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「受け売り屋」が必要だ

  内田樹さんの「日本辺境論」(新潮新書)を読みながら、ちょっと笑ってしまったのは、次のようなこと。

「…日本の周縁性や辺境性や後進性によって日本文化の特殊性を語られた方はこれまでにたくさんおられました。ですから、最初にお断りしておきますけれど、本書のコンテンツにはあまり(というかほとんど)新味がありません。(「辺境人の性格論」は丸山眞男からの、「辺境人の時間論」は澤庵禅師からの、「辺境人の言語論」は養老孟司先生からの受け売りです。この場を借りて、先賢に謝意を表しておきます)」

と書き、ブログでは、「受け売り屋」と自ら自認している。

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 ここを読みながら、「受け売り」としてやっていかなくてはならないものは、教育界にもいっぱいあるよなあ、と思った次第である。

 驚くことがいっぱいあるのだが、「法則化運動」が終わってもう10年にもなろうとしているが、その財産が、教育現場にはまったく残されていないことについてである。

 先生達は、自分の授業を基礎基本を用いて推し進めていない。

 まったくない。無惨としかいいようがない。

 何にもない。

 私は、「新しい学力観」で推し進められた「支援、支援」の授業観が、このような状況を作り上げてきた大きな原因の一つだと、このブログで繰り返し主張してきた。

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 たとえば、すぐにでもいくらも思いつくが、次のような課題は、今の現場ではぜひとも必要な課題である。

 この課題は、今まで何冊もの実践記録が発表されてきている。

 だから、改めて主張するとなれば、さまざまな実践の集積、選択、抽出になる。

 でも、それをしなければ、現場は相変わらず「教科書をそのまま読んで終わり」程度の実践をしている現状を乗り越えることはできない。

 私が思いつく課題は、次のようなものだ。(たとえば、国語の場合)

 1,国語の授業に取り入れる音読の手立てをどのように図るか。

 2,作文が書けない子供達をどのように指導していくか。

 3,小学校国語教育で指導すべき各学年の詩の授業をどのように体系化するか。

 4,各学年の作文指導をどのようにしていくか。

 5,子供達が、すらすら文作り(10分間で400字程度)ができる手立てをどのようにとるか。

 また、学級づくりでは、次のような課題を思いつく。

 1,「群れ」を「集団」化していく手立てをできるだけ多く考える。

 2,子供達同士が、コミュニケーションをうまく取れるような手立てを考える。

 3,活性化する会社活動を考える。

 4,「見える」化が図れる学級掲示をどのようにしていくか。

 また、ささやかだけれど重要な課題を考える。

 1,クラスにいる「繰り上がり」「繰り下がり」「かけ算九九」がうまくできない子供にどう対応していくか。

 2,クラスにいる「すらすら読み」ができない子供にどう対応していくか。

 3,視写をどのように授業で取り入れていくか。

 4,きちんとしたノート指導をどのようにさせるか。

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 「そんな課題はもうすでになされている」と言うことは、簡単だ。

 でも、現場にはほとんど何にも残っていない。

 「受け売り屋」として、現場的な課題を集積、選択、抽出していく必要は、充分あるのである。

 

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コメント

私は、家本芳郎先生の受け売り屋であろうと思っております。「学級担任論」で示す基本的な文献は、家本芳郎先生のものです。

投稿: 池田修 | 2009年12月11日 (金) 09時15分

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