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つれづれなるままに(3)

   あと1週間で、学校は終わりである。冬休みに入る。

 辛い二学期を過ごしてきた先生達は、ほっと一息付ける。

 学校から離れて、冬休みの日々を楽しみたいものだ。

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 長い人生を生きてきて、(といってもたいしたことがないが)「そうだよなあ」と思うことがある。

 このブログでも、さまざまに書いてきたことだ。

 人が躓いたり、挫折したり、くじけたりするのは、大きなことからの失敗やトラブルからではない。

 日々を過ごす、その過ごし方に大きな要因がある。

 この過ごし方をいい加減にしては絶対だめだな、と思っている。

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 押切もえ「モデル失格」(小学館)の中に、「心を満たす食べ方」の章がある。

 食べ始めに「いただきます」と口にするのは、「食べるモード」に切り替わる合図になる。一人で食べるときでも、コンビニやスーパーの惣菜でも、きちんと器に盛ってセッティグする。食べ終わったら、「ごちそうさま」を忘れずに。

 そして、「一人ご飯のときは、かわいらしい食器を使ったり、お花を飾ったり、楽しめる雰囲気をつくって。心安らぐ音楽を聴きながら、というのも素敵です」

 日常の生活で、ささやかな、きちんとした礼儀。

 それをもえさんは、ごく自然に語っている。

 トップモデルの生活をしながら、日常の生活も大切にしようという心意気が伝わってくる。

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 朝、職員室の机で、買ってきたパンをかじっている。

 昨日は、夕方インスタントラーメンを啜っていたのではないか。

 あとは、ひたすらパソコンにしがみついている。

 きっと家へ帰るのは、夜の9時、10時になるにちがいない。

 学校の仕事はよくやる。

 クラスも、まあまあ何とかなっている。

 だが、きっと日常は荒れているにちがいない。

 非日常を頭いっぱいにし、日常の豊かさを踏みつぶしていく。

 そんな若い人たちをよく目にしてきた。

 若さとは、遠くを見て、足もとを耕さなくてはならないのに。

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 最近、2つのものを身につけている。

 1つは、歩数計。もう1つは、腕に巻いた輪ゴム。

 毎日、1万5千歩を目指す。休みの日は、2万歩。2万歩とは、3時間歩かなければいけない。

 とにかく歩く。

 もう1つ、右腕に巻き付けた輪ゴム。

 小宮一慶さんに学んだもの。頭の中に、ネガティブな思い(考えてもどうしようもないこと)が浮かんできたとき、そのゴムをぱちんとやって「はい、そこまで」と区切りをつける。

 これはいい。

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 詩人長田弘は、「一日の終わりの詩集」(みすず書房)のあとがきで書く。

 「人生ということばが、切実なことばとして感受されるようになって思い知ったことは、瞬間でもない、永劫でもない、過去でもない、一日がひとの人生をきざむもっとも大切な時の単位だ、ということだった」

 

 

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コメント

なるほど。私も小宮さんの本大好きです。輪ゴムのこと知りませんでした。ありがとうございます。考えさせられます。

投稿: 福山憲市 | 2009年12月20日 (日) 07時21分

輪ゴムの話、いいですね。壊れていく人は例外なく「切り替え」ができません。悪い意味で「忘れられない」のだと思います。拘りの強いお子さんに対応する時に、この2点はかなり自分の首を絞めます。拘る子に拘ってしまって同次元で痛んでいく…。「まぁいいや」と流すことができればどれだけ楽になるか。今度、後輩に教えてあげたいと思います。

投稿: 藤原友和 | 2010年1月 2日 (土) 21時52分

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