」ということで、毎日夕食作りに勤しむことになった。

 ところが、ところが、この時期、趣味でフルマラソンを走っていたので、暇さえあれば走っていた。

 9月、10月は、一月に300キロから400キロを走ることになる。

 だから、土日は、40キロから50キロの距離を走っていたことになる。

 こんな生活をしながら、女房から「お父さんは、どうしてそんなに暇なの?」と言われていたのである。

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 一日の生活は、通勤ラン(リックを背負って走って学校の往復をする)か自転車で始まり、6時前には退出していた。教務主任が、6時前に帰るなどというのは、普通の学校では考えられないものだが、買い物があり、夕食作りも待っていた。(それがまずいならば、いつでも教務主任を替わりますと校長に言っておいた)

 それでも、水曜日には週案は書き上げたし、学級通信も1週間に何号か書き上げていた。

 通信票(あゆみ)も、締め切りの2週間前か遅くとも1週間前には終えていた。

 夜は、11時前には休むようにいていたし、土日は趣味の時間であった。

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 なぜ、こんな生活ができたか。

 それは、自分なりの仕事術を確立していたからだ。

 忙しかったからこそ、どうしても仕事術が必要だったのである。

 仕事術は、2つの発想をもっていなくてはならない。

 1つは、いかにして「時間を生み出していこうか」という発想。

 2つめは、いかにして「仕事を能率的に処理できるか」という発想。

 1つめの時間を生み出す発想は、手帳がその決め手になる。

 「学級経営力を高める3・7・30の法則」(学事出版)に、その手帳術については書いているので参考にしてほしい。

 2つめの「能率的な処理」には、「仕組み」化の考え方が決定的に大切なことは、このブログでも繰り返し説いている。

 決め手は、「仕組み」化である。

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 私が「仕組み」化に気付いていったことは、これも何度も書いているのだが、「朝のけもの道」の発見からだ。

 ものすごい発見をしたようだが、考えてみれば、当然のことなのである。

 若い頃、出勤印を押したり、押さなかったりで、事務の先生から注意を何度も受けた。

 何とか忘れないで、毎日押す方法はないものかと、考えた方法が「朝のけもの道」であった。

 朝、必ず玄関から自分の机まで歩く道を一本道にすること。

 その途中に、出勤札があり、出勤印を押すところがあり、……というように一本道を必ず通るのである。

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 この発見は、私の仕事に革命的な変革をもたらした。

 要するに、仕事は、一連のシステムで構成していけば忘れることもなく、きちんと成立していくことになるのだ。

 それが「仕組み」化である。

 それ以来、「困ったこと」「めんどうなこと」「うまくいかないこと」などは、どのように仕組めばいいのかと発想するようになったのである。

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 こういう話をした。

 しかし、先生達には、残された通信票のことで頭がいっぱいで入らなかったかもしれない。

  

 

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