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 あまりにもひどい授業

  ある先生からこんなメールをいただいた。

 その先生の奥様のことである。

 数年前から、奥様は、特別の補助教員として、学校現場に入ることになったそうである。

 その奥様は、結婚するまでは数年講師として小学校の現場を経験しているということ。

 その奥様が、再度今回学校現場に入るようになって、衝撃を受けたというのである。

 ………あまりの授業のひどさにである。

 その先生が、「そんなこと分かっている」と言うと、

 奥様は、「あなたが見ているのは、研究授業とか、そういう準備された授業でしょ。私が見ているのは、普段の授業。もう、信じられない有様よ」と。

 そして、「特別支援が必要なのは、先生たちかもしれない。その先生がかわれば、特別支援対象の子供の多くは普通の教室にいられる」と。

 ★

 私は、奥様の言われることが的を射た発言であると思っている。

 先日のブログでも書いたが、新学力観が提唱された20年前から「支援、支援」と声高に叫ばれて、まともに教えない風潮が、小学校を中心に蔓延した。

 この時代は、授業の基礎基本をほとんど学ばないで、「グループ活動だ、発表会だ、紙芝居に、ぺープサート、……」と、活動、活動と叫ばれた。

 そして、その時代が終わった。

 普通の授業に戻ってきた。

 そうしたら、「あまりにもひどい授業」になっていた。

 そういうことではないか。

 ★

 「味噌汁・ご飯」授業の提案が終わった。

 次のような感想をメールでいただいた。

 昨日は刺激的なお話しをありがとうございました。

味噌汁・ご飯…

 非常にスッキリしていて分かりやすかったです。特に、指導案の形で提案され
たのが良かったです。

 本時目標は行動目標化するというのは本当にその通りだと思いました。元々法
律として運用されている要領の言葉を指導案にそっくりそのまま盛り込むことが
おかしいことだと改めて感じました。自分の言葉で語らなくてはいけませんね。
具体的案をお示し下さってありがとうございます。

 また、ポイント(つまずきやすいところ)は今まで「抽出児」とか「評価規準
に達しない児童への手だて」など色々な視点で語られてきましたが、どれもこれ
も面倒で手間ばかりかかりました。これはそのものズバリ、1行で示せるという
のが強みだと思います。というか、本来そうあるべきなのになぜそうなってこな
かったのでしょう。コロンブスの卵です。

 これらは大池や横浜では当然の指導案なのでしょうか。だとすると県下とは全
然違いますね。


 飲み会も楽しかったです。


 あまりに刺激的で、色々考えていたら興奮しすぎて日曜日なのに眠れなくなり
ました。月曜日、学校へいこう週間初日、いきなり眠くてボンヤリですが、立派
な子どもたちに助けられました。。。

 いやはや、すごいご提案でした。未だに興奮していますよ。。。なんとか現場
に還元していきたいと思っています。重ねてありがとうございました。

 提起した指導案は、大池小や横浜で使っていた指導案ではない。

 独自に、今回作り出したものだ。

 私は、このような授業を積み重ねていって、「あまりにもひどい」授業を克服していく方向を提起しなくてはならないのだと、改めて思った次第である。

 

 



 

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