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私はテレビじゃない

   昨日のブログで、「先生がテレビになっている」ことを書いたら、横藤先生から10年前の実践「私はテレビじゃない」が送られてきた。引用したい。

 私はテレビじゃない
  【全学年・学級経営・話の聞き方】

教師が話し始めます。それに集中できずに,よそ見をする子がいま
す。すかさず「○○君,私は聞いて欲しくて話しているんだよ。私
はテレビじゃない。生きた人間なんだ。そして,あなたたちに聞い
て欲しくて話をしているんだ。見ても見なくても,聞いても聞かな
くてもどっちでもよいというのでは,ないのだよ。」と訴えます。
こういう訴えに,子供たちはハッとします。ハッとしたらしめたも
の。にっこりと笑って,「そう。そうやって心を向けて聞いて欲し
い。分かってくれますか?」と問いかけます。落ち着いた「ハイ」
が返ってきます。○○君からも「ハイ」を引き出します。
すぐに切り替えて,またごく当たり前に話を続けます。そして,そ
の話の締めくくりに子供たちを見渡して「ありがとう」を添えます。

こうしたことを年度初めにしておくことで,年間を通じて学習の効
率はグンとアップします。
保護者が参観する授業でも臆することなくこの一言を言います。保
護者にも,子供にも「この先生は本気だ」と知らせる絶好の機会だ
からです。

話をきちんと聞くようにしつけることは,学校経営の基本です。教
師に対する構えができないと,友達の発言に対する構えもできませ
ん。

 こういう指導をするのも、「縦糸を張ること」の一つだと考えているという連絡である。

 ★

 保護者の授業参観での態度も、まさにこの通りだなと思う。

 どのクラスでも、保護者のおしゃべりにうんざりしているではないだろうか。

 わざわざきた授業参観で、しかも我が子が活躍している(?)授業で、うるさくしゃべってしまう神経は、いかがなものかと思われている先生は多いのではないか。

 その態度を理解できないのである。

 私のクラスは、静かであった。子どもに発問して、手を挙げさせるとき、保護者にも手を挙げさせるのである。

 授業を聞いておかなくてはならない。しゃべる時間はない。

 しかし、しかし、それに耐えられない保護者は、教室に入ってこなくて廊下でしゃべっていた。(笑)

 保護者もまた、教師をテレビと見ているのである。

 悪気はない。

 BGM感覚で、我が子が発表するときだけ静かにするのである。

 あとは、教師はテレビと同じであり、隣の人としゃべっている。

 年々、この傾向が強まってきたことは憂うべきことなのである。

 

 

 

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