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野村監督が去っていった

   「その寂寥感はじわじわとやってくると思う。野村克也監督がもう、ベンチにいない。あのボヤキを、毒舌を聞くことはできない。

 昭和の香りを感じさせる最後の野球人だったかもしれない。長嶋茂雄、王貞治がユニフォームを着ることはもうなく、野村が去ったことで、ひとつの時代が終わったのだと感じる。」

 朝日の西村欣也は、そのようにコラムを書き始めている。

 野村克也に比べれば、長嶋、王などは、プロ野球界の貢献度は、たいしたことはなかった、と私は思っている。

 データを分析し、野球を読む達人であった。

 感覚で語ることなく、科学を導入して野球を語っていく、第一人者であった。

 その貢献度は、計り知れないと思う。

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 このブログで取り上げてきた「野村ノート」(小学館)の次の言葉は、いつでも思い出されることである。

「よくピッチャーにこういうことを訊く。『どうして変化球を投げる必要があるのか?』『配球にヤマを張らせないように』と答える、球種を多くもつことで打者の狙いをぐらつかせるー確かにそれもある。だがいちばん大事なことを忘れている。変化球の必要性とは、スピード不足とコントロール不足を補うためである」

 野村は、その後に続けて、往年の名選手金田や稲尾、米田、皆川たちが、変化球を覚えることで長生きをし、大記録を作った話題を書いている。

 その後に、ベテラン教師が、「変化球を覚える」というのはどういうことだろうと考えたものである。

 しかし、考えてみれば、野村は、自らずっと変化球を投げ続けてきたのかもしれない。選手から監督へと位置を変えながら。

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 登板を志願した岩隈にスレッジの敬遠を指示しながら、「勝負したい」という岩隈の気持ちに任せた。

 この時点で、もはや、勝負は捨てたのであろう。

 スレッジに3点ホームランを浴びて、泣きじゃくる岩隈。

「チームとしてこれでよかったんじゃないか。段階を踏んでいった方がいい。ビッグゲームで負けることで得られるものもある。負けた方が、真剣に反省する」

 野村監督の最後の言葉だったという。

 

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コメント

野村と
王,長嶋の
プロ野球への貢献度は
比較できないカテゴリーにあるように思います。

野村のカテゴリーでの王,長嶋の貢献度は確かにたいしたことはないですが,
王,長嶋のカテゴリーでの野村の貢献度もやはりたいしたことはないですね。

投稿: jidori | 2009年10月28日 (水) 19時08分

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